世界で一番大嫌いの二次小説で、真紀×万葉です。連載中の『天使1/2の方程式』で明らかになった設定も混じっています。
恋する万葉集シリーズのひとつで、イメージは「タイトルの「なつかしき色ともなしに何にこの 末摘花を袖に触れけむ」。
この歌は源氏物語の末摘花の歌で、末摘花はコンプレックスに悩む女性の名前です。
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「雨が降ってきちゃったからカフェで雨宿りして帰るわ」
真紀はスマホを耳に当てながら、大粒の雨を降らす厚い雲がかかった空を見上げる。
厚い雲のせいでまだ夕方なのにもう暗い。
『そんなに早く帰ってこなくても良いぞ?経費で買った雑誌が雨で濡れたら嫌だからな』
憎まれ口のようだが、言外から万葉の心配が滲み出て真紀の整った顔がへにゃりと緩む。
万葉ちゃん優しいっ、と妻激ラブな男はそこそこ人が入っているカフェで内心悶えていた。
それでも外に出ているのでピシッと顔を整えて
「お客さん少ないから悪いけど在庫のチェックを…」
冷静に装った表面で万葉に仕事の指示を出しながら、万葉の受け答えの声に内心うっとりと蕩けていた。
(あら、あの子の髪型可愛いわ)
電話の最中だったが、店内にいた万葉と同じ黒髪の女性を見ながら次の万葉のヘアスタイルを夢想する。
絶対似合うわ、なんて内心はデレデレしているのに幸運にも妻激ラブな愛情は無駄に整った真紀の外見を微塵も崩さなかった。
しかしその幸運は不孝と隣り合わせだった。
万葉の報告にうっとりと聞き入ってる、突然真紀の袖が引かれた。
驚いて袖を引く主を見れば、さっき真紀が万葉のヘアスタイルを夢想するきっかけになった黒髪の女性がいた。
「もし良ければ一緒にお茶しませんか?」
「え?」
「私も一人で寂しかったんです。恋人はいますか?」
「え、あ…いや」
目に入れても痛くない、いっそのこと目に入れて持ち運びたいほど愛でている妻がいます、という前に
「私って幸運かも」
「え?」
「実はさっきから何度も目が合って運命感じたんです」
…プツッと確かに聴こえた何かの切れる音に真紀の体温が急降下する。
「か…」
『運命のお相手とごゆっくり』
私も運命の相手を探さないとなぁ、何ていうから
「ちょっと待って、今から帰るから話を」
『雑誌を絶対に濡らすなよ。経費で買ったんだからな』
真紀よりも経営に向いている万葉が釘を刺す。
実はつい先日、真紀は万葉に無駄遣いがばれてしまった。
「これだから坊ちゃんは」という妻のブリザードを伴う嫌味に耐え抜き、「もう二度と勝手しません」と謝り倒して赦してもらった。
だから『経費』いう単語はあんな思いを二度としたくないという真紀をがっちり縛った。
「雨がやんだから速攻で帰ります」『結構』
ブツッと切れた電話に真紀はヨヨヨとしゃがみこみ、その姿に自称運命の相手も夢砕かれて去って行った。
「くすん…珈琲がしょっぱい感じがするわ」
内心メソメソしながら真紀は涼しい顔で珈琲を飲む。
真紀と同じ雨宿りが目的なのか、雨が降る時間が続くにつれて店の客は増えていった。
(濡らしちゃったら怒られるもん…我慢、我慢)
呪文のように我慢と言いながらカウンターの端の席で珈琲を飲んでいると 、「別れよう」なんて言葉が聴こえてきて真紀はビクリと震えた。
万葉ちゃんなわけない、万葉ちゃんはいまお店、と言い聞かせながらも震える。
そもそも声は男性のものだったなんてことはすっかり忘れながら自分を慰めていると
- 秋吉がそんなこと言わないとは言い切れないな -
そこが苦しいところだな、とケケケと笑う悪友の言葉に頭を抱える。
悪友の義弟の店で頭を抱える真紀。
想像の中でくらいきちんと慰めなさいよ、と本庄に想いきり八つ当たりをした。
想像で打ちのめされてもへこたれないのが真紀。
将来娘と息子にストーカーと言われても意に介さない強心臓の持ち主である。
美容師という生業を好いているため、店内の女性の髪形のチェックに余念がない中
(あら、面白い髪質)
1つに結ばれた羊の様なくせ毛の女性に目を留める。
シンプルな1つ結び。私だったらもっと、と懲りないことを真紀が考えていると
「あのさ、聞いてる?」
少し苛立ちが加わった男の声に、真紀はその女の子の頭越しに男を見る。
仕事上のお付き合いでモデルなどと接する機会の多い真紀。
彼のように洒落た格好をしているものの、彼らとは違って周囲の目線を気にする男を「つまらない男」と真紀は評した。
「うん…判った」「判ってくれると思ったんだ、良かった」
羊頭の女性の言葉にホッとした顔をした男は、もう用はないとばかりに立ちあがり千円札を2枚置いて店を出て行った。
(何だ、一件落着かぁ)
暇つぶしにもならないわ、と万葉がいたら目くじらを立てることを真紀は思う。
残された女の子の髪質には興味はあるものの、人の色恋に興味は無い。
飽きた真紀が他に視線を向けようとしたとき、真紀は羊毛頭の女性が羨ましそうに隣の女性の艶やかな長い黒髪を見ていることに気づいた。
その羨ましそうな瞳がいつかの万葉と、自分の良さに気付かずに他人の綺麗を羨ましがる高校時代の万葉と重なった。
「全く、和行から”真紀君が女の子連れてった”と聞いたときは驚いたぞ……いらっしゃい、どうぞこちらへ」
真紀に文句を言いつつ、後半は親友の弟が言う『真紀君が連れてきた女の子』に向けて万葉はにこやかにほほ笑む。
王子様然とした美形の万葉の笑顔に羊頭の女の子はぽーっとなりつつも、招かれるままにシャンプー台に誘う。
「熱かったら言ってね」
こくりと頷いた羊頭の女の子の髪に湯を上げると、まるで乾いたスポンジのように傷んだ髪はもつれて詰まる。
さらさらの(黒髪)ストレートが世の女の子たちの憧れだと知っているので、万葉はこの女性が自分の髪を嫌っていることを何となく察し、自分と似ていると思った。
万葉も世間一般の言う”可愛い”に悩まされてきた。
小さくてふわふわした可愛さが欲しいのに、長女気質で長身の自分にはその可愛さが得られなかった。
「どんな髪型にする?」
「店長さんに…ショートカットが良いって言われたんです」
「あいつ…本当にショートカット好きだなぁ」と呆れたような万葉に彼女が首をかしげると、万葉は笑って自分の頭を指さして「私もあいつにバッサリ切られた口だから」と言って仲間意識を強めた。
「 今も少しでも伸びるとあいつに切られる」
「その髪型とても似合っています」
「ありがとう!悔しいけど私もそう思う。自分もそうなんだけど、この仕事していると好きな髪形と似合う髪型って違うってことを痛感するんだよね」
私も背が小さくなりたかった、と万葉は近い天井を見ながらぼやいた。
「私・・・小さい頃からこの髪嫌いなんですよ」
温風の心地よさと万葉の気軽な話にのって女の子はぽつりと語る。
「特にこういう梅雨のときって最悪……まとめるのも大変で、まとめてもボリュームがあるから恥ずかしくって……だから、羨ましいです」
万葉の真っ直ぐな黒髪を見ながら女の子は羨望のまなざしを向ける。
彼女にない全てを持っている万葉。
日本人形のような黒髪も、モデルのようにすらりとした長身も彼女は憧れていた。
ずっとコンプレックスだった。
すぐに絡まる羊の様な髪も、いつまでたっても子供にみられる小さな背も。
「やーい、羊」と男の子にかわかわれたことなんて数えきれないほどある。
「ちゃんと纏めたら?みっともないよ」と友だちにさえ言われる始末。
「…羨ましい」
外の雨と同じように涙が落ちる。
コンプレックスを目立たせる大嫌いな梅雨と同じように女の子は涙の雨を降らせた。
「あなたはあなた。嫌いでもちゃんと向き合わないとね。大丈夫、あいつがその手助けをしてくれるから」
性格に難ありだけどね~、と万葉は「万葉ちゃーん、お待たせぇ」と駆け寄ってきた真紀にため息をついた。
「う…わあ、可愛い!頭も軽い!」
すっかり短くなった髪をふるふるっと振って、心地よさに目を細める女の子に万葉は微笑む。
「髪の毛って結構重いのよ、コンプレックスを持ってれば尚更ね」
そういって真紀は目線を下に向ける。
それに倣って女の子も下を見れば髪の残骸が海の様に広がっていた。
自然と涙がこぼれて髪の毛の海に落ちる。
もしゃもしゃの髪はいつも彼女の涙を隠してくれたけど、どこかひねくれた感じがした。
遮るもののない涙は素直に真下に落ちていく。
「本当にあなた、コンプレックスをかくす癖が万葉ちゃんにそっくり。コンプレックスなんてひっくり返せば個性的な魅力よ」
真紀がウインクすると女の子はニコリと笑う。
泣き笑いだけど、光り輝く綺麗な笑顔だった。
女の子の気分を反映したように空も雨を降らせるのはやめて、ケープをとる頃には月が出ていた。
「なあ……ついでに私の髪も切ってくれないか?」
夜道だからと真紀が駅まで女の子を送って帰ってくると、未だ明るい店内で、万葉が鏡の前のイスに座っていた。
「あら、万葉ちゃんったら今日は積極的ねぇ」
めったに自分から椅子に座ってくれない万葉のそんな態度に真紀は笑ってケープをかける。
ここでさっさと始めればいいのに
「やきもち?」
余計なことを言ってしまうから直ぐに拗れる。
案の定、立ちあがった万葉はケープをはぐように脱いで
「それじゃあ良い!本庄さんのところで切ってもらうから」
「え゛!?」
「妬いてないし、お前に絶対切らせるものか!!」
「万葉ちゃ~ん!」
ずんずんと家に向かう万葉に真紀が泣き縋る。
やっぱり2人はこうじゃなくちゃね、と店の入口に飾られたテルテル坊主がふふふと笑う様に揺れた。
END
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