真っ白な夏服

薬師寺涼子の怪奇事件簿

薬師寺涼子の怪奇事件簿の二次小説で、泉田と涼子は恋人同士の設定です。

『恋する万葉集』より、イメージした歌は「春過ぎて夏きにけらし白妙の 衣ほすてふ天香具山」。

万葉集の中の持統天皇の歌です(持統天皇は女性の天皇です)。

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「早く夏休み来ないかなぁ」

 カフェで不意に聴こえた声に泉田が隣のテーブルを見れば、女子高生3人がアイスティーを飲んでいた。

高い位置で結われた髪。

眩しいほど白いセーラー服。

 (夏が始まるなぁ)

ついこの前まで新人に悩む春だ思っていたのに、気が付けば夏は目の前。

ちなみに薬師寺参事官室に新人の配属は今年もゼロだった。

仕方ない、と泉田は頭を振って暗い気持ちを追い払う。

自分は島流し中ではないと誤魔化す。

何しろ薬師寺参事官室のトップは取り扱いが難しい女性で、泉田以下、彼女の選んだ部下たちは人身御供なのだから。

(島が気づけば本土になった、ってこともあり得るからなぁ)

己の上司の生命力と活力を想像し、全軍突撃と海を泳いで本土を攻撃させられる日が思い浮かぶ。

泳ぐならこれからの季節が良いなぁ、なんて現実逃避しながら泉田は近づいてくる夏の足音を聞く。

爽やかさに、けれども暑さを感じさせる風は夏の匂い。

行き交う人々が白い服を着る姿が目立ち始める。

風に舞う白布の頭上では道行く人を守るため緑の葉が生い茂っていた。

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「そんなにジロジロ見てると通報されるわよ、オ・ジ・サ・ン」

変わる季節への感動を吹っ飛ばす言葉。

「”オジサン”は酷いですね」

警告混じりの女性の声に苦笑して、泉田は同じテーブルについていた上司に視線を戻す。

経国の美女と見紛う彼女も今日は白い衣で御出勤。

冷たいほど白く輝くシャツが真珠色に染まった肌とのコントラストを描く。

胸元ではふくろうのブローチ。

この季節にふくろうはちょっと似合わなくて、空色のネックレスでも贈ろうかと考えつつも

(同じ白でも着る人が違うとこうも変わるのか)

こんなことを感じざるをえなかった。

女子高生の彼女たちが着れば初々しさ溢れ爽やかさが匂い立つような白布も、目の前の涼子が纏えばまるで戦女神の衣に見えてしまう。

(性格の所為だな)

見た目だけなら清純で美しい百合を思わせるのに、口を開けば同じ白百合でもフランス王家の白ユリの紋。

『荘厳で厳か』ならば聴こえも良いが、『触らぬ神に祟りなし』を地で行く真っ白な嵐と変わる。

(これで本人は台風の目にいて安泰だから堪ったものでは無いな)

一番の被害者は台風の目の一番傍にいる泉田。

「暴風がイヤなら一緒に目になっちゃえばいいのに」と言ってのける涼子を、それは御免と突っ返す常識人。

まあ、それもいつまで保つかと推測すれば溜息を吐かざるを得ない泉田だった。

  (せめてもうちょっと可愛げというか……っ!?)

無いもの強請りをした報いなのか、 「くーらーべーるーなー」という声と共に伸びてきた涼子の手に耳を思い切り引っ張られ、女子高生たちに向けかけた泉田の顔は強引に涼子の方を向かせられた。

 「痛痛痛」

離して下さい、と訴えながら

(やっぱりお涼も”若さ”には人並みに反応するのか)

なんて不遜なことを考える懲りない自分に溜息を吐き、そしてそれは「何でそんなに残念そうなのさ!」と涼子の怒りの火に油を注いだ結果に終わった。

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 「泉田君って白が好きなの?」

涼子が突然そんなことを訊いたのは深夜近くの、彼女の家の寝室での事。

咄嗟に何のことか解らず泉田が首を傾げれば、ランチを楽しんだカフェでの出来事のことだと言われる。

「そういう訳じゃないけど」

未だ覚えていたかと、忘れていた耳の痛みが復活したような気がした。

「じゃあ若いのが好きなんだ」 

からかう様な声と同時に、涼子の短い髪が天蓋のように泉田の顔にかかる。

即席薄い闇の中で唯一輝くのは薄茶色の涼子の大きな瞳。

「若いのって、オジサンっぽいからやめてくれ」

からかう瞳に泉田は苦笑し、腕を天上にのばして涼子の後頭部に添えると優しく引き寄せその大きな瞳に口づけた。

擽ったそうに涼子はキスされた目を閉じる。

「夏が来るなって思っただけだよ」

「成程、白いセーラー服は夏の風物詩ってわけね」

 「なげかわしいかな、日本男児」となどと、どう見ても大和撫子ではない涼子が評を下すから

「セーラー服から離れろよ…何でそうこだわるんだ?」

とりあえず日本男児代表になってしまった泉田は呻きながら聞けば、「泉田君は好きそうだから」と訊かなければ良かった答えが返ってきた。

 「私もセーラー服だったけど、写真見る?」 

そんな涼子の言葉に即『NO』と言えない男の自分が泉田は嫌になった。

「ほら、やっぱり好きなんだ」

「……はいはい」

鬼の首を取ったように喜ぶ涼子と、完全否定できない自分に呆れた泉田は涼子の身体を優しく退けると、自分はうつ伏せになって枕に顔を埋めた。

 「さーて、と」

一通り泉田をからかって満足した涼子はするりとベッドから降りて白いシーツを纏う。

2枚あったシーツのうち1枚がいなくなり、泉田の元に残ったシーツは片割れを求めるようにふわりと洗剤の香りを漂わせた。

「シャワー浴びてくる」

屈みこんで泉田の頬にキスをして、ふわりと洗剤の香りを残して瞬く間に部屋を出て行く涼子にかけた泉田の声は琥珀色の空間に漂って消えた。

しばらく待つと勢い良くシャワーの湯が浴室の床を叩く音が聴こた。

「雨みたいだな」

さっきまで傍にあった太陽の様な笑顔がなくなって、聴こえてきたのは水の音。

何となく気分が落ち込んで、明日晴れたらいいななんて考えてみる。

やりたいことも、やらなければならないことも沢山ある。

「洗濯と…あと、衣替え」

衣替えという単語に再び白いセーラー服が泉田の脳裏に浮かぶ。

それを着ていたのは昼間見た女子高生の誰でも無くて、今よりも少し幼い風情にした涼子。

そして風にひらりと白布が舞ったと思えば、白い布を纏って艶やかな笑みを浮かべる今の涼子が現れる。

「ふう」

 大きくため息をついてそっと瞳を閉じる。

視界が遮断され聴覚がいっそう鋭くなると、 雨のような水の音に混じってご機嫌な女神様の鼻歌が聴こえてくる。

明るい曲調だがローレライの歌のように泉田を誘うから、誘われてみようかとも思ったが怒られるという可能性の高さに躊躇する。

 (何で普段はああも挑発的なのに嫌がるかなぁ)

ぽりぽりと頬を掻きしばらく考えて結論を出して立ち上がる。

もうすぐ梅雨が始まる。

梅雨になればイヤと言うほど雨音を聞くのだから、それまでは太陽を見ていたい。

泉田はベッドに残った片割れのシーツを体に巻いて、先ほど涼子が抜けた扉の向こうに消える。

扉の先で見られるのは真っ赤に染まった太陽。

「明日晴れればいいな」、と泉田は笑った。

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