彼女の父は「お義父さん」

らんま1/2

らんま1/2の二次小説です。

大人になった乱あですが(20代前半イメージ)、『父の日』前提なので乱あ要素はほぼありません。

2022年秋にアニメ「うる星やつら」が放送されることを祝して、今年の父の日SSは同じ高橋先生原作の「らんま1/2」にしました。

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男なら誰もが緊張する瞬間。

例えそれが、幼い頃に勝手に決まり、16歳の頃から一応許嫁関係にあった女とのことであっても。

彼女の父が率先して娘と婿(候補)をくっつけようと幾度も分かりやすく画策していたとしても。

「なんだね、乱馬君。”話がある”だなんて改まって」

緊張で顔を強張らせる乱馬とは対照的に、いつもと同じニコニコ人好きのする笑みを浮かべる早雲。

その顔からは分からないが、乱馬の言うことは100%分かっていることが解る。

ちなみに、乱馬の隣には同じく緊張の面持ちのあかね。

乱馬・あかね・早雲の両脇には、残りの天堂家と早乙女家の面々がいた。

ちなみに『頑張れ』とエールを送る表情なのは乱馬の母・のどかだけで、他の面々は楽しそうでしかない。

つまり、他の面々からすれば『どうして今さら緊張してるのかしら~(代表:かすみ)』というところなのだった。

そんな周囲の呆れ半分のオーラをよそに、緊張しきりの乱馬は二回、三回と口の中に湧いたツバを飲みこんで深い呼吸を一回したのち、

「あかねさんと結婚させてください」

「もちろんだよ~」

乱馬の、いつもより1.5倍速い台詞の語尾にかぶさる早雲のいつもと同じ明るい声。

続いたポンッという音の次はひらひらと舞う紙吹雪。

「もう、何度も気合入れなおすからクラッカーの紐を引っ張るタイミングを読みづらかったよ」

メデタイ!とあかねを囲んで喜ぶ家族の声をよそに、早雲はニコニコ笑って静かに乱馬の頭にポンッと手を置き、

「あかねのために、ありがとう。うん、お祝いには花が必要だね。庭のアジサイが見頃だからとってこようか」

「…おじさん?」

乱馬の父・玄馬と率先して騒ぐと思ったのに、「よっ」と立ち上がって静かに縁側から庭に降りた早雲の背に乱馬は戸惑い、気配を消して己を囲んで騒ぎだしそうな家族から離れて早雲の後を追った。

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「おや? 手伝ってくれるのかい?」

同じ格闘家として修業を積んだ身。

声を掛けずとも自分の気配を読んでいると思った乱馬はわざと気配を消さず、紫陽花の前に佇む早雲から少し離れたところで立ち止まった。

何も言わない乱馬にふっと笑って、早雲は空の色を映したようなきれいな青色のアジサイを選んで切っていく。

「紫陽花は妻の、あかねの母親が好きな花のひとつでね。『移り気』なんて花言葉だが、健気で一本気の気持ちいい女性だったよ」

「あかねに、似てますね」

肩をすくめて笑う乱馬に、早雲は笑うだけで応えた。

そしてこの日初めて乱馬を見て、「本当に大きくなったねぇ」といつも細い目を一層細めた。

「初めて会ったとき、俺は16でしたよ?」

「男の16歳なんて6歳と大差ないもんだよ。あのときの君は未だ子どもだった」

「まあ、そうですね。 あの頃の自分を思い出すと恥ずかしくて身悶えしながら穴掘って埋まりたいし、申し訳なさに土下座したくもなります」

「ふふっ、まあ男はみんなそんなもんさ。でも、君は一人前の男になるのが私よりも早い。君の前で一回あかねが死んでしまったからかな」

呪泉洞でのことを思い出した乱馬がヒュッと息をのむのと、パチンッと硬い茎にあたった剪定ばさみが音をたてたのは同時だった。

「男はバカでね、失って大切だと気づくことが多い。私も妻の死を越えて妻の大切さを痛感し、妻が残してくれた大切な娘たちがいたから大人になれた。早乙女君がいつまでも子どものようなのは、あの奥さんが傍にいてくれるからだね」

「お袋を見ると、親父は前世に相当な徳を積んだのだと思いますよ」

「ハハハ、それでは私も君も結構な徳を積んだと思うよ。あかねの母親はすごく素敵な人で、素敵過ぎたから私は喜んで男やもめ状態なんだ」

そう言って笑った早雲は、簡単にまとめた紫陽花を乱馬に渡す。

「乱馬君は移り気で、優柔不断で、カッコつけのスチャラカな男で、女装癖を飛び越えて女の子になるし、格闘以外の頭脳は期待できない脳筋だし」

「…俺、褒められて伸びる子なんですけど?」

「女の子に対していい加減だし、あかねは泣かせるし、許嫁解消させようかなと思ったのは数百回もあるけれど」

「…そんなにあったんですか」

ずぶずぶと反省の沼に落ちる男に早雲は茶目っ気のある瞳を向けて、

「妻といい親友といい、私は人に恵まれている。そして君も。いい男に成長してくれて嬉しいよ。いまの君ならあかねを喜んで任せられる」

「これでも…まあ、ずっと父親たちの背中を見てきましたらから」

乱馬の言葉に早雲は一度きょとんとしたあと破顔し、

「そうか、乱馬君は私の息子になるんだね」

「宜しくお願いします、お義父さん」

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「今日は”いい父の日”になったよ、ありがとう」

「え…あ、ああ、今日って『父の日』でしたっけ?」

「うちもだけど『母の日』に比べて『父の日』って忘れられがちだよね」

「俺の場合はあのスチャラカ親父に感謝の気持ちは一切なかったので。まあ、いまはおじさんの親友であることだけは感謝していますが」

それ以外は恨みの方が多い、と昔を思い出して難しそうな顔をする乱馬に早雲は笑う。

そして、

「私も父の日のイヤなイメージがなくなって嬉しいよ」

「へえ、おじさんにもイヤな思い出が?」

「うん。結構最近のことだけどね、うちの目に入れても痛くないほどかわいい可愛い末娘が初めて朝帰りしたのが『父の日』でね。まあ、梅雨の時期で他にやることがなかったのかな~とか、日曜日だから前の夜にちょっとはっちゃけることもあるかな~とか、まあ男としては色々で理解できる点があるけど、それがまた悔しくてね。もう、本当に、なんというかね、父親としては『なんでわざわざ父の日に?』って思っちゃうんだ、やっぱり。  ん?  どうしたのかな、乱馬君?」

にこにこと笑う早雲に対して、へびに睨まれた状態の乱馬は「この人にだけは一生勝てない」と人生で初めて戦うことを放棄した。

彼女の父は「お義父さん」

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