心霊探偵八雲の二次小説です。
心霊探偵八雲が完結したため、今までアップした作品の設定を一部修正し、できるだけ原作「心霊探偵八雲 COMPLETE FILES」の書下ろし「それぞれの明日」のその後になるように修正しました。
大学院を卒業したあとの八雲は、今までの功績と推薦から心理学の助教授になり、こうしてやっと晴香にプロポーズして結婚した設定です(晴香は原作通り小学校の先生になっている設定)。
同じ神永先生著「確率捜査官 御子柴岳人」の2人も登場します(友紀は名前だけですが)。
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「ただいま」
帰宅を告げる挨拶は『幸せな家族』の象徴であり、晴香と暮らすまでは言い慣れない言葉だった。
明成大学大学院に進学し、准教授である御子柴の下で助手として研究を続け、「あの御子柴君をサポートできるのは君しかいない」と方々から言われて助教授となり、彼の研究室の隣に自分の研究室ができたとき八雲は晴香にプロポーズをした。
『はい』と返事をもらい、決死の覚悟で向かった長野で結婚の赦しを得たとき、「どうせ結婚するのだから一緒に住んじゃいなさいよ」という恵子の言葉にのって同棲も許可してもらった。
「ただいま」と言えば、いつも「お帰り」という声が聴こえるのに、この夜はシンッとした静寂が八雲を出迎えた。
ふう、とため息をついて玄関の上がりに腰を下ろす。
滅多に履かない革靴で足が疲れているのもあったが、玄関にいつも二つ並んでいた赤と黒のスリッパが両方ともスリッパホルダーに片づけられていることが八雲にはショックだった。
(まさかこのまま帰ってこないなんてことはないよな)
のそのそと黒いスリッパを外し、疲れた足をスリッパで包んで暗いリビングに向かう。
基本的に晴香の方が帰宅が早いし、晴香の方が遅いときは必ず八雲が最寄りの駅まで迎えに行った。
だから八雲にとってこのリビングが暗いことは滅多にないし、自分でリビングの照明のスイッチを押すこともほとんどなかった。
パチッ
ため息をつきながらリビングに光を灯して、思わず漏れたのは
「…完全に怒っているな、これは」
きちんと片付けられたリビング
テレビのリモコンもいつものところ、八雲の留守中に届いたい定期購読の雑誌もきちんとテーブルの上にあり、その隣にはきっちり一人分の食器が重ねておいてあった。
首を巡らせば、ソファの上には八雲の愛用している部屋義一式とスーツ用のハンガーひと揃え。
「連絡をする口実も無し、か」
八雲は窮屈なネクタイを雑な手つきで外し、ソファにどさりと腰を下ろすとコートのポケットを探った。
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取出したスマホのメッセージアプリを起動して、「晴香」のアイコンをタッチすれば見事に左側だけに吹き出しが並んでいる。
ここ数日は見るだけで済ませてきた、いわば「既読スルー」なメッセージたち。
自分が最後に送ったメッセージは何だったかと見直せば、それは出張初日に「予定通りにホテルに着いた」の簡潔な一言。
そのメッセージを送った後のことはよく覚えている。
とにかくチェックイン直前も忙しかったが、チェックイン後はそれを上回る忙しさだった。
忙しさの原因は「御子柴」だった。
棒キャンディ愛好者の彼のためにキャンディータワーを4つ、必要な資料と共に送っておいたから到着日くらい何事もなく部屋でゆっくりとできると思ったのに、
ー 対応しといて ー
呼ばれて御子柴の部屋に行けばスマホを放って渡され、「何を」と聞く前にメッセージを着信。
御子柴に顎で促されてメッセージを開いて読めば食事の誘い。
誰かと訊ねる時間ももったいなくて、今回の学会参加者リストから該当する名前を確認し、「〇〇大学の××さんからの誘いです」と言えばほぼ100%断りメッセージの代打を任される。
ー 自分で返信する人のリストをもらった方が早そうですね ー
ー そんな奴いないし、そもそも明日から”お付き合い”が大変なのに何で今夜から相手しないといけないんだ? ー
ー 友紀さんからのメッセージも僕が返信しますよ? ー
ー それは僕がやる ー
こんなやりとりの末に任された仕事で1日目の夜が更け、深夜に連絡したら晴香を起こしてしまうと我慢した。
そして学会が始まり、同じ調子の夜が2日目、3日目、気づけば最後の夜になっていた。
この間も晴香からのメッセージは続いた。
晴香も御子柴のことをある程度は知っていることもあり、既読スルーが続いていても怒っているようなメッセージはなかった。
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事件が起きたのは最終日の夜だった。
そのようは慰労や今後のお付き合いに向けた親睦を目的としたパーティーで、「君も参加するんだ」と御子柴に言われて八雲も参加した。
御子柴も「変わっている」人だが、学者や研究者の世界では無害な個性であり、適当に周囲に対応する御子柴を確認してか八雲は会場を出た。
人気のないところを探してスマホを取り出し電話を掛ける。
いつもより長く続く呼び出し音に「仕事中か」と八雲が思った瞬間に音が途切れ、
「もしもし?」
久しく聴いていなかった晴香の声に八雲が応えようとしたとき、スマホをもつ八雲の腕が強く引かれ、驚いて顔を向ければ学会中しつこく付きまとっていた女性だった。
「探したのよ、八雲さん」
婀娜っぽい声に思わず八雲が眉を顰めると、イヤな顔で女性は嗤い
「今夜も部屋で二人で飲みましょうよ」
予想外のセリフに八雲が応える前に、スピーカーからプツリと通話を終える小さな音が聞こえた。
チッと舌打ちして女性を睨めば、
「だって、どんなに誘っても応えてくれないし。いいじゃない、最後に一晩だけ、ね?」
「断る。そもそも最初から貴女の要求に対し、僕はイヤだと応えている」
八雲は女性の手を振り払うと、スマホを捜査して発信履歴の一番上をタッチする。
『おかけになった電話をお呼びしましたがお出になりません』
彼女の声とは似つかない機械の声の対応に八雲は再度舌打ちし、メッセージを送ろうとしたところで着信音。
ー 今日はお寺に泊めてもらいます。 ー
「だから心配するな」と、それは心配する権利も剥奪するメッセージだった。
そのあとも晴香に何度か電話をしたが毎回機械に対応されて、そして必ずメッセージが届く。
奈緒と宿題をやっていること
敦子とお酒を飲んでいること
最後のメッセージは『おやすみ』とただ一言だけだった。
「喧嘩でもしたのかい?」
本当なら直ぐにでも帰りたかったが、会が御開きになる頃には新幹線は動いていなかった。
翌朝一番の新幹線で東京に帰ると御子柴に告げれば、「僕も友紀に早く会いたいから一緒に帰る」と言われ、ほとんどの荷物を大学宛てに送ってもらう手配をして最低限の荷物で新幹線に乗った。
「喧嘩というか…要らぬ誤解をした彼女が怒っています」
「ふうん、まあ君が謝るしかないね。愛しい女性の泣く理由に心当たりがあるなら、男にできるのはただ謝るだけだ」
確率100%だ、と御子柴は口に入れていたキャンディーを器用に噛んで笑う。
「そして女性は高確率で謝ろうとする男から逃げるんだ」
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「憎らしいことに、アイツは単純だから大多数の選ぶ行動をとるんだ」
八雲のスマホに最後に晴香からメッセージが届いたのは東京駅に着く少し前のことで、
ー【返信不要】お帰りなさい。今日もお寺に泊まらせてもらいます。夕食の準備はしておいたので温めて下さい。着替えはリビングに用意しておきました。 ー
「いちいち【返信不要】って…絶対に泣いたよな」
まるで詰将棋
晴香は八雲のメールするキッカケを無くすように
八雲の行動を追ったようなメールを送ってきていた
その全てに晴香の泣き顔が見える
「意地っ張りめ」
絶対的味方のいる場所に逃げられては分が悪い、と八雲は天井を仰いで頭をガリガリと掻き、
「君がいなくちゃ謝れないだろうが」
「八雲君!」
やや乱暴に動か冴える鍵の音、そのあと扉が開いて晴香の声が静かな部屋に響く。
口の端を緩めた八雲の耳にガタガタという音が届き、時折『痛い』という音が混じると思わず飛び出しそうになるが八雲はぐっと堪えた。
一方、晴香は急いでリビングに駆け込み、リビングにドンッと置かれた八雲のバッグや、乱雑に脱ぎ捨てられたスーツに顔に更に濃い焦りを浮かべた。
『薬、どこ?』
八雲から送られてきたメッセージに焦り、後藤がとめるのも聞かずに寺を辞してきた晴香。
急いで引き出しから救急箱をとり寝室に向かい、ベッドの上に出来たひとつの山に駆け寄る。
「やだ、大丈夫? 熱? 腹痛? 風邪? 頭痛い? 気持ち悪い?」
両手を山にかけてゆさゆさと揺する。
とにかく焦っていた晴香は、山が小刻みに揺れていたことと、山の麓から手がにゅっと出てきていたことに気づかず
「やく…っ!? きゃあっ!?」
山を揺する腕を掴まれて息を呑み、ぐいっと引っ張られて晴香は悲鳴を上げた。
ボフンッ
埃がパラパラと舞う中で見えたのは勝ち誇ったような赤と黒のヘテロクロミア。
「…仮病?」
「さあ。 この薬が必要だったのは本当」
晴香の持つ救急箱には目もくれず、八雲は晴香の体をぎゅっと包み込む。
「ごめん、寂しい思いをさせた」
「…普通、こういうときは『あの女性とは何もなかった』とか言うんじゃないの?」
「君のいう”普通”は全体の何%だ?」
「そんなの分からないけど」
「それじゃあコレが正解だ。僕は君が僕をそんな男じゃないと信頼してくれていることを知っているからな」
「…そんなこと言われたら赦すしかないじゃない」
「それじゃあ家出は終わりだな」
「これ…家でだったのかな?家出なら長野に帰るんじゃない、私?お寺は八雲君の実家じゃない」
「そうか。じゃあ僕が家出するときは長野に行くかな」
八雲のお道化た言葉に晴香の体からこわばりが抜ける。
「長野に行っても絶対に追い出されるんだから。お父さんは私の味方だもん」
「お母さんなら僕の味方をしてくれそうだな」
「あ、ずるい」
「どっちがズルい。誰も彼も君の味方ばかりじゃないか」
奈緒だって怪しいものだ、と想像で不貞腐れる八雲に晴香は笑う。
「どんなに味方が多くたって、あんな手を使われたら帰ってくるしかないじゃない」
ズルい、と言いながら八雲の背中に回った晴香の腕に力がこもる。
ぎゅっと抱きしめられる感覚に八雲の口元も緩んだ。
「私、八雲君の手の上で踊らされてるみたい」
「腕の中で踊ってもらう方が僕は好きかな」
十数秒後。
シャツの裾から入り込む不埒な八雲の手にその言葉の意味を理解させられ、真っ赤になった晴香に八雲は優しく、それでも深いキスをした。
END
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