未来への道標

心霊探偵八雲

心霊探偵八雲の二次小説です。

心霊探偵八雲が完結したため、今までアップした作品の設定を一部修正し、できるだけ原作「心霊探偵八雲 COMPLETE FILES」の書下ろし「それぞれの明日」のその後になるように修正しました。

大学院を卒業したあとの八雲は、今までの功績と推薦から心理学の准教授になり、こうしてやっと晴香にプロポーズして結婚した設定です(晴香は原作通り小学校の先生になっている設定)。

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「お大事に」

白衣を着てにこやかにほほ笑む女性に晴香は頭を下げて部屋を出ると、ちらほらと人のいる待合室の長いすに座る。

再び名前を呼ばれてお金を払い、来たときに潜った扉を押して開いた。

吹きこんだ冷たい風に、晴香は首をすくめた。

「さて、と」

天を見上げればよく晴れた空。

からりと乾いた風に晴香の吐息が湿度を加える。

今日の主な用事はいま済んだので、 八雲との結婚を機に引っ越したマンションに帰ることも考えたが、晴香はしばし考えた後に真逆の方向に歩き始めた。

明成大学前の大通りに出て、当時慣れた道を懐かしく感じながらゆっくりと歩く。

途中で花屋に寄って、シンプルな花束を抱えて山門に向かう階段を昇る。

目指すのは晴香が慣れ親しんだところ。

手にもつ花束の、白い花びらが冷たい風に凛と揺れる。

遠目で見るより遥かに立派な山門を潜ると、亡き彼の人を思い出させるような優しい風が吹き寄せて、その歓迎の徴に晴香は顔をほころばした。

砂利の音を心地よく感じながら境内を進む。

後藤一家が暮らしている庫裡を通り過ぎて、境内の奥にある墓場に通じる小路を歩く。

目的の場所に行くと、鈍く灰色に光る墓石の前に先客がいた。

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「やあ」

いまはもう昔となった懐かしい呼びかけをすると、八雲の色の違う両目が軽く見開かれ、続いて少し懐かしい苦笑が浮かぶ。

「何だ、またトラブルか?」

八雲の言葉に晴香は曖昧に笑うだけで、何も言わずに八雲の隣に立ち、しゃがみこんで花束を開くと花器の隙間に適当に挿す。

八雲が掃除を済ませていたので、晴香は静かに手を合わせた。

「もしかして、怒ってる?」

「怒ってない」

いつもより半拍早い否定の言葉。

ふいっと顔を背ける八雲に晴香は噴き出して、

「拗ねてるんだ」

くすくすと楽しそうな晴香の笑い声が八雲の耳に心地よく響いて、八雲は立ち上がろうとした遥かに手を貸す。

「ありがとう」

視界に飛び込んだ八雲の男らしい大きな手のひらに自分の手を重ねて晴香が立ちあがると、柔らかい色合いのショールが地面に落ちる。

「相変わらずドジだな」

わざとらしくため息を吐きながら八雲は長身を折って地面に広がるショールに手を伸ばし、ふとそこで動きをとめた。

様々な感情が入り混じる緋色と黒色の瞳が揺れ、その中に嬉しさと愛しさがあること見た晴香の瞳が潤む。

「僕には教えてくれないのか?」

立ちあがって墓石をちらりと見た八雲。

その瞳がやや恨めしそうなことに晴香はくすりと笑い、手で八雲に”耳を貸して”とジェスチャーすると

「いま二か月、だって」

晴香は八雲の耳元でこしょこしょと囁いた。

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「一心たちには未だ言ってないから八雲くんが一番だよ」

晴香の言葉に八雲がパッと顔をあげると、ニヤニヤ笑う晴香と目が合って、八雲の顔が恥ずかしさと気まずさに染まっていく。

「それじゃあどうして此処に?今日僕は此処に来ると言わなかっ……た」

浮かんだ1つの可能性にハッとして八雲は暗い瞳を向ける。

なぜ八雲が言い淀んだのか、その理由に気づくのが遅れた晴香はとっさに目の前の八雲の体を抱きしめる。

「違う…違うよ、八雲君は勘違いしてる」

「…しかし」

晴香に抱きしめられながら、自由な左の手で八雲は左の目の上のキズに触れる。

数年前に片が付いたとはいえ、紅い瞳の宿命は八雲に多くの傷を遺した。

そんな八雲の体に回した腕に晴香はさらに力を込めて

「私は嬉しいの。すっごく、すっごく、嬉しくて嬉しくて、どうにかなっちゃいそうなほど嬉しいんだよ?」

一点の憂いもなくにっこりとほほ笑む晴香に八雲は体の力を抜き、そんな八雲の左手を奪うと晴香はそのまま自分の腹部に導く。

「ここにいるんだ、って思ったら絆?みたいのを感じちゃって、無性にお礼言いたくなったの」

「礼?」

「ここの皆が八雲君を守ってくれなきゃ私は八雲君に会えなかったし、この子にも会えなかったもん」

「そうか」

硬い表情の八雲に晴香は首を傾げる。

そんな晴香の髪に八雲は顔を埋めた。

「僕も嬉しい……でも、正直に言えば困ってもいる」

パッと体を離して赤い瞳を見た晴香に八雲は静かに頭を横に振る。

八雲は口を一度あけ、何も言わずに閉じる。

何をどう言えば良いか分からない焦れったさに、八雲はいつも寝癖だらけの髪をガリガリと掻いた。

久しぶりに見た八雲の苛立った仕草に晴香は笑った。

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周囲に「まだなの?」と焦れったく思われるほど、二人はゆっくり恋を進めた。

七瀬美雪の起こした一連の事件が片付き、悲しみと痛みの中で急速に重いが育ったからだろう。

- 好きだ -

あの日もこの場所だった。

八雲らしい飾り気のない、八雲らしくない素直な言葉。

その後の二人の恋はゆっくりで、「お前ら、何か変わったのか?」なんていう周囲の言葉は嗤って聞き流し、ふたりはゆっくりゆっくり友だちから恋人へと関係を変えていった。

「本当ならプロポーズしたとき…あのとき、言うつもり……では、あったんだ」

珍しく言い訳から始める八雲に晴香は小さく、八雲に分からないように笑う。

そんな晴香の様子に気づかず、八雲は赤と黒の瞳に真剣な光を灯し

「遅くなったけど、順番を間違えてしまったけれど……君に僕の子どもを生んで欲しい。一緒に愛して、育てて欲しい。例え、その子の瞳が…紅くても」

八雲にとって自身の紅い瞳は呪いだった。

母・梓を始めとして、この瞳は多くの人を血に染めた。

そしてその目は紅いだけでなく、死んでいく人たちの怨嗟の声を受けとめる運命も八雲に課した。

「八雲君がその目を……嫌だと思っていることは知っている、と思う。でも私は最初から、今でもその目がキレイだと思う。その紅い目が好きよ。何があっても逃げなかったその紅い目が好き、大好き」

「…君の感性は最初から、今でも変だ」

背伸びして紅い瞳のまぶたに口づける晴香を支えながら八雲は苦笑する。

晴香のような人間がごく少数だということを実体験で八雲は知っている。

「世界中の人に変だと言われても構わない。私は知っているもの、ずっと近くで見てきたもの。八雲君の紅い目は私の宝物だよ」

「……バカだな」

「愛してる、くらい言ってくれてもいいのに」

奥手で照れ屋な晴香の珍しい率直な言葉に八雲が驚きを隠せないでいると、晴香はクスクスと笑って八雲から半歩離れ両の手を未だ平らな腹部に乗せる。

「でも良いや。さっき一生分の愛の言葉をもらったから」

晴香の言葉に八雲は息を飲む。

晴香と出会う前、周囲の人たちに紅い瞳を厭われて、虐められて、八雲は絶対に子どもをもたないと決めていた。

母親にさえ殺されるほど嫌がられた紅い瞳。

自分のような”生まれてきてはいけない子”を新たに生み出してはいけないと思っていた。

何もなさず朽ちていくだけと思っていた八雲の、まるで厚い雲が幾つも重なっているかのような未来を晴らしたのが晴香だった。

紅い瞳を称賛する晴香の言葉が雲間を切り裂き、八雲の暗闇を細く照らした。

その光は晴香と同じ時を刻むにごとにどんどん増えていった。

「…そうか」

晴香だって「好きだ」とか「愛している」とかの言葉は嬉しい。

でも、それ以上のものを、言葉を遥かに凌駕した想いをすでに受け取っていた。

それは初めて一緒に夜を過ごしたとき。

子どもができるかもしれない可能性を知りつつも八雲が晴香を望んだとき。

心優しい八雲が初めて見せた願望に、あの夜、晴香は言葉で表し切れない想いを受け取った。

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「家族、か」

八雲のおぼろげな記憶の中の母が優しく微笑む。

母の傍には父親となろうとしてくれた、死してもなお自分と母親を守り愛してくれた人の顔。

母親になろうとしてくれた先生の笑顔。

八雲にとって父親以上の存在である叔父の笑顔。

「家族になるの。この子と一緒に泣いて、笑って、たくさん悩だりして…この子が大人になって、誰かと恋して結婚して子どもが生まれて」

「楽しそうだな」

「楽しそうじゃなくて楽しむの!」

違うでしょ、と膨れる晴香に、初めて逢ったときと変わらない晴香の素直な感性に八雲は顔を緩める。

そんな八雲に晴香は笑って、

「孫の結婚式に私たちは手を繋いで出るの。幸せでしょ?」

ステキなおじいちゃんになってね、と晴香が語る遥か先の未来の話に、八雲の目に薄っすら浮かんだ涙が音も無く静かに舞った。

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