Bluest in Blue

心霊探偵八雲

心霊探偵八雲の二次小説です。

心霊探偵八雲が完結したため、今までアップした作品の設定を一部修正し、できるだけ原作「心霊探偵八雲 COMPLETE FILES」の書下ろし「それぞれの明日」のその後になるように修正しました。

大学卒業後の八雲と晴香で、八雲は大学院生をやりつつ後藤探偵事務所のバイト(後藤は僧侶の修行中で探偵事務所はほぼ八雲の寝床状態)、晴香は小学校の先生になっている設定です。

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「暑い」

掃除機のスイッチを切った晴香は額に浮かんだ汗を拭ったが、掃除のために開けている窓からは東京の夏の日差しに熱せられた風が絶え間なく入ってくる。

長野生まれの晴香にはツライ暑さ。

パタパタとキャミソールの襟元を扇ぎながら、窓を閉めてエアコンのスイッチを入れ、

カラン

キレイになった部屋で、夏の必需品である麦茶に浮かべた氷を鳴らして涼を満喫する。

カーテン越しの陽光はキラキラして綺麗だが、「いま出てきたら溶かす」と警告めいた熱があった。

買い物に行くのは日が傾いてからと決めた晴香はテレビを付けると、画面一面に広がるブルー。

それは世界のどこかにある、海の碧と空の蒼の風景だった。

「海、かあ」

海のない長野県で生まれ育ったため、海、それも太平洋に対する憧れが晴香にはあるが

「海、嫌いだしなぁ」

誰と行くかを考えて、ポンッと浮かんだ恋人に「海はない」と脳内の妄想を打ち消した。

晴香の恋人である斉藤八雲は夏生まれのくせに海が似合わない。

本人も海が嫌いなので、海が似合わなくても一切問題にしないだろうが。

― 君は「霊がいる」と言われた海で泳ぎたいのか? ―

八雲が海を嫌いなのは海など人が集まる場所には幽霊がいるからで、彼の言葉に「いるの?」と聞けば「そこかしこに、うじゃうじゃ」と要らぬ想像を描き立てられるレベルで頷かれた。

「うじゃうじゃ……海は見るに限る!」

ひとり納得した晴香は手近のクッションを抱え込み、深いブルーの世界に浸った。

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「あった」

所長の転職活動により開店休業中とは、心霊事件専門の探偵事務所となればそこそこ依頼もくる。

バイト代をもらうのだからと自分を納得させて事件に関わり、事件関係者である女性の幽霊が言うUSBを探しに人気のない砂浜を歩いていた。

八雲の声に、別の岩場を探していた後藤が駆け寄ったものの、その手の中のUSBを確認するより先に顔を真っ青にして脂汗を流す八雲にギョッとした。

「おい、大丈夫か?」

「ええ…大丈夫ですから気持ち悪い顔を近づけないでください」

どう見ても大丈夫じゃない色の顔を後藤の視線から隠したが、海を目に入れて苦しそうに顔を歪める八雲に後藤の顔も歪む。

(こいつの紅い眼に映る海はどんな海なのだろうか)

後藤の目には穏やかに凪いだ海だったが、八雲の目に悼むような感情がうつることで”八雲の見ているもの”を想像する。

初めは「鄙びた海辺の町では公共交通機関が期待できないからドライバーをやれ」と八雲に言われた後藤。

「免許を持ってんだから車を貸す」と応えた後藤だったが、「所長はあなたでしょう」とやけに同行を求める八雲にため息をつきながら此処まで来た。

(デート代わりに晴香と行くことを薦めなくて良かった)

八雲の主にを肩代わりができないことに歯がゆさを感じていた後藤の隣で、自分の中に湧き上がる感情と折り合いをつけた八雲が顔を上げる。

先ほどより幾分良くなった顔色に後藤はホッとした。

「んじゃ、帰るか」

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「そういえば、事務所のエアコンは今日中に直るんですよね」

今夜も東京は熱帯夜だというラジオの声に八雲が眉をしかめ、前で運転する後藤を問い詰める。

後藤が借りた事務所は古いビルの中にあり、数日前からエアコンの調子が悪く修理を依頼していた。

窓を開けていても改善されない蒸し暑さは八雲を辟易させていた。

「悪い、敦子から”未だ直らない”って連絡があったの忘れてた」

「全く…このクマはいつ進化するんでしょうかねえ」

小憎たらしいことをいう八雲に口の端を引きつらせつつ、「大人になれ」と後藤は脳内で念仏のように唱える。

「敦子は寺に帰ってきたらどうかと言っていたんだがな」

「バカですか。盆の時期に寺にいたら気が狂います」

その図太い神経で?、なんて言いそうになったのを後藤はグッと耐えて

「敦子もそうだろうと思ったらしくて、晴香ちゃんにお願いしたらしい」

「はあ?」

「晴香ちゃんも問題ないと言っているらしいぞ」

「問題大有りだ、あのバカ…危機感ってのがないのか」

チッと舌を強く打った八雲の反応に「おや?」と後藤は片眉をあげ

「お前たち、恋人になってどのくらいだ?」

ミラー越しに目のあった八雲が気まずそうに顔を反らすから、年長の男としてついつい揶揄いたくなり

「随分と奥ゆかしい、健全なお付き合いだな」

成人した今どきの男女とは思えない、けれどどこか八雲たちらしいゆっくりなペース。

「ま、お前にその気がなきゃ何も起こらないだろ」

「………少し眠るので、近くなったら起こしてください」

(八雲に口で勝てる日が来るとは)

ふて寝を始めた八雲とは対照的に、後藤は勝ち誇った表情で車を笑った。

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「悪いな」
「ううん、暑い中で寝るのは危険だよ」

申し訳なさげな八雲を部屋の中に招きながら、晴香はエアコンの故障に内心でガッツポーズをしていた。

「後藤さんは?」

「家に帰った。こういうときはあの人の鈍感さが羨ましい」

「お盆、だもんねぇ」

同意するように頷いた八雲がため息をつきながら適当な場所に座ると、冷えた麦茶が同時に出てくる。

カーテンの隙間から迷い込んだ陽光がグラスの中で煌めき琥珀色に輝いた。

「パソコン使っていいか?」

「どうぞ。そうだ、夕飯は何食べたい?」

「美味しいもの」

「はいはい、じゃあ買い物に行ってくるね。八雲君は休んでて」

それだけ言って晴香が出かけていく。

部屋は急に静かになり、心なしか暗くなった感じがした。

八雲はひとつ頭を振って、今日の収穫物であるUSBの中身を見るためにパソコンの電源を入れると、暗かった画面がブルーに染まった。

(海や空の青とは違うな)

海の深みのある青。

空の抜けるような青。

人工的な青。

知識ではなく、色の違いを感じたのは晴香に会ってから。

正確には、

” きれいな目 ”

八雲が忌み嫌う紅い瞳をキレイだと晴香がいったあの瞬間から、八雲の世界が色づいてきたのだった。

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(野菜がたくさんあるから夏カレーにしよう)

実家から送られてきた野菜がたっぷり入った段ボールを思い出し、いつも通りに『中辛』のカレールーに手を伸ばしたが、一瞬手をさまよわせて『辛口』の箱を手に取った。

(夏だし、汗たっぷりかくと気持ちいいもんね)

辛いものが苦手な晴香だったが、八雲は辛口が好きなのだ。

「頑張るぞ」とよくわからない気合を言えた晴香は、足りないものをカゴに追加で入れて、レジの前の短い列に並んだ。

「お待たせ」

会計を済ませてエコバックに買ったものを入れていると、背後で女の子の可愛い声。

思わず目を向けると、「重くない?」とキラキラした目で尋ねられる男の子の両腕にはパンパンに膨らんだビニール袋が1つずつ。

(私も前はそうだったよなぁ)

八雲の好みが分からない頃はあれこれ買ってしまい、バイキングができそうなほどの夕食を作ってしまった。

「…慣れてきたんだなl」

片手で持てるエコバッグの軽さに誇らしくなりながら、東の空が群青色に染まりつつある空の下を急いで帰った。

「ただいま」

そういってもここは晴香の部屋。

もとから挨拶に慣れていない八雲が「おかえり」なんて言う訳もなく

カチッ カチカチッ

集中しきっているのだろう。

パソコン画面の灯りで顔を照らす八雲に晴香はため息を吐き、晴香はドアの近くにあるスイッチをおして照明をつける。

薄暗さに慣れていたため、突然の灯りで晴香の目はチカチカと刺激を受けた。

「…もうこんな時間か」

八雲も突然の光に驚いたのだろう。

目を瞬かせながら、窓の外を見て藍色に変わった空をその瞳にうつす。

「夕食の準備するから待ってて。あれ?アイス食べた?」

チカチカが落ち着いた目で八雲を見ると、八雲はチョコの残るアイスの棒をくわえていた。

「ん?まずかったか?」

「全然。好きなだけ食べて」

慣れた仕草で冷凍庫を漁ってアイスを探す八雲を想像し、この部屋に慣れてきてくれたのだと晴香は嬉しくなった。

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「そろそろ出来上がるから机の上を片付けて」

晴香の言葉に八雲はデータを保存して、パソコンを書類と一緒に床に置くと晴香が持ってきたカレー皿を受け取った。

「ありがとう」

晴香のキラキラした笑顔がパッと咲くから

「…目がチカチカする」

「え!?目薬使う?それとも…病院?」


「いや、急に光を見たんで目が驚いたんだろう」

そういって誤魔化したが、このチカチカは前にも経験したことがあった。

それはあの日、晴香が初めて八雲を訊ねてきたとき。

ずっと厚い雲に隠れていた八雲は光を知らなかったから、最初は晴香の明るい笑顔に嫌悪に近い戸惑いを感じた。

何も苦労をしたことがなさそうな、その抜けの明るさに嫉妬していた。

” 八雲くん ”

ささいなことで向けられるキラキラした笑顔。

その笑顔にうつる自分の顔の変化にも気づいた。

晴香の瞳に映る自分がこの世の中を受け入れる表情になったとき、八雲は初めてこの世界に足をつけられた気がした。

「大丈夫?」

心配してくれる優しい瞳の光も

「大丈夫。それよりも冷めるから食べよう」 

安心した柔らかい瞳の光もキラキラ輝きながら八雲の全身に降り注ぐ

「へえ…良いニオイだな」

珍しく褒めれば大きな瞳に驚きが満ち、次の瞬間には歓びのキラキラした笑顔に変わる。そ

して晴香は八雲にスーパーで見た風景や、料理の工夫を離して聞かせた。

クルクル変わる晴香の表情に合わせてキラキラチカチカと瞳は輝く。

さっき見た青の世界なんて非じゃない数の色たちが晴香の瞳の中で煌めく。

晴香を見るとチカチカと八雲の目が痛むけど、これは世界で一番うれしい痛み。

好きだと感じる人が隣で笑っていてくれる証しの痛みだった。

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