拙い恋のテクニック /心霊探偵八雲

心霊探偵八雲

心霊探偵八雲の二次小説です。

心霊探偵八雲が完結したため、今までアップした作品の設定を一部修正し、できるだけ原作「心霊探偵八雲 COMPLETE FILES」の書下ろし「それぞれの明日」のその後になるように修正しました。

大学卒業後の八雲と晴香で、八雲は大学院生をやりつつ後藤探偵事務所のバイト(後藤は僧侶の修行中で探偵事務所はほぼ八雲の寝床状態)、晴香は小学校の先生になっている設定です。

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今日は学校の都合で教師も夕刻に全員変えることになり、いつもは夕闇に染まる帰り道は未だ茜色。

家に帰っていつもは手抜きになりつつある家事に精を出すことも考えた晴香だったが、他に店に比べて幾分可愛らしい洋菓子店の窓に貼られたポスターが目に入った。

「…八雲君、好きそう」

所属しているゼミの先生の手伝いで暫く忙しいと言っていた紅い左目の捻くれ者が晴香の頭に浮かぶ。

(連絡せずに行ったら…)

イヤな顔はしないと思うけど、と恋人同士とは思えない反応が晴香の頭に浮かぶ。

ーお前ら…付き合うことになったんだよな?ー

恋人になるまでの紆余曲折を知る後藤も首を傾げるほど今までと全く変わらない八雲と晴香。

その証拠(?)に晴香の頭に浮かぶ八雲は、あえて喜ぶなんてことなく、「豚になるぞ」と冷めた目を向けていた。

……イラッ

自分の想像に勝手にイラッとした晴香だったが、こんなことで行動を改めることなどない。

(今日は体育があったから大丈夫)

運動したのは子どもじゃないのか、と想像上の八雲の嫌味を聞こえないふりをして店内にはいり、ショーケースの前で数分悩んで5つ注文をする。

店のロゴが入った紙袋を持って、浮かれ気分でいつもは曲がらない場所で右に曲がった。

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「やあ」 

形ばかりのノックが3回。

しばらく時間を置いて入ってくる無礼者に、八雲はレポート用紙から顔をあげずに応える。

「何しに来たんだ?」

顔を上げずとも『誰か』など八雲には分かっていた。

そもそも書類上の所長が僧侶の修行で忙しく、実質開店休業中の探偵事務所に客など滅多に来ない。

「仕事はどうした?さぼりか?」

「小学校の先生がさぼることなんてできないよ。学校の都合で早い帰宅になったから差し入れをもってきたんだ」

(目は口ほどにものを言うとはよく聴くが…コイツの場合は目が口以上に物を言っている)

『どうだ』と言わんばかりの自慢気な晴香の表情に、八雲は呆れを通り越して笑いたくなった。

「ふうん」

 晴香が元気いっぱいにやって来て、八雲が投げやりに出迎える。

何回も繰り返してきたやり取りだから『ふうん』でも十分意味は通じ、晴香は笑って給湯室に向かった。

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「ご馳走様」

寺の住職である一心に育てられたからか、どんなに捻くれ者だろうと八雲は基本的に礼儀正しい。

ただし油断して「お粗末様でした」なんて応えようものなら、「君が作ったんじゃないだろう」など八雲らしい皮肉が飛んで来る。

(ホント、あー言えばこう言うんだから)

立ち上がった八雲をちらっと睨んで、ふんっとテーブルの上にあったティーポットに手を伸ばせば軽かった。

「ほら、貸せよ」

「……ありがとう」

八雲の声に顔をあげれば、そこには湯気をたなびかせる電気ケトルを持った八雲が立っていて

「熱いから気をつけろよ。いまの僕に君のドジをフォローする時間はない」

心配なんだ、の数文字がなぜこんな長文になるのかと思いながらも、自分のドジは痛いほど認識しているので慎重にお湯が追加されたティーポットに手を伸ばす。

「僕にも頼む」

八雲の言葉に、晴香はティーポットを傾け琥珀色の液体を八雲の使っているカップに注ぎ始める。

(後藤さんたちってすごいよなぁ)

晴香がふと思い出したのは先日お邪魔した後藤家での様子。

『はい』とか『おう』とか簡単な掛け声なのに、醤油だのティッシュだのが晴香の目の前を行き来していた。

別居だとか、夫婦間の交換日記をしていたとか、そんな崖っぷち夫婦だったくせに二人の間にある阿吽の呼吸は夫婦の歴史だった。

ー 最近になってよ、こういうやり取り ー

「昔は全然違うものを渡していたわよ」と後藤の妻の敦子は笑っていた。

同じ過去を思い出しなが、『なあ』とか『ねえ』とか、短い言葉で想い出を共有するふたりを晴香は羨ましいと思った。

同じリズムで人生を刻んできた芸当。

(いつかは…できるかな)

夫婦なんて未だその片鱗さえない、ただ独り善がりの妄想だけど晴香の気分は急上昇だった。

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(膨れた狸がもう笑う)

目の前で百面相をする晴香を八雲はそう評しながらも口に出すことはなかった。

膨れ面も悪くはないが、どうせならば笑顔が良い。

八雲は晴香を膨れさせる言葉をこれ以上吐かない様にカップに口をつけて自分の口を封じて晴香の話に耳を傾ける。

学校のこと。

家でのこと。

途切れることなく様々な話題を繰り出す晴香に「よくそんなにネタを仕込んでるな」と八雲は心底感心する。

数か月ぶりに会ったなら分かる話題の量だが、二人が最後に会ったのは5日前。

『こんにちは』と言うには少し長くて、『久し振り』というほどでもない時間。

春から大学院に進学して学生を延長した八雲と異なり、晴香は夢を叶えて先生となり社会に出た。

新しい環境で四苦八苦しつつも相変わらず頑張る晴香に八雲の口が緩みそうになるが、

「この前歓迎会があってね、…先生が横でいろいろ教えてくれたの」

最近晴香の口からよく聞く男性教諭の名前に八雲の緩みかかった口元がキュッと絞られる。

晴香の顔や声音から『良い先輩』の枠から越えていないことが八雲には分かるから「ふうん」と適当に相槌を打つが、

(…何でまた聞きの僕に分かるのにコイツは気づかないんだ?)

晴香の語る或る男の行動には晴香への好意が透けて見えるのに、晴香本人は全く気付いておらず、八雲にとって晴香の鈍さは呆れるものであると同時に安心材料でもあった。

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「それじゃあ、明日も仕事があるからそろそろ帰るね」

茜空は消えて、薄暗い空では異国に行った太陽の代わりに月が輝く。

「それじゃあ」 

一通りの時間を過ごして満足し、晴香は少しだけゆっくりな動作で立ち上がる。

未だ少し一緒にいたいと思うのだが、『帰らないのか?』と八雲に言われたくないのが乙女心である。

そんな晴香の葛藤に気づかず

「ん」

八雲から返ってくるのはたった一言。

(何で私から帰るっていうか…八雲君でも分からないんだろうな)

優秀な探偵っぷりを見ていた晴香は、乙女心のなせる技に気づかない八雲が妙に可笑しかった。

隣に置いておいたトートバックを傍に寄せて、肩にかけて立ち上がろうとしたのを八雲の手がバッグを握って押し留める。

「なに?」

晴香の声に応えることなく、八雲はレポート用紙から目を離さずに空いている右手にペンを持って何かを書き殴り、周りに散らばった紙を数枚まとめてた上にペンを置く。

「…送る」

大学時代の八雲だったら、送るつもりがあっても決して「送る」なんて言わなかっただろう。

晴香からしてみれば八雲のこういった行動は「恋人になったから」故なのだが、後藤からしてみればこの程度は「お前ら、中学生か」と問いたくなるらしい。

ちなみに、後藤の元部下である石井と真琴のやり取りも高校生のようで、「周りがティーンエイジャーしかいなくて…すごくおっさんになった気がする」と後藤は敦子に愚痴ったらしい。

スマホと財布をズボンのポケットに無造作に突っ込む八雲を横目に、晴香は先に事務所の出口に向かう。

「階段、気をつけろよ」

事務所のドアにカギを掛ける気まぐれな騎士だったが、「君は鈍臭いんだからな」とやはり八雲らしい言葉が付けたされる。

晴香はそんな八雲に「分かってるよ」と応えて、暗さの所為で見えずらい指で八雲の脇腹を突く。

「っ!」

弱点を突かれた八雲はビクリと跳ねると色の違う目で晴香を睨んだが、「へへーんだ」と舌を出して喜ぶ晴香に苦笑した。

しかし、次の瞬間勝利に酔った晴香は階段の端で足を滑らせたが、

「晴香!」

名前と同時に腕を強く引かれて難から逃れる。

「気をつけろって言った傍から…全く、奈緒より目が離せないな君は」

「や、八雲くん?」

階段から落ちそうになったこと以上に、取られた腕を八雲の手が滑って晴香の指と八雲の指が絡まったことの方に晴香はびっくりして声を上げ、

「これだから、君が先に帰ると言っても素直に見送ることはできないんだ…今週中にレポートを仕上げるから、来週は飯でも食いに行こう」

「! うん!」

((また来週か))

同時に見上げた夜空に浮かぶ猫の爪のような形をした月。

その頃には月も膨らんでいるだろうか、と二人は次の約束に思いを馳せた。

END

拙い恋のテクニック /心霊探偵八雲

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