彼の苗字、彼女の名前

心霊探偵八雲

心霊探偵八雲の二次小説です。

心霊探偵八雲が完結したため、今までアップした作品の設定を一部修正し、できるだけ原作「心霊探偵八雲 COMPLETE FILES」の書下ろし「それぞれの明日」のその後になるように修正しました。

大学卒業後の八雲と晴香で、八雲は大学院生をやりつつ後藤探偵事務所のバイト(後藤は僧侶の修行中で探偵事務所はほぼ八雲の寝床状態)、晴香は小学校の先生になっている設定です。

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研究室にレポートを提出しに来た帰り、後藤から仕事を手伝って欲しいと聞いた八雲は一瞬悩んだものの

ー 奈緒とここ一週間ろくに会えていないんだ ー

養父が大好きな妹のしゅんとした顔が容易に想像できてしまい、仕事を引き受けることにした。

「すみません」

今回の被害者が専業主婦だったため、八雲は被害者の自宅の近所に絞って聞き込みをしていた。

被害者と同じ年齢層の主婦が通るたびに八雲は声をかけたが

「あ……えっと、ごめんなさい。少し急いでいるもので」

最初に彼女は八雲の端整な顔に喜んだが、八雲の紅い左目に気づくとギョッとして、聞いてもいない言い訳と共に去っていく。

(…引き受けたのは失敗だった、か)

彼女たちのような反応には慣れているから特に何も感じないが、調査が進まないことにはイライラとして頭を掻くと

ー んもう、八雲君は怒らなきゃだめだよ! そうじゃなきゃちゃんと落ち込んで! ー

理不尽を簡単に受け入れる自分に対して晴香が説教する声が頭に浮かんでちょっと苦笑する。

(もう少し粘ってみるか)

気合を少し入れなおしてクルリと首を向ければ、1人の女性とパチリと目が合って「丁度良い」とばかりに八雲が口を開くより先に女性の口が動き、

「あら、あなたは小沢先生と一緒にいた」

思いもよらない問いかけに八雲の目が少し丸くなる。

八雲の周囲に『小沢』は晴香しかおらず、その晴香は大学を卒業して小学校の先生になっている。

(そういやここは彼女の学校の校区だったか)

晴香の名前と同時に記憶が刺激され、目の前の女性と合ったときのことも思い出す。

「どうなさったんです、お一人ですか?」

気の好い笑顔が晴香とリンクして、ダメでもともとと事情を説明してみたら

「あら、あの方のこと?それならばちょっといらして」

そういうとその女性は戸惑う八雲に構わず腕を引き、地元の人の御用達とわかる商店街に我が物顔で入って行った。

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「あらぁ!イケメンがいるわ。何事?」

「実はね」

同じようなやりとりが何顔も繰り返されて、人が新たな人を次々と呼んでくる。

端正な顔の八雲の存在に引かれて来る者もいれば、見知らぬ男への警戒で来る者もいたが「ほら、小沢先生の」という紹介ひとつで皆が親切な人に変わる。

(いったいアイツはここでどんなお節介を焼いたんだ?)

被害者に対する同情もあったのだろうが、次々寄せられる情報に「小沢先生の名前には”開けゴマ”並の威力があるな」と八雲が思ったのはここだけの話。

「夕飯が未だならあそこで食べて行きなさいよ」

夕飯の時間になったところで、八雲は商店街の人が薦めてくれた食堂に行ってみると、暖簾にはいつだったか彼女が最近行きつけなんだと言っていた店名が書かれていた。

「ああ、”小沢先生の”。連絡貰ってますよ。先生にはうちの息子が世話になってて」

「いえ、私もここの食事が美味しいと彼女から聞いています」

晴香への感謝が八雲にも向けられて、面映ゆい思いをしながらした返事に、ふと「”うちの人”がいつも悪いわねぇ」といって笑う敦子を思い出された。

(結婚、したらこんなやりとりが増えるのか)

そんなことを思わず考えてしまい、自分の想像に火照って赤くなった顔をおしぼりで冷やした。

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「あ、八雲くん」

注文した定食を半分ほど食べたとき、「いらっしゃい」という威勢のいい声と同時に晴香が笑顔で飛び込んで来た。

「どうして此処に?」
「大将から連絡を貰ったの。私も同じやつにしよっと」

「よく来るだけあって慣れてるな」
「んー、まあね」

言葉を濁して困ったような笑顔を返すから、何か事情があるのだと察してそれ以上の追及はやめた。

恋人といっても仕事に関しては互いに踏み込んではいけない部分というのがあった。

「んー、疲れた!」

適温に温くなったお茶を晴香が一気に飲み干すから、八雲が黙って傍にあった急須からお茶を注ぐと

「仲が良いねぇ」

昔を思い出すなぁと言いながら、大将は八雲の前に「サービス」といってシフォンケーキの切れ端を置いた。

「先生が食い終わるまで手持無沙汰でしょう?」

「ありがとうございます」

厨房に戻る後姿にも優しさを感じてケーキを食べると、ケーキはこの場の空気に相応しい、甘くて優しい味がした。

「先生、お待たせ」

「わぁ、美味しそう」

男の八雲に丁度いい量の定食が晴香の前に置かれ、「そんなに食うのか?」と呆れた目で見れば

「子ども相手は体力勝負なの!でも、これは多い、かな」

あげるといって晴香はポテトサラダの半分を八雲の空の器に乗せる。

ポテトサラダはさっきの八雲の定食にはついていなかったので、八雲が文句言わずに晴香の行為を受け入れていたら、

「仲が良いですねけ、先生の彼氏さんのお名前は?」

「斉藤、です」

「それじゃあ小沢先生はいつか『斉藤先生』になるんですね」

どっちも珍し過ぎず多過ぎず良い名字だ、とよく解からない評価に曖昧な笑いを返しつつ

「…おい」

視界の端で顔を真っ赤にしている晴香に咎めるような視線を送る

「変に照れるな…移る」

「ごめん/// でも…いろいろ想像しちゃって」

「”想像”?」

「私も『斉藤さんの奥さん』とか言われるのかな~、とか」

晴香の言葉に限界を超えて、八雲の顔も真っ赤になった。

END

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