思うことは同じな二人 / 心霊探偵八雲

心霊探偵八雲

心霊探偵八雲の二次小説です。

心霊探偵八雲が完結したため、今までアップした作品の設定を一部修正し、できるだけ原作「心霊探偵八雲 COMPLETE FILES」の書下ろし「それぞれの明日」のその後になるように修正しました。

大学卒業後の八雲と晴香で、八雲は大学院生をやりつつ後藤探偵事務所のバイト(後藤は僧侶の修行中で探偵事務所はほぼ八雲の寝床状態)、晴香は小学校の先生になっている設定です。

「夏の野の繁みに咲ける姫百合の 知らえぬ恋は苦しきものを」

万葉集にある大伴坂上郎女の歌をイメージしたSSです。

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「君は余程ヒマ人なんだな」 

呆れた様な八雲の声に晴香は頬を膨らませ、涼し気な透明な袋に入れた水羊羹を八雲に見せた。

「折角だから皆で食べようと思って」

恋人同士と言えどお互いの都合もあるので、それなりの口実を用意する。

(こんな口実が無いと逢えないなんてなぁ)

菓子袋を八雲に渡せば、見かけによらず甘党な八雲がなんとなく嬉しそうに表情を緩めて袋を覗きこむ。

その様子に、

(いつか手ぶらで此処に来れる日は来るのか)

晴香は内心ため息を吐き、

「美味しそうだな」

やはり菓子の方が歓迎か、と八雲の言葉に晴香の希望は霧散しながら袋の中を説明した。


   「全部味が違うんだよ」

晴香の説明に気の無い返事をしながら八雲は数を数える。

4つなら「二人で分けようと思って」かもしれなかったが、3つとなると晴香と八雲と後藤の分となり「二人で」の可能性は消える。

「好きなの選んで。三つあるからひとつは後藤さんのね」

ほぼほぼ八雲の寝床となっている開店休業中の事務所の所長の分もあると言われ、『一人でよりも皆で』がモットーの晴香の真意は推理が得意な八雲でも計りかねる。

(いつか笑顔一つで会いに来てくれる日は来るのだろうか)

八雲は内心ため息を吐き、

「美味しかったら今度奈緒ちゃんにも買って行こうね」

取りあえず次ではない、と晴香の言葉に八雲の希望は霧散した。

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 「はい、後藤探偵事務所です……後藤さん?」

電話に出た八雲が「何だ」とばかりにガラリと態度を変えて椅子の背に寄りかかる。

その少しがっかりしたようにも見える雰囲気に、

(二人でいたのを邪魔されて残念…とか?)

晴香は少しだけ願望を込めて八雲を見たが、八雲は晴香を見ることなく受話器に向かって文句と報告を半分半分。

「な~んて、ね」

晴香は照れ臭さを誤魔化す様に笑うと立ち上がり、後藤の分の水羊羹を冷蔵庫に入れる。

「はあ? 全く…あなたはお使いも満足に出来ないんですか?」

盛大にため息を吐いた八雲が机の上を探るから、直ぐに察した晴香は八雲の机の上からペンを取る。

”ありがとう”と声に出さずに唇で伝える八雲に頷いて、こんな風に簡単に心が解かればなんて晴香は思う。

「悪いが紙も取ってくれるか?」

やはり言葉無く相手の心を理解しきるのは無理か、と紙を渡しながら晴香は思う。

言葉は大事。

でも今は何も言えない。

恋人になったといっても正しい距離感が分からない。


「解かりました、これを持って行けば良いんですね?」

後藤が忘れて行った茶封筒を振りながら、その先にいる晴香をちらりと見る。

残念そうにその大きな瞳を揺らすから、

(二人の時間を邪魔されて残念と思ってるのか?)

なんて柄にもない願望混じりの願いを八雲は抱いたが、笑顔の晴香の桃色の唇が無音で「ご愁傷様」と形作るから

 「だよ、な」

「何だ?」と電話の向こうで怪訝そうな後藤の声を無視して、思わず漏れた自嘲的な呟きをなかったことにする。

「未だ外は殺人的な暑さなので、夕方涼しくなったら行きます」 

晴香が八雲と給湯室を交互に見ているから、喉が渇いたのだろうと察した八雲は冷蔵庫をひょいと指さして頷く。

”ありがとう”と声に出さずに想いを伝える晴香に頷いて、こんな風に晴香の心が解かればと八雲は思ってしまう。

「ここに置いとくね」

注意と共におかれたのは温かい緑茶。

そういえば晴香は暑くても和菓子には熱い緑茶の人だった、と思いながら八雲は言葉の大切さを実感する。

言葉は大事。

でも今は何も言えない。

人になったといっても正しい距離感が分からない。

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『 こんばんわ 』

ニュースキャスターの夜を表す挨拶に時を告げられ、八雲と晴香は軽く顔を見合わせる。

楽しい時間が過ぎるのは早いのだ。

気付けば後藤からの電話を切って三時間が過ぎていた。

「日が伸びたね」

未だ明るい外を見ながら晴香は呟く。

晴香はこの季節が好きだった。

この時間になっても未だ外は明るく、「未だ帰らないのか」と八雲に聞かないから。

あまり遅くなると仕事に差し支えると気遣っているのは解かるけど、帰らない口実が無い晴香には寂しく聞こえるのだ。


 「夏至が近いからな」

 窓の外を見る晴香の視線を追って八雲は同意する。

八雲はこの時期が嫌いだった。

未だ明るいから大丈夫だよと、晴香は「送っていく」という八雲の申し出を断るから。

明日も大学で忙しいのだろうと気遣っているのは解かるけど、送る口実を八雲は必死に探す。

幸いにして今日はしっかり口実があるのだが。

八雲のスマホが受信音を鳴らし、メッセージを流し読みをした「その口実」を数分早めて実行に移さなければいけなくなったことに八雲がため息を吐く。

「流石に待ちくたびれたようだ」

「私も一緒に出るよ」

流石にこれ以上待たせられないと八雲が立ち上がるものの、少しでも一緒にいたいのが恋心。

スマホに財布と出かける準備をゆっくり整える。

そんな男心も知らず、「待って」と言っても八雲に置いていかれた過去がある晴香の帰り支度はとても速い。

 「早…かったな」

待つのも悪くないと思うのだが、過去に犯した自分の行動がいまの八雲には口惜しかった。

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「だって遅いっていつも文句言うじゃない」 

晴香は八雲の穏やかな笑顔が好きだから、些細なことで消したくなくて

 「言わない」 

八雲は晴香の甘える様な視線が好きだったから、晴香に面倒をかけられることは嫌いじゃないのに

(( なかなか上手くいかない ))

少し不機嫌そうな八雲に晴香は凹み 、笑顔無く気まずそうに並ぶ晴香に八雲は凹んだ。

 二人は気まずい空気に黙って外階段を下りる。

晴香は前を行く八雲の後頭部を見つめながら、八雲は晴香の靴音を背中で聴きながら。

 (( 次はいつ逢えるかな ))

想うことは同じでも、言葉なくては中々気持ちは伝わらない。

そんな不器用な、若葉マークの恋人たちに神様は苦笑いをし、ちょっとした悪戯を思い付いたらしい。

「あ」

八雲が何も持たない自分の手に気付いて思わず振り返ってしまったことと

 「きゃあっ」

規則的に揺れていた八雲の頭が不規則に動き、それに驚いて晴香が階段で躓いたこと

「わっ!?」

文字通り降ってきた晴香に八雲は驚き、咄嗟に抱き留めて空いた方の手で階段の手すりを掴む。

 「ご、ごめん」

階段を落ちそうになったドキドキを押さえたいのに、触れ合う八雲の体温に上手くいかない晴香の心 

「全く…気を付けろよ」

晴香が降ってきたドキドキを落ちつけたいのに、抱き留めた晴香から香る甘い香りに上手くいかない八雲の心。

(離れなきゃいけないけれど…恋人なんだし、少しは、ね)

悩んだ晴香は少しだけ甘えるように八雲の胸に体重を預ける。

(…もう少しだけ)

擦り寄る仕草の晴香が可愛くて、抱き留めた晴香の体に回した腕に少しだけ力を籠める。

 ((離れるタイミングが分からない))

悩む二人が離れたきっかけは、待てども来ない八雲に焦れながら事務所に戻ってきた後藤の「何してんだ」という声だった 。

思うことは同じな二人 / 心霊探偵八雲

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