シティーハンターで原作終了後の恋人同士のリョウと香です。
「人もをし人も恨めし あぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は 」
この歌は百人一首の1つで後鳥羽上皇が詠んだ歌です。
意味は「人が愛おしくも恨めしくも思われることよ、この世をつまらなく思う故に物思いするわたしは」です。
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「っ、…りょ、…おぉ」
(俺ってバカ)
涙混じりの切なげな香の声。まるで閨での甘く強請る様な声に獠は粟立つ背筋を恨めしく思いながら、やや堅く歯を咬み合わせて湧き上がった劣情を散らす。
(学習しろよ、俺)
目をつむったまま獠がにぎった拳をこめかみに当てれば 『こ゛ろ゛し゛て゛や゛る゛』 と濁った声がテレビから
「きゃああああああっ!!!!」
そして隣から盛大に香の悲鳴があがる。
「おまぁ、…さぁ」
呆れながら目を開ければ、仄かに光るテレビ画面の中で香曰く『おどろおどろしいゾンビ』が暴れている。グシャとかベチャとか、濁点だらけの効果音に律儀に反応しては、大きくソファを揺らす隣の即席お化け。
「りょぉ…」
即席お化けから獠が真っ白なタオルケットを奪おうとすれば、火事場の馬鹿力で抗う香が現れる。
「そんなに怖いんだったら見なきゃいいだろぉよ…終わったぞぉ」
幽霊がブランケットの隙間から生やした手を掴むのは獠の赤いシャツ。外そうしようものなら悲鳴と抗議のコンボを獠は経験済み。
呆れつつもスプラッタシーンが終わったのを獠が教えれば、ようやくタオルケットを肩にかけた香になる。の間から香の顔がもそりと出てくる。 眉をハの字にした、獠いわく『情けねぇ顔』をして。
「……だってぇ」
(潤む瞳の上目遣いは反則だろ)
なんだかなぁ、と獠は内心で盛大なため息を吐く。
「もう…怖くない?」
「さあねぇ」
見たことが無い映画だから獠だって先は分からない。先ほども『この子可愛いもっこりちゃんだから最後まで生き残れるんでない』といったこの子が殺人鬼の斧の餌食になっていた。
(とりあえず、クライマックスまでの道のりは遠いやね)
煙草を1本取り出してくわえながらDVDデッキの時間を見れば、いまだ開始30分。まだクライマックスまでも遠い。遠い、のに
「きゃああ、いやああ」
新たな殺戮が始まり、再びお化けになった香を横目に見ながら、香の腕に掴まれた腕が柔らかな胸に埋もれているのを意識しながら、獠は天井向かって紫煙を思いきり吐いた。完全に八つ当たりだった。
この日は朝から、獠は香の視線を痛いほど感じ続けていた。
(俺、何かしたっけ?)
食事していても
リビングでくつろいでいても
とにかく何をしていても感じる香の問う様な視線。
ツケか?
ナンパか?
多過ぎる心当たりを獠が探るうちに夕暮れになった。明らかに香の纏う空気が切羽詰まったものになり、嫌な予感が獠の勘をひしひしと刺激した。
(こりゃあ逃げるが勝ち、だな)
用意された夕食をかき込んで、隣に住む悪友を口実に家からの脱出を試みようとしたが
「獠」
いささか強い力でシャツを引っ張られたため脱出をあきらめた。もちろん多少はあがいた。
「何かな~? 僕ちゃんとっても大事な用事があってぇ」
『エヘラエヘラ』と効果音が聴こえてきそうな笑みを浮かべたが、香が顔を上げた瞬間にゴマすり笑顔なんて吹っ飛んだ。動きも時も、獠は周りが全てが止まったと感じた。
そのとき、獠の目の前には白い頬を紅潮させて、どこか照れ臭そうに、獠の眼にはそれはそれは可愛らしく自分を見る香がいて
「お願い、があるの」
香の濡れたが言葉を紡ぐ。獠は口内にわいた唾を『もしかして』の期待と同時に飲み込んだ。
「行か…ないで」
他の女に言われたら煩わしくって堪らない台詞だが、香がいうとなぜこうも甘く響くものかと獠は内心で苦笑しながら
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
お姉ちゃんの店で飲もうが、ナンパに勤しもうが、『まあ、ほどほどに頑張ってらっしゃい』と仕事さえすれば文句言わなくなった香に少し、いや、かなりの物足りなさを感じていたことを獠はこのとき実感した。
「…だって」
『行かないで』といって獠のシャツの裾を掴み、潤む瞳で僚を見上げる目の前の香は『行ってらっしゃい』と平然と送り出すいつもの香とまるで別の女。
獠の背筋がぞくぞくっと粟立って、外に行こうなんて気は根こそぎ奪われた。女ってすげえなぁ、と妙な風に獠は感心さえした。
「お願い、傍にいて欲しいの」
「…香」
解かったよ、と同意しながら香を抱きしめれば、「よかった」と腕の中の香は身体の力を抜くから
(やけに素直…いつもの意地っ張りも良いけどこれも良いなぁ)
甘く熱い夜の予感に獠はニヤニヤ笑いが止まらず
「それじゃあ…」
行こうか、と寝室に誘おうとした手は空振りに終わり
「へ?」
筋肉質な獠の腕の拘束をいつの間にか抜け出た香は、カウンターの端から見覚えのある袋を取ってきてにっこり笑い
「良かった。DVDのレンタル、今日までだったの」
「…………へ?」
トットットッとトンボが横切る。獠の口から思わず素っ頓狂な声が出たのは、期待が大きかった分だけ仕方がない。
「きゃああああああっ!!」
鼓膜を破る様な悲鳴にハッとして回想から戻れば、獠の顔のすぐ横を風が通り抜け、バフッと音を立ててタオルケットを被る香。
「獠、これが終わったら教えて~」
「へいへい」
それまでの展開の説明は不要。テレビからはネチャとかグチャとかやたら粘着質な音がして、テレビの中の人間が悲鳴が上がるたび、獠がいま座っているソファが悲鳴を上げるから。
『ぎゃあああああああっ』
「…っ!!」
香が息を飲むたび、ギシッとソファが軋む。ホラーなBGMさえなければ、かんなり艶めいた状況とも言える。それに香オバケは全く気付いていなかった。
「…なあ、香ぃ」
香の息をのむ声を聴いていたら何となくその気になってきて、獠が誘う様に声をかけても
「…終わった?」
香が気になるのはDVDの進行状況のみ。面白くない獠が肯定も否定もしないでいると香はシーツから顔をだし
『きゃあああああああああああああ!!』
刃物で滅多切りにされ血塗れの金髪美女と御対面。ひっ!!っと短い悲鳴を上げた香は急いでタオルケットを頭から被り
「僚のうそつきーー!!」
タオルケットの隙間からミニハンマーを飛ばす。完璧な八つ当たりだったからミニハンマーはやすやすと受け止めて脇に放り、わざと痛いといって獠は当たったふりをしておいた。
「おまぁ…この手の映画が苦手なくせに何でこんなの借りたんだ?」
「レンタルDVDのジャケットと中身が違ったのよ」
お間違いないですかと訊かれて頷いたから文句が言いにくい、実に香らしい理由に獠は苦笑するしかなかった。
「そういえば、あのとき僚と喧嘩してむしゃくしゃしてたのよね」
「はいはい、俺が悪かったですよ」
「誠意ない」
思いがけないとばっちりに獠は天を仰ぐ。そんな獠の隣で香はタオルケットから顔を出すものの、テレビの音に反応して素早くタオルケットの中に消える。
「だからこうやって一緒に観てるだろうが」
子ども騙しレベルのB級ホラーなんかを俺が、と内心思いながらも香オバケを抱き寄せて
「こうしててやっから許せ」
ぎゅうっと力を込めれば香オバケは小さく頷いた。
(しっかし……まあ)
慣れた温もりと匂いを嗅ぎながら、タオルケットごしでもビクビク震える香を感じていると獠は次第に体が高ぶる。
「やぁだ…もう」
泣き混じりの香の声にはぞくぞくする。これはまるで艶事の疑似体験だとさえ獠は思った。もちろん、やけに粘着質な音とか悲鳴が無ければ、だが。
(しっかし…そうなると)
断髪魔にビクリと震え、 『殺され…る』とテレビの中で呻く男の声に香は体を震わせる。これではまるで他の男が香を悦ばせているようで
(……面白くねぇ)
チラリと時間を見れば終了まであと15分ちょい。長いなぁと獠は嘆息して我慢するのをやめた。香が被っているタオルケットを怪我させない程度の力で引きはがし
「……りょ?」
驚いた顔をしている香にキスをして、直ぐに舌を絡めて深くして、そのままソファに押し倒す。
『ぎゃあああああああああああああああああ!!』
クライマックスが近い映画は今までにない大きな音を立てる。キスに集中しきってない香は獠の腕の中でビクッと震える。
「香……俺に集中しな」
2人分の唾液で濡れた唇をぺろりと舐めて、獠にしては珍しく本音を言ってみたのに
「でも…DVD……」
流石天然鈍感女。
未練ある瞳をテレビ画面に向けるから僚の中の我慢が限界に達した。
「いい度胸だな、香チャン」
ギャアギャア騒いで、タオルケット被り続けて、何だかんだと香さえろくに見れていない映画なんかに獠は負けるつもりは一切なくて
「覚悟しろよ」
無意識に獠の対抗心に火をつけた香は 噛みつくようなキスをされた。
END
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