シティーハンターの二次小説です。奥多摩後のリョウと香で、ふたりは恋人同士の設定です(リョウ香)。
概要
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自宅のあるビルから外に出た瞬間、空から降ってきた明るい声に誘われる様にミックが顔を上げると、ミックの予想通り香が向かいのビルの窓辺で手を振っていて
「どうしたんだい?」
香の明るい笑顔につられてミックも笑顔になる。
「これから出かけるの?」
「コーヒー豆が切れたからちょっとそこまでね」
コーヒーを飲みにおいでと誘われないかと期待してミックが恋人が愛用しているエコバッグを見せるとミックの希望は裏切られ
「それなら一緒に買ってきてほしいものがあるの、いい?」
恋人ではないけれど永遠の想い人のお願いに一も二もなくうなずいたミックは数分後、肩を落として新宿の街頭を歩いていた。
「あんれ~?どうしたよ、そんなに肩を落として」
そんなミックの耳を間抜けな声が刺激して、顔を上げたミックの視界で僚がぶらぶらと歩いてくる。己の体たらくなど自覚している分、それを指摘されたことでポンッと鬱屈していたミックの感情が爆ぜて
「な、なんだよ?」
走り寄るミックの迫力にのけ反る僚に、ミックは息継ぐ間も惜しんで英語で悪態の限りを尽くした文句を連ね「見てみろ!」と香直筆の買い物メモを僚の胸に叩きつけた。
「アイツも容赦ねえなぁ」
自他共に認める伊達男のミックの両手には生活感丸出しの品々、あまつさえトイレットペーパーも左手に持っている。そんな香の、絶対に断らないことを見越した無自覚な小悪魔っぷりに 「悪かったな」という僚の声は笑っていた。
「いくら丁度良かったからって香さんが買い物を頼むなんて珍しい話ね」
多少の申し訳なさもあった僚はミックをいつもの喫茶店に誘い、事の顛末を聞いた美樹はミックの受難に苦笑しつつ首を傾げた。香を妹の様に思っている美樹。だから家事を自分の担当と決めている香が誰かに買い物を頼むなんて、僚にさえ頼むことのない香の行動に首を傾げた。
「もしかして風邪でもひいてるの?…そういえばここのこと見てないし」
そんな様子はなかったがあれはやせ我慢だったのか、と香の困窮に目の色を変えたミックが隣で涼しい顔をする僚に詰め寄ると
「うんにゃ、風邪をひいてるのは俺」
しんっとなった店内にずずずっと僚がコーヒーをすする音が時の経過を報せ、やがてカチャンとソーサーが音を立てると
「それじゃ」
僚はミックの隣の席に置いてあったエコバッグを取り上げて、中からミック愛用のコーヒー豆だけ取り出すと「袋、借りてくぜ」といって後ろ手を振って去って行った。
「さすが香だな」
しんっとした店内に僚が鳴らしたカウベルの残照が消える頃、黙ったままでもカップを拭き続けていた海坊主が感心した様に言い
「そうだな……でも、惚気られた気分」
おえっと舌を出すミックに美樹が微笑む。僚が風邪をひいたから香が家にいる、ぱっと聞いただけでは?な内容だが、僚の天性の天邪鬼っぷりを知るものにとっては可愛い行動にさえ見える。
「冴羽さんに家で安静にしてろっていてもムダよね」
「ムダムダ、というか意地張って絶対出かけるぜ」
「香が家にいるからアイツも素直に帰れるんだろうよ」
「健気よねぇ…香さんも外であれこれやりたいでしょうに、冴羽さんの負担にならないために家に籠城するなんて」
香にトラップを直々に伝授した海坊主は満足げに頷く。
「あのマンションのセキュリティは軍事国家の要塞並み、俺でも中から解除してもらわないと入ろうとは思わないよ」
「愛されてるわね、香さん」
裏稼業は体が資本であり、体調を崩すことは死につながる。それを香は知っているから、自分が誘拐されでもしたら僚は命の危険を無視して助けに来ると知っているから、一番安全な場所に閉じこもる。それはある意味、究極の自信の表れでもある。
傍から見ると迷惑で遠回りな愛情表現。それでも相手には確かに通じているのだから無駄な思いではない。そんな2人を思いながら美樹は僚の飲み干したコーヒーカップを手に取り、ハート型に見えなくもないコーヒーの痕に微笑む。
「恋の形は人それぞれだものね」
そういって家路を急いでいるであろう誰かさんをからかう様に美樹が白いカップをシンクに沈めた、それとちょうど同時刻、冴羽ビルの入口を潜った僚は盛大なクシャミをして鼻を啜った。
「……悪化したか?」
持っていた買い物袋を持ち直し、鼻を啜りながら僚は階段を上がると玄関扉を開く。
「あ、お帰り」
そんな僚を出迎えたのは笑顔な香とピカピカに輝く廊下。その眩しさは家に居続ける香の退屈さを物語っていた。それでも香は何でもないように微笑んで僚を出迎えるから、じんっと僚の胸が熱くなった瞬間
「…ん?」
ぐるんと回った視界に思わず僚の声がでる。そしてぐらつく視界に目を見開いた香が慌てて駆け寄る姿が見えて、自分の脇の下に細い香の腕がさしこまれたと感じると脳はこの細い腕に己の体重を支えるのは無謀だと判断して体を動かす。
「は…ははっ」
咄嗟に壁に手をついて倒れるのを支えた僚だったが、がくがくと震えて力の入らない自分の脚を信じられない思いで見下ろして、これまた信じられない思いで力なく笑う。
(そりゃそうだ…信じられねえよ、まじで)
心配げに自分を見る香に、ここまで浸食されたかと僚はそら恐ろしい気分にさえなる。少しでも自分を支えようと肩に添えられる小さな手から伝わる優しい温もり。
別に高熱を出したのは初めてではない。戦場では傷を負うなど日常のことで、その炎症で高熱を出すことはざらだった。そんな時でも僚は倒れなかった、なぜなら戦場で動けなることは死を意味していた。
ジャングルから出て色々な都市を経て新宿に来ても、その習性は変わらない。どこにいっても戦場だった僚は気を抜くことがなく、どんなに傷が化膿して熱を出そうと暗闇でひっそり銃を片手に耐え凌いでいた。それなのに
「はははははは」
それまでの人生の半分にも満たない年月で香は僚の全てを思いっ切りひっくり返した。可笑しくて仕方がない僚を、香は気でもふれたものを見るように驚きつつもその瞳からは心配が消えない。
(悪くないもんだな)
心配してくれる人がいる
心を許せる人がいる
ここは大丈夫。理屈じゃない安心感が僚の体から力を奪う。心配そうにのぞきこむ香の瞳の中の僚は困り切った表情を浮かべていて、目が合うと男の面映ゆそうな顔にくすりと小さな笑顔が浮かんだ。
「香、悪いが肩を貸してくれないか」
「え、あ…う、うん」
僚の頼みに応える香の声は戸惑っていた。誰かの肩に甘えようなんて僚が思ったことはない。ただ一人甘えろと言ったの男は、僚が肩を借りる前に彼岸の向こうに旅立った。
香はその男からの預かりもの。遺言に近い男との約束を守るため僚は香を預かり物として扱った。どんなに心が揺さぶられても、この温もりを手放したくないと思う心にフタをしてた。そのフタは男たちの誓いを嘲笑うようにあっさりと破壊されたが。
(おっそろしい兄妹だこと)
浸ってはいけない温もりを細い肩越しに感じつつ、僚は己の体重の何割かを香に預ける。僚の部屋は2階にあるから、そこまで運ぶ力がないことを自覚していた香は僚を自分の部屋に運ぶ。
カチャリと扉を開けると冷たい空気が香を包む。鼻をくすぐる自分の匂いに懐かしさを感じ、最近自分はこの部屋で寝てもいないことを強く意識させられる。肩を貸した僚の体から漂う汗のニオイに香の脳裏はポンッとピンク色の光景が浮かび、羞恥を払う様に香は些か乱暴に僚の体を自分の小さなシングルベッドに放り投げた。
「すぐにストーブ持ってくるね。他にも何か必要」「悪い…全部任せた」
もう声を出すのも辛い。そんな体の悲鳴に素直に従い、僚は自分の体も意志も全てを香に託して、慌ただしく去るスリッパの音をBGMに僚は目を閉じて
(全く…らしくねぇ)
火照った頬を冷たいシーツで冷やす。スリッパの主は扉の向こうに消え、一人残されたものの僚に寂しさは無く部屋に染み込んだ香の匂いを僚は吸いこんだ。
集団で生活していた反動か僚は余り他人の匂いが好きではないのに、どこか甘い香の匂いは僚の心を優しく包んで、それにつられて僚の体から力が抜けると堕ちるように眠りについた。
「あら…寝てる?」
両手で大きな毛布を抱えた香は部屋にかすかに響く寝息に驚く。初めて見る僚の弱った姿に慌てるままバタバタ走り回っていた自覚はあった。
なにしろ僚が香より先に寝ることはあまりない。昔の習性だと僚に言われたことがあったから特に気にはしていなかったが、他人の音が気に障るのではないかと思っていた。だから最近、ときどきだけど僚の寝顔を見れるのは香にとって嬉しいことだった。
「何か…可愛い」
熱の所為か赤く火照った頬は僚の顔に幼い印象をプラスして、香の母性本能がきゅっと締め付けられて甲斐甲斐しい気分になった。 そんなほんわり気分も最初だけ。「噛まないでよ?」と起こさないように注意をして薄くあいた唇の間にさしこんだ体温計の水銀計が見る間に上昇していくのに仰天した香は僚の主治医に電話をかけたが
「本当にこれで良いの?」
僚ならそれで大丈夫じゃ、と太鼓判を押されたのは市販の解熱鎮痛薬。月のもの対策で用意していたものだが、と半信半疑で白い錠剤と僚を見比べる。そんな香の視線の先で僚の唇が動き
「み……ず……」
体から水分が失われて乾いた喉で精一杯水を乞う。まるで戦場にいるかの様な熱さに、とにかく命をつなぐために水を欲した僚の耳に香の声が届いたと思った瞬間、唇に触れる冷たい潤い。
水だ。
水を認識した僚は喉を開き、流れ込んできた水を体の奥に流し込む。もっと欲しい。水の源に手を伸ばし、逃がさないとばかりに強く抱きしめれば
「…ん」
苦しげな香の声が耳朶を叩き、僚が反射的に腕を緩めると「はぁ」と安堵する甘い吐息が頬をなでると同時に、香の匂いや温もりが遠ざかるのを感じたから
「僚?」
咄嗟に開い目の至近距離にある香の大きな眼。香の腕をつかむ自分の手でさえ自分のものではないような、心さえも奪われたように呆然とした男の顔がそこにはあった。
「大丈夫? もっと水飲む?」
己の醜態を恥じるように目を伏せて頷けば、視界に差し出されるペットボトル。先ほど飲ませてもらった分なのか、幾分減ったペットボトルはいつも以上に軽いはずなのにつかみ損ねてゴトンッと床に落ちて転がる。
「………嘘だろ?」
ありえない事態に僚は戸惑い、香は小さく笑って僚の肩をベッドに押す。まるで赤子のように香の力に逆らうことも儘ならず、僚の体は素直にベッドに沈んだ。
「風邪だからしょうがないよ」
だから特別と囁いた香は照れた顔で水を口に含み、戸惑う僚の両頬に手を当てて唇を重ねた。
頬に触れる冷たい手が気持ちいい。喉を流れる冷たい水が心地よい。そして滅多に無い香からのキスが嬉しかった。
「もっとくれ」
離れた香の唇の端に残る雫を、気合一発体を起こして舐めながら、風邪を言い訳に甘えてみる。
そう、何もかも風邪の所為。
誰かに甘いたいと感じるなんて。
誰かが恋しいと感じるなんて。
(”誰か”? …いや、違うな)
香だから。
香だから甘えたい。
香だから恋しい。
風邪を言い訳にして素直な答えを弾き出した僚は香の冷たい唇に自分の唇を押しつけて、その口内を探って甘く味付けされた水を味わう。
(甘い…)
嗚呼、それはまさに恋の味
そんな柄にも無いメルヘン思考僚の頭がパステル色に染まりかけたとき、歯に何かが当たった感触がして、反射的に奥歯で噛み砕いた瞬間拡がる苦味。
「!!??」
苦味を吐き出すために香の唇を離そうとしたが、今度は香は僚の頭を掴んで離さない。目の前の香は顔を真っ赤に染めて、閉じた瞳を縁取るまつ毛はプルプルと震えている。
(……この積極性、俺が元気な時に出してくれないかね)
冷静になった脳が、この口を侵す苦味は薬だと教えてくれる。まさに良薬口に苦し、酸いも甘いも恋の味。そんな風に思うのも風邪のせいだと、僚はウイルスにやられた脳を救うため苦くなった水を渋々飲み干した。
END
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