「好き」の行列

シティーハンター

シティーハンターの二次小説で、獠と香は恋人同士です(奥多摩後)。

旧タイトルは「たったひとつ」です。

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「獠ちゃんが好き」

およそ告白には相応しくない新宿の小汚い路地裏。

ゲリラ豪雨が過ぎて澄んだ空気も日の当たらないここには無縁で、じっとりと淀んだニオイが漂う。

「悪い」

本当は言うつもりはなかったのだろう、と獠は感じ取っていた。

「好きだ」と言った瞬間に彼女の顔に浮かんだのは、「しまった」と聞こえるような後悔の表情。

それは獠の答えを知っていたからかもしれなかったが、獠はきちんと引導を渡す。

「やっぱり香ちゃん、か」

「まあ、そうだな」

獠の言葉に彼女はちょっと夜の営業の顔をして

「私のこと、二番目にしてみない?」

「自分を安売りするもんじゃないぜ?」

やや本気の提案のようだったが、こちらの拒絶も分かっていた彼女は小さく笑った。

「それじゃあ仕事に戻る。 またお店に来てね」

「おお」

獠にとって女性に告白されることは初めてのことではなく、どんな対応をすればよいか分かる程度には慣れていた。

だからこそ獠は彼女の様子から「大丈夫」と判断し、仕事に戻る彼女の背中を見送るに留めた。

若くてきれいな女性から告白される。

それ自体は決して悪い気分はしないが、断るときは気が重い。

そうだといっても、彼女の提案にのって『二番目』にする気はなかった。

(そんなことあいつが赦すはずないし)

大きなハンマーを振り回す女を思い浮かんだ獠は口元に小さな笑みを浮かべ、彼女が見えなくなると反対側に向かって歩き出した。

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「見つけた!」

予想通りの時間と場所で響く声。

新宿駅帰りの香は「ちょうど良かった」と獠を捕まえ、決して正直に認めないが捕まえて欲しかった獠は素直に足を止めた。

「依頼はあったのか?」

肩を落とすその姿こそが香の答えで、そろそろ真面目にやらないと雷が起きるだろうと獠が思っていると

「獠がそんなこと聞くなんて……また雨なんか降らせないでよ?」

眉間にしわを寄せて隣を歩く獠を睨んだ香だったが、足元のちょっと先にある大きな水たまりに少し歩くスピードを遅くする。

ジャンプして飛び越えられるか?

少し踵が濡れる?

ちょっと微妙な大きさの水たまり。

香の足元はいつでも走れるようにスニーカー。

白く光るスニーカーに勇気をえて香が飛び越えることを決意した瞬間、

「無理すんな」

ぐいっと右腕をひかれた香は、腕をひいた男と体の位置を入れ替える。

大きな水たまりは僚の目の前、香の目の前には湿った程度のアスファルト。

香が濡れることを懸念した水たまりを僚は長い脚でひょいっと飛び越える。

「ありがとう」

心の天邪鬼な部分と直結している獠の口は「べっつにー」と応えるが、素直な部分はトクッと弾む。

『いつものこと』

『大したことじゃない』

天邪鬼な心が何気ない日常の中の一瞬だと嘲るが、

 ― それならば香は数多いる女性の一人に過ぎないのか? ―

素直な心が獠に尋ねかける。

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- 世界で一番あなたが好き -

映画やドラマの中でよく聞く台詞が、獠にはいつも不思議だった。

なぜなら、「一番」がいるならば「二番」がいるのではないかということ。

もし、「一番」がいなくなったらどうするのか?

二番が一番に繰り上がるのだろうか?

(もし俺がいなくなったら、香はどうすんだろ)

今日の夕飯はどうしようか、などと呑気に話しながら歩く香を見ながら獠は考える。

ふたりの時間が楽しければ楽しいほど、仕事のリスクを思ってついこんなことを考える。

獠としても香が器用な性格とはほど遠く、「一番=獠」の次を用意するような女じゃないことを重々承知していた。

しかし、獠自身が経験者。

独りで生きて独りで死んでいくと思っていた獠に香が現れたように、『いまは』獠だけという香がずっと独りでいる保証はどこにもない。

自分がいなくなった後のことだと分かっている。

そうすることで、香が幸せになると分かっている。

自分の代わりに立つ顔も知らない男の存在に、想像でしかないのに、獠は殺意を抱かずにはいられなかった。

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「また告白されたって聞いたけど」

「お、気になる?」

「情報屋は仕事が早いね」と茶化しながら本音を交えて獠が訊いてみれば、獠の予想に反して返ってきたのは

「気になるにきまってるでしょ…バカ」

照れ隠しはあるものの、とても素直な言葉だった。

(断ったに決まってるだろ…なんてて言ってやるのもな)

『断るのが当然』という風に言ったら、香は喜ぶと同時に安心してしまうと獠は思った。

獠は香に空気みたいに扱われたくなかった。

不安なときこそ、香は獠のことを考える。

考えてくれる。

大切だからこそ不安にさせたいなんて、とんだ矛盾に獠が内心で笑っていると、

「獠って、結局は自分が一番好きなのよね」

「俺をナルシストみたいに言うなよ」

僚は一人じゃ絶対に生きていけないもんね、なんて香が楽しそうに言うから

「んじゃ、お前は独りで生きていけるわけ?」

「もちろん。獠がいなくなったらそうしなきゃいけないもの」

実にあっさりとした香の回答。

心の中で淀んでいたどす黒い思いが、じわっと溶け出すのを獠は感じ取った。

「獠は私の『ただ一人』、相棒よ。一蓮托生、イヤだといっても逃がすもんか」

がっちり腕を組まれたのはキャッツ・アイの前。

なぜ此処に連れてこられたのか獠の脳が警報を鳴らす。

笑う香の顔を見れば、この中で待っているのはおそらく男。

「誰も”依頼がなかった”とは言っていないでしょ?」

「ずりぃぞ」

「ずるくて結構よ。ツケの支払いは待ってくれないんだからね」

「ここに連れてくるために性質の悪いこと言いやがって」

自業自得とグイグイ腕を引っ張る香に獠が抗いながら苦情を申し立てると、香がふっと力を抜く。

獠の引っ張る力のままに香の体が腕の中に飛び込んできたことに驚いた獠の耳に届いたのは、

「嘘はいっていないわよ」

少し身をかがめないと獠の耳でも聞き取れないほど小さな声。

こんなとこで可愛い攻撃を受けた獠は、とっさにキャッツアイと隣の建物の間に2人分の体を押しこんだ。

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気配に敏い店主夫婦には感じ取られているかもしれないが、知ったことかと獠は腹をくくった。

「俺って、おまぁの『一番』?」

笑いながら肯定する香を想像していた獠だったが、獠の予想に大きく反して香は呆れた様な気の毒のような表情を浮かべた。

「あんたって時々どうしようもないほどバカね」

「あん?」

「一番なんかじゃない、あんたは『たった一人』よ」

1番とか2番とかの順位じゃなくて、欲しかった唯一無二のポジション。

『それ』を香がくれたことに獠は感動していたが、天邪鬼な男がここで素直になれるわけもなく

「もったいねぇ。俺の後ろに新しい候補が並んでいるかもしれないってのに」

「そんな列があったらあんたに日頃バカにされないわよ」

香の自己評価はとても低い。

その原因の9割は自分だと獠は自覚していたが、訂正することはしなかった。

(香が「俺だけ」って思っているのって、超鈍感だからじゃね?)

ミックを先頭に香に満更じゃないどころか本気の想いを抱いた男たちの顔が獠の頭にずらりと浮かび、『よくやった』と獠は過去の自分を褒めたたえた。

END

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