雨の夜 / シティーハンター

シティーハンター

シティーハンターの二次小説で、獠と香は恋人同士です(奥多摩後)。

ふたりにとって『雨の夜』は大切な人を失くした哀しい記憶と結びついていると思って作ったものが、Aimerさんの「Ref:rain」を聞いて想像が広がったので改修しました。

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カラーン

錆びたカウベルの掠れた音と共に、夜の闇が伸びた影のような男がするりと入店してくる。

カウンターの内側にいた唯ひとりの店員は目線を送っただけ。

特に歓迎する仕草も言葉もかけない。

照明の下にきた獠も「それ」を期待してはいなかった。

僚が一番奥にあるスツールに座ると同時に店員の手が後ろの棚に伸びる。

ロックグラスに球の氷を入れ、忘れ物のように棚の奥に置かれていた瓶のフタを開ける。

ギュギュッ

獣が唸るような音、しばらく空気に触れていないことが分かる。

トポポッ

アルコールと空気が混じりながらグラスの中で琥珀色に輝く。

古い皮で作ったコースターが獠の前に置かれ、グラスのその上に音もなく座る。

店員は静かにまた棚の前に立ち、酒の瓶を磨き始めた。

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琥珀色の小さな海が波立つたびに香るのは、むせ返るほどのアルコール臭。

それをものともせずに獠はグラスを傾け、喉の奥にウイスキーを流し込む。

約10年間、不定期に繰り返されてきた儀式。

カラ…ン

獠の手の体温で溶けた氷が軽やかに音を奏でる。

それだけの静寂な、厳かな空間。

いつも通りの空間で、いつも通りの時が刻まれていたが、

「お帰りにならなくて良いのですか?」

静かな声が静寂を破った。

不定期とはいえ10年ほど来ているのだから獠はここの常連である。

それなのに初めて聞く声に獠は些か驚いたものの、「あんた、喋れたんだな」と笑った。

「帰宅を促すなんて、どんな風が吹いたかな」

「いままでのあなたには必要のない風でしたから」

店員の言葉に僚は軽く目を瞠りると、その目に愉快な光を灯し

「俺を知っているのかい?」

「酒より溺れられる女性ひとがいることくらいは」

その言葉に獠は黙って肩を竦め、グラスを干すと席を立つ。

そんな獠に珍しく口元が緩んだから、もう一言と店員は言葉を重ねる。

「雨が降ってきましたよ?」

「濡れて帰っても、その温もりに俺を埋めてくれる女がいるんでね」

「羨ましいことです」と店員は後ろの棚に向き直り、さきほど獠のグラスに注いだ酒の瓶を手に取りカウンターに置く。

「手に入りにくい酒で雨の翌朝は困ったものです。こちら差し上げますので、今度は晴れの夜におふたりでお越しください」

「……そんときは、甘いのを作ってやってくれ」

「畏まりました」

片手をあげて去ろうとする僚に、店員は目元を緩めて軽く頭を下げた。

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「雨…」

夜だったから雨雲に気づくのが遅れ、窓ガラスを叩く音に香は雨に気づき窓に顔を向ける。

ガラスが鏡になって、室内の灯りに照らされた香の心配そうな顔を映す。

(…何て顔をしているんだろう)

独りで過ごす雨の夜は、最愛の兄を亡くした夜を香に連想させる。

心を覆う昏さを振り払うように、テレビのリモコンを操作し、バラエティー番組をつける。

突然響いた甲高い声が静寂を吹き飛ばす。

いつもの夜にはない明るい音が鼓膜を叩くが、香は無理矢理テレビに集中する。

時計の針がさす時刻を気にしてはいけない。

しかし神経は時計から離れず、秒針が進むたびに香の不安は増す。

(そういえばあの時も、こんな感じだったな)

僚の元相棒だという女性から獠の過去の一部を教えられた日。

幼なかった香の心は突然の情報を処理しきれず、どうして良いのか分からなかった。

何もなかったことにしようとしても、実際にあったことをなかったことにはできず、態度は自然とぎこちなくなる。

それは当然獠に伝わり、二人の間に溝ができた。

獠の傍にいたいと思っているのに、獠の中の「何か」を恐れた。

こわかった。

だから答えを出さなければいけなかった。

それまで獠の傍はただ気持ちが良かったが、抱いた恐怖心が枷となり、「先に進め」とばかりに時が刻まれるのが怖かった。

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「本格的に降ってきたな」

強くなる雨足がびしょ濡れの獠を遠慮なく濡らす。

自然と獠の足の動きは早くなる。

雨は嫌いだった。

濡れるのが嫌なわけではなく、雨は親友を亡くした夜を獠に想い出させた。

人がいつか死ぬのは当たり前のこと。

近しい人を亡くしたことは数知れない。

自分だっていつ死んでもおかしくない。

足を止めて手のひらを見れば、血のような赤色に手が塗りつぶされる。

自分のやっていることがことだけに、死は身近なもので、受け入れる覚悟もある。

「いつ死んだっていいと思ってたんだがな」

人は忘れる生き物である。

近しい人を亡くしたときは一時の寂しさに駆られもするが、自然と時が経てばその悲しみも忘れてしまう。

薄情なのではなく、先に進むために必要な心の防衛本能。

だから誰を亡くたときも獠はそうだったし、自分が死んでもそうなるだろうと獠は思っていた。

覚悟もしていた。

ふと見つめていた手のひらの数メートル先に、履きつぶされて撚れた革靴が見えた。

「…ったく、雨が降る夜は絶対出てくるんだからよ」

そんな寂しがるタマじゃないだろうよ、と雨の夜はいつも脳裏に浮かぶ親友に獠は悪態を吐く。

そんな自分に、頭の中に一人の女を浮かべて獠は笑う。

「まあ……穏やかな気持ちで成仏できないわなぁ」

僚はゆっくりと歩きながら、目をつぶって瞼の裏に生前の親友を思い浮かべる。

親友である男が何よりも大事にしていたのは二人の女。

大人の女だった冴子とは違い、まだまだ子どもだった香。

何があっても動じない、冷静過ぎる男が唯一血相を変るのは必然と香のことだった。

「掌中の珠、ってわりにはガサツだったがな」

兄の死をきっかけに相棒になった香。

親友を殺した奴らから香を守るために必要なこと。

これは一過性の措置だと、獠は素人の相棒を受け入れた。

相棒は今までコロコロ変わってきたから、『ま、いっか』程度で始まった。

それなのに『傍にいてくれて助かる』といった存在になり、『傍にいてくれて嬉しい』になるまであっという間だった。

「怖い女だ」

心が揺れるたびにダメだとブレーキをかけた。

香は親友の宝物だと己に言い聞かせ、血に濡れる自分が触れて良いものではないと制しながら思い切りブレーキをかけ続けた。

しかし、そんな理屈で制御できるなら「堕ちる」なんて表現されない。

「もしかしたらこれが初恋だったりして~」と己を茶化し無かったことにしたくても、現実に向き合えばすでに恋に堕ちいるのだと実感させられた。

香に触れたい

香が欲しい

必死に親友を思い出して恋心や欲にフタをしても、香を見ればあっさりとフタが開いてしまった。

「冴えないお前の顔を思い浮かべるのは正直気が進まないしなぁ」

あれだけの葛藤は何だったのか。

あれから自他共に認めてしまったらあっさりと陥落。

触れたいという想いも、欲しいという気持ちも今はもうだだ流しの状態。

「意外と顔に出るのかな、俺」

あっさりとあの店員にも見抜かれたことを思い出し、獠は歩くスピードを速める。

想い出から逃げるためではない。

今度は帰りを待つ香を早く抱き締めるために。

「憑いてきても俺は良いけど。お前、妹の艶姿を見たいわけ?」

ちらっと自分の肩を睨んでみると、すうっと軽くなったような気がした。

身軽になった獠は笑い、夜の街を走るスピードを速めた。

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「…3時、か」

香が何かを感じて時計を見れば午前三時の丑三つ時。

何とはなしにテレビを見ていれば時間は進む。そ

う思うこの瞬間も、一秒、さらに一秒と過去が積み重なっていく。

「カレーは朝食にしようかな」

夕飯にと思って作ったカレーは「夜食になるかも」と思って鍋に入れたまま。

時間が経って冷えて油が固まったカレー。

温かくて美味しく食べられたのも過去のこと。

「これも過去、あれも過去か」

教えられた獠の過去は香にとって衝撃だったが、納得もあった。

獠の真実は、獠の「普通じゃないところ」の不思議の何%かを解決してくれた。

「結局、獠は獠なのよ」

香が怖かったのは獠の過去ではなく、「過去を知った香の選択」を獠がどう感じるのかだった。

自分の気持ちは大体分かっているけれど、獠の気持ちは全く分からない。

獠の過去を知った香の反応に獠が傷つき、幻滅して離れていくのが怖かった。

「好きってすごいわ、理屈も何もありゃしない」

自分の感情だって制御できないのだから、獠の気持ちを想像して怖がっても仕方がない。

「単純よね、私」

獠のことは獠に任せる。

自分はただ僚を好きでいれば良い。

あれだけの葛藤は何だったのかと哂ってしまうくらい、香が導いた答えはストンと香の腑に落ちた。

「恋じゃなくてなんだって同じ、このカレーを食べるも食べないも僚次第」

香は笑ってタッパーにフタをして冷蔵庫にしまい、カレーを煮こんでいた鍋をシンクに置き水をはる。

「私はただ獠が好きなだけだわ」

「嬉しいことを言ってくれるね」

一人だと思っていた空間から返ってきた男の声に香は反応しきれず動きがとまる。

『いつの間に』と驚くとか、

『聞いていたの///!?』と恥ずかしがるとか、

それはもう色々な感情が脳裏で爆ぜて反応できぬ香に対し、濡れ鼠の獠はその長い脚で一気に距離を縮め

「行くぞ」

「は?行くってどこに……って、びしょ濡れじゃない!」

肩を抱く獠の腕に驚く香にそっちのけで、

「風呂場」

いまの獠の目的を察した香は逃げようとしたが、それを予想していた獠はしっかりと片腕で香を捕らえて抱き上げる。

「冷たっ!!」

「ほら、香チャンも風呂で温まらないと」

肩に担ぎあげられた香のパジャマが獠に触れられた部分から色を濃くしていく。

「…誰の所為よ」

「だから責任をとろうと思って」

「私はもう眠りたい」

「夢も見れないほど深く愛して、気持ちよく寝かせてやるけれど、どうだ?」

にやりと笑うその瞳に男の欲と優しさが同時に見えた香は白旗をあげ、

「カレー、あんたが温めてよね」

香の了承に獠は楽しそうに笑い、脱衣所の扉を大きく開けた。

END

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