シティーハンターの二次小説です。獠と香は恋人同士でクリスマス物語です。
概要
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「まだ帰ってきてない」
皺の寄った自分の真下とは対照的に、皺ひとつ無い空間。そこはいつも僚が寝ている空間。
(もう眠ることは出来ないわね)
眠ることを諦めた香はベッドから降りるとカーディガンを羽織る。裸足の足を通してフローリングの床が冬の冷たさを伝える。ベッドから3歩も歩けば愛用しているスリッパにたどり着き、体温と協力してフリース地の布が冷たい足を温め始めた。
健気なスリッパをパタパタと鳴らして廊下を歩き、リビングの扉を開ける。ふたりが好きなコーヒーの香りと僚が愛用する煙草の臭いが微かに漂う。
「やっぱり帰ってない」
壁の時計を見ると朝の5時。『そんじゃあ僕ちゃん飲みに行ってきま~す』と陽気に僚が出かけてから8時間。
「嘘つき……あんた、演技が下手になったわ」
8時間前に僚を見送ったときと同じように香の顔が憂いを帯びた。
あのとき『気をつけてね』とかけた香に僚は首を傾げ、『何を?あー、香ちゃあん。俺の浮気心を心配しているのね~』と僚はにこぉと笑うと右腕を香の体に回した。
荒っぽい仕事をしている割にキレイな僚の人差し指が香の顎に触れる。まるで作法のように決められた一連の動作に促され、香が目を閉じると一拍おいて僚の乾いた唇が香の唇に重なる。
「…僚」
コーヒーの香りとピリッと煙草の辛味が効いているのが僚のキス。僚の唇が人差し指の厚みぐらい離れたとき、あのときも香は紅くなった唇を動かて僚の名前を呼んだ。至近距離にある漆黒の瞳が香の瞳をうつした。
「私、煙草の味のキスしか知らないの」
8時間前に僚と重ねた唇を香は薬指でそっとなでる。煙草の味はもう残っていない。煙草の味がすることを指摘したとき、僚は『嫌か?』と訊ねた。
「それがとても嬉しいのよ」
あのときは『嫌いじゃないわ』と応えたけれど、とくすりと笑った香はリビングを出て玄関で靴をはき、僚が出かけて以来開いていない玄関の扉を開いた。
決して新しいとは言えないビル隙間から入ってきた刺すような冷たい空気に香は首を竦めた。ふうっと息を吐くと空気は白く染まる。
規則的に白い息を吐きながら、香は上を目指して階段を上がる。所々設置された(した)トラップを避けるため、香は規則正しく上下、左右に身体を揺らして昇って行く。
(ダンスしているみたい)
口元を緩めたとき鉄の扉にたどり着く。慣れた重さを感じながら押し開いて屋上に出た香の体を冬の清清しいほど澄んだ空気が包んだ。目の前に広がる新宿のビル群はいまは沈黙している。不夜城と歌われる新宿が一瞬だけ休む暁の刻。
「早く帰って来い」
香は金属製の柵にもたれかかるとそう呟いた。
僚は徐々に明るくなる朝の新宿をのんびりと歩いていた。
右に左にと視線を振る一連の動きの間も足はずっと前に進み続ける。右に左にと愛想を振りまく顔とは対照的な一途な動き。
顔見知りの女が僚に気づき手を振った。夜の疲れを残す街とは対照的に元気な様子の彼女に苦笑する。僚が彼女の名を呼ぶと、彼女は子犬のように顔に喜色を浮かべて僚に走り寄った。
「僚ちゃ~ん、久し振りぃ。最近全然うちの店に来てくれないのね」
彼女は僚がよく行くキャバクラの子。僚の腕に腕を絡めてしがみ付き、頬を膨らめる可愛い仕種に笑って僚は足をとめる。
「色々なお店の子が言っているのよ、僚ちゃんが姿を見せないって」
足を停めた僚に気をよくする彼女。『私だけじゃないなら許してあげる』という笑顔に僚は苦笑する。新宿の夜の街から足が遠ざかりつつあることは僚も自覚していた。
(可愛い女の子は好きなんだけどねぇ)
ゴージャスに巻かれた髪に化粧を濃い目に施した顔。自分を良く知り、魅せるために努力する美しい夜の蝶たち。情報収集を兼ねて新宿の街を歩く僚にとっては美味しいオマケ。ふっと目の前の彼女から意識がそれる。
『気を付けてね』
僚の頭に浮かんだのは香の顔、出掛ける僚を見送りに来た憂い帯びた飾り気のない香の顔。僚の嘘を判っていて、それを受け入れている顔。それでも心配の拭えない素直な表情。『お前はカオリに言葉が足りない』と悪友・ミックの言葉が浮かぶ。
(柄じゃねえんだって)
小さく笑った僚に、僚の腕にぶら下がっていた彼女は首を傾げた。そんな彼女に当たり障りのない笑みを向けると僚はそっと腕を抜く。強くないけど弱くない力で、これ以上の足留めは許さないことを言外で告げる。
夜の街で培った勘でそれを察した彼女は一瞬だけ寂しそうな顔をして僚から離れる。”よく出来ました”と僚は彼女の頭をポンポンッと撫でる。優しいけれど壁が見える僚の仕種に彼女は苦笑して、「香さんにおはよう言わなきゃね」と言い残した彼女は僚に背を向け去っていった。
「…オンナの勘と言うのは侮れんね」
男には脅威でしかない女の勘に僚は肩を竦めて再び歩き始める。2本の脚は左右にぶれる事なく一路を辿った。目的地の見慣れたビルに着くと僚はホッと息を吐いた。我が家に帰ってきた、そんな安堵感を覚えて僚は苦笑する。
(ずいぶんと飼いならされちゃって……ん?)
「このクソ寒いときにアイツは屋上で何やってんだか」
僚はフルフルと首を横に振るとビルの入口を潜った。そして郵便受けに刺さる一輪の深紅の薔薇に気づいて「あの野郎」と毒づく。僚の知り合いでこんなキザなマネをする男はただ一人。やや乱暴に引き抜いた薔薇に結ばれてた赤いリボンには your angel と走り書き。
「昨日から取材で不在じゃなかったのか?」
クリスマスも仕事だと嘆いていたアメリカ育ちの悪友を思い出す。その男は僚が出かけた後ここに赴き、情熱の赤い薔薇を香に贈ったのだ。香の朝一の行動が新聞を取りに来ることだと知っての芸当だ。
「残念だったな、気まぐれなお姫さんより先に俺に見つかって」
両腕に力を込めて薔薇をへし折ろうとした僚の手が止まる。片手で茎の長い花を回しくるくる回すと、おもむろにリボンをほどき薔薇を裸にする。僚は薔薇を片手に鼻歌を歌いながら一段飛ばしに階段を上る。気配を消して開いたままの鉄の扉を潜ると、黄色いカーディガンを羽織った香が視界に入った。
「せっかくのクリスマスに風邪をひいても知らんぞ」「僚!?」
突然聞こえてきた声に香は驚きながら振り向き、屋上の入口に寄りかかる僚の姿を視界に留めてふわりと微笑んだ。
「おかえりなさい」
香の言葉に応えるように僚は笑うと大股で歩み寄った。その僚の揺れる右手が持っている深紅の薔薇に香は眉を寄せる。
「どうしたの、それ?」
「香ちゃんにクリスマスプレゼント」
僚は右手を見下ろして薔薇を見ると、にやりと笑い香に差し出した。思いがけないプレゼントに戸惑っていたが、接近してきた薔薇を香は慌てて両手で受け取った。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
僚はにこりと微笑むと、香の腰を右腕で力強く引き寄せた。香が胸の前で持っていた薔薇が潰れて花びらが1枚落ちたが、僚は気に留めず顔を上げる香に顔を寄せ冷たい唇を重ね合わせる。
ピリッとした煙草の辛味が香の舌を刺激する。煙草の味がするキスが終わって唇が離れると、香は口元に微笑をたたえて僚に体を預ける。そんな従順な香の様子に僚は満足げに笑うと、丁度いい位置にある頭の天辺にもキスを贈る。
「ただいま、香」
ふたりの足元で深紅の花びらが冬の風にあわせて楽しそうに舞った 。
ポウッと季節外れ蛍が灯り、ぼんやりしていた香はそっちに目を向けた。煙草の先端に灯った火が僚の端正な顔を薄暗闇に浮かべる。
「りょ…う」
ふたりで過ごした甘い時間の余韻で掠れた喉の発したハスキーな声に僚は顔を向ける。
「悪ぃ、起こしちまったか?」
香の喉を枯らした原因の男の問いに香は首を横に振るだけで応える。体を動かした拍子に肩に掛かっていたシーツが胸元まで落ち、香は慌てて右手でシーツを首もとまで上げ頬を赤く染める。そんな香の初々しい仕種に僚は端正な顔を緩めて優しい微笑を浮かべた。
「水を持ってくるよ」
そう言った僚は灰皿の上に煙草を置いて寝室を出て行った。火が付いたままの煙草がのった灰皿の横には赤い薔薇を一輪さした花瓶。真上に伸びていた紫煙が扉の開閉による空気の渦に巻き込まれる。
(ダンスみたいね)
一輪挿しに刺さった背の高い薔薇の周りをクルクルと渦巻く紫煙を見ながら香は微笑んだ。
新宿のネオンの灯りが目立ち始めた窓の外。昼間の陽射しを浴びなかった部屋に差し込む夜の明かり。ダンスステップを踏みながら進む煙を目で追っていた香の視線がカーテンの隙間に留まり
「雪…?」
そこには新宿のネオンを受けて淡く光る雪。冷えるわけだ、と雪を見て寒さを意識した身体がぶるりと震えたとき寝室の扉が開く。そちらを見れば僚と、その手には優しいニオイを漂わせる香のカップ。
「寒いからホットミルクにしてきた」
僚の戻りが遅かった理由がわかり、カップを受け取った香はそっとひとくち飲む。甘いミルクと、微かなブランデーの香り。 喉も潤い、温まった香の体からホッと力が抜ける。
そんな香に優しい微笑みを向けた僚が香に顔を寄せると、ミルクの甘い香りに色づけされた香の甘い吐息が僚の鼻に届く。香の唇に僚の唇が重なる。ピリッと刺激が走る煙草の味が香の口内に拡がる。甘く優しいミルクの味が僚の口内に拡がる。
(( くらくらする ))
同時に同じことを思いながら
「メリー・クリスマス、香」
「メリー・クリスマス、僚」
ほんのわずかに話した唇の間でクリスマスを祝う言葉が響いた。
END
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