ロマンチックよりも

シティーハンター

「シティーハンター」の二次小説です。

原作終了後(奥多摩後)で、ふたりは恋人同士です。

星野源さんの「喜劇」(SPY×FAMILYエンディング)を聞いて、久しぶりに心の糖分が復活したので創作しました。

「喜劇」ってタイトルを聞いて、絶対にこの二人と妄想しました。

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晩夏なら台風と評されそうな雨が降る。

窓辺に腰かけて、飾り気のない窓ガラスを伝う仮初の滝の向こうに煙る新宿を獠はぼんやりと見ていた。

厚い雲に覆われて見えぬ太陽。

見る気もなく流しているテレビでは政治に経済、戦争だのミサイルだの地球上では大小さまざまな争いが絶え間なく起きている。

「こんなん見てるのも嫌になっちまうよな」

太陽がそっぽ向いてその加護を奪えば、地球なんてあっけなく生物の住む星ではなくなる。

ヒトは何でも知っていて無敵を装うが所詮は道化師。

ヒトは神様の手の上の存在で、神が気まぐれに操る糸で簡単に踊る。

そんな想像に獠が皮肉気に口端をゆがめると強いコーヒーの香りが鼻をくすぐった。

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男が映る興味のない映像を消して、静かになった世界で顔を巡らせればカウンターの向こうに香が立っていた。

手元のヤカンから零れる熱湯が湯気をたてる。

気まぐれな湯気は香の顔や髪をするりと撫でて宙に消えていく。

「香」

獠が名前を呼ぶと香が顔を上げて、不思議そうに丸めた瞳の中心に小さく獠が映る。

「コーヒー未だか?」

獠の催促に香は『なんだ』と瞳に音のない言葉をのせて、「もう少し待ってね」とまるで辛抱の足らない子どもに言うように気のない返事を残して瞳を伏せる。

そのときによってコーヒーは飯や風呂に変わるけれど、数えきれないほど繰り返してきたやり取り。

この瞬間だけは『普通』であり、その普通の振りが他でもない香と演じられることが獠に毎度こそばゆい気持ちを味あわせる。

「できた!今日は自信作よ!」

最近コーヒーのブレンドにハマっている香が自信満々な声と笑顔を獠に向ける。

「へいへい」と気のない返事を装いつつも、顔面に大きく『今日こそ美味いと言わせてみせる』と決意を描いた香に笑うのを獠は必死にこらえながら、

(あのガキがよくもまあ、こんなに成長したもんだ)

あの日はじめて香の手を取った日。

あの日ふたりは契約を交わした。

目的を果たすための契約。

そのための、期間限定の契約。

契約が終われば離れるはずの手は未だここにあった。

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「…獠?」

差し出したカップをもつ腕を取がとられ、取ったカップを脇におく獠に香は軽く首を傾げたのも一瞬で、

「…っ」

するりと絡まった手と指の感触に息をのむ香とは対照的に、唇を笑みの形に変えた獠は我が物顔にするりするりと指を動かす。

その艶めいた、閨を連想させる指の動きに香の頬に熱が籠る。

「ん~どうした?」

揶揄う声音を出せば、香の負けん気に火が灯る。

生理的に羞恥で潤んだ瞳に勝気な光が灯る。

そこに映るのは自分だけという事実ことに獠は小さく笑い、

「っ!別にっ!!忙しいから手を離して」

「はいはい、片付けは全部俺がやるから、相手をしてくれよ」

「……話し相手?」

「冗談。もっと大人の、甘~いコミュニケーションがいい♡」

獠が腕をひくと香のバランスが崩れ、数秒後には獠の片腕で香の体は抱き上げられていた。

呆気にとられているうちにリビングの扉の前。

「暴れるとぶつけるぞ」なんて軽口とは対照的に、香の体を低く支える腕はぴくりとも震えることないほど強靭でも優しくて。

思わず絆されそうな気持ちを香は必死に振り払い、荷物のように運ばれている事実に集中する。

「もー、なんでロマンチックの欠片もないのよ」

「ん~、バラの花束を持って『抱かせて欲しい』って?お前、そんなの毎回やってたら破産するぞ?」

「違う!ほら、例えば……言葉、とか?」

「真面目にせまりゃ顔真っ赤にして逃げるお子ちゃまが何を言うか」

はんっと鼻で笑いながら、二人分の体重を支える獠の足は軽やかに階段を昇る。

「おこちゃまって///!」

「はいはい、俺は大人の女の香さんに御用なの。おこちゃまは他所に行ってな」

寝室の扉の前で香の視界がぐらっと大きく揺れて、爪先が床に触れたと感じた瞬間に顎を捉われ、唇が塞がれる。

タバコのピリッとした香りに香の目が細くなる。

香の口に残るコーヒーの味に獠の目が細まる。

「逢いたかったぜ」

女の欲を灯した香の瞳に、満足げな男の顔をした獠が映って。

「……バカ」

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こみ上げる笑いを抑えられない香の腕をひいて、同時に寝室の扉を開けて。

踊るように軽やかな数ステップでベッドを軋ませる。

「思いきりふざけようぜ♡」

『マイハニー』と続けようとしたのに無意識に喉がその言葉をせき止める。

何人もの美女たちに惜しみなく使ってきた言葉なのに、なぜここで戸惑うのか。

内心首を傾げる獠の頬に細い香の指がそっと触れて、婀娜っぽく肌を滑ったと思えばギュッと音がしそうなほど強く抓まれて、

「ロマンチックじゃねえのはお互い様、ってか?」

「よそ見しているからよ」

笑いながら詰る言葉。

蜂蜜のような甘ったるい雰囲気に混じるピリッとした辛味。

心の内を見透かすような、クセになりそうな言葉スパイス

ときに獠の内心をヒヤリとさせることもあったりして、一度知ったらもう甘いだけロマンチックでは満足できない。

獠は肩を竦め、

「誠心誠意、真剣にふざけさせていただきます」

笑いながら指と指を絡め、四肢を絡めて、触れるという言葉では優し過ぎるキスをした。

END

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