「シティーハンター」の二次小説です。
イメージソングはDestiny Childの「So Good」です。原作終了後で、リョウと香は原作設定です。
旧題 愛玩人
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「獠ちゃ~ん、どうしたの? 夜はまだこれからじゃない♡」
未だ少女の容貌を残しつつも、美しい夜の蝶が婀娜っぽく獠に微笑む。
彼女は幼くても玄人だった。
手馴れた仕草でするりと獠の腕に自分の腕を絡ませるものの、「悪いな」という告げられれば軽い力で抜けられるように腕を開いて自由にさせる。
決して男の負担に、平たく言えばうざがられてはいけない。
「約束の依頼料、未だ払ってないわよ?」
蝶としてのルールは分かっているが、もう少し縋ってみたい。
そう思わせる男なのだと理由をつけて、獠の言う『依頼料』を受け入れるつもりだと視線で語る。
そんな女の目に獠は苦笑して、
「魅力的なお誘いだけど、ここの支払いをタダにしてくれればそれでいい。ケチな野郎を退治しただけだしな」
『分かるだろ?』と引き際を語る獠の笑顔に彼女は肩をすくめて
「…分かった」
一拍の間に悔しさが滲んでしまったのは経験不足の証拠。
それに気づかない振りをして「良い子だ」なんて言うように獠が頭に手をのせるから、
「獠ちゃんって香さんのペットみたい」
少女の負けん気が玄人の矜持を上回る。
「なんだかんだ言って香さんのことをずっと気にして、夜だっていろいろ誘われてるのに全部断って家に帰るじゃない」
『私の誘いも無碍にして』と女は獠の家で生活した日を思い出す。
最初はその積極的なアプローチに驚いたが、同じ時間を過ごす中で女の中の獠の印象はガラリと変わり、次の日には女の方から誘いをかけて甘えていた。
こちらがその気になるまでは押してきたのに、その気になれば困ったように笑って香の元に戻る。
困ったような顔をされるのが悔しかった。
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「俺が香のペット、ねぇ」
バカにしたはずなのに、目の前の獠が嬉しそうなことに女は口をつぐむ。
その目は目の前の自分ではなく、愛しい人を思い浮かべているのが分かる。
「獠ちゃんほど人に香さんは似合わない!香さんなんて、ただの足手まといじゃない!」
女は「引き際」の先に一歩足を踏み入れる。
だって誰もが噂しているのだ。
”あの”シティーハンターの相棒が銃も使えない素人なのだと。
自分と違う世界の、獠と同じ世界の女ならば諦めもついた。
女だって素人じゃない、出逢って直ぐに<それ>に気づいた。
獠は違う世界の男で、香は同じ世界の女だと。
実際、香が獠のためにすることは家事くらいで、シティーハンターの仕事のときは自分と同じくらい獠の負担になっていた。
「まあ、俺は香のペットだしな」
「え?」
「あいつのご褒美は甘くって極上なんだ。一度食ったら野良犬だって一瞬でペットになるさ」
そう言った獠は片手をあげて別れの挨拶をし、適当に挨拶をしながら夜の蝶たちの間を器用に縫って去っていく。
女は呆然とその広い背中を見送ることしかできなかった。
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「香ちゃんのこと悪く言っちゃ駄目よ。まあ、あの程度ならばね、獠ちゃんも笑って赦してくれるわ」
呆然と立ち尽くす女の肩に手を置いたのはこの店のママだった。
いまにも泣きそうな女に、彼女は年配者の務めとして教育に努める。
「ママも、なの?…どうして?どうしてみんなして”香ちゃん”なのよ」
想いを寄せた獠だけでなく、同じ世界の女として尊敬しているママも香の味方なのだと悟った女は目を吊り上げる。
思いが届かない切なさが混じって詰りたかった。
誰を責めたらいいか分からないけれど、このギスギスした気持ちを誰かにぶつけたかった。
「全く獠ちゃんも罪作りね。まあ、私ももう少し若かったらあなたと一緒だったろうけど」
獠に振られる女たちをたくさん見てきた銀座の古株は苦笑する。
「ねえ、香ちゃんと一緒に暮らしてどうだった?」
ママの言葉に彼女はここ数日を思い出す。
獠は基本的に留守が多くて、必然的に香と過ごす時間が長かった。
有名なCHのボディーガードなんて、さも非日常でドキドキできると思ったが、香と過ごす時間はただ静かに時が刻まれるだけだった。
「普通、なんじゃないかな。朝ごはん、みんなで食べて、夜は…」
『いってらっしゃい、頑張ってね』と夜の仕事に出かけるときに明るくかけられる言葉。
『お帰りなさい、お疲れ様』と朝疲れて帰ってくると出迎えられる言葉。
香の肩越しに見える室内はとても暖かい空気が満ちていて、普通の家庭を知らずに育ったため居心地が悪いと思ってもおかしくないのに居心地が良かった。
「うん…帰りたくなるのも、分かるなぁ」
獠ちゃんが羨ましい、という女の頬に涙が伝った。
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マンションの前で上を見上げ、自宅としている階のリビングに灯りを確認する自分に獠は嗤う。
奥多摩の一件で素直になって、この瞬間に胸に灯る嬉しさを誤魔化さなくなったので、遠慮なくほっとする気持ちを存分に味わってみる。
ほんのりと温かい気持ちに夜風がまとわりつく。
一瞬だけ寒いと感じて、その素直な体と頭の感覚に一人苦笑する。
今までは寒さなんて意識したことはなかった。
家なんて夜露さえ凌げれば良い場所だった。
「ペットになっちまったんだなぁ」
香を傍において、徐々にその存在に惹かれて、気づかないふりをしつつもその温かさを覚えてしまった。
心地よさを知ってしまった。
だからもう手放せないし、手放すつもりもなかった。
「あ、おかえり~」
「ただいま」とリビングに向かって呟く自分の声が耳にくすぐったい。
そんな獠の心情も知らずに、いまも昔も変わらない香の明るい声がリビングから飛んでくる。
その言葉は<帰って来れたこと>を褒める言葉。
「最近、帰り早いのね」
「無駄遣いすると誰かさんが煩いからね」
素直になっても少しだけ、「褒めて欲しいから」とか「”お帰り”と言って欲しいから」なんて言えたら獠ではない。
天邪鬼が獠のデフォルトで、香も別に改めて改善しようなんて思ってない。
「夕方、冴子さんが来たよ」
「ああ、冴子から電話きたから大丈夫だ」
香を関わらせない態度から”裏”の仕事だと香は理解する。
理解して、ただそれだけだけど、香と恋仲になったときに獠は裏の仕事のことを明かした。
ずっと一緒に居るなら隠しておくことは危険だと判断したからで、ふたりの仲を保つためにも、ふたつの命を守るためにも必要なことだった。
「ご飯はどうする?食べてきた?」
香は裏の仕事には一切関与しない。
存在することは教えるが関与は一切させない。
これが獠の絶対的な条件だった。
それを理解しているから香はあっさりしたものだった。
香のそんな態度に獠自身も驚き、「なぜか」と訊ねたことさえあった。
そんな獠に香はクスクスと笑いながら「起こって欲しい?それとも泣いて欲しい?」と訊ね返す。
それはどちらもNOだった。
でもなぜかNOと言えない獠に香は微笑んで
『獠は私を泣かせたくないでしょ?前に、奥多摩で言ってくれたじゃない』
『あ、ああ…まあ、な』
『私は生きている限りここで獠を待つわ。獠が帰ってくるまで、ずっと、ずっと。あまりに待たせたら、獠が帰ってくるまで泣くからね。だから、私を泣かせたくなかったら真っ直ぐ家に帰ってきてよ?』
『分かったよ…ご褒美、準備してちゃんと待ってろよ』
「任せて」といって微笑む香は想い出の中でもキレイで、そんな過去に呆けていると目の前に料理ののった皿がポポポンッと用意される。
「召し上がれ」
「おう」
(本当にペットだな)
ご主人様の笑顔を見ながら飯を食べる。
「美味しい?」と聞く声に、「まあまあ」と時折頷きながら。
香ばしいニオイが立ち込める部屋。
香に会うまでこの部屋はただの箱、飯はただの栄養補給。
眠ることも、その他の全ても、ただ<生きるため>だけにこなすことだった。
香と会って初めて知った。
一度知ってしまったらもう逃げられない。
この瞬間も、この場所も、目の前で微笑む女も全て、失ったら狂いかねない大切なもの。
「なあ、香」
「ん?」
「長生きしろよ」
獠の言葉に香は一瞬驚き、そして小さく噴出した。
「水分不足にならなければ大丈夫よ」
くすくす笑う香に、柄でもないことを言った自覚のある獠は気恥ずかしそうに頬をかき
「肝に銘じます、ご主人様」
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