シティーハンターの二次小説で、原作終了後の獠×香(リョウ香)です。
ハロウィンの日、新宿の街中で香が逢った男は・・・。少し怖い話に仕上がっています。
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「お嬢さん」
不意にかけられた声に香は振り返る。
そこにいたのはどこかで見たような顔立ちの男性で、にこりと浮かべた柔和な微笑みに、香は獠とは真逆のタイプだと思った。
「今夜は少し冷えますね」
男の言葉に香は肌寒さを強く意識する。
ふるりと震えて寒さから身を守るように手のひらで二の腕を覆う香に男は同情の視線を向け、その視線の優しさに香の心臓がトクリと跳ねた。
「こちらに来ませんか?」
暗い路地にいた男が一歩下がる。
亡き兄のような優しい声音に香は引かれたが、チリッと走った火傷のような痛みで警戒心がわく。
なぜなら、香は男が立つ路地を知らなかった。
香自身が立っている路地は滅多に通る道ではないけれど知っているのに、男が立つ先が見えないほど暗い路地に香は見覚えさえなかった。
「どうしましたか?」
優しい声なのに警戒心がわく音。
武器をもっているわけではないのに、まるで大きな黒い鎌を振りかぶっているような違和感がある。
命の危険を感じたら逆らわず、少しでも時間を稼いで助けを待つ。
それが香が獠の傍にいるために交わした絶対の約束だったが、それを反故にしたくなるほどの恐怖が香の全身を巡った。
本能が男の立つ暗がりに行くなと訴えるからこの場に立っていられたが、逃げることはなぜかできなかった。
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「―――獠」
まるで縋るように呟かれた名前に男の米神がピクリと動く。
とたんに膨れ上がったものに名前を付けるなら殺気ではなく怖気で、ゾワワッと背を這う冷たいものに香の体から力が抜ける。
「おいで、美しいお嬢さん」
香がゆっくり、でもしっかりと首を横に振ると男は首を傾げる。
その瞳は香に留めたまま、じわっと脳を侵食するような感触に香はヒッと息をのむ。
「貴女が傍にと願う男はひどい男だ・・・貴女に愛を語ったその口で他の女性にも愛を囁き、貴女に触れた唇で他の女性の唇も吸う。私は貴女だけに愛を語りましょう、この唇も貴女だけに捧げましょう」
香の頭の中に獠と依頼人の女性のキスシーンが浮かぶ。
冴羽マンションの屋上で、夕日をまるで祝福のように受けながら唇を重ねる2人の姿はまるで絵画のようで。
何事もなかったように夕飯だと言える雰囲気でもなく、香に気づいた獠が何か言いかけたのを最後に香は身を翻し、夜這い対策用のトラップを全て起動するスイッチを押して冴羽マンションを出てきた。
「嗚呼、なんてひどい裏切りだろう。そんな男のところに戻ることはない。いや、戻さない。貴女の美しい魂が穢れてしまう」
人間のものとは思えない真っ白な手が香に向かって伸ばされる。
「私はあの男とは違う。私には貴女だけがいればいい。貴女がいれば私は天国に行けるのだから。さあ…おいで」
甘露のようにトロリと脳の沁みこむ男の声に誘われるように香が一歩足を踏み出す寸前、バサリと音をたてて香の視界が遮られ男が消える。
物理的な衝撃に咄嗟に体が反応しかけたが、それより先に届いた煙草のにおいが香の警戒心を霧散させた。
「こんな夜に手ぶらで出かけんな…悪戯されるぞ」
―――獠だ。
耳朶をたたく獠の声に香の体から緊張が抜け、遠のく意識の中で逞しい腕が自分の体をしっかりと支えるのが分かった。
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「…チッ」
咄嗟に被せたジャケットの下の体から意識を失ったことに気づき、香の体に回した腕に力を入れて支えた獠は、暗がりを見て舌打ちの主を睨みつつも軽口をたたく。
「吸血鬼のコスプレかぁ? その血の気の全くない体によく似合ってるぜ……なあ、ジャック」
「その魂をよこせ。それがあれば俺はこの虚無を抜けられる」
闇から聞こえるのは温度を感じさせない冷たい声だったが、獠は一笑に付して殺気の満ちた視線を向ける。
「お前みたいな間抜けな死にぞこないに誰がやるか、これは俺の女だ」
「その魂が欲しい。穢れのない白い光……男よ、その魂をくれたらお前に望むものをやろう。何でもいいぞ。富か?命尽きるまで消えないほどの富をやろう。女か?千でも万でもお前の望むだけやろう」
悦に入った声に獠はニヤリと笑う。
「さぁっすが悪魔も唆した男。山のような金銀財宝、美女揃いのハーレム。うわぁ、まるで僕ちゃん王様みたいぃ」
暗がりで男の口が満足げに弧を描いたが
「でも俺はコレがいい」
獠が笑って香を両腕に抱くと憎々しげに歪んだ。
「バカにしているのか?」
「いやだねぇ、そんな、生易しいことを」
ニコッと笑った獠は瞬く間に愛銃を抜いて構え、眉間を撃ち抜いた。
「失せろって言ってんだよ」
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「いろいろな『人間』に好かれるのまでは赦せるけどさ、『人間以外』ってどうよ。寺、教会、エクソシスト?いやぁ、俺ちゃん神様とか信じてないのにぃ」
目に見えていた路地が消えたことで獠は脱力し、茶化さなければやっていけない気分になった。
香が奪われずに済んだことには安堵していたが、お化け嫌いがたたって気絶する香にため息もつきたくなった。
「あーあー、びびって泣いてやんの」
香の目じりに溜まった涙をベロリと舐め取った獠は「うーん」と唸り
「こぉんな甘い香チャンでも来るってことはお菓子で厄除けできそうにないだろ?どうするよ、壁や天井お構いなしのヤツの夜這いにどう対抗すればいいわけ?…うちのマンションいま穴だらけだしぃ」
逃げるようにマンションを出て行った香を追いかけようとした瞬間から襲い掛かる数多のトラップ。
夜這い除けなら過剰防衛、殺す気満々過ぎるトラップを命からがら抜け出した。
ちなみに、屋上で獠にキスした依頼人であるが、香のトラップの師匠である海坊主に苦情がてらマンションに置いてきた元依頼人を自宅に送る様に頼んであった。
「まあったく…俺の腕はもうお前しか抱く気はないって言ってるのに。美女が抱き着いてきたってピクリとも反応しようとしねえんだから、俺がキスするのだってお前だけだっての」
仮に香が己以外の人間にキスされでもしたなら『誤解』も何もなく怒髪天をつくく勢いで怒るくせに、自分のことはまるっと棚の上に放り投げた獠は口だけは困ったように目は愛し気に香を見つめていた。
「さて、今夜はホテルに泊まりますか。日付が変わるまで可愛がってりゃ、ジャックも手出しできないだろうしねぇ」
よっと掛け声一つ上げて香をお姫様抱っこで抱え上げた獠は、人目のつかないルートを選んで路地を進む。
『指くわえてみてるがいいぜ、死にぞこない』
角にあったアパートの、おそらく住人が窓辺に置いたジャック・オー・ランタンの灯りに向かって獠は思いきり舌を出して笑った。
END
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