シティーハンターの二次小説で、原作終了後の獠×香(リョウ香)です。
獠の元カノ(オリジナルキャラクター)が出てくるので、イヤという方は読まないことをおススメします。
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来訪者を報せるチャイム音にリビングで読んでいた雑誌を置き、隣で読書にいそしむ獠に目を向けた。
その表情は数分前と変わらずだらしない。
獠の様子に警戒しなくていいと判断し、手ぶらで玄関に向かおうとした香に獠の不機嫌な声が飛ぶ。
「俺を防犯カメラ代わりにすんのやめない?」
「そういうセリフはカメラの修理費を稼いでから言うことね」
文句をいう獠の顔がややシリアスに変わり、読書をやめて香の後ろをついていく。
殺意のある相手ではなさそうだが軽く警戒しながら扉を開けた香はその先にいる人物に目を見開く。
そこにいたのは目の覚めるような美女だった。
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エージェントから久しぶりに日本での仕事だと聞いて、真っ先に思い出したのは「リョウ」だった。
リョウに初めて会ったのはニューヨークのダウンタウンで、その頃は未だ駆け出しのモデルのひとりだった。
悪質なストーカーに狙われたモデル仲間がボディーガードを雇ったのだと、紹介された二人のうちの1人がリョウで、片割れのいかにも遊び慣れたアメリカ人よりも真面目そうな日本人の容姿が物珍しかったのが興味のキッカケだった。
(まあ、「真面目そう」って印象は数秒で吹っ飛んだけれど)
日本人に好まれそうな容姿だからと習っていた日本語が役に立ち、リョウと親密になるのは時間がかからなかった。
知人というには熱い、恋人というには薄い関係にふたりとも満足し、別れるときにはお互いに「珍しく長かった」とつぶやいて笑いあったものだった。
リョウが暮らしていたかつてのねぐらと似た、暗い路地の先にある古ぼけたマンション。
知人の伝手で調べた今のねぐらに昔を懐かしく思いながら、重い扉を開けて薄汚れた階段を進み、チャイムを押してしばらく待った。
そして扉が開いて目の前にいたのは、リョウの好みとかけ離れた女の子だった。
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「あんれ~、久しぶり。どったの?もしかして僕ちゃんに会いに来たのぉ?」
獠はいるかと訊ねられて香が頷くと、美女は勝手知ったる我が家のように玄関で靴を脱ぎ始めた。
そしてその嫋やかなつま先を廊下につけた直後、獠の“ウキウキ”という音が聞こえそうなほど弾んだ声が香の鼓膜を叩いた。
「仕事のついでに、久しぶりに楽しめないかなって」
「えー、嬉しいなぁ。それなら早速ベッドで楽しくやろうか?」
美女の言葉から『依頼人ではない』と判断した香。
ついでに美女の声に絡む甘い蜜と、獠の声に混じる本気の戸惑いを感じ取って、ふたりが『それなりの仲』だったのも察する。
(こういうときって『私』はどうしたらいいの?)
獠と香の2人の関係が変わってから初めて現れた獠の元カノ。
『ただの仕事上のパートナー』だった頃ならば、「それじゃあ、どうぞごゆっくり」とでも言って立ち去ればよい。
だが関係は変わりいまは恋仲、2人の間に立ち入ってもいいのだろうかと香は悩んだが、
(仮にここで嫉妬丸出しで2人を離しても、獠が「その気」になったら私には止められないわよね)
香の経験上、隠すことに長けた獠が浮気をしても気づかない自信があった。
浮気をする前に自分と別れる。
誠意ある対応を香としては望むが、万が一、香と誰かを二股かけて楽しもうとしたら、獠が本気でそれを願って実行したら、絶対に分からないと香は確信していた。
(つまり全てが獠次第なんだから、いま私がここで何することもないんじゃない?)
この間およそ数秒で結論に達した香は『ふむ』と一つ頷き
「それじゃあ私はキャッツアイに行ってくるね」
この場にいても面白くはないことを察して、ちょうど玄関にいたこともあってさっさと靴を履いて出かけることにした。
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「興味深いリアクションね」
目の前の玄関扉が閉まり、軽快に階段を下りていく音を耳にしながら思わず呟く。
視線を元に戻せば、思わず同情しちゃうくらい唖然とした顔のリョウがいた。
「そんな表情をするなら下手な芝居うたなきゃいいのに」
「予告もなく女たちが顔を合わせちゃったからね」
言外に『本当に愛されてるの?』と揶揄いを込めれば、かつてポーカーフェイスを崩さなかった男らしくなく笑顔を浮かべつつも苦虫を嚙み潰したようだった。
リョウは変わった?
「あら、昔のリョウなら罵り合う女たちを笑ってみているでしょうに」
「どんだけ最低な男なのよ、僕ちゃん?」
「体だけならA評価よ」
クスリと笑って数歩の内にいたリョウに近づくと、その太い首に腕を絡めてみる。
体重をかけてもびくりともしない逞しさにぞくぞくっと背中に悦びが走った。
「私はあなたに愛情を、ましてや、誠意なんかを期待しないわ。最初に言った通り、ただ一時を楽しみたいだけなの」
それじゃあ、と笑うリョウに彼女は嫣然とした微笑みを向けた。
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「香ぃ、ボクちゃん飢え死にしそう」
そう言いながら獠がキャッツアイの扉を開けて、美樹と談笑していた香は思わず時計を見てしまった。
「早く、ない?」
思わず漏れた言葉に獠は顔をしかめると、強い力で腕をひかれる。
こちらの戸惑いなどどこ吹く風で、獠はいつもより強い力で肩を抱きながら「腹減ったから帰るぞ」とキャッツアイをあとにした。
獠から漂う例の美女と同じ匂いに思わず顔をしかめそうになったが、無理矢理ほほ笑みに変えてやり過ごした。
「あり合わせのものでナポリタンくらいしか作れな……っ、キャッ!」
冷蔵庫の中身を思い浮かべながら玄関扉を開錠したとたん、背中を押されて上り口でたたらを踏まされ、抗議しようと顔をあげたら口をふさがれた。
「んっ」
我が物顔で唇を蹂躙する獠の唇。
わずかな隙間から挿し込まれた獠の舌を噛んでやろうかとも思ったが、急に担ぎ上げられて、両脚の間に押し当てられた獠の腰の強引さにビクリと体が震えた。
「飢えてんだよ」
野生の肉食獣が獲物を喰らうように獠に押さえ込まれる。
女性としては長身で、それなりに筋肉もついているので決して華奢で軽いとは言いがたい体躯。
それを片腕で軽々と持ち上げた獠に驚く間もなく、もう一方の手で器用にパンプスを脱がされる。
コンッ
上り口に敷かれたコンクリートを叩く靴のは聞いたものの、獠の熱と口づけで朦朧とした脳は、うっすらと開けた目に入った華奢なハイヒールが“何か”を認識することはできなかった。
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“何か”が空気を震わす感覚に起こされて、最初ここがどこかを認識せずに戸惑ったが、肩にかけられたジャケットから漂う男の匂いに一気に脳が覚醒した。
窓の外を見ると真っ暗で、ここに来てから何時間か過ぎたのは分かった。
(水が飲みたいわ)
異常なほどの喉の渇きに襲われながら隣接したキッチンに向かい、几帳面に並んだグラスから適当に1つ取って蛇口から水を出す。
続けざまに2杯飲んでようやく息をつき、吐息に混じったアルコール臭に顔をしかめた。
そしてシンクの中にただ1つ置かれていたウイスキーグラスに気づく。
静かにに笑ってそれを持ち、自分以上のペースで酒をあおっていた男はどこにいったのか。
そう思って首を巡らせたとき
「ぁ……んう、うんっ」
耳に届いたのは女の悩まし気な喘ぎ声。
思わず声の元を追って目線をリビング脇の扉に向ければ、その扉がうっすらと開いていた。
あからさまな罠の雰囲気に戸惑いつつも、少し扉の開き目を大きくしてみれば
「う、あんっ」
間口を広くしたことで女の声は耳に良く届くようになり、それに合わせるようにベッドのスプリングが軋む音もよく聞こえた。
「りょ…ぉ……りょう、りょうっ」
幼い子どもがただ1つだけ覚えた言葉を大事そうに繰り返すように紡がれる男の名前。
愛し気に名を呼ばれる男がベッドを軋ませているのだとすぐに分かる。
ベッドを軋ませる音が早く、そして激しくなり、女の声がどんどん切羽詰まるものになり、
「あーーっ」
絞り出すような女の甲高い声が響く。
それが達したことを示す音なのだと、同じ女だから分かった。
ガチャリ
リビングの扉があく音に顔を向けると、下にズボンをはいただけで上半身は裸のリョウが入ってくるところだった。
その表情をみて、案の定「ここにいること」が分かっていたのだと気づく。
「彼女は?」
「寝てる。疲れたんだろう」
疲れさせた男が何をシレッと、と思わないでもなかったが黙っていることにした。
代わりに笑って、ポツリと本音をこぼす。
「妬けちゃうわ」
仕事ならばまだしも、気軽な関係を愉しむ主義の彼女にとって恋愛に付き物といわれる妬心は縁のないものだった。
時折男女の諍いに巻き込まれることはあったが、憎悪と嫉妬で顔を染めて自分を睨む相手の女の顔を醜いと感じてもいた。
今まで馬鹿にしていた彼女たちの気持ちが初めて分かった。
夜を共にしてもリョウは決して傍で眠ることはなかった。
自分にも眠らせなかった。
その腕に甘えて眠りたいと思っても赦されず、『送る』と優しい笑顔で言いながら自分のテリトリーから追い出された。
「リョウと眠れるのが羨ましいなんて…そんな願望を私も抱いていたなんてね」
眠るというのはリョウにとって唯一無防備になるとき。
そのときその腕に抱く唯一を決めた男に何を言ってもむなしいだけ。
「お幸せに」
そう呟くとリョウの顔を見ることなく玄関に向かった。
玄関の扉を閉める寸前、再会してから一度もリョウに名前を呼ばれることがなかったことに気づいた。
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遠くで鳴るクラクションの音に起こされ、すぐに喉の違和感に気が付いた。
さんざん酷使させて息を吸うのもつらい喉。
息を吸うのさえツライ自分とは裏腹に、その原因たる獠は気持ちよさそうに香の目の前ですうすう眠っていた。
その満足げな寝顔に怒気もはらわれ、香はふうっとため息をつく。
そして気怠い体を叱咤してベッドに体を起こす。
― 俺たちみたいな奴はよほど気を赦した奴の傍でしか眠れない。獠がお前の傍で寝ているということ、それだけで意味があるんだ ―
(海坊主さんにあんなことを言われて、こんな寝顔を見せられたら…怒れないわよ)
「狡い男」
香は少しだけ残っていた鬱憤を晴らすために獠の鼻を軽くつまみ、開いた口から『ンガッ』といびきが漏れたのに満足した。
(無茶苦茶やって少しは悪いと思ったのかしら)
枕元に置かれていたのは獠でも少し大きめのTシャツ。
女性にしては長身だけれど獠に比べれば香はかなり華奢であり、このTシャツを着ると腿の半分くらいまで隠すことができた。
(獠のために買ったのに私のシャツみたいになってるけど)
つい先日もこれを着たなと思いながら慣れた動作でシャツを着る。
床についたつま先の冷たさに秋の気配を感じて、『さて、行くか』と立ち上がろうとすると視界がグルンと回り
「どこに行くんだよ」
少し不機嫌な、少し眠そうな獠の声が全身に響いた。
柔らかさの一切ない体に包まれては息苦しさを感じてしまいそうなのに、全身を包む獠の匂いと体温に香は安らぎしか感じなかった。
「台所、水、飲みたい」
掠れた声で精いっぱい主張すると、至近距離にある獠の眼がパチクリと瞬きをする。
夜の帳の元では野性味あふれる大人の男だったのに、朝日の元で見るその表情は何も知らない無垢な少年のようだった。
まあ、それも一瞬。
ニヤリと笑った獠の顔は少年から大人に一気に成長し、片手で香の顔をあげさせ固定すると脇に手を伸ばし、水のボトルを傾けてゴクリとその大きな喉仏を動かしたあと
「・・・」
重なった唇からトロリと冷たい水が入り込む。
口移しのせいで少し温くなっていたけれど、ヒリヒリする喉には十分な冷たさが残っていた。
仕上げとばかりに深く唇が重なり、ぬるりと入り込んだ舌の感触にぞくりと燻っていた昨夜の熱が呼び覚まされそうになったが
(朝なの、一日の始まりなの)
昨夜の延長戦は御免こうむりたい、と香は獠の大きな舌を軽く噛む。
びくりと震えた獠の舌から顔を離して逃げると、もの言いたげな獠の顔。
「おはよう、獠」
よくある朝の風景だけど、こうして獠に『おはよう』ということができるのはよほどの特権らしい。
「おはよう……くそっ、この仕返しは夜だな」
返ってきた挨拶に『いい朝だなぁ』と感じたのも一瞬、続いた不穏当な言葉は夜の予告宣言にも等しくて
「昼間は働いてこいっ」
恥じらいハンマーを召喚してしまった。
END
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