シティーハンターの二次小説です。原作終了後の僚と香で二人は恋人同士の設定です。
概要
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(鼻歌なんて歌ってやけにご機嫌だこと)
クリスマスソングに溶剤のニオイ。頬杖をついた僚は普段とは違う感覚に苛立つ。僚の視線の先にはオーディオから流れてくる曲に合わせて鼻歌を歌いながらマニキュアを塗る香。
「このCD、傷ついてんのか?」
普段はジャズを好んで流すオーディオは慣れないクリスマスソングに戸惑っているのか、時折しゃっくりのように音を飛ばす。つまずき続ける陽気な曲も、僚の文句にも、「古いCDだからしょうがないわよ」と香はめげずにマニキュアを塗り続ける。そんな香にも、濃くなる溶剤のニオイにも、僚はイラつき機嫌を降下させる。
別に僚は香がマニキュアを塗ることに反対はしていない。初めの頃は香はニオイが仕事の妨げにならないか気にしたが、乾いてしまえばさほど気にならないと僚は言った。安全上アクセサリーの制限をせざるを得ない仕事なので、そのくらいはという思いもあった。
マニキュアの件によらず香の中の最優先は僚。今だってやるべき家事を全て終わらせてマニキュアを塗っている。流石あの槇村の妹だと、自分に厳しくノルマを片付ける香に感心さえしてしまう。
それじゃあ僚は何が気にくわないのか。原因はキッチンとの仕切りになっているカウンターの上にある小さなブーケ。2週間近く前に香の友人・絵梨子が預かってきた今日の香のデート相手からの贈り物だった。
- With Love、だって。香も隅におけないわね、冴羽さん -
ブーケに添えられた小さなカードをひらひらさせてニヤニヤ笑っていた絵梨子を僚は思い出す。『止めるなら今のうちよ』と言わんばかりの表情が気にくわなかったし、僚自体そんなこと素直に言える性質ではない。
- 別にデートくらいで目くじら立てねえよ -
『お互い様だしねぇ』さえ言ってしまったときには後の祭り。あの日から香は毎日ブーケの世話をして、ブーケの花は今朝摘んだかのように陽の光を浴びて生き生きとしている。そして香は、今夜のデートのために爪にマニキュアを塗っている。
「香ぃ、スマホが光ってるぜぇ」
「何だろ。手が離せないからちょっと確認してくんない?」
へいへい、と言いながら僚はパスワードを入力してメッセージアプリを立ち上げる。スマホを見せることに一瞬の躊躇もない香。信頼されている感じに僚の気分はちょっとだけ浮き上がったが、『北原絵梨子』と書かれたアイコンに嫌な予感しかしなかった。
『服は届いた?勝負下着も忘れずに!今日のデート楽しんでね』
絶対俺が読むの気づいてやがる、と青筋が立つのを感じながら僚は香にそのまま伝える。
「勝負下着って?」
「この前のショーで使ったやつの改良版。あれ動きにくくて」
あれか、と心当たりのある僚はそれを思い出す。実際にそれを身に付けた香は僚の目の保養になったし、僚自身も脱がせるのを楽しんだ。多少実用的にしても十分勝負下着になり得るだろうと頷くものの
(あの服にその下着って、あのショーの再現じゃねえか)
香はときどきデザイナーをやっている絵梨子に頼まれてショーモデルをしている。基本より友情で味付けされた割高の契約料は万年金欠状態の冴羽商事には嬉しい臨時収入。
絵梨子から依頼がくるといつも香は僚に承諾をとる。香としては裏の仕事をしている身で表に顔を出すことへの懸念だったが、すでに香は裏社会で顔が知られているので僚としては今さらである。
僚としても絵梨子が香をモデルに熱望する気持ちも良く分かる。長身でスタイルが良く、やや中性的な美人顔。背筋がスッと伸び、どんなデザインも着こなしてくれる。トロフィーワイフを連れる趣味は僚にはないが、キレイに着飾った香は僚にとっても目の保養だった。
- 本当に香にモデルをやらせていいわけ?変な虫がつくかもよぉ? -
モデルを始めた頃、僚は絵梨子にこう言われた。絵梨子の言わんとしていることは僚にも分かったが、その点も僚には今更だった。モデルをやっていなくても香は十分大量に変な虫をくっつけてくるのだ。だから「別に香がやりたきゃやりゃあいい」というのが僚の回答。
- そんな風に突き放したらカオリは不安になるぞ -
香がモデルをやったことは瞬く間に新宿に拡がり、厄介な害虫の1人であるミックがどうやって手に入れたのか、香が載ったエリ・キタハラの特集記事を持って僚のところに来たときのミックの台詞。
(不安…ねえ)
ミックの言う”不安”は分かる。「好きにすればいい」なんて言われれば関心がないと判断されて大体の女は怒る、これが僚の経験則だった。ただ香はこの規則に当てはまらなかった。あのときの僚の投げやりと評される言葉に返したのは心底おかしそうな笑顔と、「やっぱりねぇ」という笑い声。
(…俺のが愛されてんのか不安になるっての)
キャバクラ遊びも咎められない(金の無駄遣いは咎められるが)。「もしかしたら今夜帰らないかも~」と言ってみれば淡泊な返事、その夜帰った僚を出迎えたのは警戒レベル最大にしたトラップの数々、日が昇るころ起きてきた香の第一声は「帰ってたんだ、お帰り」。
日課と化しているナンパも咎められない。「あの店の新しい子がすっげえ可愛い」と言いながら香水の匂いをプンプンさせて帰ってきても「お帰り、早かったのね」の一言。
チッと舌を打った僚は灰皿を取ってくるために立ちあがり、カウンターの上に置かれた灰皿に手を伸ばしながら飾られたブーケを見る。香の愛情の証しか、時間がたってもツヤツヤ・ぴかぴかの花弁が香の愛情全てを受け取っているようで、「ふんっ」といら立ちを鼻息に込めて僚は花弁を指で強く弾く。
(何でクリスマスにデートなんだよ)
関係が進んでから初めてのクリスマス。照れくさくて特別なクリスマスにするつもりもなかったが、12月25日にデートすることになったと聞いた僚は唖然とした。24日のイブほどではないけれど、十分街には恋の雰囲気が残っている。
「これ、今日の夕飯?」
「保存効くから今夜僚も出かけても大丈夫だから」
キッチンに置かれたラップをつけた皿の上の料理は昨夜のクリスマスパーティーの残り物。昨夜の光景、美樹と香の力作が並んだイブ恒例のクリスマスパーティーの光景の中で見た料理たち。
ムカッ
イラつきが僚の脳を刺激する。他の女と遊ぶことを一切咎めない香へのイラつき、他の男とデートさせてしまう自分へのイラつき
「香!!」
突然あげた僚の大きな声に驚いた香がビクッと震え、次の瞬間「あーーー!」という声がリビングに響く。利き手でない左手でぷるぷると震えながら塗っていたマニキュアの刷毛が大きく弧を描き、ひょいっと僚が覗き込むと右手の人差し指から小指まで繋ぐ一本の赤い線。
「僚のせいよ!」「お前が鈍臭いだけだろ」
「右手の爪は塗りにくいの!」「慣れないことすっからだよ…貸せよ」
「え?」と目を瞬かせる香からマニキュアの瓶を奪い、用意されていた除光液をコットンに浸して右手のマニキュアを全て拭う。ツンッと溶剤のニオイが僚の鼻の粘膜を刺激する。
キレイになった指先の、無垢な桜色の爪に器用に赤色をつけていく。「上手いわね」と素直に感心する香は体の力を抜き、僚の体に寄りかかって僚が爪を塗るのを見守る。そんな無防備な香に僚は喉の奥で笑い、一番小さな小指の爪に時間をかけて丁寧に塗膜をつける。
「ありが……わっ」
刷毛がマニキュアの瓶に戻ると同時に僚は香の手を引き、膝の上に乗った香の両手首を大きな両手でそれぞれ固定する。
「しっかり乾かさないと台無しになるぜ」
僚は香の身体をソファと自分の身体で挟んで拘束する。息苦しさを訴える香の呼吸を手助けするために唇を少し離し、ざらりと唇を舌で少し舐め、香が数回呼吸できたことを確認して再び唇を重ねる。
「手、開いたままにしないと剥げるぞ」
言外に”暴れるな”と言って、香の手首をにぎる手に少しだけ警告の意味を込めて力をいれる。そして手首から手を離すと僚は香の指の間に自分の指を絡め、指を曲げられないように関節を押さえる。
「素直に行くなって言いなさいよ」
「…悪い」
「面倒くさい男……言い訳(理由)は僚が作ってよね」
「任せとけ」
「痛っ」
背中の引きつるような小さな痛みに思わず声を上げた僚はバスルームから出ると洗面台の鏡越しに無数のミミズが張たような爪痕に笑う。ところどころには香のマニキュアから堕ちた赤色。
「俺はやっぱり爪痕のが良いな」
クツクツと笑いながら、シャワーを浴びて乾いたのどを潤すためにリビングに行く。夜の帳が落ちる前に引き上げたリビングは灯りがなく真っ暗で、カウンターの上ではブーケの花が生気を失い萎れていた。
ブーケをゴミ箱に投げ入れて、水のペットボトルを片手に寝室に戻ると、黒いシーツの上で眠る香。サイドテーブルに置いたスマホのLEDがチカチカ光り、規則的に香の白い背中を煌めかせる。
暗闇ではきつい明るいさに僚が目を細め、香のスマホのセキュリティーを解除すればメッセージアプリには香にドタキャンされたデートの相手のアイコン。僚はチッと舌打ちし、メッセージを全て読むことなく連絡先を削除してから香の隣にごろりと寝転がる。
その瞬間に背中から走るピリッとした小さな痛みに僚は身じろぎし、香が残した真っ赤な爪跡を優しくなぞった。
END
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