シティーハンターの二次小説です。原作終了後(奥多摩後)の獠×香(リョウ香)です。
2019年冬以降流行している新型コロナウイルスが出てきます。ご本人およびご家族やご友人が大変な思いをした方には御不快な思いをさせてしまう可能性がありますので閲覧にはご注意ください。
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新型のウイルス登場で開園時間が短くなった俺の庭。明け方までの営業だった馴染みの店も『時代だ』に一言で日付をまたぐ前に暖簾を落とす。
艶やかな夜の蝶たちもオンライン営業が忙しいと袖を振るつれなさ。
『もう少し一緒にいよう』なんて目いっぱい色を付けた声を出しても、手練れの美女たちはコロコロと鈴を転がして
― いい子だからお家でお飲みなさい ―
客足が減って売り上げがきついと言っていたくせに手渡されたのはなかなかのグレードの酒。俺が共に飲む“誰か”のための酒と分かる酒。
その一目で高級と分かる重厚なビンは中身の液体を半分ほどにして目の前の女が振り回している。
「飲んでる~っ?」
ご機嫌な香の声と共に空になっていたグラスにダバダバと酒を注がれる。左腕に触れるのは柔らかい温かな体。
色気もひったくれも無いが、温もりを感じる距離で接待を受けるのは久しぶり。もともと距離をとって付き合う文化の日本人はソーシャルディスタンスの影響でその距離を物理的に広げた。
おかげでナンパも鳴かず飛ばず。
『お嬢さん♡』なんて近づこうものなら俺はまるでウイルス扱い。とった白魚のような手は瞬く間に振り払われ、次の瞬間には取りだしたアルコールティッシュで拭われる。
ナンパを生業にしている身としては何とも悲しい塩対応だ。
「“ソーシャルディスタンス”、ねえ」
苦々しく呟いた音を拾った香は、その普段の凛々しさを失ったぽやぽやした顔で首をこてりと傾げて
「りょ~お♡」
俺の左腕を両腕で抱え込んで密着面積を広げる。きれいな顔立ちは紅色に染まって無邪気な少女の様相だけど
「私はいいの♡」
腕に触れる胸の豊かさや、すり寄る体の腰の細さや、同じソファに乗る腰の色気とか、どこもかしこも少女とは大違い。俺の脳裏に少女とはかけ離れた女の貌で、俺の体の下で大いに乱れた艶姿が思い浮かぶ。
「そうだな」
腰の辺りの甘い引き攣れに熱い夜を予感する。
空いていた右手で香の細くて白い顎を軽く持ち上げて、トロリと蕩けた瞳にぐらりと理性がたたらを踏んで、お互いの鼻先が触れあう程度まで近づけて
「濃厚接触はだめ♡」
視界が焦点を失うほどそばにあるのに、その甘い吐息を感じるのに、俺の唇にあたるのは香が装着しているマスクのかさりとした感触。
「…いまさら。一緒に暮らしている段階で濃厚接触になるんだろうが」
「だ~め♡」
ニッコリ笑った香の腕が首に回り、肩に押し付けられた顔からはクフクフとアルコール漬けの笑い声。
原因は分からないが俺は毒がききにくい。
そのおかげでジャングルで生き抜くことができたのだが、毒がきかない分に薬も効きにくい体質は新宿ではやや面倒くさい。
特に今回みたいな未知な病気は警戒しないといけない。
…明日も知れぬ生活をしていたのに変わったよなぁ、俺。
― 今回の新型のウイルスは厄介じゃから気を付けるように。まあ、美味しいエサがあれば獠でも巣ごもりできるじゃろ ―
香に見えないように、それでも俺にはしっかり見えるように、器用にニタニタ笑いながらドクが下した診断。
正直に言えば、悪くないと思った。
女を覚えたてのガキみたいに1日中ゴロゴロとしながら、気分に合わせて甘く、熱く、どろどろに溶けるまでまぐあうのも悪くないなと。
そんな俺のピンクの妄想は家の中でもマスクを着けだした香の姿で木っ端みじんに吹き飛んだ。
酒を飲んでいる今でも、劣情を煽るとろりと融けた瞳の下には、鼻までしっかり覆った無粋なマスク。
「香」
「だーめ♡」
「香ちゃ~ん」
「なあに」
ふふふっと首筋をくすぐる甘い吐息に混じるアルコールの匂い。
しっかり酔っ払っているくせにマスクを取らない頑なさ。
真面目か!
北風と太陽よろしく酒の勢いで取っちまおうと思ったが甘かった。
槇村家の頑固さを久しぶりに目の当たりにした。
どんなに酔っぱらっても雫一滴分の理性を残していやがる。
その証拠に
「もう少し飲むか?」
「ううん、もうやめとく♡」
「…ほんと、しっかりしたパートナーだよ」
『お休み~♡』と手を振ってリビング脇の自分の部屋に向かう香。
共寝するようになって無用の長物となりつつあった部屋も今回のウイルス騒動で香の部屋に元通り。
「…くそっ」
ただ“いるかもしれない”ってだけで俺にお預けさせるウイルスが憎い。
俺は香が用意していた除菌スプレーを空気中に連打して、リビングの窓を思いきり開けて自分の部屋に向かった。
リビングから吹き込む寒さに耐えかねた香が獠のベッドに潜り込むのは2時間後のこと。
そして。
「顔が見えないのは寂しいな」
3分後には獠の呟きにキュンッとした香がマスクを外した。
『…香』
甘えるような獠のささやきに香が腕をひらいたのはそれから1分後。それから直ぐに香の甘い声が獠の寝室を見たす。
(北風と太陽…童話の教訓も役に立つことで)
冬の風で冷やされたリビングとは対照的に2人分の体温で熱いほど温まったベッドの中で、久しぶりの柔肌を堪能しながら獠はにやりと笑った。
END
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