十二夜

シティーハンター

シティーハンターの二次小説です。

獠と香は「恋人だがキスまで」で、北欧のクリスマス(ユール)をイメージしたクリスマス小説です。

今は廃れた風習ですが、北欧ではクリスマスから12日間1本の大きな薪(丸太)を燃やし続ける風習があります。

この薪(ユールログ)がクリスマスケーキの1つ「ブッシュ・ド・ノエル」のデザインとなっています。

ユールログは大事な丸太なのでリボンなどで飾って家まで運ばれていたそうです。

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「あ、ごめんなさーい」

浮かれきった若い女性の謝罪か歓声か分かりかねる言葉に、香は「いえいえ」と曖昧に笑って街を歩く。

インスタ映えしそうな明るいインテリアの店舗が並ぶ道からそれて新宿の街を歩くと、あちこちから声が香にかかる。

「あれ~、香ちゃん?どこに行くんだい? 獠ちゃんは?」

「ツケの返済に行くところ。 獠ならまたツケ貯めてんじゃないかな」

ゴゴゴッと音がしそうな香の怒りに触れるのは嫌で、声をかけたことをやや後悔した情報屋は「ハハハ~、僚ちゃんだからねぇ」と曖昧な笑いを返してそそくさと立ち去った。

「…クリスマスイブに何してるんだろ」

馴染みの情報屋が立ち去った路地裏は昏くて、数メートル先の大通りの明るさと対照的過ぎていつも元気な香ですら気分が滅入った。

今までの香ならクリスマスなんて365日のうちの1日だと笑い飛ばせた。

馴染みの喫茶店に行けば優しい店主夫婦と見知った顔が香を出迎えてくれる。

たった1人の家族だった兄を失ったけれど、今の香にはこの街が家族のようなものだった。

ため息を吐いて暗い気分を脇においやり、やると決めたことに戻ろうとした香だったが一歩足を踏み出した先にある潰れたアルミ缶に足をとられてバランスを崩し

「…痛っ」

香が踏みつけた潰れて汚れた金属が路地裏の暗闇にカーンッと甲高い音をして消えるのを目の端に捉えながら、痛みが走った右の足首を手のひらで包む。

しゃがみこんで動けなくなって、あまりの惨めさに涙が出そうになったとき

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「まぁーったく」

「獠!?」

大通りの灯りを背負って現れた背の高いシルエットに香は驚いた声を投げつける。

一方、獠は香の驚きなんて意に介さず、ひょーいひょいっと裏路地を難なく軽やかに歩いて香の傍でしゃがみこむと

「軽い捻挫だな、ドクに診てもらうほどじゃなさそうだが」

「私もそう思う。折角のクリスマスイブなんだから休んでもらおうよ」

「俺には働けって年中無休で言うくせに」

獠はふくれながら手を出して、香が立ちあがるのを助ける。

香の履いていた真っ白な、雪を思わせる柔らかな素材のパンツの裾についた黒い汚れ。

「何でキャッツアイに行かなかった?」

「へ?……ああ、さすがに遠慮しないと」

「…遠慮?」

「だって…あの2人っていま新婚さんでしょ?まあ、いままでも一緒だったけど。でもさ、そんな2人のクリスマスにずかずか踏み込んでいくような真似できないわよ」

「なあるほどね」

香の言葉に獠は笑う。

その笑みがどこか苦しげで、まるで何かをあざ笑うようだったから、香は獠の頭をポンポンッと慰めるように優しく叩いた。

別に何も言っていないのに、まるで宥めるような香の仕草に獠は笑った。

今度は心から楽しそうに。

「”初めて”ってそんなに大事かねぇ」

「大事よ!兄貴だって初任給で私をホテルのレストランのディナーに誘ってくれたんだから…素敵だったなぁ」

(このブラコン…いや、あいつはシスコン……相思相愛かよ、こいつら)

思い出に頬を染める香の後ろに親友の影を見た気になった獠はゲンナリとして、胸糞悪くなった気分を上げるために香にキスをした。

軽く触れる程度のバードキスだけど、香からはポッポッポッと蒸気機関車のように白い煙が噴き出る。

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(キスでこれかよ……いや、恥じらいハンマーが飛んでこないだけ成長したか)

獠が日課となっているナンパをやめて、飲み歩きもせずに香を探していたのには理由があった。

何しろ今宵はクリスマスイブ。

恋人たちにとって1年で一番ロマンチックな夜。

想いを告げて晴れて両想いになり、今ではキスもしている恋人同士。

獠としてはクリスマスのロマンチックに乗じて一気に2人の距離を近づけたい、健全な男としてはマイナスにしたいとさえ思っていた。

この男女の関係に疎いお姫様相手に暴挙とも取れる思考だが、大人の男として恋愛のイロハを楽しんできた獠としては「自分はこれでも我慢した!」と胸を張って主張したいところだった。

「あいったたたたた」

香の痛みを訴える声で我にかえると、香が痛みにうずくまっていた。

ふうっとため息を吐いた獠は上体を折り曲げ、香を肩に担ぐようにして持ち上げる。

「こ、こら! 獠!?」

肩越しに聴こえる香の驚いた声は聞き流し、じたばたと暴れる両脚の動きを片腕でまとめて封じて歩きはじめる。

衆人の目にさらされたくはないので裏道を選んで進む。

その間も香は騒ぎっぱなし。

香のぎゃんぎゃんわめく声をどこ吹く風で聞き流していた獠だったが

「私は丸太か何かか!?」

香のこんなセリフで良いことを思いついた獠はにんまりと笑い

「丁度いい。ブッシュ・ド・ノエルを買って行こうぜ」

「何でクリスマスケーキがそれ限定なの?  あ、いま私が丸太だから?」

「Se on totta. Ajattele minua 12 päivän ajan」

「はあ!?…あんた何の呪文唱えてたの?」

獠は香は丸太の様にほいっと掲げ直すと、笑いながら新宿の裏道を歩く。

それは古の北欧でユールログを運ぶ森の男のようだった。

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「最近獠が変なんだけど、何か変なもの食べたのかな? 何か知りません?」

「流石に俺の情報屋たちもそんな下らないことは知らん」

「 やっぱり賞味期限1年過ぎた冷凍食品が悪かったのかな」

俯く香に海坊主はカップを拭く手をとめ、すぐ傍にいる妻の美樹を見た。

美樹はコクリと頷きカウンターを出て香の隣の席に座る。

これは『さあ、話をしましょう』という合図。

「お腹下してるなら早く教授のところに行って薬をもらえば?」

「見る限り大丈夫そうなんだよね…いつもリビングにいてちょっかい出してくるし」

「ナンパにも飲みにも行かないで…ずっと香さんといるの?」

「うん…あ、もしかして何かの組織が動いていて警戒しているとか?」

「いや、そんな情報は知らん」

香と美樹の視線を感じた海坊主は首を横に振る。

そんな海坊主の前に香がジャケットのポケットから取り出した粘土製のニワトリをトントントンと3つ置く。

「雌鶏の置き物?…全部…なんで雌鶏?」

「さあ。ニワトリならば普通雄鶏だと思うんだけど」

トサカが格好いいのに、と香はつるっとしためんどりの頭頂部を指先で撫でる。

大事そうに触れるその仕草から、これが獠から贈られたものだと分かる。

「これが一昨日もらったやつで、昨日は音を録音できるサウスバードみたいな鳥のオモチャだったの、それも4つ」

「サウスバード?あのO□E PI□CEで出てきたギネスの鳥みたいなやつね」

そうそう、と頷く香。

「どこかのパチンコの景品かしら、ファルコン知ってる?」

「そんな下らない情報には興味がない」

「やっぱり美樹さんもそう思う?まったく、パチンコやるにしても食材をもちかえれば役に立つのに。今朝なんてこれよ」

「指輪……全部オモチャね。純金製の同じデザインの指輪5個なんていったら宝飾店強盗を疑っちゃうわ。ね、ファルコン……ファルコン?」

ケタケタと笑っていた美樹だったが、会話を投げかけた夫の真剣に考える姿に首を傾げた。

「香、クリスマスの次の日は獠から何をもらった?」

「何も?………あー、強いて言えばウズラの卵? 中華丼に乗っているやつ、要らねえからって」

「…その次の日は?」

「次の日?次の日は……珍しく僚と外食したくらいかな。僚のやつったら久しぶりにジビエ食べたいなんて言い出して。キジなんて初めて食べたわ」

ほら、と香が見せたスマホの画面には鳥料理が載った皿が2枚。

キジ料理なんて懐かしいわ、と傭兵経験のある美樹が懐かしそうに微笑んだ。そんな2人に海坊主はふっと笑った。

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「で、なぞなぞの答えが分かったんでしょ?」

その日の夜、閉店作業中の妻から問いかけられた海坊主は「クリスマスの12日間だ」とだけ答えた。

夫の答えに美樹は成程、と頷く。

「だから香さんにあと1週間くらい様子見てみろなんて言ったのね」

「今日で5日目…香はあいつが鳥好きになったなんて盛大な勘違いをしているがな」

クリスマスを祝う歌のひとつ『クリスマスの12日間』。

クリスマスから公現祭までの12日間に、恋人が毎日送ってくれたプレゼントを歌っている。

1日目は梨の木にとまった1羽のヤマウズラ

2日目は2羽のキジバト

3日目は3羽のめんどり

4日目は4羽の鳴いている鳥

5日目は5つの金の指輪

「6、7、8日目はどうするのかな?」

「大牧場にでも連れて行くんじゃないか?」

6日目は6羽の卵を産んでいるガチョウ

7日目は7羽の泳いでいる白鳥

8日目は8人の乳搾りをしているメイド

「ふうん…お泊りかぁ。まあ新宿よりも邪魔が入らなさそう」

「…はしたないぞ」

「やっぱりファルコンも気づいていたんだ」

「そりゃあ……あんなにヤツの臭いがマーキングされてれば気づく」

「香さん……まるで今にも咲きそうなバラの花みたいにキレイだったわ…冴羽さんって意外と気が長いのね」

「十二夜までじっくりと待つ…それだけ香が大事なんだろう」

9日目は9人の踊っているレディ

10日目は10人の踊っている貴族

11日目は11人の笛を吹いている笛吹き

12日目は12人の太鼓を叩いている鼓手

「ユールの薪みたいにじーっくりと冴羽さんの熱で溶かされるってわけね」

「男女のイロハに疎い香には必要な時間なんだろ」

「冴羽さんってロマンチックね」

「…我侭な寂しん坊だな、あれは」

Ajattele minua 12 päivän ajan.

- 12日間、俺のことだけ考えろ -

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