YAWARA!の二次小説で、はるか様からのリクエストです。
本サイトでは比較的原作後が多いですが、リクエストは原作中の「たら・れば」ストーリーです(旧題は『選択肢』です)。
妄想開始して、完結している物語のたら・ればの難しさに心折れそうになりましたが頑張って妄想してみました。
イメージソングはZARDの「心開いて」です。YAWARA!ファンはZARD好き多いですよね、私ももちろん好きです。
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「結婚おめでとう!」
羽衣係長の音頭で拍手がわく。
これで何人目かな、なんて思いながら柔も周囲と同じように笑顔を浮かべて拍手していたら、柔の向かいで顔を引きつらせている女性に気づく。
先日「ずっと付き合っていた彼氏と別れた」といってやさぐれていた先輩社員だった。
反面教師とまではいわないが、自分はきちんと笑顔ができているかと柔は口角を意識して引き上げた。
『恋人はいるの?』
そう聞かれたら柔はNOと答える。
芸能人ではないけれど、熱愛なんて騒がれたらパパラッチよりも煩い祖父の怒髪が天を突くので公的には独りを貫いているが、
『松田さんとはどうなったの?』
そう親しい人たちにと訊かれたら、かくかく云々と答えるつもりだった。
これは松田も賛成している。
柔も松田もすれ違いで周囲の人に多大な迷惑を与えていたと、過去を振り返って猛省した。
だから彼らに真実を伝えることはある意味誠意なのだと考えていた。
(でも松田さんはいいわよ、海の向こうにいるんだから。根ほり葉ほり聞いてくる人に応えているのは私なんだからね)
鉄壁の滋吾郎ガードのせいで柔は男女のことに疎い。
そんな柔は松田とのいきさつ、特に告白のことを根掘り葉掘り質問され答えるのに激しい羞恥を覚える。
(恋バナって聞くはいいけど話すのは苦手なのよね)
仕事が終われば即稽古、稽古、稽古。
巷で人気なドラマなど見る時間は捻出できず、未だに古いトレンディドラマの恋愛シチュエーションを望んでいるようなことを言うときがある。
柔としてはあの瞬間の空気が居たたまれない。
柔に対して正面きって言った者はいないが『いい年齢(とし)して』というオーラが一瞬流れるからだった。
(そもそも松田さんと<恋人同士らしいこと>ってないんだよね)
それはそうだ。
何しろ劇的な、それこそトレンディドラマに登場しそうな、今にも飛び立つ飛行機を待たせての告白(恐らく待たせてはいないが)。
告白、
抱擁、
しばらくお互いの温もりを味わって…それじゃあ、
だったのである。
(あの場でもし時間があったら…私たちどうなっていたかな)
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「ずっと…好きだった」
「私もっ!」
想いを告げて抱擁。
空港という、2人にとってあまり日常的ではない場所でやや開放的になったものの日本男児と大和撫子。
人前での抱擁に抵抗があり周囲のちらちらとこちらを見る視線に耐えかねてパッと離れた。
「・・・」
「・・・」
『これでもう最後だよ』と運命の神様が囁く背水の陣で望んだ告白。
死を覚悟で挑んだら意外と生き残ってしまったような、全てやりきった感のある放心状態。
それを通常運転に、さらりと自然に戻すには2人とも経験値が足りなかった。
「未だ時間あるから……そこら辺で話さないか?」
「は、はい!」
仕事仕事で良い年齢になってしまった松田耕作にしては精いっぱいの打開策。
しかしこれが限界だった。
向かい合って座ったカフェのテーブル席で、2人が口に出来る話題は唯一の共通話題『柔道』だった。
「アメリカってカナダに近いですよね。ジョディに連絡しましたか?」
「言い忘れてた。何てったってメチャクチャ急な辞令だったから」
「あっちは万年人手不足だからカメラもやんなきゃいけないんだよな」
「鴨田さんを連れて行ければ良かったですね」
「アメリカって太りそうな、脂っこくて砂糖一杯の料理なイメージ…想像だけで階級が上がりそうです」
「俺も君を見習ってランニングするようにしようかな」
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(…ダメだわ)
柔の想像の中ですら二人が恋人としてベタベタ甘い会話をする想像がつかなかった。
実際は恋人同士が常にベタベタ甘い会話をしているわけではないが、柔にとって身近な恋人像といえば花園夫婦と本阿弥夫婦だけとサンプルが少なかった。
サンプルとしても平均から外れている感じもする。
松田も柔も聞き役タイプである。
どちらも積極的に話題を振り会話のイニシアチブをとるのは苦手なため、どうしても共通話題、柔道と共通知人の話題にすがり付く傾向がある。
(松田さんって言葉よりも行動ってタイプだしなぁ)
鞄の中に常に入れてある以前クリスマスにもらった手袋。
もらったといっても走り出した窓から顔を出した柔に松田が投げてよこしたという荒業、いや、神業を発揮されて渡された贈り物である。
(”あの日”、もし逢えていたら違う恋人同士ができていたのかな)
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歓声が聴こえてくる熱のある松田の記事が柔の背中を押し、柔は立ち上がると以前松田が伝えた待ち合わせ場所に急ぐ。
最寄りの大通りに向かって走ると丁度『空車』と表示されたタクシーが向かってくるところで、まるで神様が味方してくれているような感じだった。
(なんて言おう……記者をやめないで下さい?)
タクシーの運転手に目的地を告げてホッと一息つくと頭がちょっと冷静になる。
邦子によると松田はもう記者をやめる決意をしている。
優柔不断に見える松田だが、意外と頑固な面があり決めたことは滅多に覆さないことを柔は知っている。
(ここで私が辞めるのをやめてと言っても…何でって感じだよね)
背中を押されたときに体の中で渦巻いたエネルギーが一気に消滅した感じになり、ネガティブな気持ちに引きずられる。
大の男の人生に関わることを第三者が気軽に言うのは良くないという気持ちになる。
やっぱり行くのをやめようか、と思ったときにタクシーは目的地に着く。
これ以上乗っているのも気まずく、柔は運賃を渡してタクシーを降りた。
女性客ということで運転手が気を使ってくれたのか、すぐ目の前には『チチカカ』と書かれた喫茶店の明るい看板。
さらに
「…松田さん」
目の前で停まった車に目が行くのは自然なことで、窓の外を見ていた松田と柔の目があった。
ここまで来てしまったのだから後には引けない。
腹をくくった柔はまるで試合に挑むように気合を入れて喫茶店の扉を潜った。
「いらっしゃいませ、お1人様ですか?」
「あ…いえ、連れが先に」
松田の元に向かう柔の背を見ながら「待ち合わせ相手きたんだぁ」なんて店員たちがひそひそと囁き合う。
「……遅くなってすみません」
「あ…うん、いや……俺も急に誘っちゃったし」
「あの……記者、辞めないで下さい!私も柔道やめないので!」
人間あまりに難しく考えて脳の処理能力を使いすぎると、脳は考えることを放棄して最も大事なことを先ず述べるというシンプルな手段に出るらしい。
前置きなしに突然飛び出た言葉に柔は驚き、一方で松田も前半は意味不明なものの自分の願望が具現化したような柔の後半の言葉に呆気にとられていた。
「へ?………あ、はい、やめません」
タクシーの中での説得シュミレーションが一瞬で無用と化した柔も呆気にとられて、「あ、はい」なんて何を肯定したのか分からない返事をした。
お互いをぽかんと見詰め合う松田と柔。
今夜はクリスマスイブという1年で一番ロマンチックな夜だが、この2人はロマンチックを共に味わうには未だ早い間柄で、ロマンチックの『ロ』の字もなかった。
「・・・」
「・・・」
『それがあなたの使命だよ』と運命の神様の囁きに背を押され、松田は柔に柔道をやめないように、柔は松田に記者をやめないようにやってきた。
難攻の予想は杞憂に終わり用意してきた台詞も出番なし。
なんとも拍子抜けの放心状態。
ここでその先の一歩に進むには2人とも経験値と強引さが足りなかった。
「未だ閉店まで時間あるから……コーヒーでいい?」
「は、はい!」
仕事仕事で良い年齢になってしまった松田耕作にしては精いっぱいの打開策。
しかしこれが限界だった。向かい合って座ったカフェのテーブル席で、2人が口に出来る話題は唯一の共通話題『柔道』だった。
「私ってばいつも富士子さんに背中を押されてばかり」
「富士子さんがオリンピックを目指すとは思わなかったよ」
「代表決めまで時間ないけれど焦らない様にな」
「そこはおじいちゃん次第なんで」
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(…ダメだわ、何かさっきと同じ展開だし)
進展しない妄想ドラマに柔は溜息をつきかけグッと抑える。
今はまだ同僚の結婚を祝う時間、『恋人とのあれこれを妄想していて溜息ついちゃいました☆』なんて切り抜ける度胸はないので、柔は持前の筋力でため息をグッと耐えた。
耳を現実に戻せば二人のなれ初めとか、新居とか、惚気話が続く。
柔がちらっと先日彼氏と別れた先輩社員を見ると目がすわっていて、柔は思わず上体を遠ざけた。
(私がこんな報告を聞いていられるのって松田さんがいるからなんだろうなぁ)
「…なんてことが昔あったんだよね」
ふっと笑う柔に松田がコーヒーを手渡す。
ぐるりとテーブルを回って向かいに座ると、あのときの不器用さはどこいったってくらい自然に笑う。
「息子の結婚式になんてことを思い出してるんだか」
「新郎の母親はやることなくて暇なの」
「それじゃ嫁いびりでも妄想してみたら?」
「あなた…山形のお義母様に私がいびられて欲しかったの?」
「いえいえ、滅相もありません」と首を高速で横に振る松田に柔は笑う。
離れて暮らしているが松田は両親をとても大事にしている。
今日だって孫の晴れ姿を見せるために東京と山形を行ったり来たりでテレビ電話の準備を根気強くしていた。
「滋悟郎さんの写真はあいつの控え室に飾ってきたの?」
柔が頷くと松田は「優しいなあ」とほほ笑む。
柔としては自分が優しいのはあなたが優しいからだと言いたかったが、せっかく上がった株を落とす必要はないと黙っていた。
恋愛初心者から始めた2人の恋、息子が結婚するいまになれば少しは裏工作だってできるようになる(本阿弥さやかに言わせれば、この程度のこと”裏工作”でもなんでもないが)
「母さん」
ノックの音と共に息子が顔を出すと、向こうの家族が挨拶したいらしいと伝えてくる。
結婚して子供が生まれて、減る家族よりも増える家族の方が多い幸せを柔は味わう。
人と付き合うのがあまり得意じゃないのを自覚しているから、そう思える自分がいるのも夫のおかげだと柔は感じていた。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
自分の子どものことなのに、妙に第三者のように祝いの言葉を紡ぐ。
この瞬間に息子の自立を強く意識させられ、もの悲しくなった柔の肩を松田がそっと抱き寄せる。
日本男児と大和撫子だけど、この程度の触れないなら照れなくなったのは歳の功だった。
「ねえ、今は何を夢みているの?」
次は写真撮影だと慌ただしく去って行った息子たちを見送るとまた2人になる。
何もやることがない時間というのは2人にとっては貴重なもので過去を振り返り未来を夢見る時間となる。
「君の傍でずっと笑っていること。君の夢は?」
「あなたの腕の中で笑っていること」
「俺に笑っていて欲しいと思わないの?」
「あなたこそ」
「だって」と同時に音にのせて、昔と同じ、昔から変わらない胸のときめきを抱えて同時に微笑む。
「俺の夢が叶えば君は笑顔のはずだから」
「私の夢が叶えばあなたは笑顔のはずだもの」
END
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