人魚のいる海 / シティーハンター

シティーハンター

シティーハンターの二次小説で、僚と香は恋人です。旧題は「海底賛歌」です。

YouTubeでDCappellaというグループの『Under The Sea (The Little Marmaid)』を聞いていたら妄想できました。

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「どうしてこんなことを」

布で両足をまとめられ、それを縄でグルグルに縛られた香は依頼人の男・新藤を睨む。新藤はCHに命を狙われているからとボディーガードの依頼をしてきた。男の依頼だったから僚は嫌な顔をしたが、赤貧状態で年越しを迎えることに不安を覚えた香がハンマーで脅して受けさせた。

「香さんのいるべき場所はここだから」

君の家はここだと新藤は両腕を広げて見せる。海の中のように青い光で染まる部屋。帆立貝のような形のベッドには色とりどりの華やかドレスがずらりと横たわっている。

「あのドレスは全て香さんのサイズです。お酒飲まれますよね、この棚の中のワインはお好きにどうぞ。洋服もワインも他のものも、足りなくなったら何でも用意しますよ」

「ここはどこ?」
「? 香さんの家ですよ?」

なんでそんなことを言うのか?というような新藤に香は溜息をつき質問を変えた。

「依頼は嘘、なんですか?」

「いや、は本当に脅迫されている。あの男は慎重だ、ホラじゃ直ぐにばれる。だから依頼は本当。ま、正確には本当になるように俺が仕組んだ」

「どうしてそんなことを?」
「君をこの家につれてくるため」

「僚が黙ってないわよ」

「そうだろうね。あの男は香さんにご執心だ。俺が香さんに近づくと殺気で殺されそうだったし。でも香さんが彼といるのは間違っている」
「よく言われる」

「香さんは人魚姫の話を知っているだろう?海に住む人魚姫と陸に住む王子、住む世界の違う人間に惚れて本来いるべき場所を捨てた人魚姫は果たして幸せだったのか」

「あなたは不幸だと思うのね」
「何者も”いるべき場所”というのがある。香さん、君は人魚姫だ。違う世界の男に興味を持って、挙句の果てに共に生きようなどと愚かな真似を」

新藤が何度も繰り返す『人魚姫』というフレーズに、ここは新藤が人魚姫が永遠に暮らすべき部屋をイメージしたのだと香は感じ取った。

「私が帰ると言ったら?」
「? 帰る?香さんの家はここなのに…やっぱり脚が邪魔だな。脚があるから君は人魚姫のような愚かな夢を見る。そうだ、アキレス腱を切ろう。大丈夫、医師を呼んでキレイに切ってもらうから。それで君は永遠に相応しい場所で幸せに暮らせる」

「私の家は新宿、僚のところよ」
「住む世界が違うのに無理してなんの幸せが?」

「私の幸せは私が決めるわ」

knock knock

「社長、お客様がお見えです。力づくで帰っていただくには私たちでは力不足ですが、いかがないさいますか?」
「俺が行くよ、ありがとう。香さん、続きは後ほど」

パタンッと閉じた扉の音から防音処理が施されていると感じた香は黙りこんだ。無駄な大声は体力を消耗するだけと判断し、部屋を見渡す。部屋には何でも、こうなる前まで香が背負っていたリュックがあった。

まずは体の動きを取り戻そうと香は動かせる腕で匍匐前進、ワインの棚を思い切り蹴り飛ばす。香には価値が分からなかったが、冴羽商事数年分の収入が一瞬で床のシミと化す。

「…こんなんじゃ切れないか」

縄にビンの破片を当てて切ろうとしたが、一見普通のナイロン製ロープなのに中にはワイヤーが見えた香はビンの破片を捨てた。きらりと光る金属に、香は新藤の執着の片鱗を見た気がした。

「…お転婆なお姫さんだな」

香の予想に反して扉は防音処理しておらず、香がワイン棚を桁押し軒並みビンを割った音が響いて僚は笑う。

「……乱暴だな」
「お前さん、香のどこをみてるんだ?」

あんな音程度で香を乱暴と評す男に僚は心の底から首を傾げた。何しろ普段の香りはハンマーを振り回して床や地面を盛大に割り、マンション中に彼女が仕掛けた罠は毎回大々的なリフォームが必要なほど。

「彼女は美しい、それが全てだ」
「ああ、そっか。あまりにあんたが胡散臭いからマンションに呼ばなかったっけ」

「別にあんなところ知りたいとは思いませんよ?」

「香の私生活を知りたいと思わないのかい?」
「別に。これから彼女は僕のところで暮らす。彼女はここだけを知っていればいい」

「お前さん、そうとう自分の海に自信があるんだな」
「もちろん。俺の海に比べればあなたの海は海ですらない、反吐のような沼だ」

「香はそれが良いってさ、物好きなこった」
「それは沼しか知らないから。美しい海で泳げばそれ以外を望まなくなる」

ドカンッ

突然のけたたましい爆音に男の顔が勝ち誇った表情で止まる。対峙する男たちの間にパラパラとホコリが雨のように降り注ぐ。

「な、何の音だ?」
「人魚姫がお前のきれ~な海をぶっ壊している音」

「は?」

ドカンッ

「お前の魂胆を知らないあいつはお前を助けるためにここに来た。銃の腕はないからな。恐らく背負っていったリュックに山ほど手榴弾系の武器を入れていったんだろう。で、それを使っているからあの爆音がするってわけ」

ドカンッ ドカンッ ドカンッ

一際大きな音と共に転がり出てきた芋虫、もとい香に僚は笑って銃を構える。それを目の端に捉えた香は躊躇せず手すりにつかまり、逆立ちのような動作でその尾ひれのような縄でグルグルにまかれた足を宙にさらす。

ドウンッ

重量級の短銃が火を噴くと同時に香の足をくくる縄の一部が焼き切れ、するすると階下に落ちていく。香が巻かれた布を解くのは面倒そうだと思っていると追加の一発

ドウンッ

切れ目の入った布を香は力づくでビリビリと割いていく。尾ひれが2本の脚に、人魚姫が人間になる瞬間だった。

「お前さん、一度ディズニー映画見た方が良いぜ?おうおうにして姫君ってのは逞しいもんさ」

あの女みたいにな、と僚は香を指さす。

「人魚姫ってのは陸にあがる恐怖心も、尾ひれが足に変わる激痛も、声を失うリスクもすべて承知、全部受け入れて惚れた男のとこに行ったんだ。そんな思いに男の美学が太刀打ちできるわけない」

欄干に座って自由になった脚を伸ばして気持ちよさげな香を唖然とみる新藤に僚は哂い、「香!」と声をかける。僚を見つけた香は一瞬の躊躇もなく、階上から舞い降りる。

ドカンッ ドカンッ ドカンッ

香の帰還を祝福する花火…と思わせる手りゅう弾の爆発音。それまでに逃げる算段だったのか、勢いを増した爆発は屋敷中を震わせ、部屋にあった贅沢なものを遠慮なく吹っ飛ばす。

「…おまぁ、どれだけ仕掛けたの?」
「あるだけ全部。残しておいて変なことに使われたら嫌だし」

「平和主義者だか何だか分からん奴だな。それじゃあ長居は無用だ、帰るぞ」

僚の言葉に同意しかけた香だったが、数メートルほどの距離で呆然と階上を見上げている新藤に気づく。

「……悪いことしたかな」
「放っとけ、ああいう輩にはいいお仕置きだろうよ。あいつ、お前のことここに監禁して人魚姫として愛でていく予定だったんだろ?」

「自分で言うのも悲しいけれど……新藤さん、物好きね」
(俺が言う資格はねえけど……こいつ、自己評価が低過ぎ)

僚としては男と女の関係になった時点で、ある程度まで香自身が自己評価を上げると思っていた。何しろ『唯一もっこりしない女』と言っていた僚が毎晩飽きもせず、である。「ほらみなさい」と高笑いされてもぐうの音が出ないほどの事態だというのに、香は依然変わらない。変わらない理由を僚は気にしているが、話の持っていき様によってはリスクがあるので聞けていない。

(ほらな~、やっぱり女は強えんだって)

戦地で夢見た結婚のため生死も分からない男を追いかけて終にその夢を叶えた女。惚れた男のため敵わないと分かっている敵に挑む女。

(…ボクちゃんの人生、なあんでこんなに強い美女ばっかり周囲にいるんでしょ……その最たるが香だな)

僚の知る女はみんな言うなれば裏の世界の女たち。香は違う、表の明るい世界で生まれ育ったのに、やんごとない事情により裏の世界に飛び込まざるを得なかった女。

「あのさ、人魚姫ってずっと海の中にいた方が良かったと思う?Bad Endじゃあ海の泡になっちまうし、Happy Endだって海に面した国に嫁に行ったんだぞ?飯どうすんだよ、魚介類食べんのか?」

「知らないわよ。そもそもHappyもBadも他人が決めてどうすんの!何が幸せかなんて本人にしか分からないわ。物語になっているのなんて彼らのほんの一部よ」

「んじゃあ…お前が人魚姫だったら何を選ぶよ?」
「王子を殺して自分も死ぬ」

「一択?」
「もちろん。あんたを殺した後で楽しく生きていられるほど図太い神経してないし」

「自分一人で泡になる気はないの?」
「ないわね。私がいなくなったあとで面白おかしく、せいせいしたとばかりにもっこりされても腹たつし」

「結婚するって選択は?」
「あんた無理でしょう?」

「いや、まあそうだけど……それじゃあ子どもは?」
「積極的に欲しいとは思ってないけれど…できるかもしれないわね。あんた、出生届の父親欄に名前が載らないからって育児放棄する気なの?」

こんのろくでなし、と香の召還したハンマーに潰される僚は香に置き去りにされ、ふと意識を取り戻した後に「あれ?人魚姫の話をしていたんじゃなかったっけ」と僚は首を傾げたが、その顔はどこか晴れ晴れと嬉しそうだった。

END

人魚のいる海 / シティーハンター

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