鬼滅の刃の二次小説で、原作終了後の我妻善逸&竈門禰豆子(ぜんねず未満)です。
原作ラストの通り、善逸は竈門兄妹の生家で暮らしています。
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トントン
コトコト
禰豆子ちゃんが朝食を作る音で目を覚ます。
サラッと衣擦れの音を立てるのは禰豆子ちゃんが仕立ててくれた金糸雀色の着物。その手ずから作ってくれた証のようにふわりと彼女の薫りがする。
「おはようございます、善逸さん」
厨に行くと割烹着を着た禰豆子ちゃんが笑顔を向けてくれる。
嗚呼、この子を一生大事にしよう。
「おはよう、善逸」
…その前にこの分厚くて堅い壁(=炭治郎)をどうにかしなくては。
俺より早く起きていた炭治郎はにこにこと機嫌よさそうに食卓についていた。白米から美味しそうな香りがたっている。
あのむさ苦しい猪の頭が、ない?
「伊之介ならつやつやのどんぐりを見つけたからって蝶屋敷に行ったよ」
またか、と思いながらも口元が緩んでしまう。
情緒の掛けれもない奴だと思ったが、どうやらアオイさんにせっせと求愛行動をしているらしい。
どんぐりを求愛の証とうけとってもらえているかは知らないが。
「可愛いですよね」
伊之助は禰豆子ちゃんを子分のように思っているらしいが、長女属性で面倒見がよい禰豆子ちゃんからすると弟のようなものらしい。
俺は彼女にとって何なんだろうか。
「そういえば今日何かあるの?」
朝食を食べながら俺はずっと気になっていたことを尋ねる。起きた瞬間から感じていた、二人の何かを楽しみに待つような弾むような心臓の音。
「今日義勇さんが来るんだ」
炭治郎の言葉に納得する。
竈門兄妹は元水柱の冨岡さんにとても懐いている。どう見ても弟属性の人だが、この2人にとって彼は命の恩人であり兄のような人のようだった。
「義勇さんの匂いだ」
炭治郎の鼻が来客を感じ取る。同時に俺の耳にも彼の音が聞こえたが、それと一緒に聞こえた音に、その覚えがある音に背筋に冷や汗が流れる。
いや、落ち着け、俺!
鬼はもういない!
あのオッサンは俺をしごきにきたのではない!!
「うふふ、お兄ちゃん飛ぶように行っちゃった。本当に二人のことが好きなんだね」
『二人』ということは禰豆子ちゃんもオッサンが来るのは知っていたのだろう。あの日蝶屋敷で頭を撫でられ頬を染める姿を思い出し、俺の胸にちりっと静電気のような痛みが走った。
なに、この状況。
なんで俺、木刀を持ってるの?
何でこの人、俺の前で木刀を構えてるの?
炭治郎が2人を連れてきた…と思ったら、なぜか木刀が飛んできた。
俺を突き殺す勢いで顔面向けて飛んでくるからさ、つい受け取っちゃうよね。
避ければよかった、俺の馬鹿!
「炭治郎から聞いている」
え、何を!?
この人、言葉が足りなすぎるよ!
全然分からないよ!
お喋りが嫌いとかそういう問題じゃないよ!?
「禰豆子に結婚を申し込むなら俺を倒していけ」
え、なんで?
何で、この人?
普通、それって兄の炭治郎がやるんじゃないの?
代理?
スゥゥゥゥゥ
聞き覚えのある水の呼吸の音に戸惑っていた俺の脳が警鐘を鳴らす。
え、本気?
「ま、待ってください」
「後がつかえている、行くぞ」
いやいやいやいや、お話ししようよ!
ね、お話!!
ざあっと水が爆ぜる音がして、急いで構える。
怖ええ!
炭治郎と同じだけど、炭治郎のそれよりも数倍精錬された技。
必死で見切って、飛んできた木刀を受け止めて流して、走馬灯ががんがん流れていくのを感じながら死に物狂いで足を動かす。
それでも2発、右の二の腕と左わき腹に木刀が食い込んだ。
「…どうやら熊や狼藉者から禰豆子を守れるようだな」
こんな馬鹿げた強さの熊なんていないから!!
こんな狼藉者なら鬼退治を手伝って欲しかったよ!!
「うっし、次は俺だな。隻腕の冨岡には気ぃ使っただろうが、俺には一切遠慮はいらねえぞぉ」
今度は風のおっさんがぶんぶん木刀を振り回している。
飛んでくる風圧で頬が痛いんですけれど。
「ちょっと、ちょっと待ってください!いきなり来て何ですか!?俺、何かしました!?」
「…理由を聞いてないのかぁ?」
風のおっさんが呆れたような目を炭治郎に向けると、炭治郎はへへへっと笑って家の方を見る。
「なるほどねぇ、何もしないのが問題ってわけかぁ」
「全然わからないんですけど!」
「気にすんなぁ、そして腹をくくれぇ」
あ、死んだ。
おっさんの希薄におされて遠のいた意識のなかで、じいちゃんが『善逸、正念場じゃ』とにやにや笑っていた。
いや、じいちゃん。
正念場は終わったよ。
鬼舞辻を倒したじゃーーーーん!!!!!
「さすが元鳴柱だった桑島さんの継子だなぁ。木刀を弾かれたのは久しぶりだぁ」
「ああ、あれなら俺たちも安心だな」
男共の声に混じって鈴の鳴るような禰豆子ちゃんの笑い声がする。本当にかわいい声だ。
心が落ち着く。
ずっと聞いていたい音。
「しかし意外だったな…お前たちは仲が良いと思っていた」
「俺たちは善逸のことが好きですけど…善逸は善逸のことが嫌いなんですよ」
…うん、そうだよ。
俺は俺のことが一番嫌い。
俺は誰からも期待されていない。
期待って俺に夢を見てくれてるからするんだよね。
誰も俺が幸せにする夢を見てくれない。
ふわり
軽く床板をこする音と一緒にふわりと香る素朴な花の香り。
白詰草だ。
― 善逸さん、お散歩に行きませんか? ―
禰豆子ちゃんから初めて誘われたデートに浮かれて、途中見つけた白詰草で蝶屋敷の女の子たちが作っていたのを思い出しながら指輪を作った。
禰豆子ちゃんは器用だって褒めてくれた。
いい気分になって俺は禰豆子ちゃんの指にはめてあげた。
禰豆子ちゃんが嬉しそうにかざす姿をみながら、結婚指輪みたいだなんて思ったりして。
あれから数日後、禰豆子ちゃんは俺に白詰草を摘んでくきた。
指輪を作って欲しいのか、と思っていたけれど俺への贈り物だって。
『ありがとう』と言って受け取ったら、禰豆子ちゃんは俺に嬉しいことを言ってくれた。
― 私、善逸さんのことが“好き”です ―
誰かにずっとそう言ってもらうことを夢見ていた。
嬉しくって、天にも昇る気持ちで、『俺、このまま死ぬに違いない』って思った。
あの桜色の爪をつけた可愛らしい手を両手で包んで。
『うん、幸せにするよ』
そういうとした俺の声は絡まった。
幸せにするって、何?
何をすれば、禰豆子ちゃんは幸せになるの?
「私が善逸さんを幸せにしてみせるんです」
トクン
禰豆子ちゃんから聞こえるのは優しい音。
「でも兄ちゃんは心配だよ」
うん、そうだよね。
俺なんかじゃ禰豆子ちゃんを幸せにできるって期待できないよね。
「善逸って頑固だから」
…ん?
いやいや、頑固、負けるから。
お前の方が俺の何百倍も頭が固いから…この真面目が!
「だから御二人を呼んだの?」
「うん、善逸に気合入れようと思って。頭、パッカーンってやられれば目を覚ましてくれるかなって」
いや…パッカーンってやられたら俺、死ぬから。
水柱たちも何、協力してるわけ?
え、他の一門の修行ってこんななの?
怖っ。
「俺、善逸のこと大好きだからさ。信用している。善逸なら禰豆子を一生守って幸せにしてくれるって信じてる」
「なら、こんな脅迫みたいなことしないで口で言ってよ」
何それ。
泣きそう。
何だ。
俺に期待してくれる人がここにもいたよ、じいちゃん。
「言ってくれなきゃわからないよ、馬鹿野郎」
『水の一門、言葉が足りなすぎ』ってぼやいたら、違いないとおっさんが同意してくれた。
「『幸運』と『約束』だ」
突然なに、この水柱。
……あー、何かわかってきた。
この人、頭の中でいろいろ考えてから口にするんだ。
その間に結構自己完結してるから、こっちは飛んだような気がするんだな。
「何が『幸運』と『約束』なんです?」
さすが炭治郎、長男属性。
「…花言葉だ。蝶屋敷の娘たちに聞いた」
へえ
そうなんだ。
あの日作った白詰草の指輪が思い浮かぶ。
うん、あれも大事な想い出だけど。
「ねえ、禰豆子ちゃん。明日俺と一緒に街に行こうよ。うん、銀座に行こう。それでここに幸福を約束する証しを贈らせて」
キョトンとしている禰豆子ちゃんの薬指をちょんっと突く。
「俺は幸せにする方法がわからないから、誰かの真似をするけれど…でも、絶対に俺が禰豆子ちゃんを幸せにする方法を見つけるから」
「…はい」
禰豆子ちゃんが泣きそうな顔で笑ってくれた。
いつも可愛いけれど、いままでの可愛さなんて吹っ飛んじゃうくらい綺麗な笑顔。
そして禰豆子ちゃんは綺麗な所作で三つ指をついて頭を下げる。
「不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします」
俺が一生目にすることなんてないと思っていた光景が目の前にある。
あー……泣きそうだ
………って
「…なんでお前が泣いているんだぁ?」
呆れたようにおっさんが水柱の肩を叩く。
本当だよ、こういうときに泣くのって炭治郎なんじゃないの?
…って、炭治郎も泣いているし。
水の一門、泣き虫が多いなぁ。
もう本当に、大好きだよ。
「うん、末永くよろしく」
END
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