鬼滅の刃の二次小説で、冨岡義勇×胡蝶しのぶ(ぎゆしの)です。
いつも聞いているラジオから米津玄師さんの『Lemon』がかかってきたとき、ちょうど次の話を構想中だったこともあり「これ、ぎゆしのにピッタリ」と妄想が止まらなくなりました。
原作終了後の義勇を想像しました。原作では義勇に子孫がいる=結婚的な…?となっていますが、その辺りは無視して義勇はしのぶを慕っていたという設定を(ゴリ)推ししています。
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グラグラと揺れる感覚に目を覚ますと青空が見えた。
「冨岡様!もうすぐ蝶屋敷です、いましばらくの御辛抱を!」
担架の持つ4人の隠の1人が励ましの声をかけてくる。
なぜだ?と思ったとき右腕にずきりと形容しがたい痛みが走り、全てのことを思い出した。
鬼舞辻との最終決戦、無限城で闘った上弦の参、異形の姿となった鬼舞辻と大きな胎児となりボロリと崩れた最期、鬼化した炭治郎。
「・・・夢のようだな」
鬼殺隊の悲願だった鬼舞辻を滅した。
夢のようだけど夢でない、夢でなくてなかった。
もうこれで誰も鬼に怯えることはないのがとても嬉しい。
たくさんの命が失われた。
悲願成就の代償は大きかった、夢ならば良かった。
誰もが『それ』を覚悟していたとはいえ、亡くした人たちの顔を浮かべると眸が潤んだ。
「胡蝶」
再び気を失う寸前の小さな呟きを聞いたのは、蝶屋敷の入口で揺れる花々だけだった。
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― 冨岡さん ―
揶揄うような艶やかな声音に目を覚ます。
見慣れた天井を見つめながら眠気の名残りを息を吐いて追い出すと、左側に転がって左腕で体を起こす。
右腕がない生活にももう慣れた。
鬼殺隊は解散したので隊服はもう無いが、お館様が送ってくれた肌触りのよい生地の着物に着替えると最後に羽織を着る。
『誰だ!? トミオカ…誰だ? 半分…半々、ああ!半々羽織か! おおお、誰かと思った!』
全て終わったのだからと羽織は行李にしまったが、『こいつ誰だっけ』的な周囲の表情に悩み、伊之助の素直な言葉に行李から羽織を出した。
隊服を脱いでもしっかり周囲に認識されている上に、炭治郎や禰豆子にやけになつかれている不死川がとても羨ましかった(羨ましさの8割は後半が理由)。
ちなみに周囲の『こいつ誰だっけ』は冨岡の勘違いで、髪を切って端正なその顔立ちが目立つ冨岡に見惚れていただけなのだが(伊之助は本気)。
― そんなだから みんなに嫌われるんですよぉ? ―
「胡蝶、想い出の中でもお前は辛らつだな。強烈過ぎて…忘れたくても、全く忘れられん」
『忘れたいのか?』という自問に首を横に振って答える。
想い出はもう増やせないのだから、毎日里の中を彷徨い、必死に想い出の欠片を探していた。
毎日何かをきっかけに些細なことを思い出す、まるで忘れ物を取りに帰ってきたように。
古くなった想い出も埃をはらえば彩り豊かによみがえる。
どんなに願っても戻らない幸せがあることを姉さんが、次に錆兎が、そして最後に胡蝶が教えてくれた。
― 月がきれいですね ―
夢の中でそう言って微笑む彼女の背後には、己の想像できる中で一番きれいな月。
「ああ、月がきれいだ」
気づかなかった。
恋慕よりも優先すべき使命があった。
どんな理由にしろ言えずにいた言葉は永遠に届かない。
彼女に捧げたいほど美しい月は彼女の目に永遠に映らない。
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『宇髄様より御伝言です。 今夜月見をど派手にやるぞぉ。不死川も冨岡も暇で地味だろうから絶対参加するように! 以上です』
宇髄そっくりの声音で届いた伝言。
職務に忠実な隠だと感心しながら夕焼けに染まった空を見上げる。
鎹烏だった寛三郎の姿はない。
邸を出る前に戻ってこなければ天窓を開けておかねばと肝に銘じながら厨に向かい酒を探す。
酒の良し悪しは分からないので適当に選び出す。
宇髄が指定した場所は旧産屋敷邸があったところだった。
あの日、鬼舞辻が襲撃したときにお館様と一緒に消えた邸。
隠らの尽力で焼け跡は何もない場所になった。
いずれここに飛んできた種が根付き、生き生きとした命に覆われることだろう。
「こっちだ、こっちだ」
宇髄の声に首を巡らせれば、こっちを見下ろす小高い丘に宇髄と不死川がいた。
「すまない、遅れた」
一升瓶を二本縛ったふろしきを渡すと宇髄は嬉しそうに顔を輝かせる。
そして二本の銘柄を見比べて、どういう基準か分からないが1本選び出し、誰も座っていない影膳に添えられた盃に注いだ。
「全員分並べたら俺たちの分がなくなっちまうからな」
そう言って宇髄は笑って盃をよこしたときに、揺れた袖からふわりと藤の花の香りが漂った。
馴染み深い華やかな薫りに、鬼殺隊が解散して以来すっかり緩んだ涙腺が崩壊する。
「おいおい、まだ酒が入ってねえのによぉ」
懐に入れたはずの手ぬぐいを探してもたもたしていたら、呆れたような、けれど優しい声で不死川が懐から手ぬぐいを出して渡してくれた。
優しくされたことにジンッとして流れる涙が少し増える。
「せっかくの月夜だから献杯でもどうかと思ったが…未だ早かったな」
「いや、こちらこそすまなかった」
首を振って夜空を見上げると綺麗な満月。
― 月がきれいですね ―
少し冷たい乾いた風が目に滲んだ雫を優しく乾かす。
その優しさに、漂う藤の香りに、頭に浮かんで離れない胡蝶の穏やかな笑顔。
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― 死亡!! 胡蝶シノブ死亡!! 上弦ノ弐ト格闘ノ末死亡ーッ!! ―
胡蝶の覚悟を知っていたから予想でできていたことだった。
でも悲しかった。
胡蝶への想いを自覚してから、髪の一本も己に残さず他人のものになったと思うと苦しかった。
未だ顔も知らぬ上弦の弐。
彼女を食った鬼を、毎夜夢の中でいろいろな姿形で思い浮かべては滅殺する。
夢の中ではいつも上弦の弐と対峙する胡蝶を押しのけて、その身を庇いながら戦って勝つ。
そして守った、守り抜いた胡蝶にいつも怒られるのだ。
お館様と一緒に亡くなった姫様たちが読んでいた童話の姫のように胡蝶が喜ぶことはない。
自分の手で姉の仇を打つのを邪魔したと思いきり怒ってくるのだ。
そんな胡蝶の反応を夢の中では受け止めきれず呆然とするのに、夢から覚めるとその彼女らしさに涙一粒を供えて微笑みを浮かべる。
藤の花の毒を食み続ける苦痛はいかほどか。
その覚悟を無視した己の行動は胡蝶に罵倒されて当たり前だ。
仄暗い閨の中でなぞった胡蝶の背の輪郭、自分に背を向けてぼんやりと宙を見ていた胡蝶の横顔、それは全て鮮明に記憶に残っている。
あのとき胡蝶は何かをしていたわけではないし、部屋の中の何かをみていたわけではない。
ただその目線の先には何かがあった。
あのとき盗み見た胡蝶の横顔はかつて見たことのない、知らないものだった。
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宇髄らと別れて千本竹林の脇を歩く。
酒に慣れぬ体は片手の指ほどの杯で軽く火照り、ふわふわと浮だつ足取りを他人事のように楽しみながら月の光で出来た己の影を追いかける。
― ほら、ふらふらしないでください…仕方がないですねぇ ―
いつかの共同任務の準備のために共に藤の家に向かっているとき、担当していた地区にはない活気に少し気圧された腕をひいて歩いてくれたのが胡蝶だった。
三、四つも年下の女性相手としては些か情けなかったが、仕方がないといいながら微笑むその顔に少し呼吸が乱れたことは覚えている。
あの顔は最期まで忘れられないと確信している。
「俺は 俺が思うより あなたを強くお慕いしていたようだ」
胡蝶があのときどんな思いで身を委ねたのかはもう分からない。
もしかしたら同じ思いを抱いていてくれたかもしれない。
それならば
「どうか忘れて 幸せになって欲しい」
この寂しさ、苦しさを一抹でも、己が胡蝶に与えることが許せない。
だからこんな己のことは忘れて幸せでいて欲しい。
風の向きが代わりふわりと藤の花が香る。
にわかに月が藤色に染まったかと錯覚するほどぐらりと心が揺れる。
「胡蝶」
秋風にのった呟きは夜空に舞って、永遠に変わらない月の光の中に溶けて消えた。
END
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