鬼滅の刃の二次小説で、原作終了後の話です。
ぎゆしの?炭カナ?
思っていることを詰め込んだら、CPが分からなくなり…話のまとまりもつかなかったのですが捨てるのは惜しいので公開しました。
言い訳ですみません。
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「ごめんくださいませ」
儚く空気を震わす声に冨岡が玄関の扉を開けると、そこには胡蝶の継子だった栗花落カナヲが立っていた。
意外な人物の来訪に冨岡は驚きで目を開いたが、カナヲの旅装に気づいて優しく目元を緩めた。
「炭治郎のもとにいくのか?」
「はい。水柱様には鬼殺隊解散後も大変お世話になりました。アオイも先ほど隠の力を借りて例の邸に移りました」
珠代の証言から鬼舞辻が鬼の研究をしていたことが分かっていたが、その研究施設の場所がわからずこのままでは鬼舞辻の実験記録を誰かに悪用される可能性があった。
それに気づいたアオイはしのぶと珠代の実験に関する全ての記録を持って、鬼殺隊や隠でも信用のおける一部しか知らない山の邸に移住することに決めた。
「蝶屋敷には俺が死ぬ前に必ず火を放つ…ただ暫くは…俺の我が儘ですまない」
冨岡にとって蝶屋敷は胡蝶との想い出の場所だった…甘い想い出ではなく怪我をして訪れるばっかりの場所だったが。
「いえ、炭治郎に断られたら戻ってくることができます」
「お前の覚悟を知れば炭治郎も断るまい。ぜひ幸せな未来を繋げて欲しい」
冨岡は自分の頬にある痣に触れながら微笑んだ。
痣が発現した者は全員25歳までに死を迎えている。痣を発現させて得るあの驚異的な力は生命を削ったものだった。
「冨岡様は未来を…繋げないのでしょうか?聞きました…お館様から何度か縁談のすすめがあったと」
隻腕になったといっても見目麗しい冨岡に懸想する者は多く、特に任務において冨岡の強さを目の当たりにし、冨岡に命を助けてもらった女隊員の中には一夜の共寝だけでもと願う者もいた。
「しのぶ姉さんのことなら…」
鬼舞辻をはじめとした上弦の鬼たちとの戦いでは多くの者たちが死んだ。
柱として敬意を持たれていた胡蝶しのぶの墓を訪れるものは多かったが、月日がたてば悲しみも薄れ訪れるものはよほど近しい者に限られる。
そんな中で冨岡は必ず月命日に墓に来ていた。
そして時間が許せば蝶屋敷を訪れてカナヲを始めとした蝶屋敷の娘たちを気にかけてくれた。
縁側に座っては何かを愛おしそうに思い出す冨岡の姿に、男女の機微に疎いカナヲも嫌でも気が付いた。
「違う」
ピシリとカナヲの言葉を拒絶する言葉にカナヲは『すみません』とつぶやいて俯いた。
そんなカナヲの反応に冨岡もハッとして、左右の宙に視線を送って絵に描いたようにオロオロすると、おずおずと手を伸ばしてカナヲの頭にポンッと手を置いた。
「違う…いや、違くなくって…いや、違うんだけど…」
― あの人は口数が少な過ぎて大切なことが伝わらないんですよ ―
怒っている風でありながらも『しょうがない人』という慈愛に満ちた優しいしのぶの笑顔を多みだしたカナヲは「こういうところか」と小さく呟いて顔を上げる。そんなカナヲに冨岡はホッとした顔をして
「俺は未だ胡蝶を慕っている…いまも彼女に恋してる…おそらく死ぬまで。だから縁談は断った」
ポリポリと恥ずかしそうに頬を掻きながら冨岡は言葉を紡ぎ、一旦言葉を留めると小さくクシャリと笑った。
「全く……伝えなかった後悔をここまで引き摺ることになるとは……お前たちが俺たちの二の舞にならなくて本当に良かった」
静かにそっとふすまを締めたカナヲは人の気配に振り替えると、瞳に深い悲しみを浮かべた優しい顔つきの老人が立っていた。炭治郎と冨岡の師匠である鱗滝だった。
「泣き疲れて眠ってしまいました」
「全く…身重の妻を放って仕方がない奴だ。体調は大丈夫か?」
「炭治郎は冨岡さんをとてもとても、兄のように慕っていたので」
先ほどまで炭治郎が涙で濡らしていた自分の大きく膨れた腹部をなでながらカナヲは小さく笑う。
「もう少し頑張っていただければ吾子を見ていただけたのですが…しのぶ姉さんが『土産話も持たないで』と呆れているでしょう」
手ぶらの言い訳を考えながら黄泉平坂をてちてち歩く冨岡を思い浮かべたカナヲは優しく微笑み、そんなカナヲに鱗滝は満足するように頷いた。
「すっかり母親の顔付きになったな」
鱗滝の言葉にカナヲはきょとんとし、困ったように笑った。
久しぶりに近しい人の葬儀に参加したことに緊張をしていたこと、鱗滝の全てを包み込むような優しい眼差しに誘われてカナヲは口を開いた。
「私の幼い頃の記憶は霞がかかっていて、親の顔は覚えていません。幼いころの記憶といえば痛みや空腹だけ。あの痛みを与えた者が親だとしたら、私も子を殴る母親になるかもしれません」
カナヲは自分の両手をじっと見て、ギュッと手のひらを握る。
「そのとき炭治郎が在れば私を殺してでも止めてくれるでしょう。でも、もし…鱗滝様、もしそのときは私を殺して吾子を養っていただけませんか?」
アオイが以前教えてくれた『遺伝』のことがカナヲはずっと頭から離れなかった。
話の始まりは伊之助の顔が母親そっくりだとかそういうことだったが、やがて髪色や目など体のいろいろな所の特徴を受け継ぐという話になった。
そのときはまだ『話』であったが、そのことを炭治郎に話したとき
― 禰豆子は見た目も性格も母さん似なんだよ ―
性格も受け継ぐと知ったとき、遺伝が『現実』になった。
「それであなたの気持ちが軽くなるなら約束しよう。まあ、儂もいい年だ。“その時”まで生きられないようならば禰豆子にその想いを継がせよう」
鱗滝はカナヲの頭に優しく手を置いた。
「その代わり、炭治郎が在るうちに沢山想い出を作ること。なにも特別なことをしたときだけが想い出ではない、何気ない毎日を大切に積み重ねる、やがてそれが自然と想い出になる」
鱗滝は首を巡らせ空を見る。
「蟲柱様との、あなたの姉君との想い出とともにあった義勇は最期まで幸せそうだった。悲しみも幸せも想い出があるからだ、あなたが心配しているそのイデンとやらではない」
「カナヲ」
襖の向こうの起きた気配に気づいていたカナヲは突然の声に驚かなかったが、ふわりと包み込む腕に些か驚いた。
二人きりのときは愛情を示すことに遠慮のない炭治郎だったが、どこか昔気質で、第三者のいる場では親愛の情くらいで、甘い雰囲気を出すこともあまりなかった。
「未だ瞼が腫れてる」
「うん…義勇さんが亡くなったのも悲しいけれど、俺もしのぶさんみたいにカナヲを残していくと思ったら涙が止まらなくなった」
カナヲを包む腕に力がこもる。
「カナヲ。俺がいなくなってからも一人で悩むな。頑張るな。禰豆子がいる、善逸がいる。離れているけれど伊之助もアオイさんもいる。村田さんも、後藤さんも、俺たちの周りにはたくさん、たくさん仲間がいる」
「うん」
「これはカナヲが結んできた縁だ。お前が頑張って生きてきた証だ。目の前にある確かなものだ。だから、顔も覚えていない親の遺伝なんかに悩むな。負けるな。覚えていることを、想い出を大切にしていこう」
「炭治郎、聞いて…」
うん、と頷いた炭治郎は最後にぎゅっとカナヲを強く抱きしめると体を離し、カナヲの顔を覗き込む。その顔にはもう、先ほどの声のような泣きそうな雰囲気はなくて
「あんな弱気を禰豆子に聞かれたら額を弾かれるぞ。あれ、本当に痛いんだからな。俺の石頭でも涙が出そうなくらい痛い、兄ちゃんだから泣けないけれど」
「禰豆子ちゃん、強いなぁ」
ふふふっと笑ったカナヲは炭治郎の額に自分の額をそっと重ねた。
「土産話も持たずに旅立って、今ごろ姉さんに水柱様は怒られていると思うの。その分も含めて私はいろいろな想い出を抱えていくわ。両手いっぱい抱えきれないほど持っていくから、絶対に迎えに来てね」
「約束だ」
二人の目から同時に涙が一粒落ちた。
END
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