鬼滅の刃の二次小説で、冨岡義勇&胡蝶しのぶ(現代転生ver.)です。
『毒と鮭大根』の続きになります。
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「義一、もしかして恋をした?」
幼馴染の真菰の言葉にまず思ったのが『なぜこの話の流れで?』だった。
今日、馴染みの定食屋で『胡蝶しのぶ』という女性にあった。
俺のバイト先である村田運送が懇意にしている会社社長の妹で、年は俺より数歳上といったところだけれど“女子高生”と言われても頷ける幼い容姿をしていた。
そして「初対面の人だよなぁ?」と首を捻りたくなるくらい、初っ端から俺は嫌われていた。
― 素直というより馬鹿なのでは? ―
何しろ第一声がコレだ。
オブラートに包む気が一切ない毒をはらんだ言葉…でも、とても心地の良い声だった。
ずっと聞きたかったような、まるで毒がトロリと体の内を侵食するような、くせになるような甘い声。
俺は子どもの頃からよく知らない人に話しかけられた。
その第一声は必ず称賛の言葉で、まるで判を押したように同じように俺の容姿を褒める。
第一声があんな言葉だから印象的だったのか?
いや、とても悲しいことだが、見知らぬ奴に罵声を浴びせられた経験も少なからずある。
好きな女性が俺を好きとか、俺が彼女を盗ったとか。
名前を聞いてそんな女性のことは知らないと言えば、『遊び慣れているから』とか『掃いて捨てるほど女が寄ってくるから』とか言われる。
本当に知らないのだと何故信じてもらえないのだろう。
悶々と考えていたら眠くなってきた。
― 素直というより馬鹿なのでは? ―
うん、彼女の言うことは意外と当たっているのかもしれない。
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「あ」
馴染みの店に来たら彼女がいた。
最初は驚いた表情で、そして、たちまち嫌そうな表情に変わる。
やはり俺は彼女に嫌われている。
「いらっしゃい、義一君」
炭彦さんが優しい笑顔で出迎えてくれた。
俺は炭彦さんのことは好きだと思う。
真菰はなぜか俺が彼女に恋をしたとかいうが、『好き』というならば俺は炭彦さんの方が好きだ。
「何ー?イケメンに見つめられると照れるなー」
アハハ、と笑う姿に心がほっこりする。
炭彦さんは俺より年が上の男の人だけど、どこか可愛い。
もし俺に“弟”がいたら彼みたいな人なんじゃないかな、と思う。
「竈門君」
彼女が炭彦さんを呼ぶ声に、その音に、聞き覚えがあった…ような気がする。
「竈門君?」
「うん、俺が『竈門君』。竈門炭彦、この店の主人だよ」
「はい、知っています」
「良かったー」
にっこり笑う炭彦さんに俺は心がほっこりする。
うん、姉さんだって言っていた。
一緒にいて嬉しい人が好きな人だと。
だから
「何なんでしょう、この人たちは」
呆れたように毒を吐く彼女は『好きな人』に定義されない。
定義されない、はず。
「あはは、俺にもわからない。しのぶさん、これをオマケするから許して」
「あなたには敵いませんね、竈門君」
― しのぶさん ―
― 竈門君 ―
親し気にするふたりの姿に胸がモヤッとする。
そして、この敵意に近い気持ちの対象は炭彦さんと仲良くしている彼女ではなく、彼女と仲良く微笑み合う炭彦さんだった。
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「義一君、そんなに俺に敵意を向けないでよー」
考え事に没頭していた俺は炭彦さんの声で現実に戻る。
そして店内にいるのが俺と炭彦さんだけなことに驚く。
「しのぶさんならいま帰っていったよー。あはは、随分考え事に集中していたんだね。俺もよくカナタに怒られるんだ。あ、カナタって兄ね。俺と違ってすごくしっかりしててさ、カナエさん、しのぶさんのお姉さんの会社で働いているんだ。遭ったことある?」
「いいえ」
「そっかぁ。じゃあカナタに遭ったら驚くよ、俺と全然違う顔立ちで、可愛い系。俺はひい爺ちゃん似で、カナタはひい婆ちゃん似なんだって。うちに写真あるけど確かに似てた。なんかの集合写真なんだけどさ、滅茶苦茶いっぱい人が映っていて1人1人の顔は小さいの。だから似てると言っても“なんとなく”なんだけどね。あ、似てると言えば義一君に似た感じの人もいたかも~。あはは、君みたいなイケメンがそうそういても困るけど」
ここに来ると、炭彦さん9、俺が1くらいの割合で話をする。
あまり話をするのが好きではない俺だけど、炭彦さんの息継ぎのタイミングとか醸し出す雰囲気は俺にすっと浸透してきて心地よかった。
「あーっと、しまったなー……義一君、このあと何か用事ある?」
「いいえ」
炭彦さんの手にはパステルカラーのスマホ。
「しのぶさん、忘れていったみたいなんだ。パンを焼き始めたばかりで俺ここを出られなくて。届けてもらえないかな?多分、今ごろ駅で困っていると思うんだ」
俺が引き受けると疑わなかったのだろう。
『お駄賃』といって俺の好きなみたらし団子を2本くれた。
駅に着いて彼女を探そうと首を巡らせたら、すぐに見つかった。
「そこを通してくれませんか?」
ついでに、とても面倒そうな状況というのも分かった。
「彼女、可愛いね。名前は?」
「金なら俺らが貸してやるよ。なんならあげる」
「その代わり俺たちとちょっと遊んでよ、ね」
小柄な彼女を隠すように3人の男が立っていた。
男たちは俺に背を向けていたが、彼女はそのきれいな顔に心底嫌そうな表情を浮かべていた。
彼女を『彼女』と呼んでいるのだから知人というわけではなさそうだ。
俺もああやって時々女性に囲まれるから、その煩わしさは分かった。
「見つけた」
男たちの間を無理やり割って入り、彼女と男たちの間に立つ。
見開いて『なぜここに?』と書かれた彼女の瞳を見て、その手元を見て納得した。
彼女が手に持っていたのは〇の中に竈のマークが押された白い箱。
竈門特製の焼きプリン。
絶妙な焼き加減で中味はトロリ、これをダメにしたくなくて我慢しているらしいことを即時理解した。
「これ持って下がって」
「私のスマホ? それよりも、あなたに助けてもらうなんて…私だけで大丈夫なのに」
「プリンを確実に守らなければいけない。こっちは俺のおはぎと団子だ」
「じゃああなたがプリンを持っててくれれば」
「もう遅い」
『この野郎』とか『やっちまえ』とか、少年漫画でお約束の前振りなく拳が飛んできた。
急だったけれどこの速さに問題はない。
受け流して返り討ちにし、当分立ち上がることが出来ないように強めに叩きのめすことにする。
油断して万が一があったら、手がプリンの箱にあたって落下などという事態になったら、悔やんでも悔やみきれない。
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「顔に似合わず喧嘩慣れしているんですね」
呆れ3割、感心7割の声に振り返ると、俺が預けたおはぎと団子の袋が差し出された。
うん、全て無事でよかった。
「駅の警備員が来たのでこの男たちを預けましょう」
「逃げとけばよかった」
「そんな目立つ容姿で何を言ってるんです? すぐ捕まりますよ。 私がよく使う駅なので面倒なことはやめてくださいね」
「ああ、だからいつも逃げられないのか」
「馬鹿ですか、あなたは……って、何をそんなに喜んでいるんです?『馬鹿』って言ったから?あなた、マゾなんですか?」
「さあ」
「“さあ”ってあなたのことでしょう?」
「経験がないから分からない」
「経験? なんの経験です?」
「女性とまあ、その手の経験がない。ついでに言うと女性に対して恐怖はあるが性欲がわいたことがなかった」
「なんでそんな話になるんですか!?」
「お前が言った。『マゾ』とは精神的および肉体的に痛めつけられて喜ぶ性癖だぞ? つまりこの猥談はお前が始めた」
「わ、猥談なんてしてません!」
面白いくらいコロコロと顔が変わる。
姉さんも真菰も基本いつも笑顔。
怒っていても笑顔…あれは本当に怖い笑顔。
それに比べて彼女の怒った顔は、まるで猫が爪を立てているような可愛らしいものに感じた。
驚く
嫌がる
怒る
感情がよく出てる。
彼女の豊かな表情が嬉しい、楽しい。
この表情をもっと見ていたい。
― 義一、もしかして恋をした? ―
うん、そうかもしれない
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「このあと暇か?」
「え? まあ…暇、ですけど」
「俺の住まいがすぐそこだ。一緒におはぎを食おう」
「なぜこの流れで一緒にお茶することになるのでしょう」
「茶? 茶ならいい緑茶がある」
「いえ、そうでなくてですね」
「駄目、か?」
彼女の真意を探るために、腰をかがめて顔を覗き込む。
少し紅潮した頬、浅い呼吸、落ち着かない目線。
典型的な戸惑いの表情に混じるのは羞恥と迷い。
「駄目じゃなさそうだな。行こう」
昔から俺が一歩踏み出すのを躊躇っていると、姉さんや錆兎が手をひいて先に導いてくれた。
だから俺は彼女の手を取って軽く引っ張る。
抗いは一瞬で、すぐに手をひく力はなくなった。
彼女が俺の隣を歩く。
「見かけによらず強引なんですね」
文句を言いながら。
「明日がどうなるか分からない。やりたいことは直ぐにやる」
「悔しいですが…私も同じ考えです」
手の中の小さな手が握り返す感触に俺の心がほわっと温かくなった。
「小芭内さん、見た、見た?キャー♡!!」
「ああ」
「『イケメン無罪』ってやつ初めて見ちゃった!胸がキュンキュンだわ、キュン死しちゃいそ~♡♡♡」
「やっているのはあのナンパ男たちと何も変わらないんだがな」
『なぜか良かったと思う自分が無性に嫌だ』と悔しそうな顔をする伊黒。
その隣で蜜璃はクスクスと笑って、弾むような足取りで伊黒にすり寄ると、楽しそうに伊黒の腕に自分の腕を絡めた。
END
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