鬼滅の刃の二次小説で、劇場版公開を記念して煉獄杏寿郎の弟・煉獄千寿郎をメインに書きました。劇場版のネタバレがあるので注意してください。
概要
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「兄上、全て終わりました」
千寿郎は仏壇に湯気の立つさつまいもの味噌汁を置いた。
鬼舞辻との最終局面にいる炭治郎や鬼殺隊の隊士たち、そして産屋敷家当主の護衛を務める槇寿郎の無事を祈り続けて千寿郎は朝を迎えた。
兄の訃報を伝えたように烏が飛んでくるのを恐れながら空を見ていると槇寿郎の気配がして、太陽の光を背負ってどこか悲しそうに微笑む槇寿郎を見たときに千寿郎は泣いた。
鬼がいなくなったことは何よりも嬉しい。
鬼の世界を杏寿郎と共にできないことが何よりも悲しい。
『亡くした者のことをいつまでも嘆くでない』
父の厳しい言葉に千寿郎は目から涙をぬぐい
『瑠火を、お前たちの母を失くして以来ずっとくよくよしていた私に偉そうなことは言えないがな』
父の下手な慰めに千寿郎は目を細めて笑った。
「鬼のいない未来が拓けました。そのために、たくさんの方が亡くなりました。風柱様と水柱様以外の柱の方々も激闘の末に亡くなったそうです。兄上、私は鬼のいない未来でできることをずっと考えていました。」
千寿郎は兄の位牌に強い眼差しを向けた。
「私は教師になります。鬼のいない未来を得た子どもたちが心を燃やす手助けをしたい。兄上が私や炭治郎さんたちの心に火を灯したように」
― 自分の心のまま 正しいと思う道を進むよう ―
杏寿郎が最期に残した言葉が千寿郎の心の中で燃えていた。
「千寿郎君、これを返すね」
見舞いにいった胡蝶屋敷で炭治郎が千寿郎に渡したのは、その人柄を良く表す炎を模したような杏寿郎の刀のつばだった。
「勘違いしないでね。不要になったわけじゃなくて、今度は君にこれが必要なんじゃないかなって思ったんだ」
炭治郎は半ば強引に押し付けるような形で千寿郎の手につばを握らせ、笑った。
「あの日千寿郎君は煉獄さんの炎柱を継げないといっていたけれど、ほら、いま君の手に相応しい」
「教師になろうと思うのです。子どもたちに兄の想いを教えたい、鬼殺隊のことを語り続けたいのです」
「鬼のことは正史に残さず、鬼殺隊は”なかったもの”になると聞いたけれど」
「私の語る物語は出どころの知れない御伽草子や、幻想的だけど非現実的な英雄譚となるでしょう。でも、私は彼らを、兄を死なせたくないのです」
『どういうことか?』と首を傾げる炭治郎に千寿郎は笑う。
「人間は二度死ぬといわれています。一つ目は『肉体が死んだとき』、二つ目は『みんなから忘れられたとき』です。私じゃない、世界中の誰かが兄について語っていれば、兄は決して二度死ぬことはないのです」
名前など消えてもいい。
杏寿郎の生き様や遺した言葉が誰かの心をに火を灯せば、ずっと遠くの未来につながる。
「私は兄を守り抜きます。だって兄の継子は弟の私なのですから」
にこりと笑った千寿郎の頬を伝った涙は刀のつばに落ち、橙色に染まって爆ぜた。
END
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