薬師寺涼子の怪奇事件簿の二次小説で、旧サイトから発掘・移籍したものです。
- 泉田と涼子は恋人同士
- 2人の関係を涼子父はご存知(絶賛妨害中)
- オリジナルキャラクターが出てきます
概要
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「イズミダ、今日のランチはどうする?」
「…食堂」
「俺も行く。会議終わったら戻ってくるから先に行くなよ」
「あれ、イズミダはそれだけ?」
自分が持つトレーに乗る『とんかつ定食』と、泉田のトレーの上にのる『かけうどん』を見比べた男は「金欠?」と首を傾げた。
「俺に貼り付いてどうするんだ?警視の婚約者候補なんだろう?」
「そうなんだけどねぇ」
泉田の言葉に曖昧に笑う男の名前をルークという。涼子の父親が送り込んできた涼子の婚約者候補のひとりである。
「地元(くに)に好きな女性がいるしね」
「なら早く帰れよ」
「父とリョーコの御父上の手前そう簡単ではなくてね」
器用に箸を使ってとんかつを一切れ口に放り込み、丁寧に咀嚼した後に飲み込んだルークはしみじみと
「あんな人を舅にしようなんてもの好きだね」
「…舅は選べないからな」
確かに、と頷くルーク。嫁姑問題、婿舅問題は万国共通で、目下舅候補の男にいびられている泉田は慣れた仕草でかけうどんの汁までを飲み干し、柏手を打って食事を終えると自分をじっと見るルークに視線を投げる。
「何?」
「面白い男だなって思って。俺、泉田のこと好きだよ」
「…冗談でも“好き”とかいうのはやめてくれ」
「真面目な顔で『好きと言うな』って言われたよ」
「当り前よ、あの人は私だけのものよ」
「リョーコは心が狭いな」
ルークの言葉に涼子は眉間にしわを寄せ、一人で食べていた高級チョコレート(いつも部屋にストックしてある)の箱をルークに近づけた。
礼を言ったルークはポイッと口に放り込み、涼子の部下が用意してくれた紅茶が入ったマイセンのカップを傾ける。粗野な仕草も貴公子然としたルークがやると優雅に見えた。
「俺が日本に来て直ぐ、街で暴漢に囲まれたの覚えてる?」
「<あの>小物が仕掛けてきたやつね。きっちり片つけといたら」
<何を><どうした>のか少し気になったがルークは話をつづけた。
「“暴漢”を絵に描いた殺傷能力の高い武器を持った屈強の男5人。そんなのにリョーコが囲まれても泉田は平然としてるんだ」
「慣れているもの」
「そんなの知らなかったからね。イズミダはリョーコを庇うどころか一歩引いたところにいてさ、だから『助けないのか』って抗議したんだよ」
親に薦められた見合い。相手に興味は欠片もなかったが、日本という国には興味があったので来てみた。
長いフライトの中でルークは涼子についての基本情報と、『涼子に懸想している年上の部下』と紹介された泉田の調書を渡された。泉田については涼子以上に興味がなかったが、さっと目を通した書類にはそこそこの武闘派と書かれていた。
「6人目が出てきたら相手するって言ってさ…『目から鱗』だったよ」
涼子の基本情報から涼子自身も腕に覚えがあることは分かっていたが、そこは『男』と『女』である。敵と対峙するのは男の役目だとルークは思っていたから、5人の男たちに涼子が囲まれても平然としている泉田がルークには信じられなかった。
「そこがあんたの限界ってことよ。ま、気にすることはないわ。男の99%が大体そうだもの。“騎士道精神”ってのがあるから欧米の男たちの方がその傾向が強いわね」
「女といってもひとくくりにしないことね」
「君が規格外なんだよ」
「規格外じゃないわ。私は『薬師寺涼子』って規格なのよ」
「<それ>に似たことをイズミダに言われた」
『あれが“薬師寺涼子”ですよ。バラのように美しい顔で油断させ、それをあざ笑いながら思いきり棘を突き刺す、そんな女ですよ』
「俺は『女性』が好きだけど、イズミダは例外。あのセリフには痺れた、惚れた」
「…あげないわよ?」
「やっぱりリョーコは心が狭いな」
ハハハッと笑うルークから涼子は顔をつんっとそらした。その顔はバラのようにほのかに色づき、嬉しさと悔しさの混じった天邪鬼なものだった。
「あの女性(ひと)も、キャシーも、君くらい分かりやすければいいのに」
「あんたといると楽しそうよ」
「それなら嬉しいな。でも『女性』として扱うと怒るんだ。この前も細い道で前から車が来たから危ないと思って俺が前に出たら…」
「“私の前に立つな”って?」
「それはそうよ。あなたを護ることがキャシーの仕事だもの。それを女だから危ないって言われたら怒るわ」
「俺はイズミダを見習うべきだな…『シショー』と呼ばせてもらおう」
「…あんた、泉田君にくっつきすぎよ」
「リョーコは心が狭過ぎるよ、もう少しイズミダを見習ったら?」
「執務室に長居すると思ったらそんな話をしてたのか」
「…もしかして、ヤキモチ妬いた?」
「かもね」
くすくす笑いながらシレッと返す泉田に涼子は膨れ、ワイングラスを傾けながら泉田の肩に寄りかかった。視線の先にはメイドたちが活けてくれた大輪のバラ。涼子はその華やかな容姿から『バラのよう』と称えられることが多かった。
「“人生バラ色”とかさ、バラって美しさの代名詞だろ?だからバラって育てるのがすごく大変なんだって」
「…それって遠回しに私のことを『面倒』っていってる?」
「深読みし過ぎ。でも…俺が手掛けた分だけさらに美しくなるなら嬉しいかな」「…ずいぶんと口が上手くなって」
ぽっと頬をバラ色に染めた涼子に泉田は微笑み、その猫の毛のように細い茶色の髪に指を絡めて軽く引っ張る。
「でもさ、本当はバラって他人の手なんて要らないのかもよ。虫にやられても、病気にかかっても、枯れずに新しい芽を出して次の季節にはきれいな花をさかせるんだって」
「私の人生は『苦労知らず』よ」
「いいこと言ったんだから台無しにするなよ」
苦笑でゆがんだ泉田の唇に涼子は笑って口づけると
「でも一度だけ泥がついた気分を味わったわね」
「意外、絹子さん?」
「お絹じゃないわ、その名前は出さないで!もっと…違う人」
『好きだよ』
それは<あの日>泉田が甘く愛を囁いていた顔も知らぬ女性。
あの日、研修でお世話になった泉田に渡仏前の挨拶をしておこうと思った涼子。いつになく自分の殊勝な心掛けに疑問を持ったが、このときの涼子はまだ泉田に対して恋心をもっていなかった。
面白いおもちゃを見つけた感覚だったのに、それが恋心だと自覚したのは泉田のあの甘い声が頭から消えないと気づいたとき。
「ねえ、私のこと好き?」
「好きだよ……でも、なぜ突然?」
「栄養不足で枯れそうになったから…ねえ、もう1回言って」
涼子の言葉に泉田は笑って「好きだよ」と繰り返す。甘い肥料を味わいながら涼子は過去を思い出し
(泉田君関係では結構私も苦労させられたわよね…バラ色の人生、か)
END
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