薬師寺涼子の怪奇事件簿の二次小説で、泉田→←涼子です(涼子の片思い~両片思い)。
泉田が恋心を自覚し始めたという設定です。
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目を覚ました涼子は見慣れぬ風景に天を仰ぎ、その紅唇から珍しくもため息を吐いた。体を少し動かせば椅子に縛りつけた鎖がチャリッと無機質な音を鳴らす。
カチャリ
扉のノブが回る扉を見ていると、ガラス1枚を隔てた先にサングラスをかけた男が現れた。「気が付きましたか」と柔和なカーブを唇に描かせる男に涼子は黙ったままにっこりとほほ笑む。
「麻酔銃を使って女を招待するなんてモテナイ男は大変ね」
「毒のように危険。野生の獣のように御し難い。そんな女性と聞いていたので」
サングラスの奥の目が笑っていないことに涼子は気づいた。同時に自分の正面に直径10cmほどの穴が開いていることに気づく。この穴のおかげで相互の会話が可能なようだ。
「で、目的は何? JACES? 薬師寺家? それとも、警視庁?」
「あなたのお父様です」
(くそ親父のせい!)
「父は父、私は私…と言っても無駄よねぇ」
「そう思っていたら最初から貴女を浚ったりしませんよ」
冷静な涼子と誘拐犯
「欲しいものは何?お金、父の命?それとも、私?」
「【貴女】と言いたいところですが…ここはお金で」
「あら残念。何に使うの?」
「我々の活動資金です」
警察から入ってくる情報とJACESから入ってくる情報が涼子の頭を駆け巡る
「ああ、A国のテロリストさんかぁ」
「ご名答」
半年程前、JACESはA国での要人を対象としたテロを阻止した。その代償にテロ組織は多額の活動資金を失い、また実行犯として十数名が逮捕されている。
「彼らの釈放を要求したりしないの?」
「一兎追うものは二兎を得ず、って日本の諺にあるでしょう?」
「よくご存知ね」
「日本のことは貴女に関することと同様によく研究しましたから」
(最近感じていた視線の主は彼らか)
涼子は鋭い感覚を持っている。悪意のある視線なら直ぐに気づく。だから彼らは排除しなかった。彼らは研究対象を見るような目で涼子をずっと観察していたから。
涼子は日本人離れした美貌をもっているため、自分に向けられる興味の視線など浴び慣れていた。今回はそれが災いした。
「女一人を拉致するのに随分訓練された動きだったじゃない」
「我々のお家芸ですし、あの前情報です。万全の体制で当たりました」
チラリと涼子の目が壁の時計に向いたことを男は見逃さなかった
「そちらの胸についている発信機。その効果を期待しても無駄ですよ」
「なぜかしら?」
「あなたのことはこの半年近くずっと観察していました」
「GPS探査機能は無効…ストーキングの効果があったわね」
涼子の皮肉に応えることなく男性は手元のスマートフォンを操作する。すると涼子の腰の辺りからピッと電子音が響いた。
「映画やドラマだとここに爆弾があるのよね。猶予は何時間?」
「3時間。先ほどあなたのお父上に連絡しました。これは彼への復讐。愛娘の居場所も判らず、執行時刻が近づくにつれて彼は絶望を味わうでしょう」
涼子がすっと冷めた目で男を見た
「安心して下さい、このガラスは軍仕様の頑丈なものだ。爆弾で壊れたりしない。爆発の焔と風は確実に貴女を包み込み、確実に貴女を殺します」
「この鎖が無ければこのガラスの棺から簡単に出てそうなのに」
「内からあけるのは簡単ですが、外からは困難です。助けにきたあなたの味方を巻き込む可能性は低いですよ」
ふぅとため息をつく涼子に男はニコリと笑いかけた。
「それでは良い旅路を」
「ありがとう♡」
男が消えて一人になった部屋で涼子はため息を吐いた。
「ここで死ぬのは悔しい…あの鈍感男がようやく自覚し始めてきたのに」
涼子がいう鈍感男はそのとき警視庁の無機質な会議室で陣頭指揮を執っていた。
「計画は以上だ。あとは各自で臨機応変に動いてくれ…で、よろしいですか?」
泉田の問いを受けた室町由紀子はしっかりと頷いた。『薬師寺涼子が浚われた』と彼女の部下・泉田から報告を受けたときは半信半疑だったが、彼女が信頼するメイドのハッキング情報や続々集まる目撃証言で疑いは確信に変わった。
泉田の方も上司の天敵である由紀子の協力を得たことで上司を怒らせる恐れがあったが、泉田にとってある一定以上の人数を動かせる地位にあるもので信頼できるのは由紀子だけだった(普段の上司の悪行により他の者を頼ると共倒れにさせられる恐れあり)。
「それでは後はよろしくお願いします」
「任せて頂戴。泉田警部補、気をつけて」
「ありがとうございます」と頭を下げた泉田が走り寄ってきた制服警官からヘルメットを受け取る姿に由紀子は首を傾げ、同じく待機することになっている貝塚里美に聞いた。
「泉田警部補ってバイクに乗れるの?」
「趣味の範囲だけど従兄弟に教えてもらったらしいですよぉ」
貝塚の言葉に「大丈夫かしら」と由紀子は眉を寄せた。そんな由紀子の心配は余所に、泉田は元刑事課の男で希望が通って交通機動課に移動した後輩からカギを受け取った。
「悪いな」
「泉田先輩なら問題ありません。俺なんかじゃ適わない腕前だし」
「悪いな、今度おごるよ」
「楽しみにしてます」
微笑んだ泉田はバイクにまたがると爆音を轟かせて駐車場を出て行った。それを見送った後輩を交通機動隊のメンバーが取り囲んだ。
「泉田警部補ってお前より良い腕してんの?」
「はい。以前はよくツーリングに行っていたけど完全に置いて行かれました」
「へえ…あの人って奥が深いね」
彼らの噂のせいか、寒さのせいか。その頃泉田は盛大なくしゃみをし、鼻をすすった。
「この時期に乗るのは寒い…防寒グッズを取りに戻る時間もないし」
バイクを走らせながらぼやく泉田。彼の耳には常時会議室の情報が入ってくる。すでに捜索されたビルを脳内の地図上から除き、候補地が3つに絞られたところで貝塚から情報が届いた。詳しい場所を聞いてバイクの進行方向を変えた。
爆音を轟かせてビルにつくとそこには既に数人の警察官が到着していた
「状況は?」
「薬師寺警視はご無事です…が、救出が難航しています」
彼の報告によると涼子は大きなガラスケースの中で椅子に縛り付けられているということ。鎖を切断する道具では長さが足りず、ガラスケースのカギも特殊で外側からはまず時間内にあけられないということだった。
「爆発までの時間は?」
「あと15分……薬師寺警視の指示で、捜査員も全員階下に避難し始めました」
「時間も助けも無し、か」
泉田は最悪の状況に前髪を片手でかき上げるとヘルメットをかぶり直し、バイクにまたがった。
「これで登るから階段で降りている捜査員たちには全員最寄りのフロアに一時避けてくれるように伝えてくれ」
それだけ言うと返事を待つ事無く泉田はビルに突入していった
「すげー…ドラよけお涼並の無茶っぷり」
報告していた警官は唖然としながらそう感想を述べた。
「泉田君はまだなの!?」
一喝して全員を避難させ、一人になったフロアで涼子はイライラしていた。
「早く来い、泉田!!」
ガウンッ
突然室内に飛び込んできた1台のバイクに涼子は声も出ないほど驚いた。そんな暴挙をした主は慣れている素振でバイクから下りてヘルメットを外し、ヘルメットの下から現れた泉田の顔に涼子はまた驚いた。
「警視、ご無事ですか?」
外見は機動隊のバイクスーツを着ていても中身は変わらず、泉田はいつも通り涼子を労わった。本当に来たのかと、ふらりと立ち上がろうとした涼子の動きを鎖が制して涼子は舌を打ち、キッと鋭い目線を泉田に向けた。
「泉田君、鎖を撃って」
泉田は何かの冗談かと思いたかった。
「鎖を撃つって…警視の身体と密着しているんですよ」
「そんなの巻かれている私が一番承知しているわ」
「外れたらどうするんです。怪我するか…下手したら死にますよ」
「それでもやってくれたら諦めがつく」
キッパリ、ハッキリと涼子は述べる。意思のこもった虹彩が輝く涼子の瞳に泉田はドキリとする。
「本気ですか?」
「うん。泉田君にも分かっているでしょ?この戒めを解いて内側からガラスの部屋のカギを開けるしか手はない!」
(分かる、頭では)
泉田は涼子の言う案が唯一助かる方法だということを理解していた。でもそれは頭では。心に恐怖が拡がる。
(失敗したらどうなる……俺が彼女を殺すのか?)
最悪の想像に泉田の手が震える。現実を直視したくなくて泉田が涼子から目を逸らしかけたとき
「目を逸らすな!そのくらいの腕前を持っているじゃないか!」
「外したら死ぬ…練習とはわけが違うんですよ?」
「泉田君の手でなら死んでもいいわよ」
泉田は見開いた目で涼子を凝視した。自分を刺すような、探るような視線を浴びながらも、涼子は決して泉田から目を逸らさなかった。
ストン
涼子と出会ったときから胸の中で渦巻いていたものがこの瞬間に決着を付けた。
(ああ、俺は彼女が…)
「安心しなさい、私は不死身よ」
「そうでしたね」
(こんな女、彼女しかいない)
涼子の胸を張る様子につい苦笑してしまった泉田はスーツの内側から由紀子が許可を得て携帯させてくれた銃を取り出し
「薬師寺警視…あとで言いたいことがあります」
「? いまでも良いわよ?」
「後でいいです…出来れば、ご褒美も一緒に頂きたい」
(俺は貴女が好きだ…だから絶対に死なせない)
すっと腕を上げ照準を鎖の1つの輪に合わせる。泉田の強い意思と共に拳銃が火を噴いた。
END
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