鬼滅の刃の二次小説で、冨岡義勇×胡蝶しのぶ(大正時代ver.)の二次小説です。
原作中に2人が恋仲だった表現はありませんが、pixivで人気のCPなので私も妄想してしまいました。
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鬼舞辻無惨を倒し 鬼を滅す
これが鬼殺隊の在る理由であり、目的であり、この唯一で絶対なものを果たすためなら手段は問わない。
例えその代償が己の命だとしても構わないし、痣の代償がそれと分かっても痣を欲した。
数多の命が散る場面を見てきたから命を軽視などしないが、後の千人万人を守るためなら痣を受け入れた。
鬼を滅すことが生きる目的であり、それ以外は全て些末だったはずなのに
「ここに胡蝶がいないのは寂しい」
柄にもなく音にしてた言葉に、墓石は何も答えてくれない。
『胡蝶』と書かれた墓はいつもキレイだ。
鬼殺隊は解散したものの、希望する隊士や隠しはまだ郷に残っていて、胡蝶の邸だった蝶屋敷も子どもたちがいて、あの子たちが胡蝶の墓を守っている。
萎れた花を除いて空きを作り、持ってきた花束を無理矢理挿し込んだ。
こういう繊細な作業は隻腕だと辛い。
…不器用だからでは決してない。
「俺もあと二年くらいだ…不死川は昨日旅立った…玄弥以外の家族には墓がないからとな」
きれいに片付いた風柱邸に残されていたと、隠が持ってきたのはお館様宛の挨拶状で、宇随は奴らしいと泣きそうな顔で笑っていた。
「俺はこのまま郷にいる…あの邸が、気に入っている」
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『遅いですよ、冨岡さん』
胡蝶はよく俺の邸に来て…、来るというより門の前で帰ってくるのを待ち伏せていた。
それはいつも俺が任務で負傷したときで、その手にはいつも薬の袋があった。
柱どころか隊士の資格もないと思い、負傷しても蝶屋敷に行かず無理する俺は、胡蝶にとってさぞ手間がかかったろう。
俺を待ち伏せて微笑む胡蝶の、紅唇が紡ぐ言葉は苛立ち、呆れ、そして少し揶揄いの色が混じる音。
思い出せば様々なもので胸がつまる。
『胡蝶しのぶ』という女性は蟲柱の称号をもつ蝶屋敷の佳人で、ひらりひらりと蝶のようにつかみどころがなかった。
胡蝶のことを多くの隊士は優しいというが、あの優しげな仮面の下では家族を鬼に殺された灼熱の怒りが煮えたぎっていた。
隊士になる理由は様々であるが、そのほんの一握りである柱になる者は確固たる何かがある。
恋柱の甘露寺は「添い遂げる男性を探すため」と言っていたが、あの明るい笑顔の下には絶対に曲げたくない何かがあったように感じた。
胡蝶の怒りはあの剣士に向かぬ体の不利を豊富な薬学の知識で補い、その身が儚くなろうとも胡蝶の毒は鬼を屠り、薬は俺たちを助けてくれた。
ふわりと風が吹き、そこかしこで狂い咲く藤の花の香りが鼻に届く。
香りが記憶を鮮やかにして
『遅いですよ、富岡さん』
胡蝶の声が脳で響く。
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思い出すのは月のきれいな夜。
「遅いですよ」と胡蝶が紡ぐ台詞はいつも通りだったが、あの日の俺は任務から帰ってきたのではなくて、
『意外と長湯なんですね』
揶揄するような胡蝶の言葉通り俺は風呂上がりで、湯冷ましのために縁側に出てきたところで、そんや俺を胡蝶は塀の上から見下ろしていた。
予期せぬ胡蝶の、それも夜の訪問に驚いたが、月を背に立つその身が纏うのが白い長襦袢だけなことに驚いた。
間違っても女性が外を出歩く姿ではないし、男のところへ訪問する姿では決してない。
驚きと戸惑いと生来の口下手が手伝って俺が何も言えぬ間に胡蝶は飛びあがり、世界で一番美しい蝶が舞い降りる風景に俺は完全に言葉を忘れた。
混乱していても時間は止まらない。
俺の手が触れられる距離に降り立った胡蝶はにっこりと音を立てるように微笑んで、
『肌を貸していただけませんか?』
あのときの俺の脳は理解を拒んだ。
理解しようとすることも赦されないと思った。
おそらくあのときの俺は呆けた顔をしていて、そして俺の顔から戸惑いを感じ取ったのだろうか、
「炭次郎君なら無理でしょうが、冨岡さんならば廓詞を理解されると思っていたのですがぁ」
語尾か夜空に消える前に視線の先の胡蝶の姿が消えて、次に感じのは腕の中の温もり。
「行動に出た方が早かったようですねぇ」
小さな体から、まるで藤そのもののように強く薫るその藤の花の匂いとともに、数多の『なぜ』が俺の脳内で飛び交ったが、
触れたぬくもりを通して伝わる心臓の早鐘
月明かりが照らした小さな耳の紅色
言葉以上の何かが俺の行動を後押し、俺は黙ってその体を抱き上げると床に向かい、障子越しに月の光を浴びながら俺は藤の花に一晩中溺れた。
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「胡蝶の夢、か」
それは中国の思想家・荘子の「夢の中の自分が現実か、現実の方が夢なのか」という話が元になった言葉で、俺はそれを実際に体験した。
あの夜が明けて目を覚ましたとき俺は寝床にひとりだった。
乱れた敷布に点々と散らばる赤い花と、部屋を満たす藤の薫り、あれらがなければ甘い夢だと勘違いしただろう。
何が彼女をあんな行動に走らせたのか理由は知らない。
胡蝶亡きいま、それを聞く術もない。
あの夜のことを切り出せずに数日、胡蝶に合うことすらない間に鬼舞辻の襲来があり、胡蝶は彼岸へと行ってしまった。
「俺は無粋な人間だが肌を合わせた女のことは多少は分かる」
胎に身を沈めると潤む瞳に俺をうつし、揺すぶれば体をつなぎ留めるように肩に爪を立てて縋りついた。
最後の瞬間に俺の名を呼んだ。
交合を終えて肌を離そうとした俺の腰に白い脚を絡め、潤む瞳で見つめながら引きとめて口吸いを求めた。
「あれは誰でも良かったでも、経験してみたかったではないだろう?」
『…そういうところですよ』
あの夜のように耳を赤くした胡蝶が容易に頭に浮かんで
「そんなの俺には通じない」
鬼舞辻の消滅を目にした瞬間に脳裏に浮かんだのは錆兎と姉さん、そして胡蝶だった。
『遅いですよ、冨岡さん』
いつもの声音と言葉だったけど、その表情はいつもの優し気な笑顔ではなく、歯を見せて楽しそうな泣き笑いで俺の見たかった笑顔だった。
その瞬間、俺は胡蝶への恋心を自覚した。
目の前にある墓石の下には胡蝶の何ひとつもない。
最愛の姉のもとにいったのだ、おそらく魂さえもここにないだろう。
だからこれは俺の独り言。
「今度は俺が待つ…来世で絶対に探し出すから」
『甘いですよ、冨岡さん。今度も待ち伏せするのは私ですよ』
邸に戻る冨岡の背中が見えなくなったとき、胡蝶と書かれ墓石の傍でふわりと藤が香った。
END
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