鬼滅の刃の二次小説で、冨岡義勇&胡蝶しのぶ(現代転生ver.)です。
『恋 -好きと嫌い-』の続きになります。
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「胡蝶さん、偶然ですね。 いま帰りですか? 良ければこれから食事でも」
「ごめんなさい、先約があるんです」
“ウザい”と内心苛立ちながらも笑顔を浮かべる。
カナエ直伝の鉄壁笑顔、愛想よく、でもしっかり断るのがコツ。
しのぶは薬学に精通している才媛で、この春に入社してすぐに頭角を現し、いまは或るプロジェクトを任せられている。
ここは定食屋の可愛い奥さん、甘露寺蜜璃の父親が興した会社で、アレルギー対策用の食品や医療品の開発に力を入れている。
蜜璃と懇意であることから縁故採用などと一時期は噂されたが、毒と紙一重の絶妙な薬の開発能力でそんな噂をねじ伏せている。
中身はきちんと社会人だが、外見は女子高生といってもあまり疑われないほど可愛らしい小柄な女性。
御しやしそうな優しげな雰囲気も合わさり、この手の男性からの誘いは絶えない。
余談だが、しのぶの可愛さについて竈門の主人の従弟は『顔だけで食べていけるほど可愛い』と評した。
彼のはあくまでも純粋な感想で、それに悪気がないのをしのぶは分かっていたので、(強烈な)腹パン三発という恩赦を与えている。
「先約なんて嘘でしょ? さっきだって俺の方チラチラ見てたし」
(あんまりにバカなことをいうからだけど?)
「そうだな、俺と食事してくれれば極秘情報をちょっとだけ教えてあげる。 朝まで一緒にいてくれれば、君のプロジェクトに無条件で全面協力しちゃうよ」
(そんな裁量権がないのは調査済みだけど? この手で何人を食い物にしたのかしら)
ここで片をつけないと面倒は続くと判断したしのぶは、
「それなら、わたしの馴染みの場所はどうでしょう?」
来ていればいいけど、と嬉しそうに顔を輝かせて鮭大根を頬張る或る大学生を思い出したしのぶは口元を緩めた。
それに『脈あり』と目の前の男が馬鹿な勘違いをしたのは別の話。
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「本当に便利な顔面ですね」
「何がだ? で、誰だ?」
「取引のある会社社長の御子息です。いささか浅慮な方なので今後のお付き合いは検討しないといけないですね」
「そうか」
先ほど一瞬感じた僅かな悋気は気のせいだったのか?と、今はもう凪いだ雰囲気になって、柔らかく煮込まれた大根を箸で割る男にしのぶは穏やかに微笑んだ。
『本当に此処?』と何度も念を押す男の背中を強引に押すように暖簾をくぐると、しのぶのお目当てが嬉しそうに食事をしていて
― この前忘れてった下着 ―
男連れである空気も一切読まず、無表情で『下着』というパワーワードにも照れることなく淡々と述べ、事務的に紙袋を渡すイケメン。
その顔がまた男も見惚れるほどの美形。
しのぶに秋波を向けていた男は瞬時に「勝てない」と判断し、仕事があることを忘れていたと、誰もが嘘だと分かる言い訳を残して去っていった。
ちなみに、下着は色気のある艶物語の末ではなく、義一の友人で服飾系の大学に通う真菰が作った作品。
真菰は自分がデザインした服(下着含む)を友人を始め色々な女性に着てもらい、その使用感を聞いてブラッシュアップしたものをネットショップで販売している。
錆兎からしのぶのことを聞いた真菰は早々に「はじめまして」の場を作り、義一のことも気になるが、自分の益のためにしのぶと縁を作り、モデルを依頼するようになった。
今回の下着は、前回真菰がしのぶに会ったときに忘れて行ったもの、それだけだった。
「この紙袋の中を見ました?」
「見たら怒られる、怖い」
「真菰さんのメモによると『青系は男性受けが良い』とありますので、青藤色のこの下着は気に入ると思いますけど?」
大根の次に鮭に伸ばした箸が止まり、義一が少し宙を見る。
眉間に寄った皴に『男がそんなものを着るか』的な返事が返ってくるとしのぶは思ったが
「清楚系? それとも過激な感じ?」
「なんで想像するんですか!?」
「するだろ、そう言われたら。逆の場合、しないのか?」
「しませんよ」
「今日の俺のは青いやつだ。薄藍…いや、薄群青かな」
「聞いてません」
似合いそうな色だと、一瞬想像した煩悩めいたイメージを吹き飛ばすす。
そして、しのぶは顔に貼り付けた笑みを深めて義一の向かいに座ると、無言で差し出される「今日のおすすめメニュー」を礼を言って受け取った。
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「豚肉の生姜焼きで。 丼でお願いします」
「はーい♡」とカウンターで夫との会話に花を咲かせていた蜜璃が弾むような声で答えるのを聞きながら、しのぶはメニューを元に戻す。
向かいの席では義一が自分と、新たに出したしのぶ用のグラスに水を注いでいた。
黙って差し出されたグラスを礼を言って受け取って喉を潤したとき、義一が黒い皮で作られた首輪のようなものをテーブルに置いた。
「そういえば、今日仕事で胡蝶さんのところに行ったらもらった」
「大型犬用の首輪ですか?」
「いや、俺は犬は苦手だ。子どもの頃に…咬まれた」
もぞりと椅子に座りなおした義一の視線を追って、しのぶは納得したようにうなずく。
「ああ、お尻を咬まれたんですね」
「なぜ分かった? 見たのか?」
「私に見られた記憶があるんですか、あなたは」
呆れた声を出してため息ひとつ吐くと、手を伸ばして義一の盆の前に置かれた大きな首輪を手に取る。
上から、下から、そして内側をしげしげ見てひとつ頷く。
「犬用ではなく男性用のアクセサリーのようですね。私も男性用ブランドはあまりくわしくないのですが」
「なんで俺に?」
「姉の考えを想像するのは妹の私でも無理です。ここは姉の親友の力を借りましょう」
そう言って、しのぶは蜜璃を呼んだ。
厨房の伊黒から舌打ちする音が聞こえたが、しのぶは聞かなかったことにした。
「カナエちゃんったら妹想いね、素敵だわ♡ これは義一君に、というより、しのぶちゃんへのプレゼントだと思うわ♡」
「私に、ですか?」
「ほら、内側に同じ黒だから目立たないけどしのぶちゃんの名前と電話番号が刺繍されてる♡ 極上の大型犬だものね、しっかり飼い主の情報を身につけさせないと危ないわ♡」
「いやいや、その発想が危ないです」
「でも、ほら。義一君にとても似合うわよ♡」
「なんで着けてるの?」
「? 俺に、だろう? 蔦子姉さんは買ってきた服を俺が着るととても喜んでくれるんだが?」
「あなたのお姉さんのは純粋な好意でしょう?姉からのは揶揄いと悪意の混合物ですよ?」
「つけていれば迷子になったときに胡蝶が迎えに来てくれるんだろう?」
「成人した男性が迷子にならないでください」
「善処する」
そういう問題ではない、と思いつつも何故か義一が気に入ったようなので放っておくことにした。
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「しのぶがペットを飼い始めたの」
「? お前の妹って犬とか猫とか毛の生えたものが苦手なんじゃなかったか?」
「大丈夫よ、人間だから♡」
「大丈夫なのか、それ?」
身内に犯罪者にいる女との付き合いは反対されるんだが、とヤクザな見た目のわりに真面目な警察官がぼやいた。
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