シティーハンターの二次小説で、奥多摩終了後です。獠×香になる直前の設定です。
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「キャッツアイ、明日から通常営業ですって」
「あれから未だ1ヶ月だってのに…美樹ちゃんも気の毒にあのタコ坊主にこき使われて」
「はいはい。ねえ、それより、まだ出かけないの?ミックとの約束の時間、過ぎてるわよ?」
獠の背後にある大きな窓から見える空は薄い茜色。
壁の時計で時刻を確認した香は、出かける素振りを見せずにソファで寝転がり続けている獠に傾げた。
「あ、ああ…まあ、うん……もう少し経ったら、な」
「珍しいこともあるのね」
この時間の獠は足に羽が生えたように、「ナンパ、ナンパ」と浮かれて飛び上がりながら家を出ていく。
今日はミックと約束があるようだが、あの美丈夫とならナンパの邪魔になることはないだろうにと香は首を傾げる。
「ミックの方がナンパの成功率が高いのを気にしてる、とか?」
「んなわけねえだろ」
呆れたように向けられた獠の視線は、しばらく香に向けられた後でツイッと背けられる。
「もういいや、行ってくる」
何がいいのかさっぱり分からないが、香は特に気にも留めず見送る。
そんな香から獠は目をそらし
「えっと、その、まあ……なんだぁ」
「うん?」
妙な沈黙が満ちる中でチッチッチッと静かな空間で時計の秒針が大きく音をたてる。
「いいや……行ってくる」
沈黙に耐え切れず獠は香に背を向ける。
獠が突然動き出したことに香は驚いたが特に気に留めなかった。
獠は基本的に秘密主義。
それはこの共同生活で香がすぐに学んだことである。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「…おう」
香の言葉を受け止めた獠は何か言いたげだったが、香がそれに気づくことはなかった。
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「女ってわっかんねぇ…」
獠がミックといるのはいつものキャバクラ、ではなく、気落ちした風な獠を怪訝に思ったミックが馴染みのバーに誘った。
カウンターに設置されたスツールにふたりで並んで座る。
美形な上に野性味さえも感じさせる男たちに、店内の女性客だけでなく男性客の目もぼうっと目を向けた。
「『オンナ』じゃなくて『カオリ』だろ?」
「カオリ以外の女のことなんて知ろうとしないくせに」というミックを獠は眉間にシワを寄せて睨むも、気にもせずグラスを傾けるミックに短く舌を打って自分の喉もアルコールで焼く。
「なんだって、わっかんねえのかな」
「んー、まあカオリは鈍感ではあるけれど、自分の恋情に蓋をするようになったのはリョウのせいだし…ま、自業自得かな♡」
「…わあってる」
くそっと悪態をつく獠に苦笑して、ミックは肩をすくめる。
「全く、落ち着くところに落ち着いたと思って喜んでいたのに」
「嘘つけ」
「70percentは本当さ」
自分をじっと見る漆黒の瞳から逃げるようにミックは手元に視線を向けて、氷が融けた水が琥珀色のアルコールに優しくなじむのを眺める。
― 香には幸せになって欲しい ―
この気持ちは揺るがない。
ミックには恋人がいるが、香は恋人とは別の次元に存在していた。
ミックにとって香はまさに神聖不可侵の女神、何よりも尊い存在だった。
(sorry、Kazue)
「普段の俺は彼女とどうこうなりたいと思わない。彼女にとって”いい人”で満足してる。…けれど、時々ふと俺の中の”男”が彼女を求めるんだ…まあ、大概そういうときはお前絡みなんだが、な」
「俺はお前に惚れている、女神じゃなくって”女”のカオリは欲しいって思うんだから…まったく、残念なことだ。カオリは男の趣味がとことん悪い」
お道化た言葉で張りつめた空気を壊し、笑ったミックは獠が持っているグラスに自分のグラスをやや強めにぶつけた。
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「しっかしファルコンの結婚式から一か月だぞ?お前たち…いや、お前だな。お前は一体何をやっているんだ?」
獠が香と想いを通じ合わせて1ヶ月。
想いを通じあわせたのだから獠と香の仲は劇的に変化すると周囲は予想をしていたが、そんな予想に反してふたりの関係は以前と何も変わらなかった。
(原因はリョウだと思うんだが…悩むってことは違うのか?)
ミックは隣の計り知れない男を分析しつつ、会話の切り口を少し変えることにした。
香のことも知っているので『もしかして』がミックの頭に浮かんでいたから。
「リョウ、カオリって天然…と言えば聞こえが良いが超鈍感だぞ?『夜明けの珈琲が飲みたい』って言えば、『いつも淹れてるでしょ?』と言うタイプだ」
「…わあってるよ、んなこたぁ」
気まずそうにフイッと目をそらした獠に同情が募る。
「体験済み、か」
「おう…、独り寝の朝にずいっとカップを渡された…苦かったぜ」
骨身にしみたとシミジミと回想する獠のためにウイスキーを1杯ごちそうすることにして
「お前は腹くくってんじゃん」
「ここまできて我慢できるほど聖人君子じゃねえよ」
「いっそのこと本能のまま行動すれば?カオリみたいな女にはほら、『お前を抱きたい』みたいなストレートの方が効くんじゃないか?」
「本能、ねえ」
この1ヶ月間の己の行動を思い出した獠は自嘲的に笑う。
「お前みたいな奴が本能剥き出しで迫ったら全速力で逃げるだろうな。何しろ香は『魅惑のバージン』だ。あーあ、いいなぁ、いいなぁ」
思わず脳が想像したイメージにミックの顔が崩れかけた。
その一瞬後、ガチンッと撃鉄の起きる重い音が至近距離からして、ミックは慌てて口の端に垂れたよだれを拭い妄想を全力でとめた。
「ジョーダン、ジョーダン、アメリカンジョークだって」
アメリカ人をアピールするミックをひと睨みした獠はジャケットの内側に入れた手を外に出して、カウンターに戻そうとしてふと動きを止める。
この1ヶ月間、獠はこの手を何度も香に伸ばてはやめていた。
日に日に強くなる香への欲望。
獠の中で男の本能が唸り、惚れた女を今すぐにでも手に入れろと叫んだ。
そんな昏い欲で蝕まれた体を必死に理性で押さえつけて、何でもない振りで香の前に立ち続けた。
― 香を傷つけたくない ―
それだけが本能の暴走を食い止めている唯一の枷だったが
「でも、ボクちゃん…もう限界」
肩を落とすという獠の珍しい姿にミックは笑う。
獠の行動を香が拒否するわけないのは誰にでも分かるというのに。
目の前の男はそれが分からず悩んでいる。
香の心はずっと獠のもの。
全ての感情を隠すのに長けた獠の前に立つのが気の毒なほど香は素直な女で、その素直さゆえに自分の心を隠す術をもっていなかった。
「天邪鬼過ぎてお前の本心はカオリに分かんないんだよ」
思いきり振りかぶったミックの拳が獠の腹部に入る。
本能で咄嗟にガードしたが、油断を突かれたに違いない獠は「ぐえっ」と軽く呻いた。
「守ったら負けだぜ?逃げ道塞いで、カオリが欲しいってノーガードで突き進めよ」
「俺に死ねと言ってんのか?」
ガードを外せ
これは裏の世界では『死ね』と言っているようなもの。
獠の身近にそんなことを言った者はおらず、初めて言われた耳慣れない言葉に獠は頭を抱えた。
「それで愛する女が手に入るんだ。それにな!体を開くカオリの方がもーっと怖いんだぜ?お前も少しは怖い思いをしないと不公平だろうが」
ミックはズボンの後ろポケットから黒い皮の財布を取り出し、ふたりの福沢諭吉がカウンターの中にいたマスターの手に渡る。
「今日はもうお開きだ。俺はお前よりカズエと一緒にいたい。お前も早く手に入れろよ…ったく、ムラムラした男は熱くて見苦しいね」
そういってミックはひらひらと後ろ手を振りながら薄暗い店を出て行った。
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「ただいま」
香によって身につけさせられた日本の習慣で、午前1時を回って誰も居ないリビングでも獠は帰宅の挨拶をする。
キッチンに向かって冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、そのまま一気にあおって空になったボトルをゴミ箱に放る。
「さてっ」
リビングの脇にある扉に目を向けて気合を入れる。
その勢いでリビングを大股で横切り、ノックせずに香の私室の扉を開ける。
途端に香の匂いと寝息に満たされた空気に獠の体が包まれた。
気配を消して仄かな明かりの中を歩く。
狭い部屋、香が眠るベッドに数歩でたどり着いた獠がマットに腰を下ろすとギシッとスプリングが音を立てた。
「んっ」
僚の体重で傾いたベッドに感覚を刺激され、小さく呻いた香が薄らと目を開く。
目を何度か瞬かせて、寝起きの掠れた声を出す。
「どう…したの?」
眠い目を擦っていた香は眠気を払うと獠の目をジッと見た。
しっかり目覚めたらしい寝起きの良い香に獠は笑い、腕を伸ばして香の頬に手のひらをあてる。
「夜這いしにきた」
「はあ・・・・・・はあ!?」
獠の言葉の理解に香はしばし時間が必要だったが、しばらくするとその大きな瞳を更に大きくする。
信じられないものを見るような目を獠に向け
「あんた、酔っ払っているの?」
その台詞は香が唯一、この状況で確かそうなものだったのだろう。
戸惑うのは当然で、いつもの獠だったらの行動理由に縋る気持ちも当然だったが、それは覚悟を決めた獠の行動を妨げることはできない。
「たかがウイスキー数杯で酔っ払うか」
それだけ言うと、獠は香の身体に覆いかぶさる。
突然の展開に香は固まり、白黒させる大きな香の瞳に真剣な表情の自分が映って獠は笑う。
自分以上にテンパっている人間を見ると妙に安心するものなのだ。
さっきまで狼狽えていた獠の心は落ち着いて凪ぐ。
「お前を抱きたい…だから、抱かせろ……抱かせて、くれ」
パニクっていた香は獠の言葉を一切理解できなかった。
これが照れ屋な天邪鬼の精一杯の悪あがき。
香が理解できないと分かっていて、獠は香に本心をぶつける。
「お前ぁの心だけじゃ足りない…全てを俺のものにしたい」
心にダイレクトに響く、愛の告白めいた獠のセリフ。
近づいてくる獠の顔に香は焦り、咄嗟に獠の胸に両手をついて突っぱねる。。
「りょ、獠? ちょっと待って…私…」
「待たない。俺の体がお前を欲してる」
押し返す香の腕の力など獠にとって何の障害にもならなかったが、獠はお互いの唇の距離がほんの1センチほどのところで動きを止めた。
「代わりに俺の体もお前にやる」
「獠?」
香の吐息が甘く獠の唇を刺激するから、獠は吐息を食むように唇を動かす。
その瞳はひどく穏やかで優しかった。
「体だけじゃねえ、心も何もかも俺の全てお前にやるから…お前が、好きなんだ」
香がさらに目を大きく開かれる間に、獠は唇の距離を半分まで縮める。
「お前を愛してる…だから」
縋るような希う声。
本当にこんな音が自分の喉から出たのかと訝しむ獠だったけれど、胸を押していた香の手から力が抜け、するりとその細長い腕が自分の首に変わる感触に獠の口元は完全に緩む。
香の無言の答えを受け取った獠は唇の距離をゼロにした。
END
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