シティーハンターの二次小説です。
あいみょんさんの「裸の心」を聴いて思いついたのですが、なぜこんな前向きな曲でこんな暗い話ができたのか自分でも不思議でなりません。
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突然鳴った携帯電話の音に香は肩をびくりと震わせ、視線を投げた先で光る女探偵の名前にホッと息を吐き手を伸ばした。
『こんばんは。獠、帰ってる?』
いつも通り明るい、けれどもどこか獠と麗華の<男女の関係>を連想させる響きをのせた悪意の音にチリッと心が焦げる。
そんな麗華の思惑に、香は何も気づかない振りをして獠が<ここ>にいないことを告げる。
今回の仕事に麗華が少し関わっていることを獠は香に伝えていた。
関わらないと約束した裏の仕事のことなので、「何を」とか「どのように」とかの詳細はない。
ただ「麗華に手伝ってもらった」とだけ獠は香に報告した。
これについては、以前香から「第三者から関与を教えられるなら獠が教えていけ」的なことを涙ながらに訴えられたことから獠が学習した結果である。
ちなみに最初は香の嫉妬かと思ってややニヤついた獠だが、「仕事のパートナーをないがしろにした行為だから」と直ぐ訂正された上に、二週間のお預けを食らって学習させられた。
ちなみに、香としても嫉妬がゼロとは言い切れなかったため、本当なら1ヶ月のお預けをくらわす予定のところを半分におさめたのは獠の知らない裏事情だったりする。
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『香さんは獠の…仕事を手伝わないの?』
「ええ、手伝わないわ」
それは獠と恋仲になって以来何度も自問して、そして答えは出ている。
最初は苦しかった。
裏の仕事に行くと分かっていてわからない振りをすること。
平気な振りをして送り出し、一人リビングで獠の帰りを待つ。
そんな夜を幾つも過ごして、不安が積もって、力のない自分を憎んだりした。
誰か、獠の隣にいつも立てた兄を羨んだりした。
その虚しさも含めて亡き兄の写真に投げた言葉は、跳ね返って香に問いかける。
実力のない自分を憎めば、獠を一人待つことがなくなるのか。
亡き兄に罵詈雑言を浴びせれば、彼のように隣に立てるのか。
そんな『いつか』は永遠に来ないのだ。
仕事を終えて荒々しく自分を掻き抱く太い腕の力強さに<それ>を悟る。
才能、努力、経験、どれをとっても己は獠はおろか、過去いた獠のパートナーたち全てに適わない。
そのとき、獠にとっての存在意義に気づかなければ、自分を見失っただろう。
それは獠と過ごす夜の数が二桁になる頃。
何かの刺激で目を覚ました香は間近にある獠の寝顔に驚いた。
ゆっくりと刻む心臓の音。
深い呼吸音。
普通の人と何も変わらない寝姿に、今まで見た獠の寝姿は「寝たふり」だったと気づいた。
その証拠に獠の腕を持ち上げたり、頬に触れたりしてみても、目の前の男は眠ったまま動かない。
気配に敏感で、自分でも起きるだろうと思う程の事をしても眠ったまま。
力の抜けた太い腕を投げ出して、幼子のように安心して眠る姿に、これが獠のために守るべきものなのだと理解した。
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『まるで香さんは獠の飯炊き女ね』
侮蔑の言葉を紡ぐ麗華の声。
反論する間もなく直ぐに響いた通話を終える音に、香は口角を上げるだけだった。
ほんの少し前の自分ならばこの言葉にショックを受けただろう。
獠に反発して家を飛び出していたかもしれない。
でも今の香は<ここ>から出るつもりはなかった。
<ここ>は獠が作った籠なのだ。
籠の中で暮らす香は、獠が手を貸さないと生きていけない。
愛する者を守ると決めている獠は、香を生かすために自分も生きてこの籠の前に帰ってこなければいけない。
獠の隣に立って共に戦うのは香にとって素敵な、煌びやかな夢だった。
そんな夢はもうみない。
獠に愛されて、香は夢見がちな少女から強かな女に変わった。
『怖え女だな』
籠の意味を正しく理解している香に獠は笑ったことがある。
籠の鳥を外から愛でていたはずだったのに、いつのまにか己も籠に入り愛しい女を抱きしめている。
籠の中は心地よくて、甘くて温かい。
籠の中で幸せそうに笑う香の、甘美な優しい搦手に囚われたのは自分だ、と。
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ガチャガチャ
扉を開ける硬質な音に、香は携帯電話を置いて立ち上がる。
この恋の未来は分からないけれど、香は自分がもう独りになることがないのは分かっていた。
だからいつも籠の中で笑う。
そして想いを紡ぎ続ける。
「おかえりなさい」
今回も共に生きられることに感謝して。
愛情という名のエサを持って帰ってきた愛しい男に微笑みかける。
男は籠の中に愛しい女がいることにホッとして、その太い両腕を拡げて迎え入れた。
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