染井吉野 / シティーハンター

シティーハンター

シティーハンターの二次小説で、香の誕生日物語です。

タイトルの「染井吉野」は日本の観賞用桜の代表品種である「ソメイヨシノ」です。

ソメイヨシノは江戸の染井町に暮らす植木職人や造園師たちによってつくられた品種で、開発当初は桜の名所として名高い『吉野』を冠して「吉野桜」と言われましたが、本場吉野山のヤマザクラと区別するために「染井町の吉野桜→ソメイヨシノ」と名が改められ現代までその名が受け継がれています。

概要

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「珈琲淹れてくれ」という僚の言葉に香は「また?」と呆れつつもキッチンに向かう。しばらくすると珈琲の香りが漂い始め、テーブルの上に活けられているバラのニオイをかき消す。

無機質な部屋、塩系インテリアなリビングに不似合いなピンク色を持ち込んだのは金髪で軟派な隣人。Happy Birthdayと、白いタキシードに身を包んだミックが持ち込んだもの。

「無駄かもしれないけどカフェイン摂取はほどほどにね」

コンッとテーブルに置かれたカップの音と香の声に僚はピンク色から視線を剥がし、形だけうなずいて未だ熱い珈琲を一口すすった。「全く」と香は笑いながらキッチンに戻る。

そんな香の後を追うように漂うのは桜の匂い。

「カオリに似合うと思って」と女性には至極マメなミックが香に渡した誕生日プレゼント。香はこの匂いを気になり1日中漂わせている、夜のベッドの中でも。お互いの体臭と煙草のニオイしかしないはずのベッドに漂う匂い。

(情緒というか、男の純情を教えておくべきだった)

僚以外の人間、それも男が選んだ匂いだけを纏ってすり寄る香に呆れたものの、その温もりは心地よくて、僚としては折衷案で数ラウンドこなし汗で香水の匂いをベッドルームから追い出した。

(あれで萎えないのがボクちゃん)

今夜に想像がいたりにやける僚の手元でスマホが震え、メッセージアプリをひらけば『例のやつ取りに来て』と事務的で簡潔な文章。

「ふーん」と何もせずアプリを閉じた僚が思い出すのは冬の終わりの出来事だった。

「XYZ! お願い、冴羽さん!また香を貸して!!」
「…んなこと、別にいちいち俺に許可をとらんでも」

「冴羽さんが本気でそう言ってるならそうするわよ」と白けた絵梨子の目を見れず僚はそっと目を反らした。「冴羽さんって意外と”束縛する男”だったのねぇ」なんていう絵梨子の言葉が突き刺さり、僚は何も言い返せなかった。

「で?どんな服を着せるんだ?」
「チェックすると思って事務所に呼んだの。これがラフ画」

面倒な男ね、と言いながら絵梨子が差し出したスケッチを受け取る。

「この服を香に着せるのか?……冴子と間違えてないかい?」
「何言ってんの」

スケッチに描かれたデザインのドレスの際どさに、僚が色気ムンムンの友人(冴子)の名前を出せば、デザイン馬鹿の絵梨子は香に絶対似合うと主張する。

「この服のキレイな曲線を出すには大きいけれど過ぎない適度な大きさのバストが必要なんだけど香の胸ならバッチリよ!!胸だけじゃないわ、背中も結構でるけれど香の白いキレイな肌なら見せない方が罪ってもんだしね。それに腰…」

その後も続く香の体の細部情報。香の体を知っている僚の頭の中では難なく絵梨子のいう香の体が再現される。それはもう、この場にそぐわない二人きりの褥で見せる表情をオプションに。

「場馴れしていないから初々しもあるし。羞恥であの白い肌がほんのり桜色で染まれ…「もういい!分かった、映像ストップ!!」……映像って何やってんのよ」

「思いのほか純情なのね」と言いながら絵梨子が言葉を切ると僚と、周囲で真っ赤な顔をしていたスタッフたちが同時に貯め息を吐いた。

「冴羽さんってやっぱり恋愛初心者よね」

ンな訳ない、と否定しようとしたが絵梨子が先制。

「大人の関係ってやつじゃないわよ。恋愛って言っているでしょ、れ・ん・あ・い。束縛するにしても力加減がねぇ」

勝てる気がしない僚は早々に白旗を上げ、歓声を上げて通常のボディーガード以上の報酬を約束してくれた。

「流石、世界の北原エリ」

ちょっと出てくると香に告げてた僚は絵梨子の事務所兼店舗のビルに向かう。新宿内でもひときわお高いエリアに威風堂々と建つビル、そのショーウィンドウに飾られたポスターの中には香がいた。

北原エリの春の新作は三部作

どれも肌をかなり晒す大胆なデザインながらも、白は無邪気に、赤は高圧的に、そして黒は妖艶。それぞれのドレスを着た香は背中だけ写っている男に誘いかけるように微笑む。

- 相手が冴羽さんじゃなきゃこの表情が出ないのよね -

そう悔しそうだった絵梨子。北原エリにはメンズラインもあり、絵梨子としては人気の男性モデルと香を共演させたかったが香の方が無理だった。誘うようなしぐさを求められた香が「むむむむむ無理!絶対無理!」と全力で拒否していたところに別件で事務所に来ていた僚が現れ、そのときの香を見たカメラマンと絵梨子が僚に全力でモデル交渉をした。

絶対に顔は出さない、後姿だけというのが僚がモデルを引き受ける絶対条件だった。

(俺以外にこんな表情されちゃあ堪らんよ)

香と共に何度も来ているので受付はパス。案内されずとも慣れた足取りでエレベーターに向かい社長兼デザイナーの絵梨子の元に行くと「社長はいま他の方の対応中です。しばらくお待ちください」と彼女の秘書に薫り高い珈琲を出されて待つこと1時間。昨今の禁煙ブームでビル内は禁煙、軽いイラつきに僚が襲われていると

「おまたせ」「僚!?」

呑気な絵梨子の声と驚いた香の声が僚の耳に届く。とうにこのビル内に香の気配を察知していた僚はこの先の事態を予測していたが、予想以上の光景にしばし呆然と見惚れた。

「ごめんなさいね、冴羽さん。はい、約束の品」
「え?…きゃっ」

にっこりと笑った絵梨子が力一杯香を押し出すと、高めのヒールでバランスを崩した香を咄嗟にのばした僚の腕が軽々と支える。そんな2人に絵梨子は満足そうに頷き、「悔しいけど香にすっごく似合ってる」と僚に伝えると白い封筒を僚に渡した。

「これは私から香に誕生日プレゼント。場所は分かるわよね?レストランは個室、上のスイートルームも予約してあるから安心してね」

「あ、じゃあこのドレスもプレゼント?」
「その桜色のワンピースは香のパートナーのよ」

それじゃあ私は未だ仕事があるから、と絵梨子は二人を部屋から追い出す。ビルから出た二人だったが、「折角だから行こうぜ」という僚の言葉で新宿の夜景がきれいに見えると有名なホテルのレストランに向かった。

「……シワになっちゃう」

甘い余韻にとろんとした目をしていた香だったが、つま先が感じた感触に一人横たわっていたベッドの上でもそもそと動く。ミックがくれたバラのピンクよりも白に近い、ソメイヨシノのような桜色のワンピースをつまみあげると、ふと、普段は気にならないワンピースのタグが目に留まった。

「………え?」

「これ……もしかして僚が作った、の?」

香がまるで羽衣のように大事そうに抱えるワンピース。そのタグ、Ryo Saebaと筆記体で書かれたタグを見た僚は「内緒だっつったのに」と舌を打った。ほほほほほ、と高笑いする協力者・絵梨子の顔が思わず浮かぶ。

「作ったのは北原エリのスタッフ。俺はデザインに口を出しただけ」

その”だけ”がどれだけ緻密だったのかは、制作にかかわった北原エリのスタッフがよく知っている。「そうじゃない」「こんなじゃない」と打ち合わせのたびに、僚の好みとこだわりに辟易したものだった。

「あのさ、………顔、真っ赤よ?」
「言うなっ///!!」

香の指摘に僚は更に自分の顔が赤くなったのを自覚し、力任せに香を抱き締めて顔を見られないようにしたものの

「心臓、すごい音」
「こういうときは気づかない振りをするのがマナーだ」

男の純情や不器用さを理解してほしいと、羞恥していることをズバズバ指摘する香に僚は(誰だよ、こいつを育てた奴!?俺か!?)なんて支離滅裂なことを考える。

「ありがとう」

腕の中に抱き込んだ温もりが動いた瞬間、僚は唇に柔らかい温もりを感じた。ほんの一瞬の触れ合いだけど、思わず漏れた吐息が二人の体の間にたまる。

「嬉しい……服もだけど、僚の照れた顔がみれちゃった」
「仕方ないだろ……あ゛ー、女にマジで惚れるなんてかっこ悪ぃ」

香らしい素直な無垢な台詞に僚は苦笑し、ちょっとだけ天邪鬼を抑え込む。僚の愚痴とも取れる素直な愛の告白に香の目が大きくまんまるに開かれると僚は笑い

「もっかい。惚れた女からのキスってのは格別でクセになりそう」

そう言って僚が自分の唇をトントンッと叩けば、「バカ」と香の小さな呟きと同時に温かい腕が僚の首に絡まった。

END

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