シティーハンターの二次小説、獠と香は恋人同士です。
劇場版「新宿プライベートアイズ」のネタバレも少々あるので注意して下さい。
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「香、ちゃん?」
街の中で耳に届いた自分の名前。
呼び止められた香が足を止めると、香に引っ張られて無理矢理歩かされていた獠の足も止められる。
ふたり同時に振り返ればそこには香と同世代の男性がいた。
「え…と?」
誰だかわからず首を傾げる香。
香と対照的に『香”ちゃん”』と呼ぶ男に訝しげな視線を向ける獠。
獠の頭の中で、新宿で生活する人たちを巻き込むテロ未遂を起こした男の表情と重なる(彼の人は香を『爆走ハンマー女』と呼んだが)。
目を細めて観察するだけの獠と違い、香は心当たりを探る。
呼ばれた名前は当たっている。
「久しぶり」と言わんばかりの男の表情を見る限り、人違いとも考えにくい。
ここは思い出すのを諦めて、謝罪をすることにした。
「ごめんなさい、あなたに覚えがなくて。」
「”ちゃん”なんて言ってんだから昔のお友だちじゃないの~?」
新宿は人が多い。
人違いの線を残している香の横で獠はため息を吐き、大人げないと思いながらも『お友だち』を強調してみる。
この程度のけん制で「獠ったらヤキモチ妬いて///」なんてパターンになったら過去のいざこざは一切なかっただろう。
獠の皮肉に気付かない香は、獠の言葉を”アドバイス”と捕らえて過去を探り始めた。
唯一のヒントは容姿。
ジッと目の前の男性をじっと見つめる香に獠はどんどん不機嫌になり、そんなふたりを目の当たりにした男性はたじろぎつつ苦笑しながら「小学校のクラスメイトだよ」と答えを明かした。
「あーーー!!懐かしい、よく私ってわかったね」
小学校時代のクラスメイトだと言うことが記憶の引き金となり、香はパンッと両手を叩く。
「うん。だって香ちゃん全然変わらないもん」
「え……?小学生のとき、から?」
「違うよ!変わらないと言うのは雰囲気とか」
「…ふ~ん」
「本当だって!香ちゃんは本当にきれいになったよ」
昔馴染みらしく楽しそうに笑い合う二人。
小学生の頃に戻ったようにはしゃぐ香に獠が背を向けるから、
「獠?」
「獠ちゃん忙しいから、先に行くわ~」
「じゃあな~」と手を上げて去っていく獠に香は首を傾げる。
そういう獠の足が向かう先は、さっきまで獠が行くのを渋っていた駅なことに、香は頭に?を浮かべて首を傾げた。
「香ちゃん、あの人は?」
「あ、えっと、…仕事仲間、かな」
『仕事仲間』。
街の喧騒をすり抜けて聞こえてきた香の答えに獠は舌打ちし、これ以上聞いていたくなくて早足で人ごみに紛れた。
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ガァーン…ガァーン…
ビルの地下で響く銃声はいつもより多く、『最近さぼっていたから腕が鈍ってる』と自分に言い訳をしながら獠は憂さを晴らしていた。
ヒト型の黒い板に同心円をかいただけのターゲットにさっきの香が浮かぶ。
頭の位置に香の同級生とやらが重なると
ガァーン…
(香にだって過去はある)
自分にだって過去があるのだから、香にだって過去があって当たり前。
理屈では分かっているが、感情が屁理屈をこねてしまう。
自分が知るよりやや幼い顔で、懐かしそうに、楽しそうに、いつもより高い声を弾ませていた香。
あの男が香にあんな顔をさせられるのは幼い頃の思い出があるから。
会話するときの表情や声音は、それに伴う想いや感情で変化する。
例えば恋人と一緒にいるときに浮気相手にあって「ただの知り合いよ」なんて嘯いても、僅かな表情と声音の変化で二人の関係は明らかになりやすいのだ。
いろいろな香の顔を僚は見てきた。
兄を亡くして慟哭する顔も、依頼を無事終えたときの心から嬉しそうな笑顔も、怒った顔も、楽しそうな顔も
- 獠 -
夜の戸張が下りた闇の中で、自分にだけ見せる女の顔も。
(全てを手に入れることなんて、出来るわけねぇって分かってんのに)
香が亡き兄に向けていた、あのどこか甘えたような顔は兄妹の顔。
香が親友の絵梨子に向けるのは友だちの顔。
このふたつだって、獠には決して手に入れられない香の表情だった。
「小学校、か」
初めて恋する顔をしたのはいつか、なんて不意に浮かんだ疑問がこびり付いて離れなくなった。
こんな格好悪い感情をひっぺがしたい一心で銃を撃ち続けるも、まるで脳に焼きついたように残った。
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「あら、地下にいたの?」
地下から出てくると、キッチンには当たり前のように香がいた。
咄嗟に気配を探り香だけだと分かっていても、目だけを動かして本当に香だけだと心が理解するまで時間を要した。
「あの同級生は?」
「え? ああ、あのあとすぐに別れたよ」
表情や声で嘘ついていないと分かるも、いま目の前の香の表情は、声音は明らかに過去を、あの男との時間を思い出していて獠には知らないもの。
知らない色を纏う香が気に食わなくて、獠は無言で香の脇に立つと
「…獠?」
突然隣にできた影に驚いて、訝しげに隣を見上げる香に獠は腰を折ってキスをする。
ただ触れたい。
そんな「理由のないキス」だと自分に言い訳してキスしても、唇を触れ合わせ続ければそんな獠の嘘の仮面はポロポロはがれる。
全ての感情に基づく幾多の表情も、その喉が出せる全ての声音も、自分とのものだけでいい。
こんな醜いに近い感情を、獠が過去の女たちに感じたことはなかった。
何気ない日常の中で味あわされる嫉妬が教えてくれる、獠にとって香は「初めての女」じゃないけれど「初めて恋した女」なのだと。
(この年になって初恋ってのも厄介なもんだ)
内心で苦笑した獠は、力の抜けた香を抱き上げてリビングを出て自分の寝室に向かった。
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「…ん」
意識が浮上して目を覚ました香は、全ての感覚が獠の濃い気配に刺激される。
獠と煙草の香りが染み込んだ寝室。
目の前には眠る獠。
耳には規則正しい寝息が届き、体に巻きつくのは筋肉質の太い腕だった。
獠は静かに眠っていた。
出逢った当初は警戒していたのか、鼾をかいたり寝言を言ったりといろいろ『寝ています』アピールをしていたのに、本当に眠っている獠は静かなのだと関係が変わって知った。
いまはもう自分が傍にいても獠は深く眠る。
それは獠に信頼されている何よりの証拠。
これは香の軌跡であり、誇りだった。
「全く、彼はただのクラスメイトだっていうのに」
キッチンでキスされる寸前に見た、嫉妬に満ちた男の瞳をした獠の顔。
確かに、香にとって獠は「初恋の人」ではない。
だけど獠は香にとって「最初の男」で、おそらく「最後の男」である確信があった。
「初恋の君なんて”いまはむかし”ってやつよ?」
初恋のあの甘酸っぱさは覚えていても、初恋の子の名前はおぼろげ。
顔はすでにもう思い出すこともできない。
あのときの淡い想いが消えるのも時間の問題。
全ての感情は獠によって上書きされている。
「全く…厄介な男だわ」
外はすでに夜。
準備さえもできていない夕飯のことを思いながら、香は幸せそうに眠る獠の頬に手を伸ばした 。
END
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