シティーハンターの二次小説です。
タイトルの「海泡石」は3月の誕生石である”アクアマリン”の和名です。
スポンサードリンク
「ちょっと寄り道をしても良いか?」
依頼を終えた帰り道。
隣で運転する獠の突然の言葉に香は首を傾げた。
「寄り道? 別にかまわないけど、私は?」
あと少しで夕陽が沈む時間。
夜の街に用事があるのは香じゃなくて獠の方。
そんな香の僅かな皮肉に気付いたかどうかわからないが、「そうか」と言った獠はハンドルを大きく右にきった。
急な坂道を登り首都高に向かうことに香はいささか驚く。
紅い小さなボディで赤い夕陽の光が踊った。
「これって”寄り道”?」
「ま、遠回りも寄り道だろ」
「細かいことは気にすんなって」と、笑った獠だったが、その後は黙ってハンドルを操作する。
珍しく空いている夕方の首都高。
早い流れにのる車の窓から香は黙って外の景色を眺めた。
こうなった獠から理由とかを聞きだすのは不可能だと香は経験で分かっていた。
スポンサードリンク
「…海」
夕日も沈み、仄暗くも深い藍色の海が目の前に広がる。
思いがけない光景に驚く香の耳朶を波の、どこか懐かしい音が優しく叩く。
そんな香に何も言わないまま、獠は煙草を取り出す。
カチッと金属音が響くと、獠の顔がライターの灯で照らされた。
ふう
煙草の香りが、潮の香りに混じって香の鼻に届く。
海にはもう人気がなく、さくっと砂を踏む二人の足音が静寂の中で響いた。
「どうして海?」
「まあ…何となく、な」
二人分の足跡が砂浜に残る。
獠のどんな気紛れかは解らないが、香は久し振りの海に心が躍り始める。
屈み込んで靴を脱ごうとすると、いつもは無い足首の細いストラップに手が止まる。
今日の香は少しドレッシーな服装で、デザイン重視の華奢な靴を履いていた。
「獠、これ。よろしくね」
名前を呼ばれて立ち止まった長い脚の傍に香はヒールの靴を放り、獠の返事を聞くことなく真っ白なスカートのすそをひるがえす。
向かった先は波打ち際で、海水に素足を浸して楽しそうな声を上げた。
「ちょっと冷たいけど、気持ち良いわね」
多くの女性がそうやるように香も自然とスカートの裾を持ち上げて海の中を歩く。
さっきまで規則的だった波の音に香が戯れる不調和音が混ざりこんだ。
「転ぶなよ」
「大丈夫」
足場の悪い砂地だったから反射的に注意を促す獠と、そんな心配は無用と具現するように踊るような足取りで軽やかに海の中を歩く香。
波も香の足元を掬うどころか、どこか優しい仕草で香の足に絡まる。
潮をはらむ風が香の白いワンピースを大きくはためかせる。
その姿は藍色の空のもとで白く浮かび上がり、海の女神を具現化したようで。
まるでどこかの神話のように、海の女神が現われたかのような画に獠は一瞬見惚れたが、
「香」
徐々に暗くなる空と海が、まるで香を連れて行ってしまいそうに見えたため獠は声を上げると、バシャバシャッと革靴が濡れるのも気に留めず獠は海の中の香に駆け寄る。
そして香の膝裏に腕を通すと、左腕の筋肉に力を込めて香の体ごと抱き上げた。
「獠!?」
突然高くなった視界と不安定な体に香は驚き、咄嗟に獠の肩に手を当ててバランスをとった。
足を長いスカートでひとまとめにされ、香は打ち上げられた人魚のようだった。
スポンサードリンク
「お前、足首にそれ付けてんの忘れてただろ」
「どうしたの?」と問う香に、「お前が海に奪われそうだった」なんて獠が素直に言わるわけもなく、とっさに腕に触れた香のアンクレットを理由にする。
普段装飾品を付ける習慣はない香だったが、深い碧色の石がついた銀色のアンクレットは今回の依頼人である異国の王子からの贈り物だった。
今日2人は『お礼をしたい』と言った依頼人に呼ばれて食事に行っていた。
本当は『命を守ってくれた貴女に』と香のみが招待されていたのだが、シティーハンターは2人で1つがモットーの香は自分だけがお礼されるなんて思いもよらず『二人で行く』と答えた。
大人の男だったらもっと策を練れたかもしれないが少年王子にはここが限界。
このやり取りを見ていた獠は少年の思惑に気づいていたが、少年とはいえ男には優しくしない主義なので『楽しみにしてるぜ』と香の鈍さにのっかった。
(ガキだと思って甘く見てたな)
食事も終盤、デザートが運ばれてくるころに少年王子は贈り物といって香に細い藍色の箱を渡した。
同じく獠にも酒を贈る。
敏い少年は香の性格をよく読み、贈り物も二人分用意する必要性を学んでいた。
少年だが流石は”王子”。
獠は化粧箱に印刷された高級酒の名前に口笛を吹いた。
そんな少年が香に渡したのは、深い碧色のアクアマリンがついたアンクレットだった。
アクアマリンは国の特産品だと少年は香に説明したが、僚はこの国の人魚の伝説と王家に伝わる風習を知っていた。
だから、なのだろう。
香の足元で揺れるシルバーの鎖が獠には目障りで仕方がなかった。
『私は宝飾品には詳しくなく、母が持っているものと同じものを用意しました。あ、もちろんレプリカですよ?』
少年がいずれ治める国の王は后にアンクレットを贈る風習があった。
まるで海を閉じ込めたような碧色のアクアマリンがついたアンクレットはその国に伝わる伝説級の代物で、代々の王たちは未来永劫の愛を誓いながら妻の足につけてきた。
それは彼の国の王子が人魚の姫にアンクレットを贈った、おとぎ話の続きだった。
(マジで鈍感、この女)
他の男の懸想の証を、恋人である自分の前でつける香に獠は内心深くため息を吐く。
社交辞令でちょっとだけならば許せもしたかもしれないが(多分、きっと)、少年の前を辞しても未だ香は身に付けている。
苛つくならば面と向かって『外せ』と言えば良いのだが、生憎と僚が飼っている天邪鬼は健在。
さらに自分の半分にも満たない子どもに嫉妬をしているなんて、そんな格好悪いことに気づかれたくなかった。
ガシガシッっと苛立ちを紛らわせるようにクセのある黒髪を掻けば、海風がからかうように僚の傍で渦を巻いた。
スポンサードリンク
「りょーう」
少し間延びした香が呼ぶ声に顔をそちらに向ける。
沈み辺りはすっかり暗くなっていたが、香の姿は道路から伸びた街灯の灯りが照らされていた。
「ねえ、私の靴はどこ?」
「あん?…あの辺りに……」
『あるだろ』と続けようと思った言葉は、獠の喉の奥で留まる。
人工灯で照らされていない部分の砂浜は真っ暗で、香の投げた靴の位置は皆目見当もつかなかった。
「…よりにもよって新月かよ。ったく、ここで待ってろ」
夜目の効く獠は、そこに香を残し着た道を戻る。
「暗視スコープ、車から持って来ようか?」なんて香の声を背中で聞きながら靴を探す。
大体の目星はついていたので数分で靴は見つかり、
「ほらよ」
砂に埋もれることなくあった靴を片手に獠は香の元に戻り、
「ご苦労、御苦労」
下位の者を労う香の腕に、獠はは靴を押し付ける。
靴を受け取った香は未だ傍に立っていてくれる獠の腕に自分の手を置き、ひょいと足をあげて器用にハンカチで拭いた後に靴を履きながら、
「私は人魚姫よりもシンデレラだと思うのよ」
「…あん?」
「だって、毎日獠の世話に追われているし」
「…俺は”姉”かよ」
『どう見たって王子だろうが』と膨れる獠にクスクスと笑い、
「こうして靴も探してもらえたし」
「靴を探す、じゃなくて、靴の持ち主探しだろうが」
「細かいことは気にしなーい」
元気な自称・シンデレラの香に、自称・王子の獠は呆れた目を向ける。
「車まで競争ね」
「0時には未だ早いんでないのぉ?」
あの武道会の夜、シンデレラは王子様が自分を追ってくる自信があったのだろうか。
そうなるとガラスの靴を落としたのも『落としていった』になってしまい
「どこの女の強いねえ」
最終的に目的地は同じということは、この腕に香を捕えられるのは必然。
それが多少遅くてもいいや、と獠はのんびり歩いた。
数メートル先を走る香は砂浜が嘘のように足取りが軽やかだ。
それはシンデレラというより、初めて脚を得て地面の上で踊る人魚姫そのもの。
違う世界の男に惚れて、無茶して、隣に立とうとした人魚姫は香に通じるものがあるように獠は感じたが、
「俺はあいつを泡にするなんてヘマはしねえがな」
これじゃあどこぞの国の人魚姫のハッピーエンドじゃねえかと、僚は舌を打った。
END
コメント