シティーハンターの二次小説です。
パラレルワールドであるAngel Heartで登場する楊芳玉が好きで、シティーハンターの世界にも登場させました。原作終了後で僚×香です。
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光があれば必ず影が出来るように、明るい世界には闇の世界が生まれる。陰と陽。どちらが表か裏かなんて神様にもきっと判らない。
「ハーックショイ」
新宿の一角で僚は盛大なクシャミをして、隣にいた香が首を傾げる。
「夏風邪はバカがひく?」
「…んな訳ねえだろ」
僚はちらりと香を睨んで再び鼻を啜ったが、再び体に走った悪寒に体を震わせた。
(何だってんだよ…ったく)
はあっと僚がため息を吐くと同時に、温かい香の手が僚の額にあたる。最初はこの行為に慣れず身を引いていた僚だが、今では慣れて背伸びして伸ばした香の手を受け入れている。
「熱は…無いみたいね」
「…当たり前だろ」
僚の仕事は体が資本。体調管理には気を使っている。それを香も分かっているが、それでも自然に心配してしまう。いつになっても僚は心配されることが面映く、すぐに照れ臭くなってふんっと横を向く。毎度のやりとりに香はくすりと笑う。
「今夜は何か煮込み料理…ポトフを作って栄養を摂りましょう」
「真夏に煮込みって…熱くねえか?」
飯スタントも兼ねる香は僚の体のためを思って妥協しない。
「汗かいてスッキリすることが大事よ」
「…僚ちゃん、汗かくなら別のことでが良いなぁ」
僚のセリフを理解できずキョトンとした目を僚に向けた香だが、僚が見覚えのある目をしてにやりと笑った瞬間に脳が言葉の意味を理解して顔が真っ赤になる。
「真昼間っからバカなこと言わないで///!」
「ん~?僚ちゃん何も言ってないけどぉ?”バカなこと”ってなあに?」
僚は香を見ながらニヤニヤ笑う。反論できない香は真っ赤な顔してぷんっと顔を背ける反撃が関の山。そんな香の顔の正面に僚は回り込み、僚のニヤニヤ顔から逃げるために香は背を向けて、また笑って僚は香の正面に回り込む。同じことを何度も繰り返した香は「バカっ!!」と叫び、その場から逃げだす。もちろん量はついて行く。
「待てよ、香ちゃん」
「知らない!! 僚なんて風邪をこじらせて寝込んじゃえばいいのよ!」
真っ赤な顔でわめく香の肩を僚は笑って抱き寄せる。
「機嫌直せよ。美味いポトフを作ってくれるんだろ?」
「………もうバカなこと言わない?」
真っ赤な顔で見上げる香に僚はにこりと微笑み返す。
「言わないけど………やることはやるぞ」
「っ///!」
「だって本心だもんね。同じ汗かくなら、断然そっちのが良い!」
「もう~~///」
香は手をかざすとハンマーを召喚し、ドカンと一発恥じらいハンマーをさく裂させた。
同時刻
そんなバカップルを映していた照準器が異音を立ててベキッとへし折れた。砕いた手の主は手のひらからパラパラと部品の欠片を落とし
「僚……私を裏切りやがって!」
地獄の底から這い出た亡者のような声を出した。
それから数日後、香が食事の後片付けをしているとチャイムが鳴った。
「僚、出てくんない?」「へいへい」
読書タイムに入ろうとしていた僚がのっそり立ち上がる。食後の眠気が原因か、かみ殺ししきれなった欠伸が出そうになった瞬間にピリッと神経が刺激された僚は反射的に叫んでいた。
「香、隠れろ!」
突然の僚の声に香は反射的に動きカウンターの影に隠れる。それと同時にぱりんっと窓ガラスを破って小さな黒いものが放り込まれる。
(閃光弾!)
投げ込まれた物体を判別した僚が咄嗟に目をつぶって視界をシャットダウンすると同時に、鋭くなった聴覚が香の小さな悲鳴を聞きとる。
「香!?」
反射的に目を開こうとしたとき、良く知る懐かしい声が僚の耳に届いた。閃光が落ち着いたのを閉じたまぶたの先で感じ、そろりと開いた視界でゴーグルを外す恰幅の良い女の影が見えた。
「安心しな……この女を殺すようなことはしない」「芳……玉……?」
僚の驚く声を聞いた女性はクッと喉の奥で笑った。
「覚えていたんだね…光栄だよ」「どうしてお前がここに!?」
芳玉と呼ばれた隻眼の女性が黙って右手をあげると、彼女の部下と思わしき男がぐったりとした香を肩に担いで現れる。男は恭しく握っていたロープのうちの1本を芳玉に渡す。
「ここに…とは、ご挨拶だねえ」
愉快と冷笑の混じった声と芳玉の細まった目に僚は思わず怯む。そんな僚に芳玉は片目を覆う眼帯を指差した。
「約束…忘れたのかい?」
「お前、あれは…」
芳玉の手が優しく香の髪を掬った瞬間、僚は反論しかけた口を閉じる。さらさらと香の髪が意外にも細い芳玉の指の間を抜けていく。
「噂に聴いていたけど…こんな女があんたのパートナーとはね」
「芳玉、香は…」
「僚…この子をちょっと借りてくよ」
「芳玉!」
僚の制止にニヤッとした笑顔だけを残した芳玉は華麗に身を翻し、香の身体を担いだ男とともに夜空に身を投げた。
「くそっ」と僚が窓に飛びつき外を見ると、下に停まっていた車に芳玉が乗り込むところ。あっという間に真っ暗な闇の中に車は消えていった。
湿った土のにおいの中で香は目を覚ました。後ろ手に縛られた状況に気付いたが、慌てないように気を付けて闇に目を慣らすことに集中していると
「ふうん…この状況で騒がないとは意外といい度胸してるね」
凛とした声に香がそっと目を開けてみれば、細い月の僅かな光を浴びて自分を見下ろす隻眼の女と目があった。
「…あなたは?」
当然の質問だと言うのに女は目を見開き、次の瞬間に可笑しそうに哂った。そんな女の反応に香は首を傾げる。
「何か可笑しい?」
「いや…やっぱりここは平和な国なんだと思ってね。名前も知らない相手に殺されるなんて世界じゃスタンダード、私は楊芳玉、僚の…」
「元傭兵仲間……正解よね。あなたに似た雰囲気の人を何人か見てきたし」
香は肩を竦めもぞもぞと身体を動かし、楽な姿勢になると息をほうっと吐いた。くつろぐ姿勢をとった香に芳玉は唖然とし
「おかしな女だな」「あなたもね」
芳玉の言葉に香は笑って応える。意外な返答に芳玉は首を傾げた。それを疑問ととった香が答える。
「急襲して私を攫ったのに、あなたからは殺気を感じない。私を殺すのが目的ではないなら僚?ううん、僚の名前を口に乗せたときのあなたから憎悪は感じない、かといってビジネスのような無関心さもない」
「………ふん」 芳玉は面白く無さそうに笑うと無造作にナイフを放った。月の光を何度も反射しながら回ったナイフが地面に刺さる。1センチにも満たない距離に刺さったアーミーナイフに騒ぐわけでもなく、香は笑顔で礼を言って後ろ手を縛るロープに刃を当てた。
「ほら」
姿勢を正して地面に座った香に向けて芳玉はグラスを放った。装飾もない無色透明のグラスが反射的に受け取った香の手におさまる。
「付き合え」
芳玉が見せた日本酒の一升瓶に香は驚き、次いで呆れた眼を芳玉に向けた。
「あなたは飲み相手をいつも攫ってくるの?」
肩を竦めつつも香が差し出したグラスにやや黄味がかった液体が注がれる。同じように芳玉は自分の手にもつグラスに同じ液体を注いだ。
「月がキレイな夜だろう?こういう夜は無性に飲みたくなる」「まあ…それじゃあ、お付き合いしましょうか」
香はフウッと息を吐くと芳玉の持つグラスに自分のグラスを軽くあてた。
「名前…聞いてなかったな」
「呆れた、調べてなかったの?槙村香よ」
4本目の瓶が開いたころで名前を聞かれ、呆れたように香は応えた。
「カオリ…」
芳玉が香の名を呼ぶと香は微笑み頷いた。香の微笑が、その目に浮かぶ慈愛の光が眩しく、思わず芳玉は目を細める。
「楊さん?」「……芳玉でいい」
黙り込んだ芳玉に香が首を傾げると、芳玉は気まずそうに顔を背けて
「芳玉…」
「……何だ?」
短い沈黙のあと名を呼ばれた芳玉は香を見た。
「ありがとう」「…何の礼だ?」
「僚の心配をしてくれたんでしょ?こんな戦力にならないどころか、足手まといの女をパートナーにしたって聞いて」「……ふんっ!」
芳玉はグイッとグラスを煽る。その姿はどう見ても照れ隠しで、「あなた、どこか海坊主さんに似てるわ」と香はクスリと笑い自分もグラスを傾けた。
「……なに、この状況」
準備を整え、クロイツの戦隊以上の軍隊とやり合うつもりで意気込んで飛び込んできた僚は目の前の光景に唖然とした。本気で呆気にとられている僚が珍しくて香はくすくすと笑い、自分の膝の上で寝息を立てる芳玉の髪を優しくすいた。
起きているときは牙をむく野生の黒ヒョウそのものな芳玉。それがいまは大人しく、香に毛を撫でられて気持ち良さそうに眠っている。様子を緻密に探っても寝たふりではない。マジで寝ていることに本気で驚き、この芳玉の姿に自分の姿が重なり、小さく笑った僚は香の隣に腰掛けた。
「全くお前ら……どれだけ飲んでんだ」
「えへへ…意外と弱いのね」
周囲に転がる空のウォッカの瓶たちうち1本を持ち上げた僚は呆れたように首を振る。香自身は自分が酒に強くないと思っているが、常に飲み交わす相手が僚では香がそう誤解するのも仕方がないとは思っている。実はお前はザル(を通り過ぎた枠)なんだ、なんていって香が油断をするのは良くないと思って僚は黙っている。
「それじゃあ家に帰りましょう」
「良いけどよ……やっぱ、うちに泊めるの?」
「当たり前でしょう。僚が運んでね」
「へいへい」
予想通りの展開に僚は肩を竦め芳玉を抱き上げる。女といえど筋肉に包まれている痩身が予想以上に重いのは想像できたが、意識を失って脱力した体はそれ以上に重く
「…マジで寝てやがる」「当たり前でしょ?」
呆れる僚に対し首を傾げる香。
「まあ…そうだな、うん」
「変な僚。それよりもさ、帰りに24時間営業のスーパーに寄ってよ。明日の朝、鶏だしのお雑炊を作るんだから」
明日の朝、蜂蜜色の光りの中で目覚めた芳玉は驚くだろう。いつもの習慣で周囲の気配を読んで、僚の気配と香の気配に気づいて複雑な表情で出てくるに違いない。
(…また香に懐く奴が増えるなぁ)
香は闇の世界で生きる者が欲する陽だまりそのもののような女。
「僚、帰ろう」
太陽の化身のような女は闇の男に笑いかけ、陽だまりに焦がれる男は苦笑を返した。
END
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