有閑倶楽部の二次小説で清四郎→悠理(清悠)です。
旧サイトにのせていたクリスマス小説ですが、それ以外の季節でも読めます。
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「清四郎!」
賑やかな会場を射抜く元気な声。仕事で遅れた清四郎は会場の人波をすり抜けて駆けよる悠理に顔を緩めた。
「遅かったな」
「ちょっと手間取ってしまいましてね」
コートを脱いでクロークに預け、タキシードを正した清四郎は傍を通るウェイターからワインを取る。
「それじゃあ、Merry Christmas」
「Merry Christmas!」
カチンッとグラスをぶつけると、白いワインが照明の下で輝いた。
「お前が来てくれると楽でいいじょ~」
五人目の男が挨拶だけで去ると悠理はニシシッと清四郎に笑った。
「”作戦”は成功ですね」
「さっすが清四郎ちゃん」
悠理は剣菱財閥の御令嬢であり、妙齢でとても美しい容姿をしている。さらに経営に関しては父・万作から天性の才能を受け継いでいると経済界の男たちにとって垂涎の的。そんな悠理は今回のような社交パーティーでは常に悠理を狙う男たちに囲まれていた。
「たまには美辞麗句に包まてみてもいいんじゃないですか?」
「あたいは可憐や美童とは違うわい」
みてみろ、と悠理がワイングラスで周囲の男たちを指して哂う。
「あんな目をした男たちに囲まれていい気になってみろ。いつか襲われて既成事実を作られそうだ」
「…さすが野生動物」
心底嫌そうにワイングラス越しにギラギラした目の男たちに舌を出す悠理を見ながら、危機管理はしっかりしているようだと清四郎は安心する。
これは12月の頭、経済界のクリスマスパーティーの招待状を睨んでいる悠理を見つけたことから始まった。パーティー好きの悠理がパーティーに行くのを嫌がっている理由を問えば男に囲まれるのがウザいということ。
- それならば僕と付き合っていることにしますか? -
その提案に悠理は首を傾げたが、一緒にいた悠理の兄・豊作が「清四郎君なら元婚約者だったし、説得力あるんじゃない?」とその案を推した。ブラコン気味の悠理なので、兄の言葉に素直に頷きふたりは今日までさりげなく周囲に恋人同士だと触れ回ってきた。
「やっぱりクリスマスパーティーは楽しく飲み食いしたいしな」
「役に立って何よりですよ」
「面白いことになってますわねぇ」
清四郎がにっこり笑ったところから数メートル離れたところで立っていた可憐と魅録に、たったいま会場に入ってきた野梨子と美童が合流した。
「あの清四郎が悠理の仮の恋人役に名乗り出るなんて」
「いつ”仮”が取れるのかなぁ」
「見ろよ、あの嬉しそうな顔」
「あのだらしない顔、なんでバレないのか不思議だわ」
好き勝手なことを言いながら四人はくすくすと笑い、プライドの高い男の珍妙な恋愛を生温く見守ることに決めた。
「悠理、ちょっと行ってきますね」
取引相手を見つけた清四郎は悠理に断わりを入れて傍を離れた。握手してフランス語で何か話している清四郎に「ご苦労さん」と呟いて、清四郎の好意的な笑顔を見て取引が上手くいっていることを感じ取る。そんな悠理の隣に一人の男が立っていた。
「菊正宗さんは剣菱の懐刀だね」
またか?とワイングラスを傾けながら訝しげな視線を隣に向ける。「お久しぶりです」という男に、以前何かの場であったことがあると悠理はかすかな記憶を探り出す。探るような悠理の視線を受け流しながら男はにっこりとほほ笑み、「よろしければ」と言いながら一枚の皿を出した。
「取って来たは良いけどもう食べられなくて。あ、もちろん未だ口をつけていないですよ?」
その男の言葉を証明するように、男の持つ皿にはまるでモザイクがのように美しいデザートがびっしりとキレイに盛り付けられていた。
「良いのか?」
「もちろんですよ」
食べ物をくれたというだけで悠理の警戒心はドカンっと下がり、さらに悠理の知人リストの中で男の評価はぐっと上がった。
(……ん?)
別れのあいさつを終えた清四郎が悠理の方を見ると、悠理はどこかで見た覚えがあるような一人の男と談笑していた。 一瞬清四郎の米神がひくついたが、楽しそうに悠理が笑っていることから、特に悠理を狙っている輩ではないと判断した。それくらい悠理の野生の勘は正確なのである。
少しなら、と思ったが談笑する2人に清四郎の忍耐が切れて悠理の方に行こうとしたとき悠理の持つ皿に眉をひそめる。パクパクと皿の上のものは高速で悠理の口に消えているものの、清四郎の動体視力ならば見分けるに造作はない。
(あんなデザートありましたっけ?)
清四郎自身は興味がないが悠理が好きそうだからと記憶しておいたデザートコーナーに悠理が口にしているケーキがあった覚えはなかったと清四郎が眉根をよせたとき
(!?)
清四郎の視線の先で悠理の体が不自然に揺れた。
「…んん?」
身体がぐらりと揺れた違和感を酔いだと判断した悠理はケーキを口に運び続けた。口の中にブランデーの香りが強く漂っても、ブランデーの効いた洋菓子だという程度の認識だった。
「ふう……食った、食った」
まだ皿にはケーキが残っていたので悠理は傍にあったテーブルに皿を置き、ずっと同じ姿勢で菓子にパクついていた体を伸ばすとまた体が揺れた。
「悠理さん、大丈夫ですか?」
「へーき、へーき」
そんなに飲んだっけ、と内心首を傾げながらも菓子をくれた親切な男に悠理はにパッと笑いかけたものの、笑ったことでまたぐらりと揺れる視界にとっさに悠理は傍のテーブルに手をついて体を支えた。
「少し向こうで休みますか?このお皿は私が持っていきますよ」
「あーーー…」
(…全くあいつは)
エサを与えられると無警戒。相変わらずの馬鹿さ加減に清四郎は内心舌打ちした清四郎は腕を大きく伸ばすと
パンッ
無防備な悠理に伸びた男の手を強く打つ。突然伸びてきた腕と体に走った痛みに驚く男に清四郎はにっこり笑いかける。
「悠理がお世話になりました」
「……早いですね」
「いえ、悠理が酔わされる程度には遅くなりましたが」
酒には滅法強いんですけどねぇ?、と探るような瞳を向けると男は青い顔をして一歩下がる。
「事前に防がれたことを感謝して下さいね」
「…そうですね」
男が苦虫を噛み潰した様な顔をして清四郎に背を向けて去ると
「さあ、次はこっちですね」
呆れたことに悠理は男たちのやり取りを一切気にせず、「酔ったなぁ」なんて言いながら皿に手を伸ばし、黙々と、スピードは落ちたものの未だ食べ続ける悠理に清四郎はため息を吐く。
「悠理、いい加減にしなさい」
「あっ」
清四郎は悠理の手から皿を奪うと、悠理と半分以上なくなった皿の間に自分の体を入れて 「清四郎」と唇を尖らせる悠理をじっと見る。
「未だ意識はあるようですね」
多少眼がとろんとし頬がうっすらと紅潮しているものの、呂律は回り未だ理性的な悠理に清四郎はホッと息を吐く。
「これを飲みなさい。甘いものを食べ続けると気持ち悪くなりますよ」
そういってコーヒーを悠理に押し付ける。清四郎がこの手のことを言うときは正しいと身に染みている悠理はコーヒーに口を付ける。少し冷めたコーヒーは飲みやすく、ごくごくと飲めば口の中の甘さが緩和された。
「よし、じゃあ食べるぞ!」
「もう止めた方がいい」
「何で? 良いじゃん!」
抗議する悠理の息に交じる酒の臭いに清四郎は眉間にしわを寄せる。ワインやブランデーとは違う、度数が高いことで有名な酒の香りだった。悠理の手を阻みながら皿から無造作に1つ菓子を選び、清四郎は自分の口に放り込む。
「あ、お前は食べるんじゃん」
抗議して手を伸ばす悠理から皿をガードしながらゆっくりと口の中のものを咀嚼すると小さなゼリーのようなものを舌が探り出す。軽く歯を立てればゼリーは簡単に潰れ、強い酒の味がばっと拡がる。
(なるほど…手っ取り早く酔い潰すつもりでしたか)
酔わせた悠理をどうするつもりだったのか、胸糞悪い想像に苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが…
(しかしこいつ…どこまでバカなんでしょう)
ニオイからすると例のゼリーを何粒も口にしているはずで、普段よりもかなり酔っている自覚もあるはずなのに
「そのタルトは未だ食ってないんだぞ!」
食い意地を全開にさせる悠理。力では清四郎が勝るがスピードは五分五分。ガードしきれないと危惧した清四郎は、悠理の狙いであるタルトをとっさにをつかみ口にくわえて身長差を利用する。
「ずるいぞ、清四郎」
しゃべったら落としてしまうので清四郎は黙ったまま跳ねる悠理の右手をつかむ。悔しさに潤む瞳で清四郎を睨む悠理に思わずため息がでる。
(そんなに悔しいんで……!!??)
急接近してきた悠理の顔。大きく開いた悠理の口に驚いて清四郎が避けられずにいると
バクンッ
飛び跳ねた悠理は大きく開いた口でタルトに噛みついた。そんなあまりの出来事に悠理の手を拘束していた清四郎の手が緩むと、悠理は「ふぁっふぁ!!」と勝利のダンスを踊った。
一方で清四郎はタルトの粉がついたままの口をその手で覆っていた。顔に触れた手のひらから顔の温度が上がるのがわかる。
(い……ま…………キス?)
タルトを奪われる寸前確かに悠理の唇が清四郎の唇に触れた。その事実を理解している清四郎は純情青年よろしく顔を薄らと赤く染めたが、そんなことにも気づかず嬉しそうにタルトを咀嚼する悠理を見て。
「…もう好きにして下さい」
離れたところでニヤニヤわらう悪友4人を目に留めて、脱力した清四郎は火照る顔を隠すために項垂れた。
END
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