有閑倶楽部の二次小説で、清四郎視点で清四郎→悠理の始まりです。
それぞれ社会人になっていて、清四郎×悠理、魅録×可憐、美童×野梨子のCPになっています。
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タクシーを降りた僕は夜空に向かって息を吐く。気持ちのいい夜で魅録から呑みに誘われて来た初めての街並みを見渡す。
広い交友関係の割に心を許している人間は少ない僕。魅録はそんな僕にとって親友とさえいえる希少な存在だ。
「美童の行きつけにしては静かな店だな」
美童が最近よく通う店だと聞いていたから賑やかな店を覚悟していたが、僕の間の前にあるバーは落ち着いた分に気だった。
ここは駅から離れた場所で、僕はタクシーを使ったが来やすいとはお世辞に言えない場所にあるというのに店内には人の影がチラホラと見えた。
期待できそうで嬉しい。
カラン
僕がひらいた扉の音に合わせて鳴る心地よいカウベル。
程よい間隔で設置されたダウンライトの灯りが照らす店内は程よく混んでいて、ウイスキーの薫りと心地よいジャズの古いナンバーが仕事で疲れた心を癒してくれる。
「清四郎!」
名前を呼ばれて振り返れば、「こっち、こっち」と手を振る美童、隣には魅録もいた。
常につかず離れずの距離にいる僕が一番信頼している親友たちだ。
美童はいま自他共に認める容姿を活かしてモデルとして活躍していて、日本と異国の遺伝子が作り上げた美丈夫に周囲の女性客が色めき立つ。
魅録はやはりというか、意外というか、刑事になった。
ちなみに意外性ならば僕も負けておらず、僕は大方の予想に反して剣菱財閥に就職し普通のサラリーマンをやっている。
「遅れてすみません。よくこんな店を知っていましたね」
「モデル仲間のおすすめ。近いからこのまえ野梨子とも来たんだ」
「野梨子は元気ですか?」
”野梨子”こと白鹿野梨子は僕の幼馴染で、生まれたときから僕と彼女はよく一緒にいた。
日本画の大家を父に持ち、茶道家元を母に持つ野梨子は母親の跡をつぐために修行中の身だ。
「会ってないの?」
「いまは会社に近いマンション暮らしですし、野梨子のナイト役は美童に譲りましたからね」
「ナイトよりもお姫様の方が強いけどな」
魅録の言葉に僕は笑って美童は苦笑い。
奥手で純粋な大和撫子を具現化したような野梨子だが、芯の強さならば僕たちの中で一番だ。
そんな彼女が世界中に恋人がいる自他共に認めるプレイボーイの美童に恋心を告白したときは、その意外性に僕たちは天地がひっくり返るほど驚いた。
『私は美童が好きなようですわ』と、まるで天気を伝えるような告白だったが、どこか彼女らしいといまなら思う。
そして神様はもう1組僕たちの中に恋人同士を作った。
「魅録、可憐は元気ですか?」
「まあ……元気なんじゃないかな」
歯切れの悪い魅録の答えに僕が眉をあげれば、美童が指でバツを作る。なるほど、目の前にある灰皿が山盛りなわけだ。
「デートをドタキャン…3回連続。それでケンカになった」
「なるほど。まあ、頑張ってください」
淡白な僕の反応に魅録はふくれたが仕方がない。この2人は”犬も食わない何とやら”で頻繁にケンカをしては仲直りをしている。
可憐こと黄桜可憐は昔からよく気の付く女性だ。魅録とはそこがよく似ていて、お互いにお互いを気遣ってやんわりとケンカも終わるのだろう。
タイミングよく僕の注文した酒が届き、ヤケ酒に付き合う気持ちを示すようにグラスを魅録に向ける。
何十、何百と繰り返してきた行為で、この瞬間に魑魅魍魎の蠢く社会で戦う緊張が溶ける。
「清四郎、いま恋人は?」
恋人と良好な関係を築いている彼らとしては、その幸せを僕にも分けたくて溜まらないらしい。
「一昨日別れました」
「僕が偶然みたあの女性?付き合って1年くらい?」
「なんだよ、それなら紹介してくれれば良かったのに」
魅録らしい言葉に僕は笑う。
彼女とは誰かに紹介しようとするような付き合いはしていない。
美童ならば分かるだろうが、思いやりがあり根が真面目な魅録にとっては気持ちのない付き合いは解らないだろうなと思う。
自分の中にも性欲があるのだと初めて自覚したのは中学生のとき。
自覚して以来、僕は後腐れがないと解っている女性とのみ、かなり短い付き合いを繰り返してきた。
褒められたことではなく、潔癖な野梨子と恋を夢見る可憐、不必要な反感が面倒であり、彼女たちを幻滅させたくなかったから黙っていた。
― 清四郎はにとって女性は研究対象なんでしょうね ―
いつだったか野梨子に言われた言葉だが、この言葉は芯をついていた。
「そんなことはない」と、あのときは笑って誤魔化したが、内心では野梨子のいわば女の勘に感心してしまった。
「清四郎の付き合っていた人ってどんな人?」
「取引先の会社で役員秘書をしている人ですよ」
興味津々の魅録の言葉に応えれば、あのとき商談の終わりに密かに渡された小さな紙を思い出す。
携帯電話の番号に重なった赤いキスマークが印象的だった。
誘いにのって結んだ関係であり、僕に有利な情報をときどき与えてくれた便利な関係でもあった。
業務提携の契約が終わるまでの期限付きの関係だと双方がよく理解していた。
「どうして別れたんだ?」
「価値観が合わなくて」
初めから価値観を合わせるつもりさえなかったのに、「価値観の相違」という便利な言葉に逃げる。
― 好きなの、愛しているの、別れたくない ―
涙は女の武器とは言うけれど、僕の心は女性の涙で揺らぐことはない。愛どころか親しみや興味さえもっていないのだから心は動かない。
まるで僕が非情なようだが、言い訳するならば彼女も”僕”を愛していたわけではない。
これは大病院の院長の嫡男として生まれ育った、幼い頃からの訓練の賜物だと言える。彼女の瞳に恋情はなく打算があふれているのにはすぐに気が付いた。
あれはそう、高価なアクセサリーを失くすことを嫌がる目だった。
「尋問はそのくらいにして下さいよ」
「あ…ああ、そうだな」
さらにいろいろ聞き出そうとする魅録に僕が笑ってみせれば、聡い魅録は話題を変えて自分のことを話題にしてくれる。
知らないんでしょうね。
魅録の、その人を思い遣れる性格を羨ましいなんて僕が思っていることを。
「……悠理が……」
ぼんやりとした嫉妬を抑えていると、不意に聴こえてきた友人の名前にハッと我に返る。
剣菱悠理は僕の勤めている剣菱財閥のお嬢様で、初等部から今まで長い付き合いだ。三度の飯とケンカが大好きな困った奴だ。
「悠理がどうしたんです?」
「いや、この前捜査に協力してもらったって話」
政治家の息子が容疑者だった事件で、どうやら解決に悠理が手を貸したらしい。
こんなことは今までもよくあったし、僕自身もトラブルの解決に悠理を利用したことは数知れない。
でも、最近やけに心がざわめく。
特に魅録の口から悠理の名前を聞くと胸がチリッと何かに引っかかれたような気がする。
「可憐じゃなくて悠理を連れてたんだ」
「その筋が多かったから乱闘になったら大変だろ?」
「悠理ならドレスで飛び蹴りもしかねませんね」
「だよね~、悠理だもん」
満足して頷く美堂とは対照的に魅録は訝しげな目で僕を見ていた。
なぜそんな目をするのか理由を問いたかったが、逆に問えばやっかいなことが起きる嫌な予感がして、ちょうど鳴った電話に逃げて外に出た。
外に出た僕は電話を取ることなく放っておく。
本当はとらなくても問題のない電話だったから、相手が諦めるまでずっと鳴らしたまま放っておいた。
夜風の冷たさが身に沁みる。
空を見上げれば黒い夜空に白く輝く猫のツメのような細い月。連想されるのは気まぐれな猫のような悠理の顔。
「お前も女なのだから無茶はしないで下さいよ」
猫のようにしなやかなに飛び蹴りするドレス姿の悠理が浮かんだから、それとはなしに僕は月に向かって忠告してみた。
「丁度良かった」
電話を終えた振りをして席に戻れば、笑顔の美童が僕に向かって電話を差し出す。
僕に?と自分を指させば美童は頷き電話をズイッと僕の方に差し出す。
「悠理?」
耳朶を叩いたのはキャーという叫ぶ悠理の悲鳴。焦ったような切羽詰まった様な悠理の声にギョッとして心臓がドクッと大きく鳴った。
事件か?
それとも誘拐?
過去に経験があり過ぎて、見当がつく項目が多過ぎる。
あれやこれやと考えている僕の耳に、聞き覚えのある女性たちの笑い声が聞こえた。
「…何ごとですか?」
僕の質問には可憐が応えてくれた。
聞けば悠理の母・百合子がまた見合い話を持ってきて、母が怖くて相手にあったものの相手がひかずに困っているとのこと。
相手を諦めさせるために僕に悠理の恋人役をやって欲しいというものだった。
「で、それをなぜ悠理はそんなに嫌がるんです?」
同じ職場だから楽でしょう、と言えば可憐と野梨子はクスクス笑う。
確かに一時期は孫悟空とお釈迦様的な立ち位置だったが、今はそんなことは一切ない。剣菱財閥の本社で働く仕事仲間として、自分でも驚くほどよいパートナーシップが取れていると思っている。
『清四郎が嫌なんじゃなくてさぁ~、みんなが変なこと言うんだよぉ。折角だから清四郎にいろいろ教わってこいとかさぁ…』
「…そんな心配は一切不要ですから、見合い相手の撃退は僕に任せなさい。そんなことよりも今の仕事に集中して下さい」
ふう、と息を吐いて電話を切ればニヤニヤわらう美童と魅録。
…なんですかね。
友だちが困っているから手を貸すだけ、それは相手が野梨子でも可憐でも変わりはありませんよ。
「女性に対する愛情と友情の違いってさ、彼女を抱けるかどうかじゃないかと思うんだ。抱けるなら彼女を恋愛相手としてみてるって事じゃん」
ほう、美堂にしてはまともな意見、一考の価値がありますね。
交友関係が広くても、僕が友だちと思える女性はさっきの3人。
まず可憐の華やかな容姿を思い浮かべる …のを制止するように魅録の大声が割り込んだ。
「美堂、変なことを言うんじゃねぇよ!!」
「男と女なら普通のことでしょ~」
外見に似合わず純情な男が、外見通りの元・プレイボーイに詰め寄ると、元プレイボーイは「あの3人で考えてみてよ~」と笑う。
「あ、僕は野梨子、魅録は可憐を除こうか」
「…何でだよ」
「…だって、魅録は可憐を抱けるだろ?」
呆れた美童の声に魅録が面白い様に反応する。漫画のようにボンッと音が立つように真っ赤になった。
僕は可憐のことを想像しても何も感じない、というか、想像すらできない。
可憐の肢体を見事なプロポーションだとか思っても、その身体に男として触れたいとか抱きしめたいとか思ったことは今まで一度もない。
「魅録は可憐を『女』と見ているから抱けるんだよ。じゃあさ、魅録は野梨子のこと抱ける?」
「…はあ?何言ってんだお前?野梨子はダチだろ」
魅録の真っ赤な顔が冷水を被ったように冷静になり、続いて呆れたような顔になる 。そんな魅録に僕も賛同する。
僕も野梨子は抱けないし、そもそも抱きたくない。
彼女は僕にとって妹のようなもので、他人の趣味をどうこう言わないが僕に妹を抱く趣味はない。
「じゃあ、悠理は?悠理のこと抱ける?」
「アイツもダチで、そもそも弟みたいなもんだ。出来ないし、したくない!」
………
「ほ~らね」
……………………どうしてでしょう。
魅録に向けられているはずの美童の言葉が僕にも向けられているように感じる。
そして、それよりも気になるのは目の前に突き付けられた新事実。
僕は悠理を抱けると思う。
正直に言えば抱きたいとさえ思う。
…つまり美童の定義によれば僕は悠理に愛じょ……
僕が!? /////!!!
ガタンッ
「「清四郎?」」
「すみません、ちょっと席を外します」
情けないことにポーカーフェイスは崩壊寸前だと分かるから、断りの言葉を紡ぐのが精一杯。
訝しげな視線を向けられていることも十分承知だけど僕は外に逃げ出す。
本日2度目の逃亡。
今度は熱くなった顔に夜風が気持ちいい。
「…そういうことですか///」
いままでの自分を思い出し、さっき自覚した感情を当てはめていく。
過去の自分で説明できなかった言動やそのとき伴った感情に全て説明がいく。
「はあ」
ため息が夜空に溶ける。
でもため息は消えていない、空気に拡散されてただ僕の目に見えなくなっただけ。
僕の今までの気持ちと同じで誤魔化しているだけ。
「どうしますかね」
目の前の扉の向こうでは親友たちが僕を肴に飲んでいることは明白。再び白い息が夜空に溶けて消えた。
【おまけ】
いつもは冷静な男が扉の向こうに消えると、息のあったタイミングで同時に顔を見合わせた魅録と美童は同時に噴出した。
「やーっと自覚したな、あーの、鈍感男!」
「面白いねぇ。やっぱり清四郎は悠理が好きなんだ」
いつも冷静な清四郎の目に浮かんでいたのは明らかに狼狽で、そして顔はいつも冷静な彼らしくなく湯気が見えるほど赤面していた。
その一瞬で十分分かる。
10年以上の付き合いは伊達ではない。
「当分酒の肴には苦労しないな」
何年経っても、閑(ひま)が無くなっても、彼らはずっと有閑倶楽部で、楽しいことがみんな大好きなのだ。
END
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