有閑倶楽部の二次小説です(クリスマス小説)。男(モブ)→可憐×魅録で、モブ視点で進みます。男は聖プレジデントの元同級生という設定です。
旧題は「可憐」です。
イメージはBIGINがカバーした大滝詠一『恋するカレン』です。南の島で優雅に過ごす6人を想像してもらえると嬉しいです。
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突然目に飛び込んできた鮮やかな光。
光のもとを探って視線を巡らせると、それは隣にたつ女性の爪に施された茜色だった。
化粧品メーカーの跡取りとして逸る気持ちを抑えつつ、失礼のない程度にキレイに整えられた爪から顔に視線を映せば
「黄桜さん」
女性は明るい爪の色にふさわしい美しい人で、ぼくの知っている人だった。
キレイな横顔が正面になって観察するような目が僕に向けられる。
その瞳にある驚きと疑わし気な光から彼女が僕を認識していないことがわかり、僕などまるで眼中になかったのだと高校時代の僕が心の中で嘆いた。
その一方で、あの頃は後ろ姿を見るしかなかった僕の視界に彼女の正面を向いた顔があるのは嬉しかった。
「えっ…と」
僕を見て視線を泳がせる彼女。
それはそうだ、僕にとって彼女は憧れの女性だが、彼女にとって僕は数多いた取り巻きの男の1人…ですらない。
取り巻く勇気すらなかった僕は遠目に彼女を見るしかできなかった。
「聖プレジデント高校で…最後は隣のクラスだったんです」
「ああ、そうでしたか」
気まずそうな笑顔。
高校3年を2回繰り返したことは彼女の汚点だと聞いたことがあるが、ラスベガスで豪遊して留年なんて華やかさは地味な僕にとって彼女に惹かれる要因の1つでしかなかった。
移動教室のたびに彼女を見ることができる、卒業する彼女を見送ると思っていた僕にとっては降ってわいた幸運の1年間だった。
「可憐!」
彼女の名前を呼ぶ軽やかな声の主・剣菱悠理さんも僕は知っていた。
いや、あの高校で同じ時を過ごした者ならば『有閑倶楽部』を誰もが知っている。誰もが彼らに憧れていた。
「あたいら先に行くぞー」
僕たちから少し離れたところでぶんぶん手を振る彼女は…とても変わっていた。
高校時代は一見すると少年のようだったが、今目の前にいる彼女はまるで羽化した蝶のように華やかな美人になっていた。
「悠理、見間違えるほどキレイになったでしょ?」
僕の表情から驚きを悟ったのだろう。
ちょっと茶目っ気を交えて僕に問う彼女の視線にトクリと心臓を弾ませながら僕は頷くと、彼女は嬉しそうにふわりとほほ笑んだ。
思わず「あなたも美しくなりました」なんて言葉が転がり出てしまいそうな大人の女性の慈愛に満ちた笑顔だった。
「ここには六人で?」
「相変わらずよ。さすがに高校時代のようにずっと一緒じゃないけどね」
腐れ縁ね、と彼女は楽しそうに笑って、彼女の肯定は少しだけ僕に希望を与える。
だって今日はクリスマス、腐れ縁の友と過ごす彼女に特別な相手がいないかもしれない、と。
隣に並ぶには僕は力不足だと分かっているけれど、ただ、宵の入口のこの時間を一緒に過ごしたい。
周りに灯され始まる複数のキャンドル。
空は茜色から藍色に代わり、どこからかメロウな音楽が流れてくる。
恋人との時間が始まる魔法のような瞬間だけ彼女に隣にいて欲しいから、一世一代の勇気を絞って彼女の名前を呼ぼうとしたとき
「可憐」
僕の言葉を遮って彼女の名を呼ぶ声が魔法の力をアッサリ奪う。
僕を映していた瞳はあっさり声の主の方に向かい、彼女は微笑みを浮かべた。それは見ているだけなのに僕の心を揺さぶるに十分なものだった。
『キレイになったでしょ』と友人を想う優しい綺麗な笑顔とは違う
今目の前にあるのは恋する女の美しい微笑
「魅録」
さっきまで僕と言葉を交わしていた唇は違う音色を奏で、声の主に向けて綴られた言葉の音色はひどく甘い。
「遅かったわね」
彼女は僕の横をするりと抜けて声の主に駆け寄る。
その行動には一瞬の迷いはなく、するりと通り抜ける彼女はとても自然で僕は引き止めることもできなかった。
運命の女神は悪戯好きだと痛感させられた瞬間だった。
「あー、踊った踊った」
満足そうにテーブルに戻ってきた剣菱さんにグランマニエさんが飲み物を渡す。
相変わらずキレイな彼は確か社交ダンスの経験もあったはずなのに、今日の彼は全く踊らない。
「グランマニエさんは踊らないんですか?」
「うん、野梨子が踊れないからね」
「ゆっくりした音楽ならば踊れますわ」
彼の隣にいた日本人形のような白鹿さんがグランマニエさんに向かって膨れた。
相変わらず高値に咲く花のように美しい人だけど、高校時代に纏っていた他人を拒絶するような風情はなくなっていて、とても可愛らしくグランマニエさんに微笑んでいた。
「突然こんなところに誘いましたが大丈夫でしたか?」
時の流れを感じていた僕は隣に来た菊正宗さんの声にハッとして顔を上げた。
心配そうに僕を伺う彼の向かいでは 「みんな一緒の方が楽しいに決まってる!」と剣菱さんがニコニコ笑っていた。
そんな剣菱さんに菊正宗さんは苦笑する。
「カップルとクリスマス旅行なんて普通気まずいですけどね」
『カップル』という菊正宗さんの言葉に心がズキッと痛み、自然と僕の目はダンスフロアに向かってしまった。
そこではまるで二人の為に用意されたようなゆったりしたバラードが流れている。
ズキン
異国の人たちに混じり身体を揺らす二人の男女。
時折何かを見つめては、さらに体を寄せて囁き合い、二人同時に笑いあう。
ズキン
暗く落とされた照明の中で踊る二人はまるで有名な美術館に飾られる美しい絵画の様。
ひとしきり笑った彼女はホッと息を吐き、再び男の広い肩に頬を当てる。
彼女の長い自慢の髪に、男の大きな手が我が物顔に潜り込み、もう一つの手は女性特有の彼女の細い腰にあてがわれる。
その温もりが心地良いのか、彼女は幸せそうに目を細めていた。
ズキン
彼らとは離れた場所にいるのに、フロアは薄暗いのに、彼女に対する淡い思慕のせいか彼女の幸せそうな姿は一部の隙もなく僕の目が視認する。
なぜ僕は彼女たちから目をそらさず見ているのか、そもそもなぜ僕はこの場に来たのか。
普段の僕ならば気後れして彼らと共に来ようなど思うはずもないのに。
ああ、運命の神様は僕にこれを見せたかったか。
相思相愛の二人をみて、幸せそうな彼女を見て、誰も入り込めないことを理解しなさいって。
彼女の面影を追いかけないで先を見つめなさいって。
さっきまで悪戯好きの意地悪な女神だと思っていたのに、彼女が急に慈悲深い優しい笑顔を浮かてくれた気がした。
「おー、来た来た」
突然の剣菱さんの歓声に僕の脳内の女神様がパッと消え、現実に戻ると目の前にたくさんの料理が乗った皿が並びだす。
さっきまでの神聖な雰囲気が消えて、現金にも良い匂いに誘われて空腹を感じる自分の胃に笑ってしまった。
どうやら失恋如きでは死ねないらしい。
「魅録と可憐も呼んでくる」といって飛び出していく剣菱さん。
ダンスフロアに蔓延していたロマンス空気もなんのそので、そんな剣菱さんを苦笑で出迎えた二人は恋人同士から友人の顔に変わっていた。
「全く…ああまで無邪気だと困りますね」
隣からポツリと聞こえた小さな声は、表面だけをなぞればかつての生徒会長に相応しい台詞だが、あの菊正宗さんからは想像つかない甘く優しい声音。
ああ、そうか
一人納得した僕が小さく笑ってしまうと菊正宗さんはハッとして、本音を吐露したことに気づいてバツが悪そうな顔を僕に向けた。
時は公平に人間を変える。
あの頃キラキラと輝いていた彼らも僕と同じように年を重ねて変わる。
あの無敵を誇る菊正宗さんも恋に悩むと思えば、僕が恋に悩むのは当然だ。
「内緒ですよ?」
菊正宗さんが人差し指に手を当てて小さく笑うから僕は笑って「口止め料は高いですよ」なんて言ってみる。
それでは、といって慣れた仕草でワインリストを眺める菊正宗さん。あの日憧れていた彼らに僕は少しだけ近づけた、それが僕への最高のクリスマスプレゼントになった。
ちなみに……
いま僕は慣れないことはするものではないと痛感している。
いま僕の目の前にズラッと並んでいるのはワインに疎い僕でも分かる一目で高価と判るもの。
「どうぞ」
ソムリエ自ら給仕して恭しく差し出されたグラスを、『頑張れ、俺』と叱咤して震える手を必死で押さえて受け取る。
受け取った瞬間に深い赤色のワインがぐらりと揺れてヒヤリとする。
「それでは」
菊正宗さんの合図で6つのグラスが掲げられる。
ほぼ同じ年だというのにやけに慣れた仕草で、それがもう様になる。
…やっぱり彼らに近づけたなんて思い上がりかな。
僕も彼らに倣ってグラスを掲げ、良し悪しなんて正直解らないワインを飲みながら明日の二日酔いを覚悟した。
END
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