有閑倶楽部の二次小説で、清四郎視点で清四郎→悠理です。
それぞれ社会人になっていて、清四郎×悠理、魅録×可憐、美童×野梨子のCPになっています。
スポンサードリンク
(夕飯を食べ過ぎたか?)
眠れないと判断した清四郎は体を起こしため息を吐いた。特にどこかの調子が悪いわけではないけど不調感が否めなかった。
消化不良ならば薬でも飲もうかとも思ったが、そういう訳でもなく、代わりに何が効くのか診立てもできず、清四郎は再び寝転がって天井を見た。
今夜は珍しく清四郎は実家に帰ってきていた。
普段は職場の近くのマンションで暮らしているが、家事も一通りできるため苦労はない。
(いや、いっそ気楽か。ん……親父、か?)
ふむ、と考えていると扉の向こうからお手伝いさんが誰かを出迎える声が小さく聞こえた。
病院長をしている父親は多忙であり、たまに帰宅しても会えないことがしばしば。挨拶しておこうと身体を起こしたとき
「清四郎が来てるの?」
耳に届いてきたのは女性の声。清四郎が世界で一番苦手としている姉の声だった。
こちらにでも来ようとしたのか、「もうお部屋でお休みになっております」と言ったお手伝いさんに清四郎は臨時ボーナスを与えたいと思った。
”さわらぬ神に祟りなし”とはよく言ったものだった。
「ふうん、ご飯もろくに食べずにもう寝たんだぁ」
「はい。お風邪ではないようですがもうお休みになると」
その回答はマズイと清四郎は思った。
何しろここは医者の家系で、ビジネスマンになった清四郎とは違って姉は『医者』となった。
「あらぁ。じゃあ、ちょっと診てこようかしら」
「それは宜しゅうございますね」
宜しくない!、と声にならない抗議を仕掛けた瞬間、スパーーーンッと扉が大きく開く音と
「体調が悪いんだって?やっだー、大丈夫?」
明らかに面白がる姉の声に清四郎はため息を吐く。
仮に清四郎が病原菌に侵されていたとしても、その病原菌が裸足で逃げそうな騒々しさだった。
「…姉さん、静かにして下さい」
「あら…本当に体調が悪そうね」
診てあげようか?、と気遣う言葉とは裏腹に明らかに面白がる表情の姉に清四郎は首を横に振り「結構です」と断った。
「それじゃあ晩酌に付き合いなさいよ」
「…何でそうなるんです?」
「良いから、良いから。ちょっと待ってなさいね」
母たちのいる台所に向かったのだろうと清四郎はあたりをつけ、「ツマミとなる小皿も持ってくるだろう」と戻ってくる姉のためにテーブルの上をあける。
結局は甲斐甲斐しく働いている自分に気づき、清四郎は己のDNAを心底恨んだ。
「偉い、偉い。流石わが弟。教育した甲斐があったわ」
御機嫌に皿を並べる姉を見て清四郎はその”教育”を恨んだ。
「そういえば帰国が遅れてるんですってね」
「…なんのことです?」
とぼけんなさんな、と姉は目だけで清四郎の強がりを制し
「悠理ちゃんのことよ。しっかり豊作さんから聞いているんだから」
「そうか…今日は人間ドッグだって言ってましたね」
「今日、デートだったんでしょ?」
「デートってわけじゃありませんよ」
『未だ』と言外に潜ませながら少し膨れた清四郎に、小さい頃の弟の面影を姉は見出して笑う。
「それで一人で食事する気にならず実家に帰ってきたのか」
「明日はこの近くで朝から仕事があるんですよ」
必要以上の情報開示に「らしくない」と清四郎は咳払いして自分を諌めたとき。Pirurururuと机上のスマホが震え、画面で踊る”悠理”の名前に清四郎は目を見開いた。
それを見逃さずに清四郎の姉はにっこり微笑み
「あっらー、良かったわね」
「そうですね。だから出てってください」
解ってますよ~と片づけもせず席を立つ姉。
後始末も弟がすると教育されている清四郎は特に諌めることなく姉の退室を見届けて電話を通話状態にした。
『清四郎?まだ寝てなかったよな?』
明るい笑顔がポンッと浮かぶ悠理の明るい声に思わず清四郎の顔が緩む。壁に背をもたせてくつろぐ姿勢をとった。
「大丈夫ですよ」
『良かった!それじゃ改めて、契約締結おめでとー!』
今日清四郎は大きな契約を結んだ。やっぱスゴイなぁ、とまるで我がことのように喜ぶ悠理に清四郎の顔がゆるむ。
『予定通り帰国できてたらお祝いできたのにな』
「仕方ありませんよ、そちらのは難しい案件なんですし」
”仕方ない”というのは嘘だった。
悠理の帰国日と清四郎の大きな仕事の契約が締結される日が同じということで悠理から誘ってくれたディナー。今夜の約束を清四郎はとても楽しみにしていた。
今夜予約したのは友だちが食事するにはちょっと背伸びした、恋人同士が食事を楽しむような店だった。
清四郎は柄でもなく緊張しながら予約したのだった。
『ごめんな…店の予約をしてもらったのに』
「大丈夫ですよ」
ドタキャンではなかった。2日前に悠理は約束を反故する旨の謝罪の連絡をくれた。
代わりに誰かを誘ってくれなんて言うから、清四郎は呆れたように「行くわけない」と答えたのに
「誰と行ったんだ?美味かったか?」
「知りませんよ。秘書に今夜の予約を譲ったので」
「旦那さんと行くと言ってましたよ」という清四郎の言葉に、太っ腹だなと悠理は笑った。
『今度あたいにも奢ってくれ』
「財閥令嬢が何を言ってるんですか。こっちはしがないサラリーマン、僕の方が奢って欲しいくらいですよ?」
『それじゃあ帰ったら改めてお祝いに行こう』
「おや、そっちも成功ですか。やりましたね。それじゃあ明日帰国ですか?」
『…うーん』
どうしたんです?、と歯切れの悪い悠理に訊ねると
『このホテル、シュワちゃんの家の近くにあるんだよなぁ』
近所を歩いてたら偶然逢えるんじゃないかな、と思案する悠理の言葉に清四郎は呆れる。
KENBISHIといえばアメリカでも通じる、相手が俳優だろうが政治家だろうがアポを取ろうと思えば取れるのに
『バカだなぁ、偶然逢えるのに意味があるんじゃん』
それがファン心理ってやつだよ、と諭す様な悠理の声
「逢えるまでどのくらいかかると思うんです?」
『逢えるならどのくらいでも待てるさ。もう逢いたくて、逢いたくて。もう眠れない日が続いているんだよぉ』
唄うような悠理の台詞に清四郎は呆れたように笑う。小さな清四郎の笑い声がスピーカーの向こうに聴こえたのか
『清四郎には解からないか』
「解りますよ」
今その状態なのですからとは清四郎は言わなかった。
逢いたくて逢いたくて
眠れない日が続く
それは体にも影響がでて、食欲もなくなるほどに悠理に逢えるのを焦がれていた。
「早く帰って来てくださいね」
『…清四郎?』
キョトンと首を傾げる悠理が頭に浮かんで
「今日契約した社長から食事に誘われたんです」
『? うん?』
「ずっと悠理が行きたいって言っていたお店ですよ?」
向こうもちで食事できます、とお嬢様らしくない悠理に相応しいエサをたらせば
『本当か!?直ぐに帰る!約束は明日以降でよろしく』
「解りました」
『清四郎ちゃん、愛してる~』
明日は長旅になるからもう寝る、と意気揚々と電話を切った悠理。「愛している」の余韻は残ったまま。
もちろん「愛してる」という悠理の台詞は本気じゃないと解ってる。でも言われて嫌なことはない。嫌どころか
「僕も厳禁ですね」
きゅうっと空腹を訴える自分の身体に清四郎は苦笑し、暗くなった画面に軽くキスを落としてスマホをポケットにしまう。
耳の奥に残る悠理の声、逢いたい気持ちが一層募る。
「今日もまた眠れそうにはないですね。…彼の人を想いながら夜を過ごすのも悪くありませんけどね」
あなたを思いながら
あなたを愛してる
END
コメント