緋色の伝言 / 名探偵コナン

ダークバッチ

名探偵コナンの二次小説で、赤井秀一→←灰原哀(宮野志保)です。黒の組織崩壊のねつ造です。

概要

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チュインッと無機質な音がして、近くの壁のコンクリートの一部が砕ける。

「シェリー」

この世の怨嗟を全てがここにあるかのような声でかつてのコードネームを呼ばれた哀は震える体をギュッと両腕で抱く。ここには誰も居ないと思ってくれたのか、遠ざかるジンの足音に哀は集中する。

(上か…下か…)

電気系統が傷つきチカチカと不定期に点滅する灯りが哀の思考を妨げる。

アポトキシンの開発データを自らここに獲りに来ると決めた時にジンと相対する可能性は考えていた。

少しでも安全にと組織に潜入してた降谷が組織の内部端末の全てを洗い出し、新一(コナン)も交えて人が滅多に通らないフロアのすみの部屋にある端末からデータを保存しているコンピューターにアクセスすることを決めた。しかし

(部屋を出たとこで鉢合わせなんて運が悪過ぎでしょ)

『やはりお前か』と嗤う眼差しに射竦められつつも最初の一発目を避けられたのは人生最大の幸運。あの男も実は不意打ちな再会に驚いていたのかとしれない、そんな想像に哀の口元が僅かに緩む。

気が緩んで生まれた余裕に浮かんだのは、阿笠博士と暮らす家の隣にある工藤邸の居候。この瞬間に哀は上に逃げることを決めた。少しでも身軽になるため着ていたジャケットを放り投げたとき、手のひらサイズのメタリックな筒がポケットから滑り出て

(…!)

それを手に取り、ふたを開けて必要な作業をすると飛び出る真っ赤なルージュ。元の姿に戻るお祝いと、新一の母からのプレゼント。

(申し訳ないけど生きてなきゃ元に戻ることもできないんだし)

窓辺によった哀は新品のルージュの先端を窓ガラスに押し当てた。

(どこだ……どこにいる)

ライフルの照準を上下左右に動かしながら、赤井は瞬きする間も惜しむ。己の技術を最大限に活かせる配置だと分かっているが、赤井は目の前の建物に飛び込みたかった。

- キャッ   シェリー -

通信機越しに聴こえた彼女の悲鳴と、彼女の名を呼ぶ男の声。アイツの声だと認識する前に聴こえたのは彼女の息をのむ音と、ブツッと通信が無理矢理切断される音。

『各員、キャンティを確保。残りはジンとベルモットだけだ』
『ベルモットの思考を追うのは無理だ。ジンを探しましょう!あいつは灰原といる』

降谷の通信の後ろから女のくぐもった声が聴こえる。新一(コナン)の背後からはスケボーのモーター音。

「ボウヤ、君はどこにいる?」
『2階のC-1エリア。クソッ、アイツが上に行くのか下に行くのか分からねえ』

しっかりしろ、と叱咤したかったがそれも不公平だと感じた。自分にも分からない彼女の思考、思えば宮野姉妹が自分の思い通りになったことなど一度たりともない。

(ボウヤが下にいることは彼女も知っているはず……なら、下か?)

否、頭脳を除けばジンと新一が対峙しても決定打のない新一には勝ち目がない。生きるために彼女はどんな選択をするのか、赤井の脳裏に組織で見た昏い眼をした志保の顔が浮かんだとき

「…!!」

照準器の中心に映ったのは真っ赤な矢印。窓ガラスに人工的に、赤く塗られた矢印は上を指している。彼女と面識のあるメンバーは自分を除いて全員建物の中にいる、つまりあれは彼女が自分に向けて残したサインだと理解した赤井はライフルを掴む手に力を込めて

「彼女は上を目指してるようだ。さて、姫をどう助けようか?」

照準器を屋上にうつすと無機質な鉄の扉が開き彼女が飛び込んでくるのが見えた。辺りをざっと見渡して、俺のいる方角を見る。勘のいい女だ、と赤井の口元が緩む。

このあと仇敵が己の的の中心に現れるのだというのに、その悲願が叶うよりも彼女が俺に全てを預けたことが分かることの方が嬉しかった。

「期待には応えんとな」

胡散臭い隣人に疑いの目を向けていた彼女。組織にいたときのキレイなお人形のような彼女は世界を知って、喜怒哀楽をもち、人を信じることを覚えた。

「過去の妄執に捕らわれたお前さんに彼女は殺れんよ」

現れたジンが照準器の中心に立つのをじっと待ちながら赤井は呟き、小さな声が闇夜に消える前にライフルの銃身が火を噴いた。

「……最後には火炙りってわけ、か。禁断の薬を作った魔女にはお似合いの結末だわ」

組織が証拠を残さないために元々仕掛けてあったのだろう。赤井に心臓を撃たれたジンが最後の執念で押した爆弾のスイッチ。欄干を乗り越えて地上に堕ちる男の体を送るように、窓という窓から一斉に爆風が吹き出す。根城に踏み込んだ侵入者に対して猶予を与えず容赦のない攻撃はジンらしいと哀は笑ってしまった。

コホンッ

屋上に続く空きっ放しの扉からは階下の煙がもうもうと排出される。袖口で口を覆って出来るだけ煙を吸わないように努めたが、周辺の空気が煙に侵食されてしまえば吸わざるを得ない。

逃げ道はない。

哀の体に吹く風は熱い。組織の急襲を目的として選ばれた装備は防弾仕様ではあったが、あれでこれを潜り抜けて来ることなど不可能だ。

(江戸川君……ごめんなさい)

哀は組織から奪ったデータを入れた極少サイズのカードを入れた防火・防水仕様の特殊ケースを取り出し口に入れると舌の下にしまう。解毒薬はほぼ完成している。このデータがあれば阿笠博士が完成させられるというのが哀の見立てだった。

ゲホッ…ゲホッ……

喉の焼ける痛みに哀が咳き込んだとき焔が一層強く迫り、恐怖に耐えるためにギュッと哀が目をつぶったとき

(!?)

紅蓮の焔を纏って背の高い男が現れる。数年前のほんの短い間だけ良く見た顔の男。当時は全てを見下した冷めた目をした男が全く知らない表情で、焦った顔つきで飛び込んできた。

「ど……ゴホッ」

思わず飛び出る疑問に喉が激しく痛み哀が咳き込むと、男はホッとした顔で着ていたロングコートを脱いで哀に被せる。すえた焔の臭いに混じる煙草のにおい。顔つきも髪の長さも変わってしまったけれど、煙草のにおいだけは変わらないのだと哀は状況に合わず少し笑ってしまった。

ジ……ジジッ……ジッ 『赤井さん! 赤井さん、聞こえてる!?』

(江戸川君!?……この人、本当は赤井というのか)

「無事だとは言えない…ここもあと数分しかもたないな、早く作戦を……っ、志保っ!!!!」

通信機に集中していた赤井が気づいたときには焔が大きく膨れていて、ぞくっと頬撫でた死神を振り払って赤井は志保に覆いかぶさる。その背が熱い巨人の手で張り飛ばされたような衝撃に襲われて吹っ飛び、次の瞬間に左の太腿に激痛が走る。

「…っ!?」

赤井の影からもぞりと起き上がった志保は目の前の光景に驚いて、痛む喉を忘れて息をのむ。FBIのジャケットは丈夫なのか無事だが、黒いスラックスをはいた脚には爆風にのって飛んできた鉄製の棒が刺さっていた。黒い煙が赤井の体を覆うが、小学生の体の志保には大の男を引きずって移動することも敵わず、せめてと思って被せられていたコートを赤井の無防備に晒された体に掛けると

「…!?」

離れようとした哀の体を赤井が抱き込む。焔と煙から護るためと分かっていたが、いっそう濃くなった煙草のにおいと赤井自身の香りに哀の顔が熱くなる。

「ボウヤに……賭け、よう………ゴホッ」

ヒューッいう音に赤井の喉も限界だと哀は悟り、赤井の手を取ってその手のひらに『水』と書くと赤井の腕の中から抜け出し、煙に気を付けながら屋上を探すと水道栓を見つけたが硬くて動かない蛇口に哀は諦めざるを得なかった。

ガアンッ

銃声が聞こえた方にパッと顔を向けた哀の体に水しぶきがかかる。そして目の前には短銃を構えた赤井。蛇口を壊したのか、と哀は思いながら水道水を飲む。普段は不味くて飲めないと言っていた水道水なのに、まるで甘露のように美味しく乾いた喉を潤してくれた。

バタバタと水を零す水道の下に両手を差し入れて水を汲もうと思ったが、小学生の少女の手では小さく上手くできなかった。ゲホゲホッと激しく咳き込む赤井を見た哀はキッと顔つきを鋭くして水を口に含むと、タタタッと赤井の元に走り、その頬をぐいっと両手でもって上向かせると唇を重ねる。

慣れた仕草で顔の向きを調整されたものの、舞い降りた少女の小さな唇に赤井の中でいろいろな感情がグルグルと回る。少女からとはいえ、成人したアラサー男がこの口づけを受けることに罪悪感があったが、少女の唇が零す水の感触に理性がガラガラッと崩れるのを感じた。

頬に赤井の大きな手のひらが触れたと思った瞬間、哀の小さな頭部が男の両手に包みこまれる。小さな口の中に大きな舌がねじ込まれ、口の中の唾液も奪われそうな激しさに哀はギュッと目をつぶる。

「……足りない」

ぎらつく赤井の野生染みた瞳に、いつの間にか赤井の長い腕が回された哀の体をぞくっと震えが走る。そして哀がその小さな手で赤井のジャケットに縋ろうとした瞬間、突然赤井がパッと哀の体を離して

ジャキンッ

撃鉄を起こす音がして

「それ以上は青少年健全育成条例違反で喜んで逮捕してやる」

降谷が小脇に新一(コナン)を抱えて登場したとき、極度の緊張状態から放たれたことで哀の意識は暗転した。

目を覚ました哀の視界に入ってきたのは白い天井だった。ついで鼻を突いた消毒薬の刺激臭からすぐにここが病院なのだと悟る。哀は枕元のナースコールを押して、状況を説明してくれる人を要求することにした。

「幹部のほとんどは逮捕された。逃走したベルモットを各局捕まえようとしているが、無理だろうというのが俺と降谷さんの意見だ。ジンのことは……赤井さんから報告を受けてる。終わった、な」

「そうね」と呟く哀の寂しそうな表情に、新一(コナン)は亡くした姉のことを想っているのだろうと察して黙って病室を出て行った。新一(コナン)の洞察はあたっていたが、姉と同時に赤井のことを思っていたことまでは想像がつかなかった。

一人になった哀は唇を撫でた。

様々な診察を受けた身でこの唇が赤井の感触を残しているとは考えられないが、咬みつく様な口づけは哀の脳と心にしっかりと刻まれていた。

(江戸川君は彼から報告受けたって言っていたから、もう目が覚めているわよね……火傷や脚の傷は大丈夫かしら)

会いたいと素直に思うことができない哀は、赤井に会いに行く理由を作ると体を起こして床に足を下ろそうとして、そこに自分が博士の家で使っているお気に入りのスリッパがそこに置かれていることに口元を緩めた。

- “靴”が幸せになれる場所へ連れて行ってくれる -

それはヨーロッパのジンクス。博士が恋人に頼んで作ってもらった特注のフサエブランドのスリッパは哀のお気に入りの靴だった。受付で赤井の病室を聞いた哀がそこに行くと扉が薄ら開いていて

「!!」

中では赤井とジョディが抱き合っているのが見えた。覗き見をしたのではない、ただ見えたのだ。中の光景でショックを受けたことを自分に隠しながら哀は自分の病室に向かった。ショックを受けてふらついたとき、お気に入りのスリッパが脱げてしまったことにも気づかず、哀は自分の病室のベッドにもぐりこんだ。

喉が痛くて泣いているのだ、と涙の理由も誤魔化した。

「…落ち着いたか?」
「ええ……胸を貸してくれてありがとう」

気にしなくていい、と笑う赤井に未練があるのは自分だけかとジョディは自嘲する。

「あなたが死んでいなくて良かった、”イカズゴケ”になるところだったわ」
「ほう、そこまで俺を好いていてくれたとは知らなかった」

「どうやっても死んだ人間って美化されてしまうもの。生きて私を幻滅させてくれなきゃ、私の王子様は他にいるんだから」
「それじゃあ頑張って君に醜態をさらさないとな…あ、もう大丈夫だな」

「…シュウ?」
「俺宛ての逮捕状をもってくると降谷君が息巻いていた」

「え?容疑は!?あ、無免許運転とか?」

あなた死人のくせにマスタング運転したでしょう、というジョディに「そんなこともあったな」と赤井は笑い

「 青少年健全育成条例違反、つまり子どもに手を出したってことだな」
「子ども!?あなたが!?」

「どうしても手に入れたかったら子どもも何もありゃせんよ…恨まれても蔑まれてもいい、俺はあの子が欲しい」
「相手はクールキッド!?…まあ、少し分かるけど…あなたが、男色?」

慌てているジョディに赤井は苦笑して、特に否定することなく笑うだけに留めた。一瞬脳裏に『何で否定しないの!?』と仰天する新一(コナン)が浮かんだが放っておいた。

「さて、お前も仕事に戻ったらどうだ?」
「シュウだって復帰したら大量の書類に追われることになるんだから」

Byeと去っていく気のいいジョディが扉を開けて首を傾げ

「ナースが来たらこの落し物を渡しておいて」

それは赤井には見覚えのある、阿笠博士が娘のように可愛がっている子どもに贈った誕生日プレゼントのスリッパの片方だった。ジョディが来たときにはなかったもの、これを残して彼女が去った理由は1つしか思いつかない。

赤井にちらりと見上げられたジョディは「何?」と首を傾げた。そんなジョディに赤井はふうっとため息を吐きスリッパを見る。

「…何?」「抱き合ってるのを見られて誤解されたようだ」

「ああ、それはクールキッドがアイにって持ってきたものなのね。まあ、誤解されて逃げられたなら未だ脈はあるんじゃない?」

「そうなのか?」
「まあ自信家のあなたには分からないでしょうけど、誰だって恋愛で傷つくのは嫌なのよ。それで、そんな傷をつけられるのは好意を持っている相手だけなの」

「そうなのか」
「相手は男の子だけど、きっとね。でも意外だわ。クールキッドは毛利さん一筋だと思ってたから」

悪い男ね、とジョディは笑って去っていく。日本文化に傾倒してサブカルチャーで恋愛観を腐らせたのか、『あれが腐女子』と内心で呟いた赤井は手のひらにのった可愛らしいスリッパを見ながら

「…シンデレラが自分からここに来てくれんかな」

赤井は自分の吊られた脚を見ながらぼんやりと呟いた。

END

緋色の伝言 / 名探偵コナン

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