四半世紀の約束(後編) / 名探偵コナン

名探偵コナン

名探偵コナンの二次小説で、服部平治と遠山和葉の物語(平和)です。

新一、平次、蘭、和葉は全員帝都大学に通う大学生の設定です。平次は独り暮らし、和葉は蘭の母・英理のところで暮らしている設定です。

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 「目暮警部はツケばっかやな」

犯人乗せたパトカーを平次は新一を見送る。

警察としても一般人、それも大学生に頼るのはバツが悪いらしく、目暮警部は「今回も借りが出来たね」と返す見込みのない恩を貯めていた。

「帰るならうちで飯くってけよ」

新一の言葉に平次は片眉をあげ、その表情に新一は肩をすくめる。

別に親切とか友情に目覚めた訳ではない。

二人はいま交通の便が悪い山奥にいるからだった。

「”3日で帰る”って蘭に言ったからな」

俺はバイク便かと不平を言う平次を宥め、二人揃って帰宅すれば明るい工藤邸が出迎えた。

「お帰り、新一」

温かい灯りを背に出迎える蘭を見て、『お帰り、平次』と大阪の懐かしい風景を平次は思い出し、先日別れ際に投げられて打った背が痛んだ。

そうだったから

「あ、二人ともお帰り」

まさか和葉に笑顔で迎えられるとは流石の平次も思っていなかった。

  「日常というのは意外に盲点なんだよ」 

事件のあらましを語る新一と楽しそうに話を聞く蘭と和葉。

平次が拍子抜けに思うほど、仲の良い幼馴染2組が織りなす自然な光景、今までと変わらない光景。

先日口づけた和葉の唇をさまよう自分の視線を平次は叱咤する。

これが平次の望んだことだったのに、平次の心は虚しさを訴えていた。

「やっぱり二人はすごいなぁ」

そんな平次の気も知らず和葉は愉しげで、大阪に帰る土産話が出来たと喜んでいた。

「なんやお前、大阪に帰るんか」

「うん、お父ちゃんから今週末帰ってこいて連絡があったんや」

「おっちゃんも寂しいんやろ、親孝行せいや」

「平次に言われたない。うちは孝行娘やで。孝行娘やから見合いするんやろ」
「ほーか。なら精々見合いで……え?」 

いつもの軽口の応酬だったはずなのに降ってきたのは大きな爆弾。

平次は驚いて和葉を見る。

新一と蘭も驚いた目を和葉に向けていて、全員がこれは初耳だと訴えていた。

「何やの?」

思わず「見合いの意味を知っているのか」と問い質したくなる表情で和葉は首を傾げた。

そんな和葉に蘭が問いかける。

「和葉ちゃん、お見合いって…誰と?」

本当なら“何で”と聞きたかったが、平次がここにいることもあって僅かに質問を変える。

「お父ちゃんの同僚の息子さんやって」

「大阪府警ってことか?」

「そうやろな、お父ちゃんずっと大阪府警勤務やし」

どこか他人事の様な和葉に、本当に理解できてるかと平次は焦れた。

「おい、見合いやぞ?見・合・い。分かってんのか?」

「そんな連呼されんでも解っとるわ」

和葉はクスクス笑いながら

「結婚前提の彼氏ってことやろ?」

「…結婚前提って」

和葉の言っていることに間違いはないが、一生の大事に関わっているとは三人には思えなかった。

それは当事者である和葉も同じのようで

「うちも正直、現実味ないんよ。相手の写真もなかったしな」

飲み干したカフェオレのカップを置き、とっておきのネタを語るように語る。

「やめとけ、んなのろくな奴やないで」

頭っからの平次の否定に和葉が膨れると新一と蘭は思ったが、予想に反して和葉はくすっと笑い

「でもこれ、おじちゃんとおばちゃんの推薦なんよ」
「はあ!?」

このタイミングと面子で和葉が『おじちゃん』『おばちゃん』と呼ぶのは平次の両親に他ならず、あまりの展開に三人は唖然と口を開けてしまった。

何とも言えない間の中で蘭のスマホが鳴る。

「うん……うん、わかった。お母さんとデート……何いまさら照れて言葉を選んでるのよ。…うん、和葉ちゃんはうちに泊まってもらうから」

電話の相手は毛利探偵であり、その蘭の表情から長く別居状態にある両親のデートを歓んでいる風だった。

「ほな、和葉のことは頼むわ。俺は明日も講義あるから帰るでな」

ほな、と手を振って去る男を新一は見送り、いつもより乱暴に遠ざかるテールランプの灯りに苦笑した。

「…ったく」

いつもより早くついた暗い自宅で平次は照明より先にスマホを操作して、『服部です』と応えた嫋やかな声に平次は咬みついた。

「おかん! 一体何考えてんねん!!」

『………久し振りの電話で一体何や。騒々しい子やね』

 静かにしいや、という静華の声に平次の苛立ちがピークになる。

「とぼけんなや!」

『とぼけとりません』

「和葉の見合いのことじゃ!」

『ああ、あのことですか…何が問題なんです?』

平次が言葉に詰まると、静華は呆れたため息を深くついて畳みかけるように言う。

 『和葉ちゃんにオトコ作れってあんたが言ったんやろ?ほんま、私はあんたがそこまで幼馴染思いとは知りませんでした』

言葉とは裏腹に、冷たく凍りそうな声音に平次は口を閉ざす。

 『和葉ちゃんはうちにとって大事な娘みたいな子や。だからうちの納得できる男性と添い遂げて欲しい。ただそれやけや…あんたの用はそれだけか?見合いの準備で忙しいから切るで』

「ああ……もお、ええ」

平次は電話を切ると、スマホを鞄の上に放り投げ、脱力した身体をずるずると床に横たわらせた。

「結婚……か」

平次の呟きはアパートの天井に力なく当たった。

「これ3日分の食事やから、大阪から戻ったらまた来るわ」

平次の家に忘れて行ったDVDと交換するようにクーラーバッグを渡した和葉。

DVDを忘れた理由、原因を微塵も意識させない和葉の笑顔に平次の心がチリリッと焼ける。

「……ええよ、悪いやろ」

「今更やん、何言ってんねん」

きょとんと首を傾げる和葉の顔をまともに見れず、一方で平次の言葉を”遠慮”と理解した和葉はケラケラ笑う。

そんな和葉に平次はイラつき、力のまま机を叩くとその大きな音に和葉が体を震わせた。

「見合い相手に悪いって言ってんねん!!」

見合い相手。

平次の知らない男。

自分がいた和葉の隣を獲る男。

そんな想像に平次の握った拳に力が籠る。

「不用意にのこのこと…男の一人暮らしの部屋に来んな」

「うちはあんたの幼馴染やろ?」

幼馴染。

和葉の言葉が平次の頭にカッと血を昇らせる。

怒りや苛立ちがそのまま言葉に変わっていく。

「幼馴染ってだけで、俺らは姉弟じゃないやろ!……キスだって出来る、忘れたんか」

キス。 

平次の言葉に和葉の顔がカッと赤くなる。

和葉の脳内で忘れようとしていた記憶が無理やり引き出される。

「いい加減なことすんなや!!」

いい加減なこと。

平次の言葉に和葉の頭にカッと血が昇ると、気付いた瞬間には右手を振り上げて思いっ切り平次の頬に振り下ろしていた。

「忘れるわけあらへん!あれはうちにとって……っ」

”ファーストキスだった”。

続く言葉を咄嗟に和葉は留めて、平次の顔が見れずに和葉は俯く。

潤み始めた目をギュッと瞑り、平次の頬をはって痛む手をギュッと握った。

「……すまん」

我に返った平次は痛む頬に手を当てて茫然と和葉を見た。

震える肩に手を置こうとしたが、寸前で押し止めると和葉はパッと顔をあげ涙のにじむ大きな瞳で蓮を睨む。

「忘れたかったんは平次の方やろ!」

身を翻した和葉は、和葉の名を呼ぶ平次の声を振り切るように部屋を出ていった。

「何でいるんだ?」

チャイムが鳴ったから平次は扉を開けたのに、目の前の驚いた新一の顔と言葉に平次は表札を指差す。

「ここ、俺の部屋や」

「そう言うことじゃなくて、何で東京にいるんだよ」

大阪は?、と訊かれて平次は顔を背けた。

 「何で俺が行かなあかんねん」

「おめえ……和葉ちゃんに何したんだ?」

平次の態度に新一はため息を吐き、平次は新一の言葉にびくりと身体を震わせた。

「……何のことや?」

それで誤魔化してるつもりか、と新一は呆れる。

平次もこんな方法ではとぼけられていないと解かっていた。

それでも正面から問いただす新一の視線に耐えられなくて

 「それよりも…何の用や」

「読みてえって言っていた本、持って来てやったんだよ」 

そりゃおおきに、と平次は本を受け取った。

しかしそれでも立ち去らない新一にため息を吐き、それで勇気を得た様に平次は虫のような声で真実を話す。

 「キス…したんや」

実は相談したかったのかもしれない。

「ようやくか…で、和葉ちゃんは?」

「大阪や。言ってたやろ?」

「…ん?」

なぜ平次がみすみす和葉を見合いの席に行かせたのか?

新一の秀麗な頭でも状況が理解できなかった。

「…おめえ、和葉ちゃんが好きなんじゃねえのか?」

(和葉ちゃんが関わるとポンコツになるほど)

後半は心の中で呟きながら新一が尋ねると平次は頷く。

「幼馴染やからな」

「いや、そうじゃなくって…異性としてというか、女性として」

「…俺に恋愛は無理やねん」

ぽつぽつと平次は過去を語る。

「お前と姉ちゃんが付き合いだしたって聞いて、俺もガキやから羨ましかったんやろうな、ちょうどそのとき告ってきた女と付き合ったんや」

「…いろいろ確認したいことがあるけど続けて」

「まあ付き合うっちゅうても初めてだから分からなくて、女の話にも付き合うたし、腕組まれても我慢した。で、別れ際にキスして欲しいと言われて…別れた」

「…したのか?」

「するわけないやろ、気持ち悪い。この女とキスなんて想像もできん…と思って気づいたんや。俺は和葉が好きやけど女として惚れてるってわけやないんやって」

「…どうしてそうなった」

せやって、と平次は頬杖をついて呆れたような目を新一に向ける。

「お前みたいにロマンチックな場所でキスなんて…あいつとできるわけないやろ」

思いきり頭捻っても無理やったわ、と平次は当時を思い出してため息を吐いた。

「…それが理由か?」

「そうや……それなのに何で…」

後悔が滲む目で己の唇を撫でる平次に、和葉とのキスを思い出しているのが丸わかりな平次に新一はため息を吐き

「バーロォ…シチュエーションなんて偶然だぞ?可愛いとか、きれいとか、まあ理由はいろいろだけど、したいって思ったときがそういうときなんだよ」

俺の場合はそれが偶然ロマンチックな場所だっただけだ、と当時を思い出した新一は照れた顔を片手で覆って隠し

「”キスしたい”なんて頭で考えるもんじゃねえよ、気づいたらしてるもんだ」

おめえみたいにな、と新一はきょとんとしている平次の頭をペンッと軽くたたいた。

「あと経験者として教えてやる。他の女とキスする自分なんて想像できるわけねえよ。お前も俺も、他の女が女に見えないくらい一途なんだよ」

蘭以外との女とキスなんて男とキスするくらい想像つかねえ、という新一に平次は小さく笑い

「何やってんねん、俺…あとは任せた」

「こういうときに冷静に状況をみられる第三者が友だちであることに感謝しろよ」

放り投げたアパートの鍵を受け取った新一は笑うと、部屋中をバタバタ走り回って身支度を整える平次をよそにスマホを取り出し

「目暮警部ですか?いま時間があったらツケの支払いお願いしたいのですが」

東京駅まで最速でいく手筈を整えた。

「和葉ちゃん、似合ってんで」

静華の賞賛に和葉は照れ臭そうに頬を染めたが、

「こんな別嬪さん、相手さんも喜ぶやろな」

静華の言葉に和葉はツキンと心を痛めた。

平次は静華に似ていたから、静華の言葉はまるで平次に言われたみたいだった。

「予約しといたからこの美容院で髪やってもらってな」

ホテルで会いましょう、と送り出された和葉はたタクシーに乗って服部家を出発した。

「さて、お仕置き開始や」

タクシーのテールランプが角に消えると、静華はパンパンと手を叩いてニッコリと笑った。

   「なかなか緊張するもんやな」

未だ相手の来てない部屋で和葉の父親は居心地悪そうに身体を揺すった。

そんな父親に和葉は「お父ちゃんでも緊張するんやね」と屈託なく笑いつつ、自分だけが緊張している訳じゃないと知って和葉は少しだけ身体の力が抜けた、

「遅いなぁ…相手の人ってどんな人なん?」

「まあ…………………もうすぐだから我慢しとき」

 自分の言葉に素直に頷いた和葉の頭を撫でながら

「きっと気に入るで、お父ちゃんが保証したる」

  「大滝はん、急いでくれや!」

大阪駅に迎えに来てくれたパトカーに乗り、一路目的地を目指していた平次は後部座席から大滝を煽ったが

「解ってるけど…こうも道が混んでちゃあ」 

オロオロとする大滝と、前に続く渋滞に舌打ちをした平次はパトカーの扉を開けて、

「ここから走って行くわ、おおきに!」

「あーあ…相変わらず無茶しおる」

クラクションの花道をかき分けながら走る平次を大滝は笑って見送る。

歩道にでた平次は走る速度を上げる。

ようやく理解できたのも束の間、大事なものは今にも自分の手の隙間から零れていくところ。

時の砂に乗って和葉が離れていくその焦燥感に、平次は更に走る速度を上げた。

 (俺はアホや………和葉、もう少しだけ待ってっとくれ)

しかし…和葉の見合い相手はあの 静華すら認めた相手。

『もう手遅れかもしれない』という思いが、平次の頭に他の男の手に手を重ねる和葉の姿が浮かぶ。

表情の見えない男の顔と和葉の顔が徐々に近づいていく想像を、平次はギュッと目をつむって頭を振って払ったとき

「平次」

決して大きくはないがピンッと空気を切り裂くような鋭い静華の声に、ホテルのロビーを走り抜けようとしていた平次の足が止められる。

チッと舌を打つ平次に静華が歩み寄ると、その迫力は平次の足を一歩後退させた。

(…どうする?)

広くて人の多いホテルで母に見つかるのは誤算だった。

平次は目を左右に走らせて抜け道を探すが、静華が目の前に迫ってくるのがすさまじく早くて、

「何しに来たん?」

にっこり笑う母親の迫力に気圧されそうになるのを踏みとどまり

「和葉をかっさらいに来たんじゃ」

真剣な目をして言い放った息子に静華は目を見開いたが、すぐに目を細めて持っていた扇子で平次の横っ面を引っ叩く。

「ちょっといらっしゃい」

そういうと大の男を引きずって行った。

「お父ちゃん…ちょっと、遅おない?…おばちゃんらも来ないし」

「ちょっと見てくるわ」

和葉の言葉に父親はポリポリ頬を掻き、ずっと閉ったままの襖をちらりと見ると、不安そうな娘に優しく微笑んで腰を上げる。

(実はこんなに急いで準備する必要なかったんやないか?)

 一人になった和葉は外の日本庭園を観察していた。

静華の手配に抜かりはなく、あれよと言う間に身支度は整いこのホテルまで来た。

そしてこうして持て余した時間、気を抜くと和葉の頭に平次が浮かぶ。

「どんな男性(ひと)なんやろ」

これから会う人とすぐに結婚と思っているわけではない。

ただ幼い頃から平次しか見て来なかった所為で、和葉は他の男性に目を向ける方法さえも解らなかった。

(視野を拡げる方法も分からんて…刷り込まれたヒヨコやな)

道しるべを失ってどうして良いか解からない。

そんな情けない自分の状況に和葉は嘲笑のため息を吐くと、和葉のため息に重なる様に襖が静かに開く音がして

「お父ちゃん、居った…」
「誰が『お父ちゃん』やねん」

スーツを着た平次の姿に和葉は驚く。一方で、和葉を上から下に観察したあと、平次は室内を見渡す。

「おっちゃんは?」
「え?あ、…お父ちゃんならお見合い相手を探しに」

ふうん、と納得した様に応えると平次は窓際に寄り和葉の隣に立つ。

「和葉、お前…見合いするんか?」

「当たり前やろ?」

平次にジッと見られて和葉はふいっと視線を逸らす。

「どんな相手か解ってへんのに?」

「ええやん…お付き合いしてゆっくり知っていけばええんや」

それは和葉がこの瞬間まで何度も自分自身に言ってきたことだった。

『今まで』が無くても『これから』があれば十分じゃないかと。

「ほな、賭けは俺の負けってわけか」

 平次の言葉に和葉が首を傾げると、平次はスーツの内ポケットから茶封筒を取り出す。

「俺の全てや、受け取れや」

この男はわざわざ賭けの精算に来たのか。

心のどこかに湧いていた希望があった分だけ和葉は愚かな自分を怒りたくなった。

「わざわざおおきに」

八つ当たり混じりに和葉が茶封筒に手を伸ばしたとき

「もっと大きな賭けせえへんか?」 

伸びてきた和葉の手を平次はぐいっと引き、咄嗟に和葉が反応出来なかったのを良いことに和葉の身体を腕の中で包み込むと

「好きや」

空気と身体を伝わって届く言葉。

反射的に和葉が「嘘だ」と平次の言葉を否定する前に、平次の声が先に空気を震わせる。

「俺がお前を幸せにする。賭けるのは俺のこれからの時間全てや…やから支払いは先払いで、お前のこれからの時間全てで頼む」

平次は和葉を包む腕に力を込めた。

あまりに早い展開に和葉が目をぱちくりとさせると、理解しきってないと書かれた和葉の表情に平次は苦笑する。

長い付き合いで和葉の性格はわかっている。

しっかりと説明して納得するまでの時間を待てば、平次の言いたいことを全て理解してきてくれたのだから。

静かになった部屋で和葉はぐるぐる回る頭を何とか整理していた。

まず好きだと言われたことが理解できなかった。

でも平次の早鐘のような心臓の音が、腕の震えが、意識してゆっくりと呼吸している息が、この嘘のような状況が現実なのだと和葉に教えてくれる。

「もう…遅いわ」

和葉の言葉に平次はビクリと震えたものの、逃がさないと示す様に和葉を抱く腕に力が籠る。

体が軋みそうになるほどぎゅうっと抱きしめられて、子どもの頃に我侭を言う平次の姿を不意に思い出す。

「アホやなぁ…平次は」
「ああ、アホや。お前にただ好きやって言うのにえらく時間がかかってもうた」

和葉のどこか諦めた様な言葉に、平次は腕の力をほんの少しだけ抜いた。

やがて和葉がクスクスと笑うと平次の身体からフッと力が抜けて

「なあ、和葉…俺に賭けえ、絶対損はさせへん」

耳元で囁かれる甘い台詞。

くすぐったい感触に和葉が身を竦ませて「アホやね」と繰り返す。

そして平次の肩に両手を置いて、「あんな……うちはずっと、と」と平次の耳元でゆっくりと唇を動かし始める。

それはまるで内緒話をする様に

「うちはな…ずっと、ずっと平次のことが好きや」

和葉の言葉に平次は目を見開くと、ぱっと和葉の身体を離して和葉の顔を覗き込む。

「間に合ったんか」

「そうなんやろね」

「お前はほんまに俺に甘いなぁ」

「自分でもそう思うわ」

緊張で固まっていた平次の顔が緩んでいって、「ほーか」と静かに言う平次の安堵の声に和葉の目に涙が浮かぶ。

その涙を平次は優しく微笑みながら拭っていると和葉ははっとした表情をして、

「…おばちゃんになんて言えばええねん」

「何がや?」

「やっておばちゃんたちがセッティングしてくれたんやで?それなのにお断り前提どころか、あんたと…なんて。こんな、こんな、どうすればええん!?」

あまりにキレイに整えられた自分の姿を見下ろしながら、ぐるぐると考え出した和葉の耳に届いたのは呆れたような平次の声。

「お前…未だ気付いてないんか?…俺や、俺」

「は?」

「お前の見合い相手はこの俺や」

ニカッと笑った平次とは対照的に、数秒要して状況を理解した和葉は驚きの声を上げた。

「大成功や」

 嬉しそうに顔を緩ませる妻の隣で服部平蔵は苦笑いを浮かべ、隣でずっと黙ったままの親友に目を向ける。

親友であるこの男にとって和葉は大事な、それこそ目に入れても痛くない一人娘。

反抗期もなくお父さん子の和葉と彼は傍から見ても相思相愛で、己の息子の所業は親友からそれを奪うような真似である。

「まあ…正直複雑やな」

男親として娘を盗られたと思うが、器量も性格も良い自慢の娘なのだから遅かれ早かれいつかくるものだと覚悟してもいた。

しかも相手は幼い頃から知っている男で将来性も問題無く、家柄もよく、さらに嫁姑問題で和葉が絶対に苦労するとは思えない。

「まあ、平ちゃん以外に息子にしたい奴はおらんし…和葉も望んどる相手やからなぁ」

着飾った娘の姿を思い出して優しく微笑んだ。

幼い頃から和葉が平次だけを想ってきたことをよく知っていた。

男の目で見て平次は口が悪く少々娘にきつくあたる節はあるが、それも思春期の照れ隠しと思えば微笑ましいもの。

 ” おっちゃん、和葉は? ”

幼い頃、娘が泣きながら帰ってくると1~2日後には気まずそうな表情の少年が遠山家の玄関に立っていた。

『至極不服』とその表情には描かれていたが、その手がしっかり持つのはその時々の娘の好物。

結局あの少年も自分と変わらない、望むのはただ一つ。

「和葉が笑ってるならええ」

満足そうな親友の顔に平蔵はその細い目を更に細めた。

そんなしんみり親爺たちの横で静華は扇子を開いたり、閉じたり、苛立たしさを表すように扇子を弄っていた。

「全く、うちの子はずぶいから…和葉ちゃんはどんどんキレイにならはるし、ほんまに焦ったわ。何度平次をシバこ思うたか」

この女はやると知っている親爺たちは蒼くなった。

『和葉は服部家のお嫁さんになる娘』

友と同じ時期に子を産んでからこの約20年間、静はずっとそう信じて、早くに母を亡くした和葉を静華は息子と共に育ててきた。

今では実の息子以上に大事に思っていたりする。

「何度平次をシバこ思うたか…25歳を1日でも過ぎたら勘当してましたわ」

気丈なことを言いながらも、病弱な友とお互いに生んだばかりの我が子を抱きしめながら交わした約束を思い出す。

― 30歳…ううん、25歳ね。それなら私も和葉の花嫁姿が見れるかもしれない ―

和葉と平次を結婚させよう。

そんな女同士の気軽な会話のだったが、それが余命僅かと言われていた彼女の願いなのだと静華は理解したから

絶対に25歳までには結婚させると、友人の死後、仲良く遊ぶ二人を見ながら静華はそう心に決めていた。

傍で見ていた静華には二人の気持ちは手に取る様に解っていたのに、形を成すまで時間が掛かってしまった。 

「ようやく見れるで」

役所から直行したと分かる無粋な茶封筒の中に入れた婚姻届の、保証人欄にサインを求めた息子の真剣な顔を静華は思い出し、

「ようやったわ」

パシンッと扇を鳴らして嫋やかに微笑んだ。

END

四半世紀の約束(後編) / 名探偵コナン

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