ゼロの距離 / らんま1/2

らんま1/2

らんま1/2の二次小説で、乱馬×あかね(乱あ)です。

原作終了後の、『両想いだと一目瞭然の二人だけれど、未だ恋人関係は成立していない』というややこしい状態です。

呪泉洞での告白(?)であかねに自信がついて、少し余裕なところがあったら素敵だなと思って妄想しました。

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いつもの朝の風景。

風林館高校に向かう道を歩くのは、爽やかな水色が印象的な制服を着た女の子と、女の子と同年代でチャイナ服を着た男の子。

川沿いの道の上を女の子は歩き、男の子はその脇に立つフェンスの上を危なげない足取りで歩いていた。

「あかね~、今日の夕飯は何だと思う?」

「かすみお姉ちゃんはシチュー作るって言ってたよ。」

「やった!それじゃ飯の準備ができるまで道場で手合せしようぜ」
(安全な夕飯のためにはあかねに手を出させねえようにしねえと)

「うん!」
(珍しいなお姉ちゃんの手伝いしようと思ったけれど折角だから手合せしてもらおうっと♡)

あかねはにっこり笑って頷く。

可愛いと評価しているあかねの満面の笑顔にあてられて、乱馬は照れくさそうに頬を掻いた。

男女の思惑はそれぞれなのだが、どちらも嬉しそうなので良しとする。

そして、”ほんわ~”といい雰囲気が二人の間に流れると毎回嵐が訪れる。

それはいつものこと。

「乱馬~、私とデートするよろし」

空から自転車と共に降ってくるのは中国娘のシャンプー。

「乱ちゃんとデートするのはうちや!」

これはシャンプーに向かって金属のヘラを投げつけるお好み焼き屋店主の右京。

「おほほほほほ、乱馬様~」

黒バラの花弁を周囲にまき散らす変態兄妹の妹・小太刀。

(あーあ…………学校行こうっと)

逃げる乱馬と追う3人娘、これはすでにあかねのいつも風景で、呆れきったあかねは溜息を吐いて鞄を持ち直すと高校に向かう。

- 乱馬! 遅刻するわよ! -

今までなら4人の乱戦に割り込んで乱馬のおさげ髪をひっつかんで乱闘から抜け出し高校に向かうのが常だったが、今のあかねにはそんな気が起きなかった。

「お、おい、あかね!」

乱馬が呼ぶ焦った声に、あかねはくすりと小さく笑って放置する。

「…ちっ!」

舌を打った乱馬は軽く反動をつけて大きく飛びあがり、己に向かって伸ばされたシャンプーたちの腕の遥か上を飛んで離れた場所、あかねの隣に乱馬は降り立った。

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(狡いヤツ)

あかねは思う。

乱馬が本気で抜け出す気になれば3人娘なんて簡単に振りほどけるのだ。

実際にいま難なくやってみせた。

乱馬がいままで手こずるフリをしていたのは″恋のかけひき”というやつなのだろう。

あかねに妬いてもらいたいという子ども染みた真似なのだと冷静にみれば分かる。

(おあいにく様、私には武器があるんだから)

― 好きだって言わせてくれよ ―

あの音はまさに慟哭。

あかねからしてみれば体が動かなかっただけだが、あかねが死んだと思っていた乱馬が涙と共に溢した本音。

あの言葉について改めて問いただしたことはない。

素直じゃない男に聞くだけ無駄だとあかねは悟っていたから、ただあの声を、抱きしめた腕の強さをあかねは大事に胸にしまっている。

そしてこれはあかねの自信になっている。

(ずりぃヤツ)

乱馬は思う。

『私のこと好きでしょう』と祝言の日に言われてから形勢逆転。

あの日まで対等、ヤキモチを妬いてもらえる分だけ乱馬の方が優位だったかもしれない二人の関係。

それが今ではすっかり自分が不利な状態、乱馬としてはふて腐れたくもなる。

(いま思えばあそこで頷いちまえば良かったんだよなぁ)

それが出来ないから『乱馬』なのだ。

ナルシストな乱馬としては、爽やかに、格好よく、サラリとスマートに「恋人になる」のが理想だった。

無様にオタオタ、戸惑ってどもるなんて、乱馬にとって一番現実的な告白は乱馬の理想に到底およばなかった。

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「好きだ」

「いやん、乱馬。私もよ♡」

男たちの声にハッとして我に返った乱馬の視界が焦点を結べば、悪友ヒロシのニヤニヤ顔。

「どんな夢見てたんだよ?やらしいやつ?エロいやつ?エッチなやつ?」

「全部同じじゃねえか」

乱馬は出しっ放しだった現国の教科書でヒロシの顔をベシッと叩くと、鞄のポケットを探って小銭を探す。

かすみお手製の弁当を早弁で失ったため、育ちざかりの身には購買のパンを買い与える必要があった。

「その軍資金だと、あんぱんってとこか?」

「あと牛乳が欲しいところだな…っと」

思い出したように乱馬は違うポケット探ると小さなポチ袋。

先日乱馬が助っ人したクラブの奴から謝礼にもらったものだった。

『バイトなんてバイト先の迷惑になるからやめときなさい』というなびきの助言によりバイトができない乱馬にとって部活の助っ人は大事な収入源だった。

「お前もあかねも学業に戻ったと思えば部活の助っ人で忙しいな。そういや、あかねで思い出したが、最近あかねの怒った顔を見ないな」

「…牛乳飲んでんだろ。女らしくなって良いじゃねえか」

「そうだな、乳もでかくなった気が…ドコンッ……冗談だよ」

ふんっとおさげを翻して教室を出ていく乱馬を見送り、乱馬をからかうのも命がけだなぁなんてヒロシは内心笑った。

ヒロシの言う通り、最近のあかねは怒らなくなった。

もともと乱馬が来るまで周囲に、特に男に対して冷たく高い壁を作ることはあっても怒る顔を頻繁にみせることはなかった。

だからあかねが怒る原因の7割は乱馬、残り3割は乱馬絡みだった。

乱馬にとってあかねが怒る顔は安心材料でもあった。

乱馬の言動に怒るということは、あかねが乱馬に関心をもっているということだから。

そうでなければ出逢った頃の様に、ふんっと不快そうな顔でそっぽ向いて終わりにしていただろう。

そしてあかねが乱馬に対して怒らないということは、乱馬にとってあかねの可愛い笑顔を見れる機会が増えた分、不愉快な思いをする機会が増えたことにもつながる。

そう、いまのように。

「チッ」

購買部に向かう廊下の窓から見えたあかねと、その少し前を歩く男子高生の姿に乱馬は舌打ちすると瞬く間に廊下から姿を消した。

開けっ放しの窓から冷たい秋風が渦巻いた。

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「ごめんなさい」

乱馬が許嫁だと宣言してから告白される機会は減っていたが、呪泉洞から還って学業に復帰してしばらくした頃から以前のように告白されることが増えた。

「早乙女に愛想つかしたんじゃねえの?」

何人目かの告白でこの状況の理由を知っていたから、目の前の男の子にも同じことを言われてあかねは苦笑するだけだった。

そんなに嫉妬丸出しで怒っていたのかと、毎度指摘されることはあかねにとって照れ臭くもある。

「ごめんなさい、昼休みが終わっちゃうから」

へらりと愛想笑いで指摘されたことを誤魔化すと、引き止めるのに少し躊躇するスピードでその場を後にする。

普段の相手ならこれで終わりだったが、今回は少し厄介だった。

ジャリッと土を踏む音が聴こえた瞬間に身構えたあかねの前には男子生徒が4人、告白してきた相手が背後に1人。

計5人に囲まれたとあかねは瞬時に悟り、それ以外はいないか気配を探り

(…)

よく知る気を察知してあかねは口元を緩めた。

「こんな美少女をもったいねえよなぁ」

「俺たちと仲良くしようぜ」

どんな風に仲良くするのか、鈍いあかねでも誤解しようのない卑下た笑いにあかねは内心ため息を吐く。

伸ばされた手を払いながら、向かってきた男をその反動で投げ飛ばす。

男だからと力をひけらかし、その力で自分を手に入れようとする男をあかねは赦せなかった。

一切の手加減なし。

武道の心得のない男たちは瞬く間に地面に転がされた。

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「…容赦ねえなあ」

うっすらとかいた汗で湿った項に風を通すため短い髪をあかねが払うと、乱馬の声が頭上から聞こえる。

すたんっと重力を感じさせない乱馬の着地先が告白してきた、おそらく首謀者と思われる男子生徒の背中であるところにあかねは笑う。

乱馬の体重に、木の上から飛び降りてきた衝撃が加わって、それをもろに当てられた男子生徒は笑いごとどころじゃなかっただろうが。

「あっちだって容赦するつもりなかったんだからお互い様よ」

「一応ここは真昼間の学校だぜ?」

そう言ってあきれる乱馬に何も言わず、あかねは転がる男子高生たちをそのままに裏庭を出る。

ようやく日の当たる場所に来て、自分のすぐ横に伸びている乱馬の影をみてあかねは乱馬に悪戯を思いつく。

告白からその後の諍いまでを黙って見ていた薄情な許嫁に対するおしおきのつもりで。

「…真昼間の学校で私にキスしてきた男もいるけどね」

「ん゛な゛!?」

すぐ前を歩いていたあかねがくるんと振り返りながら落とした爆弾。

「誰だよ!?」と乱馬が言う直前にあかねの細く長い指が真っ直ぐに乱馬を指した。

「あんただけどね。あ、あれは放課後だから夕方か。…忘れちゃった?」

にっこり笑って問いかける。

天邪鬼の乱馬のことだから「知らねえ」とかなんとか分の悪さを誤魔化すだろうと思っていたのに

「…覚えてねえけど……忘れてもいねえ」

乱馬の言葉にあかねは驚く。

これはあかねの想定外。

二人の関係どころかお互いの気持ちをしっかりとした形にすることから逃げる乱馬の言動とは思えなかった。

そしてこの瞬間、今まで少しだけ高い位置にいた自分の足元がガクンッと下がった気がした。

(…すっげえ簡単なことじゃん)

覚えていないキスをあかねと交わした自分にヤキモチをやいて、それをエネルギーにちょっとだけ素直になっただけ。

理想の告白の中の自分のように二人の関係を形にする言葉。

『好きだ』とか『愛している』とか言ったわけではない。

それなのに、今まで少しだけ高い位置にいて自分が見上げていたあかねがガクンッと落ちてきた。

久しぶりに対等な位置に立てたことに乱馬の心が浮き立ったものの

(キスっていやあ…良牙のやつはあかねと…してんだよな)

あかね自身はペットの子豚にしたキスだが、キスされた良牙の方はしっかりと覚えているだろう。

あかねとキスしたと思い出しながら。

消えかけた嫉妬の炎が再び燃えるのを頭のどこかで意識しながら、乱馬の体が自然に動いた。

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「乱……」

突然目の前にできた陰に驚いたあかねの声が途中で止まる。

乱馬があかねの唇に、自分の唇で触れたから。

それはいたって何気ない動きだった。

映画やドラマの中のキスシーンのように男が女の頬に触れたりする仕草は一切なく、何気ないしぐさで腰を折った乱馬の唇だけがあかねに触れた。

キスされた。

そうあかねが認識したとき、すでに乱馬は目の前にいなかった。

「…ふり出しに戻ったの?それとも先にすすんだの?」

答えのない疑問でグルグルと頭を悩ませていたあかねは頭上でなった始業のチャイムの音にも気づかなかった。

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