亡霊との別離

ダークバッチ

名探偵コナンの二次小説で、赤井秀一×宮野志保(灰原哀)です。

本サイトの【ダークバッチの恋(シリーズ)】の設定を引き継ぎ、志保は赤井と恋仲になりFBIに勤務している設定です。

今回は『ハロウィン』をテーマに、黒い組織の”あの男”の影に悩むふたりの話です。

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パンッ

 秋の乾いた風に軽い音が響き、ヒールが通りのレンガを叩く尖った固い音がそれに続いた。

「……Shit!」

 ヒールの音が遠ざかれば夕方の公園にまた閑かさが戻り、赤井はいつも被っている黒いニットを脱ぐと、苛立たしさを具現するように乱雑に髪を掻いた。

 柄でなくても大きな声で罵れば気分が晴れたのかもしれないが、喰いしばった歯の隙間から漏れた言葉は気分の昏さを増すだけで、赤井の視界の中で小さくなる志保の背中にすら届くことはなかった。

   ふぅ

 愛用しているタバコの紫煙の代わりに大きく息を吐く。

 ほんの少しだけ白く変わる息に赤井は季節の変化と時の流れを感じたものの、いま己の胸中で渦巻く殺意まじりの憎しみは”あの男”を追い詰めた瞬間と変わらないと感じていた。
 変わらないどころか、志保と過ごす幸福を知るいま、あの男に抱く赤井の感情は過去のものとは比ではないほどドス黒かった。

「過去となっても忌々しい男だ」

 赤井の記憶の中でその男が、長い銀髪の向こうでその口角をニイッと、歪んだ三日月のようにつり上げた。

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黒の組織はもう無い。

 トップ以下コードネーム持ちの幹部はベルモットを除いて全て捕縛され、その身柄は特に監視の厳しい檻を厳選して閉じ込めてある。
 新一の母・有希子は姿を消した友人を思ってどこか悔しさと悲しさを織り交ぜた顔を浮かべたが、ベルモットについては赤井は危険はないと判断していたし、それについては共闘した降谷や新一も同じ意見だった。

 黒の組織が壊滅してみな前を向き始めた。

 心に負った傷を思えば彼らのことを忘れられるわけなかったが、新たに広がった未来を前に多くの者が彼らをあまり気にかけることはなくなった。

 しかし赤井は違い、”あの男”のことだけは定期的な報告を受けていた。
 それを知った新一は赤井を心配性だと笑ったが、赤井の意図は新一の推理する答えの範囲外にあった。

(あの男の脱走を俺が切望していると知ったらボウヤはどう思うかな)

 あの優秀な頭脳ならば赤井が『脱走』という大義名分をもとに”あの男”を射殺したがっていることに勘づくかもしれないが、その【動機】については分からないだろうと赤井は思っていた。

 赤井からしてみたら新一は純粋なロマンチストなのだ。
 そんな新一が推測できる動機となるのは『恋人の敵討ち』程度のことだろう。

 赤井が抱くのはそんなきれいな動機ではない。

 確かに『恋人』に関わることではあるが、敵討ちなど上等なものではなく、いうなれば最愛の胸に自分以外の男が生きていることを赤井は赦せなかった。

 多国籍のアメリカにおいて銀髪の人間は少数であっても珍しくないが、街で銀色の髪を持つ男を見かた志保は必ず”あの男”を思い出し、そしてその夜、”あの男”は志保の夢に現れる。
 それを志保が歓迎しているわけでもなく、”あの男”に対する恐怖心からくるものだと分かっていても、赤井は志保の心に巣食う”あの男”が殺したいほど憎らしいのだ。

(あの男は志保を・・・)

 頭に浮かんだ想像は耐えがたく、ぎりっと赤井は奥歯をかみしめた。

 灰原哀越しに”あの男”の執着を見ていたときから『もしかして』と思っていた。
 その『もしかして』が当たっていたのだと、志保と初めて肌を触れ合わせた夜に赤井は確信した。

志保と”あの男”の間にあったことは過去のことであり、しかも志保にとっては屈辱的で恐怖でしかない過去だと解っていても、知ってしまったことは何事もなく飲み下すには苦過ぎた。

 それを志保に確かめたことはない。
 気まぐれに立ち寄ったバーで、「ジン」と注文するのを聞くだけで悪夢にうなされる志保に聞けるわけがなかった。

 志保の過去に気づいていない振りをして、志保の恐怖に気づかない振りをして、己の胸のうちであの男への燃える怨嗟を無理やり消す毎日。

 しかし無理がいけなかった。
 日を追うごとに肥大する過去のこと、限界のきたものは些細な刺激で爆発した。

 それも最悪の形で。

「ジンが忘れられないのか?」

 飛び出た言葉は取り戻せず、空気の刃となって志保を切りつけた。
 しまったと後悔し、「すまない」と謝罪するより前に、赤井の頬は強く張られた。

 鍛えぬいた降谷の拳でようやく揺らぐ秀一の首。
 そんな頑丈な首が志保の細腕でどうもなることはないが、傷ついた志保の瞳に心臓を撃ち抜かれた気がした。

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(私、言ってはいけないことを言ってしまった)

 公園を出て足早に自宅に戻った志保は後悔に襲われ、閉じた玄関扉に寄りかかる。
 項垂れる顔を両手に埋めるとさらりと髪が揺れて、顔を覆った指の隙間から艶やかな黒髪だった姉とは違う茶色の髪が志保には見えた。

 幼い頃から志保は姉に似ず『陰気で気味が悪い』と言われてきたが、人格の評価に志保は興味がなかった。
 組織で志保に求められたのは知識と技術のみだったからだ。

 20歳にもならない若い自分に過ぎた研究所を与えられて自由に研究ができた。

 成果が出れば衣食住に困らない環境。
 この環境しか知らなかったから志保はこれで不幸とは思わなかった。

 志保の知らない『女』の顔をした姉を見る瞬間まで志保は幸福も不幸も知らなかった。

 あの日、志保は窓ガラスの向こうで微笑み合う姉と諸星大を見た。

 薄暗い研究所の中にいる自分とは真逆の、陽が降り注ぐ外の世界で彼らは楽しそうに笑い合っていた。

 諸星大に愛情を寄せられ、屈託笑う姉を志保は初めて「羨ましい」と思った。
 今まで気にならなかった姉と自分を比較する言葉たちが、時を超えて志保を傷つけた。

 それから数年後、姉の死を組織から知らされた。

 姉は組織を裏切って自分を連れて逃げる予定だったと感情のこもらぬ声で報告され、最初に浮かんだのが”あの日”の姉。
 幸せそうに微笑む姉の姿を思い出した志保は、償いと何かを求めて姉の目的だった『自分の逃亡』を計画した。

 逃亡先が冥府でも良かったから、逃げるための手段として開発途中の薬の服用を決めたが、気づけば子どもの姿になっていた。

 子どもになる副作用、眉唾物だと一笑に付して片づけた報告が真実だったのだと気づいた志保は、報告書にあった「工藤新一」のもとを訪れた。
 そして志保はあの日憧れた光の世界で生きることができた。

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 『灰原哀』は仮初の存在、幻でしかない。

 黒の組織から逃げるために『灰原哀』を利用することは赦されたが、黒の組織が崩壊して命の危険が去れば『宮野志保』に戻らなければいけなかった。

 新一と共に解毒薬を飲み、ひっきりなしにお見舞いがくる新一の病室の隣で志保は孤独感に浸っていた。そんな志保の元に来たのは下宿先の隣に住む大学生・沖矢昴だった。

 予想がついていた志保は沖矢の登場に驚かず、そんな志保に予想がついていたのか彼は志保の目の前で変装を解いた。
 『沖矢昴』は志保の予想通り『諸星大』だった。
 予想外だったのは『諸星大』も偽名で、本当は『赤井秀一』というFBI捜査官ということだった。

『君がどうしたいか決めるまで傍にいたい…明美、お姉さんへの償いの為にも』

 新一の傍でいろいろ事件を経験して、人を殺す人の心に触れ続けた志保は赤井を恨んでいなかったが、志保の優秀な頭脳は一定の自由を得るには赤井秀一という人間が有効だと考えてしまった。

 それから赤井は志保の傍で騎士のごとくふるまった。

 魅力的な男性が自分を最優先に行動し、溺愛といってもおかしくないほど甘やかす。
 姫と騎士なんて、恋愛物語のベタな設定が望むまま志保は秀一に恋した。

 秀一に対する恋心に気づいた瞬間、志保は頭を抱えた。

 赤井の心には姉の明美がいて、コナン(新一)のとき同様にまた片思いなのかと人並みに落ち込みもしたため、赤井に「好きだ」と心を渡されたときは驚いたが嬉しかった。

 赤井の想いを受け入れるときに姉のことを思ったが、地獄に行く理由が増えただけだと今世の幸福を取った。

「私が幸せになるわけなかった」

 赤井と共に過ごす時間が長くなるほど、幸せだと感じるほど悲しかった。

 赤井と過ごすこのワシントンD.C.は国際色豊かで、様々な人種が行き交う通りは色彩が豊かだったが、そんな中で赤井はアジア系の長い黒髪の女性をよく目に留める。
 本人が無意識だからこそ質が悪く、姉によく似た女性の後姿を見送る赤井の隣で、志保は哀しい気持ちを懸命に押し殺して耐えた。

 そんな綱渡りが長い間続くわけもなかったのだ。

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 今日も朝は普通に始まった。

 仕事柄留守が多い赤井が珍しく1日丸ごとオフだと言ったのもあり、インドア派の志保が珍しく出かけることを提案した。
 特別行き先を決めなくても、二人で暮らすアパートメントはアーティストが多くいるエリアにあるため近所のそこかしこで何かしらの展示会やパフォーマンスが催されていた。

 赤井の了承に気をよくして、最近の外出時に好んできていた薄手の赤いコートを羽織って、とっくに支度を済ませていた赤井の隣に並ぶ。

 他愛のない話をしながらアパートメントの階段を下りていたときに事件は起きた。

 エントランスの扉を赤井があけたとき、長い銀髪の男がバッと飛び出してきた。
 「”あの男”は牢の中だ」と理性が訴える前に本能が志保の脳をぱくりと飲み込み、志保は恐怖に満ちた悲鳴を上げた。

 瞳を目一杯開いて、過呼吸を起こしかけて朦朧とする志保の視界に入ったのは、”あの男”ではありえないお茶目な化粧をほどこした顔の笑顔。

 よく見ると志保たちと同じアパートメントに暮らす美大の男で、ハロウィンのために装ったドラキュラで驚かせたと満足げだった。

 「Happy Halloween」と笑う彼に否は全くないのだから、険しい表情の赤井の腕を叩いてなだめてその場を離れる。
 しかし一度ちらついたあの男の顔がジクジクと志保の心に恐怖を植え込み、それに赤井が気づかないわけがなかった。

――― ジンが忘れられないのか?

 赤井の口からあの男の名前が出てきたとき、志保のキリキリと張りつめていた綱渡りの傷だらけのロープはプツリと音を立てて切れて、無慈悲に攻撃してきた男に向かって無意識に手を振り上げて叫んでいた。

「あなただってお姉ちゃんのことを忘れられないくせに」

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(帰ったら家に志保はいるだろうか)

 「もし、いなかったら」という想像は赤井を怯ませたが、傷ついていた志保の瞳に確かにあった嫉妬の焔に希望を見出してアパートメントに向かった。
 階段を昇りながら思わず諍いの原因になった男の家の玄関扉を蹴ってやろうかと思ったが、それは明らかに八つ当たりであり、彼に一切に罪はなかったのでそのまま登り続ける。

 鍵穴に鍵を差し込み、ゴクリと息を飲む。
 半ば祈りながら開けた玄関にさきほど志保が履いていた靴があって、ホッと息を吐きながら室内を見渡す。

 出かけたときと変わらないリビングやキッチン。

 玄関脇のコートや靴は記憶の中のものと何も変わっておらず、志保は自室にいるのだと解を出して進路をそちらに向けた。

   コンコン

 物音で赤井が帰ってきたのに気付いたのか。
 志保の部屋から漂ってくる無音の緊張感に赤井は大きく深呼吸をして再度ノックする。

「志保……話を、しよう」

 答えが返ってくることが期待できなかったから、やや強引さは否めないものの赤井は扉を開いて中に入った。

 それを予測していたのか志保は部屋の中央に静かに立っていた。
 志保の前に立った赤井が黙って腕を拡げると、くしゃりと顔を歪めた志保は数歩で距離を詰めて赤井の腕の中におさまった。

「ごめん、なさい」
「俺も、すまない・・・志保、ずっとお互いに避けてきたよな。お前は明美のこと、俺はジン、のこと。きちんと話そう―――俺たちのために」

 ”ジン”の名前でビクリと震えた志保に、赤井は決心が揺らぎそうになったがグッと耐えて志保を抱きしめた。

「私……「しっ、まずは俺からだ」」

 赤井の温もりに心がほぐれて口を開きかけた志保の唇に指を当て、言葉を押しとどめた気障な仕草に志保は赤井の余裕を感じ、その可憐な眉間にしわを寄せかけたが

「志保からあの男に話を聞いたら嫉妬するか、大事にしたくなるかのどちらかだ。どっちにしろ俺はお前をメチャクチャに抱く。だから先に俺の話をしておく」

 有言実行の男のきっぱりとした、それでいて優しげな言葉と過激なその内容に志保はどう反応して良いか困ったが、志保の気持ちは意にも介さず赤井は言葉を続けた。

「俺は明美を忘れることはないが、明美に抱いた想いは徐々に薄れていってる。お前は薄情と思うかもしれんが、俺はそれは生きているからだと思っている。死んでしまった人間はそこで時を止めるが、生きている人間の時計は進む。その時間で俺は色々な経験して、そうして出来た今の俺はお前を愛している」

 一息に言い切った赤井に、志保は少しためらいながら

「じゃあ何でお姉ちゃんに似た人を見ると……じっと見つめるの?」
「見ていた?俺が、志保の隣で?…………いつのことだ?」
「私がここに来た頃」

 志保の言葉に赤井はしばし悩み、やがて心当たりがあったのか納得したようにうなずいて

「ああ、あの頃か。・・・随分前だな。あの頃東洋系の女性を狙った事件が立て続けにあったから警戒してた」
「・・・なんで貴方が?そんなの地元の警察の仕事でしょ?」
「俺の同居人が東洋系の美女なんでね。早く犯人が見つからないと彼女を置いて安心して仕事に出かけられない」

 自分が見当違いのことを恥じる志保とは対照的に、普段クールで動じない志保が確かに見せたヤキモチに赤井は嬉しくなったが

「志保のそれは杞憂だが…俺のは杞憂じゃないはずだ。志保、あの男がお前に執着していたのは・・・」

 いつもはズバズバと話をする赤井が珍しく言葉を濁したことで、その先を言うのは自分の役目だと志保は察した。

 客観的に見てジンのシェリーへの執着は激しかった。
 それは「組織の幹部だから」とか「唯一毒薬を作れる科学者だから」では説明のつかないほどに。

「あの男にとってあの組織は全てだった。道徳心も倫理観もないくせに組織のトップを神の様に崇拝し、そのそばにいるNo.2の言葉は絶対と受け取っていた。いつもは人の言葉の裏を探るようなことをするのに、あの2人には盲信していた。そんな組織で生まれ育った私は、あの男にとって組織を具現化したものだったのだと思う」

 あの日を思い出した志保はふるりと震え、それを感じた赤井は志保を強く抱きしめた。

「あの日、あの男に何があったのか分からない。ただあの夜、あの男は何かを得ようとした。組織の気配を感じるものなら何でも良かった感じ。女だったから……そういう手に出ただけで、仮に男だったら組織の欠片を手にするために殺されていたかもしれない」

 志保は努めて冷静に話した。

 冷静に話さないとあのときの痛み、あのときの悲しみ、あのときの屈辱、あのときの無力さ、全てを思い出して押しつぶされてしまいそうだった。
 あの日も全てが終わり一人残された志保はその感情を全て飲み込み、全てなかったことにしたのだから。

「お前は自分が思うほど賢くないな」

 頭上から降ってきた失礼な言葉に志保が抗議しようと顔を上げたとき、その唇を覆うように赤井の唇が重ねられる。
 いつもの火を灯すような熱い口づけではなく、癒すような優しい口づけに志保の鼻から音が漏れた。

「そんな記憶をため込んでないで、思い切り泣いて流しちまえばいいんだ。初めてのとき…慣れていないお前を怖がらせないように優しくしたのが心底悔しい。あの夜も、その後も、どろっどろに融かして思い切り泣かせて俺とのこと以外覚えていないようにしてしまえばよかった」

 窓の外を見た赤井はにやりと笑い、志保を抱き上げると志保の部屋を出て自分の部屋に向かう。

「早く帰ってきたから時間的にはかなり余裕がある。いつもは夜だから周囲に遠慮して手加減していたが、今夜はずっと喧しいからうちも好きなだけ騒げる。メチャクチャにするぞ、覚悟しておけ。」

 志保の抗議はさっきとは打って変わって熱く蕩ける口づけの中に消えた。

 口内にねじ込まれる赤井の熱い舌を受け入れながら、志保はあの日静かに泣いていた過去の自分が少し救われた気がして

(さよなら)

 あの日の涙に別離の言葉を贈った。

END

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