愛の日 / 名探偵コナン

ダークバッチ

名探偵コナンの二次小説で、個人的に推している赤井秀一×宮野志保(秀志)のバレンタイン物語です。

黒の組織は崩壊済みで、赤井と志保は恋人同士です。

志保はFBIの科学捜査班にスカウトされ、2人はFBI本部のあるワシントンD.C.で暮らしている設定です。

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「何、これ?」

朝いつも通り出勤した志保は自分のデスクの上の見慣れない小さな箱に首を傾げた。

キレイに可愛らしくラッピングされたそれは昨夜帰宅するときにはなかったもの。

「ボスからだけど? ああ、シホは日本育ちだものね。こっちは逆なのよ」

なぜここで生まれが関係するのか?

首を傾げた志保はデスクの書類の影に見え隠れするカレンダーを見て合点が言った。

2月14日。

今日はSt.バレンタインデーだ。

『今日は残業なんて野暮なことしちゃダメ!即刻家に帰ってシュウと愛の日を楽しみなさいね』

「…愛の日、か」

チョコレート一択の日本のバレンタインとは違い、アメリカのバレンタインはチョコレートに限らず花や風船などいろいろなものを贈る。

出費が嵩みそうだが友達や自分等にも贈る日本と違って、アメリカは妻や恋人のみへと贈る相手は限定されているので懐はある程度守られる。

そしてアメリカは愛情を示すことには寛容である。

デスクには家族や恋人の写真を並べ、花屋が職場に花束を配達してくる。

バレンタインデーの今日、志保は花屋のデリバリーを1時間に数回見かけていた。

そして、またひとり。

(あの花束に爆弾が仕込んで……いけない、工藤君に毒されてるわ)

ほんの少し前まで事件ホイホイ体質の相棒の傍にいたせいか、オレンジ色の百合の大きな花束を運ぶ配達員とすれ違った志保は己の物騒な想像を頭を振って追い払う。

今日はバレンタインデー。

残業は無粋だ。

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(とはいえ、赤井さんは未だ出張先だけど)

ウンともスンとも鳴らないスマホを見ながら志保は小さく笑う。

お互い時間に不規則な仕事をしている上に、FBIきっての切れ者で射撃の名手である赤井には色々なところからお呼びがかかり出張が多い。

いつだったか突然帰ってきた赤井のサプライズに志保が大きな悲鳴をあげ、その声を聞いて近隣住民が善意で警察を呼び、身元証明やなんやで夜が明けた経験があった。

そんな経験を経て、赤井は事件解決後に必ず志保に一報を送って寄越す習慣が身に付いた。

(まあ、赤井さんだから帰宅できない分とか言って大量のバラを贈ってきそう)

蘭や園子に『スパダリ』と称される赤井。

志保からすれば彼女たちの相手も十分スパダリだと思うが、欧米育ちの赤井は彼らと一線を画して愛情を示すのに照れはない。

志保の誕生日には部屋中を埋め尽くすのではというほどの花を配達させて、甘い笑顔と言葉で盛大に祝ってくれた。

今年は二人の初めてのSt.バレンタインデー。

何が起きるか志保には楽しみだった。

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(あの名探偵の呪いね……あんな妄想が現実になるなんて)

仕事を早く終わらせようと分析結果を持参したのがいけなかった。

志保は目の前で繰り広げられる陳腐なドラマに内心ため息をついた。

志保がある捜査員に報告書を渡していたとき、別の捜査官の元に彼の妻が訪ねてきた。

「Hi, Daring」と言ってにこやかに入ってきたその手には起爆スイッチ。

男は息をのみ、男から数メートル離れたデスクで仕事をしていた女が悲鳴を上げる。

そのデスクの上には志保がさっき見かけたオレンジ色の百合の花束。

(…迂闊だったわ)

こんな状況になって、なぜ廊下ですれ違ったときにオレンジ色の百合の花に違和感を覚えたのか初めて気づいた。

オレンジ色の百合の花言葉は『憎悪』。

男はスラングをふんだんに使った早口の英語で弁明しており、志保にも時折理解に時間がかかった。

それでも目の前の状況は分かりやすかった。

夫の不倫相手に妻が爆弾を送りつけたのだ。

なぜ職場に?

夫の不倫相手が職場の同僚で、妻の憎悪は二人の不倫を看過していた職場の全員にも向けられているようだ。

(私は100%とばっちりね)

男の妻が訴求する「職場の同僚を招いたバーベキュー」とやらに招かれたこともない。

ちなみに、このとき男は妻の目を盗んで不倫相手と夫婦の寝室で不義を働いたらしい。

しかしここはFBI本部。

マニュアルがあるのか、慣れているのか。

爆弾が認識された次の瞬間には部屋の出口は封鎖されて、その向こうには捜査員や爆弾処理班らしく団体が山となしている。

いまさら『部外者です』といって部屋を出ていける雰囲気ではない。

残業を覚悟した志保が肩を竦めた瞬間、白衣のポケットが振動した。

巻き込んでおきながら自分は完全にスルーなお騒がせ3人衆をチェックして、志保はデスクの影でスマホを起動する。

予想通り振動は赤井から。

『いまから帰る』という簡潔なメッセージ。

事前に聞いていた出張先からここまでの所要時間は約2時間。

就業時間をわずかに過ぎるが、3時間後には解放されるだろうと踏んで3人の繰り広げる修羅場を長いドラマを見るつもりで楽しむことにした。

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「何で君が事件に巻き込まれているんだ?」

本部に戻った赤井はボスに簡易報告して自宅に帰ろうしたが、やけに騒がしい一帯にその原因を訊ねたら妻が夫の不倫相手に爆弾を贈りつけて立てこもっていると報告を受けた。

立てこもり始めて約4時間。

同僚によると妻(立て籠もり犯)は未だ夫と不倫相手に文句を言い続けているらしく、「そうとう恨みが募っているんだな」と赤井は呆れた。

4時間も踏み込まない理由を訊ねれば内輪もめなので穏便に解決したいとのこと。

そこで赤井はあの部屋の温度を最大にして、暑いと訴えたところで全員分の飲み物に睡眠薬を入れるように提案した。

バレンタインの夜が眠って終わる彼らにいささか同情の声が上がったが、早急に解決しないと自分たちの夜も台無しになると赤井に諭されて全員が一致団結して実行にうつった。

かくして起爆装置を後生大事に抱えて眠り込んだ妻を確保して事件は無事解決。

言いだしっぺの赤井は事件関係者全員が眠っているという異様な現場に一番に踏み込んで解決を宣言し、ただ一人眠らずに自分を見る志保の姿に驚き冒頭のセリフとなったのだった。

「君もボウヤ並の事件ほいほいだな」

「その”ボウヤ”のことを思い出したのが悪かったの」

「ほう、バレンタインに俺以外の男を思い浮かべるから罰があたったな」

「赤井さんが帰ってくるかもしれないから仕事を早く終わらせようとしただけなのに」

笑いながら納得いかないと膨れた志保が赤井の腕にするりと自分の腕を絡ませる。

FBI本部から自宅までは徒歩で返れる距離。

今夜の食材がないという志保に赤井が買い物しながら帰ることを提案していた。

「それはそれは、俺は愛されているな」

「愛しているわよ。こっちのバレンタインは男性が恋人にたくさん贈り物をするんでしょ?」

「風習に”たくさん”という単語はないぞ」

赤井の押すカートに野菜を入れながら、『チョコレート』、『花束』、『風船』、『フサエブランドのアクセサリー』と指を折る志保に赤井は苦笑する。

1ドルのセロリと高級ブランドのアクセサリーを同じように強請られたらたまらない。

「君は日本育ちだろう?日本では女性から男性に贈るのでは?」

「郷に入れば郷に従え、って言うでしょ?」

「このワシントンD.C.はアメリカの政治の中枢。世界中から人が集まっても来ている。ここではお互いの文化を尊重するのを良しとしているのだが?」

「それなら大和撫子としてあなたにチョコを贈るわ」

そういって志保はすぐ傍にあった板チョコをカートに放り込む。

アメリカンサイズで日本のものより些か大きいが、大衆向けのチョコレートで値段は2ドルそこそこ。

「お返しは6ドル分だな」

「その50倍は欲しいところね…それじゃあ私が口移しで食べさせてあげる」

押していたカートを止めてふむと悩んだ赤井はにやっと志保に笑いかけ

「シェリーとのマリアージュは俺の手でドロドロに蕩かして、時間を忘れて愉しみたいな」

「…100倍返しになるわよ?」

「試すような真似をしても無駄だ。君とのことに限度額はない」

「いっそのこと破産させてもらいたいね」とくすくすと笑う赤井に対し、恋人との甘いマジライを揶揄された志保はポンッと顔を赤く染める。

そんな志保に赤井は長い腕を伸ばして、火照った頬に交渉成立のキスを贈った。

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