涙色

ガラスの仮面

ガラスの仮面の二次小説です。

 ・真澄とマヤは恋人同士

 ・未だ周囲には内緒

 ・紅天女はマヤが獲得

 ・マヤは大都芸能所属(紅天女がきっかけ)

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真澄と紫織の婚約が解消となり、大都と鷹宮の契約も白紙になった。

大都芸能は上から下へと、てんやわんやの大騒ぎである。

「水城さん。 …社長からお電話が」

「折り返し電話をすると伝えて」

鳴り止まない電話に頭痛を悪化させながら、水城は関係各所にメールを送り続ける。

秘書室の部下たちに指示を飛ばしながらもタイピングの指は止まらない。

手、口、頭で全てが別のことをする水城を、同僚たちは『阿修羅』と呼んだ。

阿修羅の呼び名には別の理由もある。

この状況を生んだ大都芸能社長である速水真澄に対する想い、色艶の想いでは一切なく、苛立ちや焦燥感が原因でイライラが止まらないのである。

そもそも、水城はこうなることを予想していた。

危惧していて、何度も真澄に「いいのか?」と訊ねた。

その質問に対し、真純はいつも「いい」と言っていたのに、ふたを開ければ結局はこうなった。

(そもそも、あの真澄様が諦められるわけないのよ)

真澄はずっと女優『北島マヤ』を応援していた。

よく言えば「足長おじさん」、悪く言えば「ストーカー」。

マヤが何ごともなく成人したから良いものの、真澄がストーカーを始めた頃のマヤは未だ未成年だった。

それこそ婚約だと結婚だのという話がでるように、真澄はいい年した大人の男である。

しかし大人なのは姿だけ、中身は小学生並みの純情少年。

「想いが通じたんだ」と照れ臭そうに水城に告げた真澄に、「超めんどくさい」と思った水城を誰も責められないだろう。

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「鬼か、社長は!!」

社長室の扉がバタンッと開いて、恰幅の良い体をスーツにねじ込んだ重役がドスドスと足音荒く出ていく。

水城は立ち上がって礼をしながら見送ったものの、「社長の犬がっ」と吐き捨てた台詞を気に留める価値もないと鼻で笑う。

(まともに報告もできないのがいけないんじゃない)

嫌味を一笑に付した水城は壁にかかった時計を見る。

電波時計なので時間に狂いはなく、「止まれ」と念じても効果はない。

ふうっとため息を吐いた水城はデスクの電話を取り、社長室直通のボタンを押した。

『予約のキャンセルと…彼女への連絡を頼む』

「もう5回連続ですが?」

『解ってる!! でも、しかたがないだろう!?』

語気荒い余裕のない声、ガチャッと切れた電話。

ツーッと漏れる機械音に水城はため息を吐く。

まさに『一難去って、また一難』、これが恋愛、少女マンガの王道的展開。

(恋愛ってめんどくさい、と私が思うのも当然よね。行かず後家は真澄様のせいだわ)

水城は真澄に対して八つ当たりのようなことを思いながら、私用の携帯電話でマヤに電話を掛けた。

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「北島様、こんな時間にどうしましたか?」

今までここに来れば押し返されるだけだったのに、大都芸能所属となった今では『どうぞ』と歓迎される。

そのギャップに未だ戸惑いながらマヤはへらりと笑い

「秘書課の水城さんに会いたくて」

「分かりました」

恭しく案内されたのは社員の通用口。

昔じゃ絶対に開く術がなかった扉なのに、いまのマヤの目の前で警備員のもつカードキーが呆気なく開いて通される。

「ご案内しましょうか?」

さらに加わったガイドのサービスをマヤは丁重に断って、夜も遅く人がまばらになった建物内を歩く。

所属している芸能人がこの建物内にいることは珍しくないが、芸能界の至宝たる紅天女を獲得した北島マヤに数名の社員の目が向く。

「北島さん、今日はどうしたんですか?御約束ですか?」

「いえ……あの…水城さんに会いに」

「水城さん?ああ、社長秘書の水城さんですね」

穏やかに笑う社員の好意的な視線を受けつつ、『社長』という単語に心臓をバクバクさせているマヤ。

そもそも、マヤは隠し事に向いていない。

演技していない素の北島マヤは不器用な、普通の女性なのである。

「エレベーターの場所は…あ、ご存知ですよね」

「あ…はい///」

大都芸能に所属する前の話だがマヤは社長室に突撃したことが何度もあり、それを多くの社員に目撃されてきた。

その過去をやんわりと指摘されてマヤの顔が赤くなった。

(ただこれを届けにきただけなのに~~///)

水城から真澄が忙しいことを聞き、「何か差し入れでもしてみたら?」と水城からアドバイスを受けてここにやってきた。

真澄との関係は内緒だから訪問の目的は水城。

これも水城のアドバイスだった。

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チーンッ

他のフロアよりも暗くて静かな重役フロアの、一番奥にある社長室に向かって歩く。

扉が閉じたままで静かな部屋は数多く、同じ扉が続く風景にマヤは考える。

マヤのいるフロアで働く人にはたくさんの部下がいて、その部下にもたくさんの部下がいる。

外で声をかけてくれた警備の人も、一階で声をかけてくれた社員もその1人。

そんな彼らの上にたった一人で立つのが真澄。

水城という有能な人のサポートがあるとはいえ、自分自身も夜遅くまで働かなければいけないほどの仕事をする人なのだとここに来ると改めて考えさせられていた。

(やっぱり速水さんはすごいな)

 - 好きだ -

そんな真澄が自分に向けて、真っ直ぐな瞳で告げたあの言葉は間違いだったのではないか。

この扉を自分なんかが叩いても良いのか。

「マヤ」

「水城さん」

「警備から連絡もらってそろそろかな、って」

扉を叩くことに躊躇していたら扉が内側から開かれて、現れた水城ににっこり微笑まれ招き入れられた。

中からはマヤの好きなミルクティの香りが漂ってくる。

「真澄様もあとちょっとでキリが良いところだから。 もう少し待ってね」

差し出されたカップの中身は丁度いい温度で飲みやすい。

流石だとマヤは思った。

こんな水城だからあの真澄のサポートをできる、逆に言えばこんな水城をサポートにできる真澄自身はもっとスゴイ人なのであって

(…久し振りに逢えるのに)

マヤの胸を占めるモヤッとした想いがぶわっと膨らむ。

モヤモヤが心に影を作りマヤの感情がよどむ。

真澄には『あの人』の方が似合うのでは。

真澄の役に立つ『あの人』の方が相応しいのではないか。

暗い考えが心を占めかけたとき、

「水城君……あ、マヤ」

ガチャッと開いた社長室の扉から真澄が出てきた。

突然のことにマヤはあわてて、考え事をしながらでもしっかり食べようとしていたケーキのために開けていた大口を閉じる。

「来てたのか、悪いが少し待ってくれ。 水城君、この件なのだが」

(何言ってるのか分からない)

もぐもぐと口内でケーキを噛みながら真澄と水城の会話を聞くが、真澄のサポートなんてとんでもない。

マヤには真澄が何を言っているのか、分からない所さえ分からない。

「なんてダメな自分なのだろう」と落ち込みながら甘いケーキを飲み込むマヤに真澄が追い打ちをかける。

「もう少しいい子で待っててくれ」

(いい子で、か…)

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「悪かったな、待たせて」

どよどよした心が尾を引いているマヤは数分後社長室招き入れられたが、この社長室も真澄には似合っていて自分には場違いに感じられた。

「仕事…大変そうですね」

「そうだな。 まあ、覚悟していたことだから」

真澄は何てことないように笑う。

その顔は楽しそうにさえ感じられて、マヤの心が一層濁る。

「今日は悪かったな」

「仕事だからしょうがないですよ」

「あまり聞き分けの良い子になっても困るな」

また『子』という真澄。

本人にはいたって悪気はないのだが、今のマヤにはされたくない子ども扱いの象徴。

「次はいつ逢おうか」

「いい。守れないなら…約束なんて無意味、だから」

今日会えなくなったと聞いて寂しいのは自分だけなのだと。

逢いにくるのにドキドキしたのは自分だけなのだと。

マヤの心が黒く染まる。

マヤは自分に自信がなかった。

だから、こんな自分が真澄に好かれているなんてありえない、おこがましい夢だったのではないかと。

「機嫌が悪いな。 今日は悪かったと思ってるよ」

「…うん」

「もう少しで忙しくなくなるから」

「…だから………もう、いいってば!!」

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思いの外大きな声がでて、真澄以上に、声を出したマヤ自身が吃驚した。

マヤの方が驚いていたのかもしれないけれど、一度動き始めた口は止まらない。

ずっと脳内をグルグル回っていた言葉、まるで台本のようにマヤの頭の中で文章が綴られる。

「守れない約束は要らない」

「今は…」

「今は今はって、ずっとずっと仕事じゃないですか!」

「!! しょうがないだろ!!」

真澄は自分の非が分かっていた。

自分が悪いと思ってる、マヤがこう感情を爆発させるのも当然だと思っていた。

何しろ今日でドタキャンが5回連続。

マヤが守れない約束はいらないというのも最もだと思っていたけれど、分かっていたけれど

「しょうがないだろ!!」

仕事で積もるイライラに、イライラが増す。

何で分かってくれないのか、という焦燥感も募って言うつもりもなかった言葉が唇が紡いだ。

「今の俺と君じゃ釣り合わないんだ!!」

思わず漏れた本心に真澄はハッとし、恥ずかしくなって顔を反らした。

積もった沈黙を破ったのは

「もう、いい…」

「マヤ?」

マヤの小さな声と、扉が開いて……閉じる音。

振り返るとそこには誰もおらず、マヤが立っていたそこには2つの小さな小さな水たまり。

涙色の湖がそこにはあった。

「マヤ!!」

帰ると言ってあっちに、と水城の説明に急げば、エレベーターホールで下に行くボタンを連打するマヤがいた。

非常灯に涙が一粒きらめく。

「すまないっ!」

誰かに見られるかもしれない。

今はスキャンダルは御法度な時期。

理屈は解かっているけれど、真澄の体は素直に動いた。

「…速水さん」

「すまない…情けないことを言った」

「? 情けないこと?」

情けないことなんて言われた覚えがなくて、マヤは泣いているのも忘れて首を傾げる。

そんなマヤをぎゅうっと真澄は抱きしめて、顔を見ないようにして口を開く。

「君は世界中のメディアに称賛されている。それなのに俺は世界中のメディアに叩かれている」

「私が真澄さんに釣り合わない…って意味じゃ」

「? そんなわけないだろ? どうしてそうなった?」

真澄は呆れる。

今のように注目される前から真澄はマヤを認めていた。

紅天女を実力で獲得したマヤに称賛の感情はあれ、つり合わないなどと見下す考えは一切なかった。

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「……お互いに相手のことを考え過ぎたってことか」

「…みたい、ですね」

「とりあえず社長室に行こう」と落ち度を責める水城の視線を受けながら、社長室に戻った真澄は小さく笑う。

「隠さないで素直に顔に出せば良かったんだな。 …ありがとう、逢いに来てくれて」

「速水さん」

「すっごく嬉しいよ。逢いたかったよ……こういえばよかったんだな」

真澄はマヤの顔を優しく上にあげさせて優しくキスをした。

ちょうどそこはさっきマヤが立っていた場所、2つの小さな湖はすっかり乾き、照明を受けてきらきらと虹色に光っていた。

END

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