隣に立ちたい / ガラスの仮面

ガラスの仮面

ガラスの仮面の二次小説で、真澄とマヤは恋人同士です(白紙撤回交渉中だが公的には紫織が真澄の婚約者)。

オリジナルキャラクター(大富豪の奥方・杜若女史)が出ます。

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 (暑いなぁ) 
 
マヤは額から落ちてくる汗を拭いながらスタッフや共演者に挨拶をして練習場を出る。「ああ、お疲れ」と主演女優に対するスタッフの返事はそっけない。演技をしていないマヤは存在感が薄く、主役の仮面を外したマヤはちらりと視線を向けられるだけ。

(明日から1週間オフ…何しようかな)

趣味演技、特技演技、演技以外にあまり関心がないマヤ。長い休暇は慶びというより戸惑いしか感じなかった。

(みんなは…こういう休みのときどうするのかな?)

突然必要になった建物の工事のため、明日から休みの人は多い。社会人にとってご褒美のような長期休暇をみんな喜んでいた。「どこに行く」とか「何をする」とか、そんな話題がここ数日現場を満たしていた。そんな中でマヤは一週間分の空白を思い憂鬱になっていた。

「海…かあ」

マヤのヘアメイク担当の女性が彼氏と海に行く計画を教えてくれた。演技以外は特に熱く語ることのないマヤは専ら聞く担当。彼女の楽しそうな計画を聞きながら、『海』という単語に思わず真澄のことを思い出していた。

マヤが真澄と想いを通じたのは船旅のとき。キレイな朝焼けのデッキで抱き合った温もり。でもそれ以来マヤは真澄に会うこともできていない。マヤの記憶の中の真澄の笑顔も温もりも薄れそうで、忘れてしまったらあれが夢になるんじゃないかとマヤは怖がっていた。

(少しで良いから会いたいな)

紅天女を獲得し大都芸能に所属することに決めた。紅天女を獲得したマヤを大都芸能は誘ってきたが過去のトラウマがあってマヤは首を縦に振ることをためらわせた。そんなマヤの背中を押したのが大都に行けば師匠の月影千草と彼の人のように共にあることはできるのではという思いだった。

亜弓の助言で弁護士を立て、大都芸能の弁護士と条件など委細に渡って話し合い契約書ができそうという段階で鷹司の、鷹司紫織の妨害が入り現在は暗礁に乗り上げている。

鷹司紫織は真澄の婚約者。真澄側からは白紙に戻したいという要望を出しているが、真澄に惚れている紫織は断固拒否しており、結果としてこちらも暗礁に乗り上げている。

優雅な船出とはいかない現状にマヤの肺からため息が出ると「どうしたの、マヤちゃん?」と声をかけられた。声のした方を振り返ると桜小路が微笑みながら立っていた。

「どうしてここに?」
「近くで仕事があって。もしマヤちゃんがいて、もし暇なら一緒にご飯でもどうかなって」

マヤの言葉にマヤは複雑な思いを抱く。マヤが紅天女を獲得したのと同時に、綾小路は相手役・一心に選ばれた。苦楽をともにした桜小路とマヤは仲が良いが『お似合い』と言われることはマヤには今は耐えられなかった。

真澄が”お似合い”と言われるのは紫織

マヤが”お似合い”と言われるのは桜小路

「ごめんね、いまちょっと食欲がなくて…夏バテかなぁ」

大丈夫、と桜小路は問いかけたがマヤはこれ以上口を開けなかった。口を開いたら、言ってはいけない真澄の名前が飛び出してしまいそうだった。

迷惑かけてはいけない

誰の目も気にせず傍にいたい…傍にいて欲しい

「…マヤちゃん」

何かを堪えるように俯くマヤの姿に桜小路の庇護欲がふくらむ。

護ってあげたい

頼って欲しい

自分を見て欲しい

全ての想いを込めて桜小路がマヤの肩に手を伸ばしたとき、その指先があと数センチで触れられるというところで桜小路の肩に大きな手がのる。驚いて振り返った先には眉根を寄せても端正な男がいて

「速水…社、長?」

桜小路の言葉にマヤはパッと顔を上げる。すぐ傍に真澄が、ずっと会いたかった人がそこにいる。信じられない想いと喜びがマヤの脳を埋めたとき、マヤの視界がぐにゃりと揺れた。

(そういえば最近しっかり寝ていなかった)

体が均衡を失ったのを感じ、視界いっぱいに地面が近づいたのを確認したマヤは衝撃に耐えるためにギュッと目をつぶったが、寸でのところで真澄が桜小路の体を押しのけてマヤの体を受け止めた。

「しっかりしろ!」

成人女性1人抱えているとは思えない身のこなしで颯爽と立ち上がり、マヤを抱きかかえて走る様に歩き去る真澄の後姿を桜小路は呆然と見送るしかできなかった。

「真澄様!?」

マヤ欠乏症で仕事にも支障が出てきていたため、過密なスケジュールの合間を縫ってここに来た真澄がマヤを抱えて戻ってきたことに水城は驚いたが、マヤの顔色が悪いことに気づいて水を買うために車を下りる。

普段は運転手つきの車に乗っているが今回はお忍びなので真澄自身が運転してきた。真澄は後部座席にマヤを寝かせると自分は運転席に回り、エアコンを操作して車内の温度を少し下げると再び後部座席に戻りマヤに膝を貸す。しばらくするとマヤは意識を取り戻した。

「マヤ…大丈夫か?」

「速水さん…」と呟いたマヤは真澄に両手を伸ばし、その腕を真澄の首にかけて縋り付く。寂しいと言っているマヤの姿に心を打たれた真澄は黙ってマヤをきつく抱きしめる。

「ずっと連絡もせずにすまなかった」
「いえ、テレビで見て忙しいのは知ってましたから」

マヤの言葉に、報道されたのはどんな自分の姿だったのか思い当たった真澄は再び謝罪する。あの日は経団連のパーティーに招かれており、真澄は公式には婚約者の紫織を連れ立っていた。大都が鷹司に提携白紙を申し出ていることは未だ公表できる段階ではなかった。

「羨ましかった…私も速水さんの隣で”お似合い”って言われたい」
「マヤ…」

思いがけない可愛いおねだりに真澄の愛おしさが増大する。元・紫のバラの人であり、現在恋人としてマヤの願いを叶えてあげたいが、男としての判断と社長としての判断が相反して打開策が浮かばない。

「真澄様」

そんな真澄にいつも助け舟を出してくれるのは有能な秘書殿だった…が、やけにクリアに聴こえた音声に真澄は慌てて窓を見ると薄ら開いていた。

「お水です。窓はマヤの安全のために開けとかせていただきました」

「私の…安全?」
「マヤは気にしなくて良い…ありがとう」

そこまでガッツイテいると思われていることに真澄はがっくりと肩を落とし、パワーウインドウを開けると水城から水を受け取る。何に対してか分からない大きなため息を吐いた真澄は気を取り直し、助手席に座った水城に案を聞く。

「君のことだ、何かいい案があって声をかけたんだろう?」

「真澄様だって気づきそうなものですが」とくすりと笑った水城は手元の手帳を開き一通の封筒を真澄に渡す。

「これは今夜のパーティー?断ったはずじゃなかったのか?」
「先ほど断りの連絡をしたのですが…代替案を提案されまして」

「代替案?」
「紫織様の都合ということでお断りしたのですが、それならばマヤを連れてきていただけないかと。杜若様の奥様が紅天女の大ファンなそうですわ」

「しかし鷹司が…」
「紫織様は今回を含めここ数回の同伴をドタキャンしております。まあ、彼女にとってはちょっと真澄様を困らせて気をひこうという魂胆なのでしょうが大都の顔にべったりと泥を塗る行為ですわ」

水城は苦虫をかみつぶしたような顔をする。大都を大切にしている水城にとって、子どもっぽい紫織の行為は赦せなかった。

「堂々と誘えないのが情けないが……大義名分はあるか」

ふむと頷いた真澄は「この後の予定はあるか?」と現状を全く理解できていないマヤに問い、首を横に振ったマヤを水城に預けた。楽しそうに輝く2対の瞳にマヤは嫌な予感がした。

「で、マヤは?」
「…あそこですわ」

ホテルの部屋に訪れた真澄の言葉に水城は痛む頭を押さえながら窓を指差す。そこにはミノムシのように丸まったカーテン。

「あれか?」

「あれ、です」とため息を吐く水城に、真澄は二人きりにして欲しいといった(何もしないことを無言で宣誓した上で)。水城が去って二人になると真澄は丸まったカーテンに近づいて「出てこい」と命じた。

「無理です///!!何でこんな恰好でパーティーなんですか!?」
「プールサイドが会場だから、かな。俺もラフな格好だし」

ミノムシのからがパカッと割れてマヤの顔がカーテンの隙間から現れる。そんなマヤの前で真澄はほらと手を広げてみせる。

「速水さんが若く見える」
「………失礼だな、君は」

マジマジとマヤは真澄の上から下を見る・

「初めて見た、そんな恰好」
「まあ、滅多にしないからな……ほら、俺にも見せろ」

「え…あっ!…きゃっ!!」

油断としていたところでカーテンを引っ張られ、マヤの体がカーテンから放り出される。まず真っ先に真澄の目に飛び込んだのはマヤ自身が選ぶはずもないビビットカラー。

 胸元をフレアなビキニのトップで隠したマヤが赤い顔で真澄を見上げる。マヤの無意識の上目使いにぐっと来た真澄は少しだけ視線をそらして言葉を続ける。

「ふうん、こういう色も似合うな」
「あ…ありがとうございます/// あの…変じゃありませんか?」

真澄は指で床を指差しながら、くるくるっと円を2回描く。真澄の意図をくみ取ったマヤは勢いよくクルックルッと回った。裾の長いパレオから見える細く形のいい白い脚がまぶしかった。

「変じゃないよ、今日のこの場に相応しい格好だ」
「ありがとうございます///」

ペコリと頭を下げた律儀なマヤに、真澄はくすりと笑って腕を差し出す。真澄の意図を理解しない戸惑った顔を向けるマヤに真澄は笑い、「こう」とマヤの腕をとって自分の腕に絡める。腕を組む格好にマヤの顔が赤く染まる。

「それじゃあ行くぞ」

夕日が赤く染めたテラスで開かれているパーティーにマヤの目が輝く。そんなマヤに真澄は優しく微笑み、近くを通ったウェイターから青い飲み物の入ったグラスを2つ取る。

「「乾杯」」

カチンとグラスを鳴らし、同時に飲む。「美味しい」と喜ぶマヤに対し、「甘っ」と真澄は顔をしかめた。

「えー、美味しいじゃないですかぁ」
「俺は君みたいなお子様味覚じゃなくってね」

真澄の言葉にマヤは頬を膨らませたものの、にいっと笑って

「お子様ですみません、お・じ・さ・ま」
「…失礼だな、俺は未だ若いぞ」

「年を取った人ほどそういうこと言うんですよね、未だ若いって」

 グッと言葉を詰まらせた真澄の耳に笑い声が届く。マヤと真澄が同時に笑い声の主に顔を向けると背の高い綺麗な女性が微笑みながら立っていた。
 
「大都芸能の敏腕社長も天女様には勝てないようね」

コロコロ笑う女性の目がマヤにとまる。「このパーティーを開いている杜若氏の奥様だ」と真澄がマヤの耳元でささやき、マヤは慌てて頭を下げる。

「紅天女の舞台はもちろん、あなたの出ている舞台は全部見てるわ」
「あ、ありがとうございます」

しげしげと見てくる杜若の視線にマヤが気まずそうに身じろぎすると、杜若はニッコリと笑いかける。マヤの体からホッと力が抜ける慈しむような笑顔だった。

「こういう恰好をしているとまた雰囲気が変わるのね、とても可愛いわ」
「ありがとうございます///」

「それに、真澄君がこんなに楽しそうなのは初めて見たわ」 

杜若は真澄ににっこりと笑いかけた。一方でマヤは(真澄『君』!?)と今まで聞いたことのない呼称に驚いていると杜若はマヤの手を取り

「真澄君、マヤさんを借りるわね」 
「貴女には敵わない、早めに返して下さいよ」

戸惑うマヤの腕を引いて真澄から離れた杜若は、マヤを海の良く見える柵まで連れて行った。

「ごめんなさいね、強引に」
「いえ……あの、速水さんとは?」

視線を離れたところに置いてきた真澄に向けると、離れてから1分も経っていないので真澄は多くの女性に囲まれていてマヤの心に痛みが走る。

「あらあら、真澄君はもう女の子に囲まれちゃってるのね」
「はい……みんなキレイで。みんな速水さんとお似合いです」
「お似合い……ねえ」

杜若はクスリと笑って自分を指差し「私っていくつだと思う?」と問いかけた。突然女性に年を聞かれて戸惑うマヤに杜若は微笑み質問を変えた。

 「それじゃあ、私は真澄君とお似合い?」
「え…? あ、はい、すっごくお似合いです!!」

力説するマヤに驚いたものの杜若はクスクス笑い、いたずらっ子のように自分を指さすと

「私、これでも60代半ば。それでもそう思ってくれる?」
「…え!!??

マヤの鍛えられた発声による大きな声に皆が振り向く。自業自得なのだが、皆の注目を浴びてマヤは気まずそうに身を竦めた。

「す、すみません///」
「いいのよ。そういうところも真澄君は好きになったんでしょうね」

杜若はクスクスと笑い、茶目っ気をこめてウインクをした。

「どうして知っているんですか?」
「長生きしているもの。誰の目が誰を見ているかなんて直ぐに分かるわ」

やってしまった、と顔を強張らせるマヤの肩を「大丈夫、事情は分かっているから」と杜若は優しく安心させるように叩く。

「でもね、あなたはもっと自分に自信を持っていいわ。ほら、背筋をシャンっと伸ばして。人の評価なんて気にしちゃダメ、お似合いかどうかなんて他人の評価で自分の恋を壊しちゃだめよ。誰になんて言われてもお前様を諦めないのが紅天女でしょ?」

”紅天女”といわれてマヤの目に強い意志がともり、杜若は満足したようにうなずいた。

「大丈夫、私から見ればあなたは真澄君に相応しいわ。だってあの子はあなたの隣で笑ってる。あなたはあの子を心から笑わせられる。それができるあなたは真澄君に相応しいわ」

しびれを切らしてこちらに向かってくる真澄をマヤの肩越しに見ながら、笑った杜若はマヤの両肩をつかんでくるっと後ろを振り向かせ優しく押す。

「王子様がおまちよ、楽しんでいらして」

真澄の元に駆けだしたマヤの背中を見送り、マヤを出迎える真澄の笑顔が杜若の視界で揺らぐ。

「”あの子に心からの笑顔を”。それがあなたの、願いだったものね。ねえ、…」

杜若が呟いたその名は波の音に打ち消された 

END

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