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「スカルファロット様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「大切な婚約者を悲しませたくないので、大変申し訳ありませんが御話はうちを通して下さい」
呼び止めた王宮付き侍女を冷たい態度であしらい、可能な限り離れてすれ違い、一定の距離をとるまでヴォルフは気を抜くことがなかった。そんなヴォルフの隣でドリノが嘆息する。
「最初はどんだけ過剰防衛だよって思ったけど本当にすごいな、大蛙並みに飛びかかる気満々だったぞ」
「前は俺が一緒のときは防げていたのですが、媚薬を持って兵舎に特攻してきた女性の件以来みんな遠慮がなくなったようで」
「あれは大猪並みの突進だったな」
いつも魔物を相手しているため人、特に女性に対する警戒が薄かったとはいえ、騎士団の兵舎にやすやすと不審者の侵入を許したことについて、翌朝副隊長は箝口令を敷いた上で全員に対人訓練を追加した。
「ダリヤ嬢の護衛は増やしたのか?」
「兄上よりも義姉上が今回の件はご立腹で、いまは四人体制で騎士と魔導士がついてる」
「お前より守られてるな。 しかし、ヴォルフがその気になったとして、一夜の夢ならまだしも、侯爵家との縁はまず望めないと思うんだが」
「王城出入りの商会長、ダリラ様とティル様とメルセラ様が後ろ盾、止めに、スカルファロット侯爵夫人が実妹のように可愛がっている御令嬢ですからね」
「…怖いな」
「ヴォルフ…お前、なんかもう色々大変だな」
ドリノたちの同情的な目線にヴォルフは苦笑しつつも、
「別にダリヤを悲しませるようなことさえしなければ叱られないし、そもそもダリヤがいながら浮気とかあり得ないよ」
「お前、がっつり胃袋捕まれてるからな。この後だって緑の塔に【帰る】んだろ?」
「ああ、ダリヤが飯作ってくれてるから。商会の方もあって毎日は無理だから、俺も帰りに店で何かを買ったり、工房で仕事のときは別邸で夕食をとったりしてる」
「恋人ができると一番充実するのが食生活だよな」
「ヴォルフ先輩とロセッティ商会長って、既に長年連れ添った夫婦みたいですよね」
「恋人になったって報告なく、友だちからいきなり婚約者だしな」
「ダリヤ嬢は既に唯一の家族と言うべき御父上を亡くしているから『お嬢さんを僕に下さい』という通過儀礼がなかったのが早さの理由だな」
「兄上の娘愛を見ると、プロポーズより大変な気がする」
「大変ですよ。 どんなに良い関係が築けていても、いざその時になると粗方の父親は逃げます」
「まずは【追い込み】からか」
「ヴォルフ先輩が言うと洒落になりませんが、父親にとって大事な娘を奪う男は敵なんですよ」
「まあ、娘という最大の遺産を渡す相手だからなぁ」
「…遺産」
ヴォルフの頭の中に、ダリヤの父・カルロが残した【遺産】が浮かんだ。
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